14 香山建設
翌日、学校で新しい首なし武者の噂を聞いた。なんでも、被害者というか、目撃者で意識を失った人は、首から上が干からびていくのだとか。桃ちゃんもそうなっているのだろうか?
「小夜ちゃん」
「うん、これはぐずぐずしてはいられないね」
決意を込めた顔でそう言った小夜ちゃんの身体は細かく震えていた。あたしもそうだ。
◇◇◇◇
「入っていいのかなあ」
あたしと小夜ちゃんはコンクリートの門の影からその会社をのぞき見ていた。
二階建ての社屋がアスファルトを敷き詰められた広い敷地の奥にある。まっすぐいった先がきっと玄関だ。時おり大きなダンプトラックが入っていく。出ていくのが少ないのはもう五時に近いからだろうか。ダンプトラックが近くに来るたび、あたしと小夜ちゃんは門から離れた。巻き込まれそうで怖いからだ。自転車は少し門から離れたところに停めてある。放課後、まっすぐここに来たのだ。
「きっと事情を話せば怒られないよ」
あたしがそう言った時、またダンプトラックが一台入ってきた。あたしたちが門から離れると、そのダンプトラックは門を入ってすぐ止まった。ドアが開いて、ヘルメットに作業服の男の人が降りてきた。真っ黒い髭ときりっとした眉毛の怖い顔をした人だった。怖い顔の人が降りるとダンプトラックは動き出して行ってしまった。男の人はこちらに歩いてくる。
「邪魔だったかな?」
「怒られる?」
あたしと小夜ちゃんが身を固くしていると、
「君たちはなにをしてるの? ここでお父さんが働いてるのか?」
存外優しい声だった。
「い、いえ、ちょっと聞きたいことがありまして」
小夜ちゃんが言った。
「聞きたいこと? なんだい、うちに就職したいとか? でも、うちは――」
「違うんです!」
思わず大きな声が出た。男の人はちょっと驚いたような顔をして黙っている。
「社会の宿題で」
こんなことを口走ってしまったのは、立花のおじいさんのせいだ!
「う」
小夜ちゃんがこっそりあたしのお腹にひじ打ちした。髭の人は珍しい動物を見るような顔をしたが、
「なんだかよくわからないけど、じゃあ事務所で待っててくれるかい? 玄関を入って階段を上がった二階だ。あ、自転車は玄関脇に置いておきな。ダンプには気をつけてな。ちょっと用事を済ませたら行くから」
髭の人は玄関に向かってかけ足で走っていった。あたしと小夜ちゃんは自転車に乗って、ダンプトラックに轢かれないよう急いで玄関に行った。
会社名が入ったガラス張りのスイングドアを開けると、すぐ右手に階段があった。上ると廊下があって、事務室と書かれたドアがある。
「ここだよね?」
「うん」
こんこん、とノックをすると、
「どうぞー」
という女の人の声が中からした。
「失礼しまーす」
おそるおそるドアを開けると、
「あら」
というさっきの声がした。部屋の中は入ってすぐに木製のカウンターがある。その奥は机と椅子と書類とでなんだか雑然としていた。机のひとつから、女の人が立ち上がった。歳はあたしたちよりだいぶ上だろうがきれいな人だ。
「えーと?」
カウンターの向こうに来た。
「あの、お聞きしたいことがあるって下で会った人に言ったら、こちらで待つようにって」
「下で会った人?」
「髭の」
「あー、社長だ。入って」
社長だったんだ。特に仕切りもないのでそのまま女の人について行った。大きなソファと応接テーブルがあるところに案内された。
「ここで待ってて。すぐ来ると思うから」
大きなソファを勧められて、あたしと小夜ちゃんはそこに腰をおろした。緊張する。事務室をながめていると、すぐにどたどたと足音が聞こえた。
「やー、ごめんごめん。お待たせ」
髭の社長さんはヘルメットを被っていなかった。割と短めの髪だ。
「いえ」
「で、社会の宿題で聞きたいことって?」
笑うと怖さも半減した。社会の宿題と聞いて、あうあうなるあたしに変わって、小夜ちゃんが口を開いた。
「こ、工事現場で出た土や岩がどうなるかなんですけど」
「えー、そんな普通の人は気にも留めない俺たちの仕事を調べてるのかい? なんか嬉しいなあ」
髭の社長が照れくさそうに笑って、あたしの心はちょっぴり痛んだ。
そこへ先ほどの女の人がお茶を持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「なんの話?」
お茶を応接テーブルに置きながら女の人は言った。
「俺たちの仕事を詳しく知りたいんだって」
「ふーん」
嬉しそうな髭の社長に比べて女の人は素っ気なかった。髭の社長の隣のひとり掛けソファにそのまま座った。
残土処理とか埋め立てとか保管しておくとか汚染だとかそんな話を聞かせてくれた。あたしは熱心にメモをとった。
「あ、あの、ショッピングモールが建ちましたよね。あそこの時もたくさん土が出たんですか?」
小夜ちゃんが聞いた。
「ああ、そうだね、割と大きく切り開いたから」
「そこに、大きな岩があったのに気づきませんでしたか? 祠というか、お社というか、屋根の下にある岩なんですけど」
小夜ちゃんがそう言うと、髭の社長と女の人は眼を合わせた。おや、なんだろう。
「よく知ってるね。見たことあるの?」
「あ、いえ、直接は」
「あれはねー、すごくいい石だと思うよ。趣があるというか、神々しいというか」
「ただの岩だと思うけど?」
女の人が言った。
「えーと、その岩は今どこに?」
「うん、うちの庭にあるよ」
「ええええええっ!」




