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11 お礼


 翌日の朝早く、といっても九時に、あたしと小夜ちゃんは陶元とうげんさんの家を訪ねた。ふたりとも学校のジャージ姿である。


「おはよーございまーす!」


 ガタピシと扉を開けると、寝乱れた浴衣に寝癖髪の陶元さんが目をしょぼしょぼさせて現れた。ゆうべは遅くまで調べていてくれたのだろうか。


「どうした、こんな朝早く」


 いぶかしげな陶元さんに、


「お礼をしたいと思いまして」


 と、あたしは持っていた物を掲げて見せた。かまである。

 それを見た陶元さんの顎がかくんと落ちた。




「ふいー、やっと半分か」


 あたしは額を流れ落ちる汗をジャージの袖で拭った。門のすぐそばには刈り取った雑草がうずたかく積まれている。あたしと小夜ちゃんは陶元さんの庭の草刈りをしているのだ。

 昨日の帰り道、小夜ちゃんと相談して決めたことだ。朝早くから物置を探して鎌を探し出し、軍手なども用意した。おっと、蚊取り線香もばっちり携帯用のケースで腰から下げてある。変なお願いに尽力してくれる陶元さんにせめてものお礼をしようと考えたのだ。今のあたしたちにはこれくらいしかできない。最初に鎌を見せて陶元さんをびっくりさせちゃったのは失敗だったけど。

 小夜ちゃんはいつもはただ下ろしている髪をシニョンにまとめている。コジャレたつば広の帽子を被っているからあまり見えないが。汗で眼鏡がずり落ちているのが可愛い。


「そろそろお昼だね。わたし、ちょっとお昼を作ってくるよ」


 小夜ちゃんがずれた眼鏡をぶかぶかの軍手で押し上げながら言ってきた。いつもそうするので鼻の頭がちょっと汚れている。


「はーい、お願いねー」


 食材は来る途中にスーパーで仕入れてきた。今は陶元さんの冷蔵庫を借りて、そこに入れてある。料理といっても中華そばだから簡単だ。と、小夜ちゃんが言ってた。


「さて、もうひと頑張りだ」


 あたしは雑草のそばにしゃがむと先っぽの余った軍手でぐいと草を掴む。鎌を当てて引っ張るとすぱっと草が切れる。カンタンだ。鎌というのはすごい。真っ直ぐ引っ張っただけでいとも簡単にたくさんの草を切ってしまう。ゆっくり鎌を引いた時にじょりじょりと切れていくのが気持ちいいのだが、そんな風にしてると日が暮れてしまうのでたまにしかやらない。

 せっせと草刈りをしていくと、しゃがんだままなので腰が痛くなる。


「あいたたた。おほー」


 あたしが立ち上がって腰の後ろに手をやって体を反らし、その気持ちよさに変な声を上げた時、


「おい、お昼だぞ」


 陶元さんが掃き出し窓を開けて声をかけてきた。


「はーい」


 あたしは軍手と鎌を雑草の山のそばに置くと、ガタピシいう引き戸を開け閉めして家の中に入った。この引き戸も修理しなくちゃいけないな。




「おいしー!」


 小夜ちゃんの作った中華そばは絶品だった。市販のスープだし、トッピングもいたって普通だが、よく冷えたつるつるの麺がのどごしサイコーで、しかも量も多い。天国。

 あたしたちは最初に話をした応接間の低いテーブルを、床に座布団を敷いて囲んでいた。


「うん、うまいな。いくらでも入りそうだ」


 陶元さんの中華そばも特盛りだ。おじいちゃんなのにそんなに食べられるかな?


「よかった」


 シニョンの小夜ちゃんが嬉しそうに笑う。鼻の頭の汚れはなくなっていた。


「うわっ、しぶき飛ばさないでよ」


 つるんとやった拍子にスープを飛ばして小夜ちゃんに怒られたりしながら楽しくお昼は過ぎていった。


「ふいー、食った食った」


 お腹ぱんぱん。


「お行儀悪いよ」


 そう言う小夜ちゃんも手を後ろに着いて苦しそうだ。陶元さんは特盛り中華そばをきれいに完食して平気な顔をしていた。痩せてるのに健啖家けんたんかでびっくり。


「多くなかったですか? 食べ盛りの子がいるので張り切っちゃいました」


 あたしのことか?


「いやいや、たまにはこれくらい食わんとな。それより文献のことだが」


 はっとしてあたしと小夜ちゃんは姿勢を正した。なにかわかったのだろうか?


「残念だが今のところめぼしい資料は見つからん。ひょっとすると、そんなものはないかもしれん。だから君たちが庭の手入れをしてくれているのは無駄になるやもしれん。俺を思ってくれるのはありがたいことだが、そんなことはしなくていいんだ。暇だったらここでごろごろしていなさい。それでかまわんのだ」


 陶元さんはややうつむき加減になって顔を歪めた。ははあ、庭の草刈りをしてもらっても資料が見つからなかったらと気にしているのだ。


「たとえ見つからなかったとしても、栗山さんのお手をわずらわすわけですから、これくらいのことはさせてください。わたしたち、パワーがありあまっていますから!」


 小夜ちゃんはガッツポーズをしてみせた。


「いや、しかし」

「蚊が出るのも嫌だし」


 あたしが言うと陶元さんは驚いたような顔を向けてきた。ヘンなことを言っただろうか?


「そうか――そうか。あっはっは、よしわかった。この栗山陶元、是が非でも君たちの望むなにかを見つけよう! なかった場合は捏造ねつぞうしてでも!」


 それはダメでしょ。


「冗談だ。さて、君たちはちょっとゆっくりしなさい。俺も奥で休もう」


 陶元さんは立ち上がると部屋を出ていった。

 あたしはお言葉に甘えてソファに腰掛けると、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。

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