1 小夜ちゃんの聞いた噂話
「首なしの武者の幽霊が出るんだって」
小夜ちゃんがそんなことを言い出したのは、学校からの帰り道でのことである。
「なーにそれ?」
あたしは別に怪談話なんかに興味はなかったが、大親友の言うことは聞かざるを得ない。
夕方までにはちょっと時間がある住宅街だった。あたしたちは家が近所で、下校時には一緒になることが多かった。遠くから今年初めての、セミの鳴き声が聞こえてくる。一番セミだ。
「この間、大きなショッピングモールが出来たでしょう? あそこに出るんだって、夜中の二時ごろ」
近ごろ町外れに建った巨大な箱型の、いろんなお店が入る商業施設だ。でっかい駐車場もある。一度パパママと一緒に行った。
「誰に聞いたの?」
「んーと、あれ? 誰だったかなぁ?」
小夜ちゃんは小首をかしげ、その拍子に丸メガネがきらりと光った。噂の出どころがわからなくなるのは、なにも怪談に限ったことじゃない。むしろ、出どころがわからないからこそ噂であり、怪談だ! と、どうでもいいことをあたしは思った。
「深夜二時に誰が見たの?」
小夜ちゃんとあたしは県立印須磨栖高校に通う、ぴちぴちの女子高生だ。深夜に出歩くような真似をする友人はいない――かな?
「先輩の友達の知りあいって言ってたかな?」
「めっちゃ又聞きだねぇ」
「でもでも、他にも何人かから聞いたよ」
〝でもでも〟は、小夜ちゃんの口癖だ。かわいい。
「幽霊なんて――」
「あそこって前、なにがあったか覚えてる?」
いるわけないよ、と続けようとしたあたしを小夜ちゃんが遮った。
「んー、なにもなかったんじゃない?」
なにもないってことはないだろうが、思い出せない。
「それがどうしたの?」
「今までそんな噂なかったじゃない? 首なし幽霊が出るようになったのは、前あったなにかを壊しちゃったとか――」
「あ、幽霊、信じてるんだ」
あたしは思わず笑ってしまった。
「いや、幽霊はいるし」
小夜ちゃんは真顔だった。
「いるわけないよ!」
「いやいや、いるし!」
「はぁー、高二にもなってまだ幽霊とか信じてるなんて、小夜ちゃんにはびっくりだ」
「実際にいるものを信じるのに歳なんて関係ないでしょ! この石頭! 頑固ジジィ!」
「なっ――」
花も恥じらう乙女をつかまえてジジィ呼ばわりとは、さすがにカチンときた。が、それはまた別の話だ。
「とにかくいない」
「いる!」
その後も、いない! いる! と平行線をたどった。長年培ってきた友情が壊れてしまいそうな勢いだ。友情とは、かくも儚いものなのか。なーんて、こんなことは日常茶飯事朝飯前である。
「じゃあさ!」
と小夜ちゃんが鼻の穴を膨らませた。
「今夜、確認に行こうよ!」
「いいよ!」
売り言葉に買い言葉とはこのことだ。
で、実際に幽霊はいた。
◇◇◇◇
「あわわわわわわ」
あたしと小夜ちゃんはショッピングモールの駐車場の片隅で、抱き合って震えていた。あたしたちの眼は、駐車場の真ん中をゆっくり歩いている首なし武者に釘付けだ。
恐ろしいが、眼を離すことが出来なかった――。