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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第四章 ウェディングファンファーレ

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第四十話 魅了の意味

 リヴァルタ渓谷を飛んだあの日から、二つの夜を越えた。

 渓谷橋の工事は、あれからずっと中断している。やることも無い私たちは、各々好きなことをして過ごしている。昨日にはパリスたちが坑道教会のアジトに戻ってしまったので、私はイオニアスさんと一度、リヴァルタ橋の資料室へ片付けに向かおうと話しながら朝食を獲っていたところだった。

 そこに、アルシュ侯爵家の慶事の知らせが舞い込んだ。

 どうやら、殿下はシュベレノア様を上手に丸め込んだらしい。ありえない日程で婚礼を挙げることになったことを、ご機嫌な様子の工事責任者ロレンソンさんが私たちに告げに来たのだ。

 いや、正しくは建築設計局から派遣されて来ている、バルナ卿への報告だ。

 ロレンソンさんは渋々といった風に私たちが滞在する宿泊所に訪れ、挨拶もそこそこに話し始めている。どうバルナ卿への用事を片付け次第、早々にギレンへ向かうつもりのようだった。


「そういう訳で、アルシュにて先行して行われる明後日の婚礼の儀と祝祭日に定められた翌日まで、工事は中断することになりました。こちらに滞在されていては、領主様からの振る舞いも届きません、バルナ卿はせめてロゼまでお越しください」

「それはいささか突然のことで困惑しております。我々は本日から坑道の調査に向かうところでしたので、ご辞退申し上げます」


 え?

 何気なく後片付けをしながら耳を傾けていたのだけれど、バルナ卿の言葉に驚いて手を止める。それはイオニアスさんも同じだったらしく、彼はあからさまに父親を振り返っていた。

「祝いの日に、仕事を……?」


 困惑する様子のロレンソンさんだったけれども、バルナ卿が変わり者だという認識を思い出したのか、ひとつ咳払いをしてから側に座っていたフェルゼンさんの方を向く。


「そ、それではベルゼ王国使節のフェルゼン様だけでも……」

「いいえ、バルナ卿の調査に手をお貸しする約束をいたしましたので、どうぞ私のことはお気になさらず」


 いや、お気になさらずと言われても困るだろう、隣国を代表して訪れたフェルゼンさんを無視できるほど、工事責任者でしかないロレンソンさんは権限を持っていない。

 そこでバルナ卿が助け船を出す。


「殿下から渓谷内にある坑道の耐久性について追加調査のご命令を受けている。こちらのフェルゼン殿は鉱石採掘の専門家であらせられる。私から殿下へフェルゼン殿のことは手紙を書きましょう、それで収めてもらえるだろうか」


 それでロレンソンさんはようやく納得し、手紙を携えてロゼに戻っていった。

 しかしフェルゼンさんも式の当日までには、ギレンに赴かねばならない。残る時間はそう多くない。本当に坑道に入るつもりなのか、動きやすい服装に着替えたフェルゼンさんに、私は驚きながら訊ねる。


「本当に坑道へ調査に行かれるのだろうとは思いましたが、本格的ですね……」

「ええ、少々気になることがありまして」

「気になること、ですか?」


 服装だけじゃない、装備も万全のようだった。バルナ卿と同じように、肩には頑丈そうなロープを巻き付け、腰には鞄とザイル。滑り止めがついた頑丈な革手袋に、滑りにくい登山用のブーツを履いていた。


「ここの渓谷橋の工事を続けるべきか、中止にすべきか……今日の調査にかかっているでしょうね」

「……中止? 中断ではなく?」


 同じような支度をしているバルナ卿を振り返ると、彼も真剣な面持ちで頷いて見せた。


「そもそも、二度の崩落があった主な原因は、橋の構造に問題があるからだと考えている。リヴァルタ橋は、迫り出した岩壁に重量を分散させることで、強度を確保する造り。だがその岩壁には、坑道と後に素人によって掘られた抜け穴が、想定以上あったのは大いに問題がある……そもそも報告になかったものだ」

「バルナ卿の言うとおりです。コレット様、監獄部屋からの抜け道がいくつも枝分かれしていたのを覚えていますか?」


 フェルゼンさんの問いに、私は頷く。暗い中、両手を伸ばして手探りで分かれ道を見つけて、覚えていた順番通りに間違えないよう必死だった。


「それらの空洞が原因で、いずれ岩壁が橋を支えられなくなり、再び崩壊する危険があるのです」


 バルナ卿とフェルゼンさんは、抜け道の数と位置、長さを測定して地図に書き出して、その見極めをしておきたいのだという。


「じゃあ、中止になったらこの橋は……」

「破壊、することになるかもしれない」


 バルナ卿の言葉に、絶句してしまう。

 橋が無くなる? それでは、リヴァルタ村の人たちは、何のために村を捨てたか分からない。


「我々は、正しく計測し、持てる全ての技術を駆使して、現状を伝えるのみ。そのための調査をすることが、私の仕事。それらを明るみにして、どう判断するかは、この事業の総責任者たる王子殿下」


 バルナ卿は淡々とそう告げると、部下の二人とフェルゼンさんを伴って坑道へと出かけていったのだった。

 私は会計士、彼らとは役目が違う。

 リヴァルタ橋がどういう将来を迎えようと、今はまだ何も決まったわけではない。このまま工事を完遂できることを祈りながら、できることをやるしかない。

 イオニアスさんダンちゃん、三人で資料室に向かう。渓谷橋はしんと静まりかえっていて、街道にはギレンとクラウス市を往復する荷馬車がたまに通るだけ。こんなにもリヴァルタは閑散とした場所だったのかと改めて気づく。

 資料室に入る階段にさしかかったところで、クラウス市方面から一台の馬車がやってくるのが見えた。御者台の上で手を振るのは、レリアナだ。

 足を止めて彼女を迎える。


「思っていたより戻るのが早かったのね……って、すごい荷物」

「買い付けが思いのほか上手くいったわ。先日の崩落事故の情報のせいで、クラウスまでで引き返す大型荷馬車が多かったせいで、物だけは豊富だったわ」

「クラウスの様子はどうだった? さっき宿泊所に、ギレンから知らせを受けた工事責任者が、例の『慶事』を伝えに来たけれど」

「まだクラウスには噂にもなってなかったわ。買い付けの時に少し話を交わしたくらいだけれど、令嬢についてはコレットから聞いたような反応は、あまりなかったわ……あ、ギレンと往復していると言っていた商人は、ちょっとおかしかったけれど」

「……どんな風に?」

「近いうちにギレンが王国の都になるって。だから儲けたいのならば、私たちにギレンで店を構えたらいいって助言してくれたわね」


 うはあ、その人はたぶん『当たり』だ。

 私の反応を見てか、レリアナの隣で手綱を持つセシウスさんが補足説明をしてくれた。


「御用商人として、もうすぐ王宮に呼ばれるはずだと信じて疑わない様子だった。さすがに王宮は無いだろうと言うと、こちらを小馬鹿にしたように『アルシュ家は第二の王家、思うままにならない物などなかろう』と」

「そうそう、だから私たちはその商人に聞いたのよ、王都に溢れている新しい木綿を、ぜひ貴方にお売りしましょうか? ってね」


 煽るなぁ、レリアナ。

 王都から繋がる街道が、リヴァルタ渓谷橋のせいで制限があるために、その木綿が入っていないことを知った上での煽り文句だ。案の定、相手の商人は。


「それはもう真っ赤になって『シュベレノア様がどれほど謙虚で思慮深いお方か知りもせず、それでよく商売をやってこれたものだな!』と怒りだしたの。力不足と謙虚が同じ意味だなんて、始めて知ったわ」


 頬を膨らませるレリアナ。

 態度が大きい商人たちを体よくあしらってきた元受付嬢の彼女が、ここまで不快感を露わにするのだ。きっとその商人は、他にも何か捨て台詞を言ったのだろう。

 隣で苦笑いを浮かべるセシウスさんを見て、きっと彼を馬鹿にするような言葉を続けたのだろうことを察する。


「まあ、そういう変な人はどこにでも居るものよ。その人以外では、特に目立ったこともなかったし、クラウス市はそう多くなさそうね」

「うん、魅了は直接会った人にしか効果を付与できないみたいだから、シュベレノア様が持つ石の力は万能ではないということよ」

「私たちとしても、殿下が上手くやってくださって万事つつがなく元通りになることを願うわ。もちろん、居合わせたのだからちゃっかり稼がせてもらうけれど?」


 そう言いながら、レリアナは荷台に積まれた荷物を見て上機嫌だ。


「本当に転んでもタダで起きないわね、あなたたち……」


 私たちからギレンで起きる出来事を知り、ダディスのラッセルさんを送っていったついでに、空いた馬車で商品の仕入れをして来ると言っていた。本当に、実行するとは……


「ギレン限定のお祭り騒ぎ、稼ぎ時以外の何物でもないわ。ああそうだ……コレット、あんたにもお土産があるから、楽しみにしておいてね」

「私に?」


 レリアナは楽しそうに隣に座るセシウスさんと顔を見合わせて笑う。


「いったいなあに?」

「とにかく、私たちは売り物の整理があるから、また後でね!」


 そんな風に誤魔化されて、レリアナたちは手を振って街道脇の坂道へと向かってしまった。 いったい何だというのだろう。

 彼女のことだから、目新しい化粧品か、服だろうか。クラウスは金細工が盛んだから、装飾品でも見つけたのかもしれない。

 何やら楽しげなレリアナの顔を思い浮かべながら、私は「まあいいか」と踵を返す。

 レリアナのお土産は、仕事の後の楽しみにしよう。そう考えながら、私は資料室へと向かったのだった。


 

 その日の夕刻のことだった。

 宿泊所に戻った私たちを迎えてくれたのは、アルシュ解放軍を組織したリーダーで、元アルシュ騎士であるヴァンさん。坑道教会に戻った元領兵たち解放軍と、彼らに匿われていたリヴァルタ村民が全員無事であることを、改めて報告に来てくれたのだ。本当に、彼は律儀な人なのだと感心する。

 ここまで仕事に忠実で、周囲に気を配れる人を、どうしてシュベレノア様は利用しなかったのだろうか。魅了できなかったから?

 そもそも、彼はどうして魅了されなかったのだろうか。

 報告だけしてすぐに引き戻そうとしたヴァンさんを、私は引き留める。


「少し、お話しをしたいと思っていたんです」


 レリアナがクラウスで仕入れてきたというお茶を淹れて、彼に出す。

 ついでにお菓子も買ってきてくれたのだが、それはパリスたちのお土産にと、お茶を飲んでいる間にレリアナが詰め直してくれていた。

 私は居間の長椅子に座り、お茶の良い香りを楽しみながら、話を切り出す。


「ヴァンさんが一番大切なものって、何ですか?」


 唐突な質問に、ヴァンさんはすぐに返答できない様子だった。

 今は地味で安価であろう服装を纏い、無精髭も見えるが、さすが騎士として長く勤めを果たしてきた人物。背は高く、長身な殿下と同じくらいで、さらに引き締まった立派な体格。柔和な表情をしているものの、王都の貧民街で見かけるような、ならず者とは眼光が違う。

 軟禁されている侯爵様が頼るのも、頷ける。

 そんな彼を真っ先に懐柔しようとシュベレノア様は考えたに違いないのに、彼は魅了されなかった。


「アルシュへの忠誠を疑われても仕方がありません……ですが私は」

「いいえ、責めているのではないんです、そうじゃなくて」


 私は昨日、ラッセルさんから聞いた話を思い出していた。


『アルシュ城では、騎士と姫の悲恋物語のようだと噂されていたそうです』

 

 アルシュ城で長らく務め、三年前に亡くなった乳母の親族が、王都にいる。その者もアルシュ城で働いていたことから、毒入り事件の捜査で情報提供者として、使用人の確認をさせたという。殿下からそう告げられて、改めてその親族を訪ねてきたというラッセルさん。

 年の離れた主従関係。

 幼い守るべき姫が、見るまに美しい花へと変貌していく様を、もっとも間近で見続けた人。彼は誰よりも、シュベレノア様を愛おしく思っていたのではないだろうか。


「ふと、私たちの考察は当たっているようで、実は外れていたのではないかと思ったんです」

「考察……?」

「ええ、宝冠……シュベレノア様の魅了に毒されないのは、彼女へ興味がない者だとばかり思っていたんですけれど、実は逆なんじゃないかって」


 シュベレノア様を大事に思っていたであろうヴァンさん、父親であるアルシュ侯爵、幼い頃から顔合わせをしていた殿下、みんな彼女に最初から愛想を尽かしていたわけじゃない。

 私はどうだったろう。そう考えると、負い目は感じていた気がする。だって彼女が父である侯爵を通じて、殿下の妃に名乗りを上げていたと聞かされたわけだし、横から私がその可能性を潰したことになるから。

 そう考えると、ハルさんは娘さんがいるわけで子煩悩で、余所のお嬢さんにだって父親目線な人だ。ダンちゃんは根っから優しい、優しすぎる人だから最初から彼女に悪意を持つなんてありえない。

 そう、悪意。

 最初の王妃様を、暗殺という『悪意』から、婚姻まで守るために授けられた核結晶。悪意を真逆に変えるのが、本当の魅了なのでは。

 そうだとしたら、今核結晶の側にいる殿下は?

 私の胸に苦く冷たいものがのしかかる。

 もしかして私、やらかしたー?!


「ヴァンさん、本当のところを聞かせてください。あなたにとって、シュベレノア様は誰よりも特別な存在だったのではないのですか?」


 のんびりしている場合じゃなかった!

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