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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第四章 ウェディングファンファーレ

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第三十五話 魔鉱石

本日二話同時更新、こちらは二話目です

 私がようやく落ち着きを取り戻すと、殿下は後ろを振り向き、側にいたレスターに領兵たちを拘束するよう命令した。続いて護衛官のハルさんと何故かその場にいた解放軍リーダーのヴァンさんを呼び寄せる。

 だが最初の命令が聞こえていたくせに、それを無視したレスターが私に向かって走ってくる。


「姉さん! どうしてあんな無茶をしたんだよ、心配で僕を殺す気?!」


 殿下には怒られなかったが、レスターには開口一番叱られた。


「ごめんね、レスター。あなたこそ無事? 領兵たちが大挙して来たって聞いた時は、心配したのよ!」

「ああ、そうだった、あいつら逃がさないようにしないと……ああくそっ、姉さんごめん、後でちゃんと話すから!」


 踵を返すレスターは、すっと表情を険しくする。そして張りのある低めの声で近衛たちを呼び戻し、一旦は避難していた領兵たちの方へ向かう。

 聞いてはいたけれど初めて目の当たりにする、仕事中のレスターの姿に、背中を見送りながら唖然としていると。


「コレットさん、ご無事で何よりです。リュシアンも、ご苦労だったな」

「ヴァンさん、咄嗟に網を使ってくれたのは、あんただったのか。助かったよ」


 私が殿下に手を借りて立ち上がる横で、リュシアンもヴァンさんの手を借りていた。どうやらリュシアンも大きな怪我はなかったみたいで安心した。


「ハルムート、ヴァン=ダイクに坑道を案内させて、残りの領兵も拘束しダンジェンと合流してくれ」


 殿下の言葉にヴァンさんが振り返り、殿下の足元に片膝をつき、そして胸に手をあてた。


「無事で済んだとはいえ、殿下の婚約者であるコレット嬢を危険な目に遭わせた責任は、私にあります。どうかリュシアンはご容赦いただきたい」

「ちょ……なに言い出すんですか、私は自分から嫌がるリュシアンに頼み込んで、飛ばせたんですよ?! それに私はまだ婚約者じゃありません」

「そ、そうだよヴァンさん、俺のことなんていいから、早くパリスたちを助けてやってくれ」


 慌ててヴァンさんを立たせようとするのだけれど、彼は殿下を見上げたまま動こうとしない。殿下の許しを待っているのだろう。


「もう、殿下も何か言ってくださいよ!」


 しかし当の殿下は、リヴァルタ橋へ昇る崖の道を見ていた。

 私もそちらに目を向けると、なんと驚いたことに、さらに大勢の騎馬が降りてくるではないか。あわわと焦る私に、殿下が言った。


「心配はいらない、あれは王都からの援軍だ。エルには彼らの誘導を任せている」

「そうだ、エルさん! 来ないから何かあったのかと心配していました」


 目をこらすと、確かに先頭の馬に乗っているのはエルさんのようだ。黒髪が風になびいている。だがその背にはもう一人乗せているような……


「一緒にいるのは、トレーゼだ」

「え!?」


 まさかの侯爵様!

 それだけではなかった。


「後ろの馬に乗っているのは、恐らくベルゼ王国からの使者だ」

「は!?」

「宝冠の歴史を調べさせていると、お前の母が手紙を寄越したろう、忘れたのか?」

「それは、確かにそうですけれど、だからといって使者をここまで引っ張ってこなくても! 何かあったら国際問題です」

「そうだな、だから呼んだのだ。今ここで、誰に問題が起きたら、最も戦争になると思う?」


 ……はい、私です。


「わ、分かっているから、死ぬ思いで飛んで逃げたのに……そうやってわざと聞くってことは、やっぱり怒っているんじゃないですか」

「怒っていない」


 殿下はぞろぞろとやってくる騎馬の方を向いたまま、言う。


「うそ、怒ってる」

「怒っていないと言っているだろう」

「眉間に皺を寄せていると、怖い顔がさらに怖くなって戻らなくなりますよ」


 横から覗き込もうとするも、反対側に顔を向けてしまう殿下。

 図星じゃないですか。


「私の顔が怖い部類なのは、生まれつきだ」

「いいえ、少なくとも十年前は可愛らしかったですから、殿下ご自身のせいです」

「な……何を言い出すのか、お前は」


 振り返った殿下が照れていたので、してやったりと笑う。

 殿下はそんな私と、私の後ろにいたリュシアンとヴァンさんを見てから一つ咳払いをして言った。


「和平条約を結ぶための条件に、ベルゼ国王の従妹であるコレットと私の婚約がある。それを反故にするような事態を招けば、ベルゼ王とて再びフェアリス王国への反感を抑えるのは容易ではないだろう。必ず今回の事態は収めねばならない。それに……罪のないアルシュの民にかけられた暗示を解くには、ベルゼ王国の協力は不可避だ」


 殿下の言葉に、リュシアンとヴァンさんが驚き、声を失っている。


「ヴァン=ダイク、それからリュシアン=シェリー」


 一つ間をおいてからハッとしたヴァンさんが、再び殿下の前で膝をつく。そしてリュシアンもまた困惑しながらも、王子殿下の圧に自然と膝をついた。


「コレットを護り、王家に仇なすアルシュ領兵の手に落ちるのを防いだことは、両国の諍いの種を取り除いたのと同じ。フェアリス王家の名の下に、礼を言う」


 するとヴァンさんが、頭を下げて「畏れ多いことでございます」と小さく返した。

 そして私も、ちゃんとお礼を言っていなかったことに気づく。


「リュシアン、私からもお礼を言わせて。リュシアンのおかげで、殿下に辛い選択をさせずに済んだみたい。まだ色々と片付いていないから、今言っておかないと、言い損ねるところだった……ありがとう。やっぱりリュシアンは凄いわね」

「コレット、聞いてもいいか……あ」


 リュシアンが気まずそうに殿下の方を見る。きっと昔なじみのように話していいのか迷っているのだろう。


「いいよリュシアン、まだ私はただのコレット=レイビィだから。そうですよね、殿下?」

「ああ、許す」


 どうぞと促すと、リュシアンは再び口を開いた。


「前に言っていただろう? コレットは、どうしても手にしたいものがあって、それを叶えるのが夢だって。それは、もういいのか?」

「覚えていて、くれたの?」

「ああ、だって……なりふり構わないと言っていたろう? それがコレットらしくなくて印象的だったんだ。それにあの言葉を聞いて、俺も負けられないって思い、ここに来たんだ」


 そうだ、あの頃は早くお母様を取り返したくて、どうしたらブライス伯爵の元から解放してあげられるのかって、色々と足掻いていた。たくさんお金を稼いだらいいのか、どうやって人を説得できるのかとか……ううん、バレないように騙したり不正な方法でもいいからって、何でも試していたっけ。

 でも。

 私はすぐ横に立つ殿下を見上げた。


「私はもう、その夢を叶えたよ」

「そう、なのか?」

「うん、殿下が協力してくれて、たくさんの人の手を借りて。私だけじゃ、絶対に叶わなかった夢を、手に入れたよ……ううん、今まさに手に入れる途中かな」


 お母様は今ここには居ないけれど、もう誰にも会うことを禁じられてはいない。レスターとも、隠れて会う必要はなくなったし、自由にしてあげられた。レイビィの両親は娘のコリンの遺影を飾ることができるようになったし、いつでもお墓参りに行ける。大切な家族を取り戻せた。


「そうか……コレットは、ちゃんと叶えたのか。俺とは違って」

「あら、リュシアンだって叶えたじゃない。あの落下傘は、あなたの研究の成果、血と涙と努力の結晶でしょう? あなたなら絶対にやり遂げると思ったわ……って、なんで泣くのよ! 本当に泣けとは言ってないわよ!?」

「うるさい、汗だ」


 顔を腕で拭うような仕草をして、誤魔化そうとするリュシアン。

 慌ててハンカチを取り出した私を、殿下が引き留めた。


「ヴァン=ダイク、そういうことだ。この場は私と近衛に任せて、護衛官のハルムートを連れて、急ぎ坑道に残された者の救出に向かえ」

「は、承知いたしました」


 そう言ってヴァンさんは、苦笑いのハルさんとともに涙を流すリュシアンを立たせて、引きずるように連れて行った。

 それとほぼ入れ替わりに、エルさんとトレーゼ侯爵が到着する。


「殿下、この歳になってよもや騎馬で引っ張り回されるはめになるとは思いませんでしたぞ!」

「前回のバギンズをふがいないと誰よりも笑っていたのは、伯父上だったろう」


 よろよろと馬を降りてきたトレーゼ侯爵に、ラディスは滅多に聞かない呼称で呼び、そして笑った。どうやら、馬車に乗せられて近くまで移動してきたところへ、エルさんが急遽迎えに行き、そこからずっと馬を走らせてきたらしい。

 うわあ、それは嫌だ。トレーゼ侯爵も五十近いはず、同情してしまう。


「エル、お前は連れてきた兵とともに、ここのアルシュ領兵を制圧しろ」


 エルさんは「うへぇ、人使い荒いなあ」とぼやきつつも、すぐさま同行していた兵とともに、レスターたちに合流した。

 これで圧倒的優位となったので、さほど抵抗できずに武器を取り上げられるだろう。

 そして殿下はトレーゼ侯爵に少し遅れて到着し、やはり腰を押さえていた男性に声をかける。すると裾と袖が異様に長いローブを纏ったその人は、フードを下げて殿下に頭を下げた。 ベルゼ風の衣装を纏った男性は、思っていたよりも若く、三十台後半だろうか。色白で細身、ベルゼに多い色素の薄い金髪に、水色の瞳をしていた。優しそうな顔つきではあるものの、それなりの立場の人なのだろう。殿下を前にしても、落ち着いた声音だった。


「ラディス王子殿下、ご挨拶が遅れました。私はベルゼ王国、魔鉱石管理を任されておりますフェルゼンと申します」


 魔鉱石?


「こちらで言うところの、約束の石のことでございます、コレット様」


 顔に出ていたのだろうか。しかし……


「様つけは、勘弁してください」

「そうですか……? 私はベルゼ国王陛下の臣下、陛下の大切な従妹姫に失礼があっては申し訳が立ちません」

「いや、その、様でいいです、姫よりは!」


 姫とか呼ばれた日には、こそばゆくて全身掻きむしってしまいそう。

 またしても私の心を読んだかのように、フェルゼンさんは笑って「なるべくお呼びしなくて済むよう工夫いたしましょう」と妥協してくれたのだった。


「早速ですまないが、王の宝冠についてどのような記録があったのだろうか、分かっていることを話してもらいたい」


 殿下が促すと、フェルゼンさんはゆっくりと頷いた。


「王室保管のある古い書物に、ベルゼからフェアリスに二つの宝冠を贈ったと記述がありました。ですが記載はそのひとつのみ。ただ宝冠のことでしたら、歴史書、魔鉱石の記録書、外交記録、フェアリス王国から伝わる伝聞、あらゆるところに登場いたします。今回のことで調べるまで、当然ながら宝冠は一つと認識されておりました。となりますと、意図的に隠されたものでしょう」

「隠さねばならない理由は、何だ」


 殿下の問いに、フェルゼンさんは言葉を躊躇し、周囲を見回す。

 それに気づいた殿下が、側に残って護衛をしていた近衛兵士に、離れるよう指示する。そうして人払いが完了すると、フェルゼンさんは小さく頭を下げてから話を続けた。


「フェアリス王国で『約束の石』という名前で取り引きされる石には、大元の親石のようなものがあります。核結晶ともいい……つまり中心となる結晶です。一方で約束の石とは、その核結晶から細くのびるたくさんの小結晶のことをいい、それら全体をまとめて我が国では魔鉱石と呼んでおります」

「……名称を分ける意味は、及ぼす効果が違うからか?」

「はい。そうした呼び名で分けますと、フェアリス王国の宝冠は、核結晶から出来ております」


 それは私も常々、疑問に思っていたことだ。

 宝冠で現れる現象は、約束の石では説明がつかない事が多すぎる。約束の石はその名の通り、約束を守らせる対象一人に限られる。けれども、宝冠は対象が曖昧なのだ。私や殿下が触れただけで、正式な契約儀式を交わすことなく、徴が発現した。加えてあの宝冠が奏でる鈴のような音は、私と殿下だけに限らず、全ての者に聞こえる。だから陛下と私の母シャロンとともに徴を顕したことを、そして母の死後にはその徴が消えたことを隠すために、王家の庭は閉鎖され、王族以外が近づけないよう厳重に管理されていた。


「核結晶はどういう効果がある? 約束の石よりも強力だと思えば良いのか」

「二つの石は、人の心に作用するのは同じですが、正反対の性質を持っています。小さな契約をいくつか交わせるがただ一人のみに作用する小結石。反してたった一つの契約を、人数に関係なく広範囲に及ぼす核結石といった具合に」


 フェルゼンさんの説明に耳を傾けていた殿下が、顔を上げる。


「契約が、たった一つのみ? ではシュベレノアが見つけた石の効果は、彼女が望んだ契約ではないと?」

「目に見える作用が、魅了とお聞きしたのですが、間違いありませんか?」


 フェルゼンさんの問いに、私と殿下が同時に頷く。


「そうですか……では、二つ目の宝冠、つまり核結石の契約主は、最初のフェアリス王妃で間違いないでしょう」

「ベルゼから嫁いできた王女が、石の力を使ったというのか……」


 困惑する殿下に、フェルゼンさんは穏やかな声音のまま「そうとも限りません」と返す。


「かつて精霊王の血を引く偉大な血族は、二つに分かれて争うようになった。その二つが別の道を歩むと決めた時に、敵地に嫁いできた王女。その王女に二つの核結石で出来た宝冠を持たせたのは、父王のせめてもの親心でしょう。それなのに魅了の力を持つ宝冠の記録は削除され、ほぼ三百年の間、ここに封印されていたのならば、使われなかったのでしょう。または、誰かがその力を厭うたか」

「建国の初代国王と王妃については、仲睦まじかったと伝えられている」

「はい、我が国の歴史書にても、フェエアリス王国と争った記録はございません。つまりは、必要とされなかったのでしょう」


 じゃあ、今のシュベレノア様の状態は、どういうこと?

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