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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第三章 解放の翼

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第三十話 絶叫のガレーと自慢の逃げ足

 時は半日と少し遡り、未明の領都ギレン城に、領兵たちが集合していた。


「いったい、どうなっているんだ」


 城の小さな客室の窓から、真っ暗な中に松明が揺れながら集まってくるのを眺めるのは、会計室長ガレーだ。

 一緒に登城したラディス王子とその護衛たちとは、すぐに別室に分けられて以来、連絡が取れていない。ガレーが当初聞いていた予定では、遅い時間ではあるものの殿下を招いて晩餐があるはずだった。ガレーの小さな部屋にも、侍女が食事を持ってきた。まさか自分が招かれることはあるまいと覚悟はしていたガレーだったが、当たり前のように除外されていれば、そこは面白くないと腐るのは彼の性格でもある。そのことについては、きっちり殿下に訴えてやろうと待ち構えていたが、時刻は既に二時を回っていた。

 どうしたのか、何か問題でもあったのかと思案していたが、さすがにシュベレノアが殿下を害することはなかろうと寝台に入ることを決めた矢先に、城内の異変に気づいたのだ。

 暗闇の中、人の足音だけでなく、馬の蹄の音も次々に聞こえはじめた。


「この夜中にどこに向かう気……まさか」


 ガレーは部屋のランプを吹き消してから、窓枠にかぶりつくようにして覗く。ガレーに与えられた部屋は城の三階、ガラスがはまり顔を出すことができない小さな窓の下を、注視する。四隅が曇ったガラスのせいではっきり見えないのが忌々しいが、ガレーは目をこらす。


「武装しているだと?」


 青ざめるガレー。

 アルシュ侯爵家の権限を令嬢シュベレノアが握っている今、領兵を動かせるのも同じく彼女しかいない。そのシュベレノアの関心は今、リヴァルタにある。


「いったい何をする気だ、あの女は……」


 リヴァルタには大勢の工夫たちのみならず、ガレーの親類がいるクラウス市民たちも多く出入りしている。

 嫌な予感に、指を噛みながら部屋をウロウロと歩き回るガレー。

 するとそこに、扉をノックする音が響く。

 もしかしたら、自分の身も危ないのではないだろうかとガレーは焦る。侯爵家当主に頼まれたとはいえ、汚い仕事をやってきた。それなりの報酬を得たが、やった事以上の罪に問われて侯爵家と運命を共にするのは、割に合わない。咄嗟にそう考えたガレーは、周囲を見回して逃げ場を探す。

 だが返事もする間もなく扉が開くと、入ってきたのはラディス王子の護衛官の一人、黒髪の若い男だった。確か、エルと呼ばれていたなと、ガレーは思い出しながらほっと息をつくのだが。


「緊急事態だ、殿下が侯爵令嬢によって塔に閉じ込められた。俺は殿下の元に向かうが、お前はどうする?」


 その言葉に目を丸くするガレー。

 どうするとは、どういうことだ。そう問うと、エルは至極面倒臭そうに言った。


「あんたの身を守ってくれとコレットから頼まれているから、一番安全な場所に連れて行ってやると言っている。そこに侯爵様も居るらしい。だがあんたが嫌なら、好きにしたらいい」

「つ、連れて行ってくれ!」


 ようやくエルの言っている事を理解して、前のめりで返事をするガレー。

 ここで見放されたら、ガレーは城を出て町に逃げ出さねばならなくなるだろう。ガレーの立場を知る者はいないだろうし、本来ならば渦中の城に残るよりはマシだ。だが城に入る前に見た町の様子を思い出し、あれは駄目だと首を振る。

 かつて繁華街だったはずの歓楽街、よどんだ目をした市民、明かりが灯らない家々。相変わらずアルシュで最も大きな城下町であるはずなのに、何かがおかしい。あの町の中に自分が潜んでいたら、得たいの知れないものに呑み込まれるような不気味さをガレーは感じていた。

 だったら、王子殿下に庇護してもらう道に縋るしかない。

 ガレーは急いで大事な書類の入った鞄を手にして、さっさと部屋を出てしまったエルの、長い鞄を背負う後を追いかける。


「なあ、あんた、どうやって殿下の元に行くんだ?」


 深夜のギレン城は、しんと静まりかえっている。廊下は暗く、行き交う者もいない。ただ古い城の石壁に、二人の足音が反響するだけだが、それがまた不気味さを与える。

 エルの返答がないままに、辿り着いたのはラディス王子が居ると知らされた塔とは違う、城の四階部分にあたる倉庫のような部屋だった。


「まさか俺を騙したのか?」


 慌てて後ずさろうとするガレーに、エルはチラリと視線をよこしただけで、背負っていた長細い鞄を床に下ろすと、その鞄の中からガチャガチャと道具を出した。

 己の身の危険を感じるガレーだったが、エルは我関せずと出した木切れを一つ一つ組み上げる。するとどうやらそれは、ボウガンのような形になったのだった。


「おい、何をする気なんだよ、さっきから黙ったままで……おまえも俺を馬鹿にしているのか?」


 緊張に耐えられなくなったガレーが喋り続けると、ようやくエルは口を開いた。


「殿下の元に行くって言っただろうが、少し黙ってろ」

「な……」


 反論しようとしたガレーに、エルが窓の外を指差して見せた。

 ガレーが窓に近寄ると、外に見えるのは、城のすぐ横に建つ塔の屋根。窓はほとんどないが、通気口のような小さな窓から、ほんのりと明かりが漏れている。

 

「え、ちょ、おま……」


 気づけば、ガレーの横でエルがボウガンの弦を引いていた。矢の示す向きは、塔。

 止める間もなく矢は放たれ、窓の木枠を擦りながら、縄が矢とともに飛び、塔の屋根の先端にある飾りに巻き付いたようだった。

 その縄の端を、エルが握っている。どうするつもりなのかとガレーが口を開けて見ていると、部屋の柱に結びつける。


「待ってくれ、ちょっと、待て、まさかこの縄を伝って、あの塔に飛び移るなんて、言わないよな?」


 口角を上げるエルの顔を見て、ガレーの顔色は一層青くなる。

 やはり、王子殿下についてこんな所に来るんじゃなかった。そう後悔をする。いいや、そもそもアルシュ領に戻るはめになったから、こんな事に巻き込まれるはめになったのだ。

 その元凶であるコレットの憎らしい笑い顔を思い出して、ガレーの顔色に色が戻る。

 青から赤へ。


「こうなったのもみんなあの女のせいじゃないか、あの疫病神がぁ、絶対に許さないぞぉお! 左遷だ、絶対に次こそ、帰って来れない場所に左……」


 眉を八の字に寄せたエルによって、口を塞がれるガレー。


「気持ちは分かるけど、ちょっと黙ってて。塔の下に護衛が立ってるからさ、聞こえたら捕まっちゃうよ? 塔に無事に辿り着いたら存分に言いなよ、今の彼女の上司にね」


 そしてガレーはエルによって口に布を巻かれて、ひょいと担がれたのだった。




♢ ♢ ♢



 リヴァルタ渓谷は、昔から大地の裂け目だと言われてきた。

 渓谷側から見える周囲を囲う山々は、切り立った崖そのものだ。だが一方で山の方から見下ろすと、渓谷は神の怒りを買って雷を落とされた穴そのもの。下から見上げる山は、正確には高台だ。その高低差は最大八百メートルにも及び、渓谷は風の通り道となり、常に強い風に晒されている。

 もちろん、渓谷の崖沿いに渡されたリヴァルタ橋も、谷底からの強い風を受ける。


「は……くしゅん!」


 ずずっと鼻をすする。なんだか今日はよくくしゃみが出るのよね。


「煽られて倒れないように、しっかりと掴まれ、コレット」

「うん、わかったダンちゃん」


 橋に付けられた昇降機と資材を受け渡すために設けられた開口部で、下から煽るような風を身体に受けながら、私とダンちゃんは立つ。

 橋脚が立つ川岸に行き来する人たちのうち、一人が私たちの方を見上げた。


「我々に気づいたようだな」


 ダンちゃんが呟く。

 谷をくねるように流れる川は、長い年月をかけて硬い岩盤を削ってきた。その岩盤を利用して建てられたリヴァルタ橋の足元には、渓谷で唯一の村があった場所だ。その村の広場へ続く道に、私を探す工夫たちの影が見える。ばらばらに散っていた人影が、私の姿を見つけて集まってくる。

 それを確かめて、改めて実感する。本当に彼らは、私を探していたのだと。


「どうやら、水車小屋にも上手く忍び込めたようだ、行くぞコレット」


 ダンちゃんの言うとおり、昇降機が動き始めた。

 ゆっくりと歯車が回る。それと同時に、開口部の少し下にあった荷を乗せる台が下がり始める。

 ダンちゃんが私を抱えると「しっかり掴まって」と言い、開口部の縁を蹴った。

 石材を支えられる荷台といえど、着地すると振動が身体に伝わる。四方は手摺りなど一切無い、吹きすさぶ風さらしの荷台は酷く恐ろしい。

 ギギギと音を立てて動く昇降機に気づき、リヴァルタ橋の中にいた工夫たちも、私たちの存在に気づいたようだ。窓から顔を出して私たちの姿に驚き、開口部の近くにいた者たちが走り寄ってくる。

 けれども既に昇降機は飛び移るには危険なほど下がっている。

 お願いだから無茶をする者が出ないようにと祈る気持ちで、見上げる私とダンちゃん。飛びかかられたら、ダンちゃんとて制圧せねばならないし、万が一でも昇降機から落ちてしまったら、命はない。


「コレット、下層は狭い窓から突入する。頭を両手で守っていろ」

「わかった、ダンちゃんも気をつけて」


 徐々に下がる昇降機の荷台から現れた階下の窓に、ダンちゃんが剣を突き立てる。格子に組まれた木枠ををなぎ払い、通れるだけの穴をつくると、私を両手で抱えてそこに飛び込んだ。

 階下の石床に、ダンちゃんが私を抱えたまま転がり落ちる。

 ちょうどリュシアンに託された落下傘の鞄が、クッションになったようで、私たちは怪我もなく無事だった。

 ダンちゃんに手を借りて立ち上がると同時に、この階へ繋がる唯一の階段がある方角から、大勢の足音が聞こえた。


「僕の側を離れないように、引きつけながら走るぞ」

「うん」


 ダンちゃんが私を背にしながら、剣を拾って鞘に収める。そして組んだ拳がゴリゴリと鳴る。

 この最下層へ辿り着くための通路は二つ。レスターたち近衛が通路近くで待機していて、頃合いをみて閉じてくれることになっている。橋の下に残る工夫たちは、解放軍が拘束する手筈だ。

 私の役目は、なるべく多くの工夫たちを、この階に集めること。


「ダンちゃん、彼らはあくまでも救うべき人質なんだから、手加減は忘れずにね!」

「コレット次第だ」


 殿下も保証する逃げ足だけれど、これはさすがに想定外。加えて最近は運動不足なんだけどな。

 まあ、頑張るしかないでしょう。

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