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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第二章 巻き込まないでください
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第八話 秘密の墓標

 少し早めに仕事を終えることができたこの日は、少し寄り道をして帰ることにした。

 城門をくぐった側には、使用人がよく使う辻馬車が出ている。使用人だけでなく、下っ端の役人たちも利用するので、朝夕は頻繁に馬車が行き来する。

 私の家は城からさほど離れていないので、馬車を使わず歩いて通っている。徒歩ならば小高い丘をぐるりと周回する必要はなく、階段が設置されている。その階段を降りて行き着く先が、城下でも商店で賑わう通りで、その通りに接する脇道に入ったところにレイビィ家がある。

 しかし今日乗る馬車は、市街地から少し離れた、ヘルマン通りまで行くものだ。

 王都の外れにあるせいか、貧困にあえぐ者たちも多く、あまり治安もよくない。そういう地区だから、救済院と呼ばれる施設がいくつか建てられている。それらの救済院は孤児たちが育てられていて、その世話にも職を失った住民が採用されるなどして、運営されている。出資者は主に貴族たち。だが彼らはお金を出すだけで、経営はそれぞれの施設長の裁量に任されていることが多い。

 馬車を降りたところで、路地で休憩していた花売りから花を買う。もう少し歩くと店もあるけれど、ここに来た時くらいは路地売りで買うと決めている。たまにしおれかけを押しつけられる時もあるけれどね。

 そうして少し歩き、いくつかある救済院のひとつ、シャロン救済院の門前で足を止めた。

 ここは修道院も併設されていて、救済院の経営は修道女エッセル院長が責任者となっている。修道院という事情柄、門は常に固く閉ざされている。

 私は門を逸れて塀を伝って歩く。すると一部鉄格子となっている所から、中の様子を見る。ちょうどそこは庭になっていて、子供が遊んでいた。


「あ、コレット!」


 追いかけっこでもしていたのだろうか、走りながら横切った子供が私に気づき、戻ってきてくれた。


「こんにちは、今日は仕事が早く終わったから突然来ちゃった。エッセル院長に伝えて門を開けてもらえる?」

「うん、分かった」


 子供はすぐに建物の方に走っていった。元気でよろしい。この様子なら、食べ物は行き渡っているだろう。

 そうしてさほど待つこともなく門が開き、修道女の一人が子供に促されて出てきた。


「ようこそお越しくださいました、院長は中におります……先に、寄られますか?」


 修道女は私が手に持つ花を見て、問う。

 それに微笑みながら頷くと、彼女もまた穏やかに微笑み、私を招き入れて再び錠前を落とす。

 私を見つけて集まってきた子供たちを、修道女は集めて部屋の中に促す。気を遣わせたかしらと考えていると、ちょうどおやつの時間なのだという。子供の一人に、おやつを分けてあげるから楽しみにしていてねと言われ別れた。

 庭を横切り、修道院の建物をぐるりと迂回し、行き着いた先は小さな墓地。

 ここは、救済院に来たけれど不幸にも亡くなった子供と、引き取り手のない修道女たちが眠る墓。そしてその一角には……


「お母様、お父様、そしてコリン、少し久しぶりになってしまいました」


 三つ並ぶ墓に、それぞれ花を供える。

 ここは、かつてノーランド伯爵家が出資して作った、救済院。裕福だった伯爵家が、その経営をかなりの割合で負担し、修道院は母の希望で併設された。だからシャロン救済院という名は、母シャロン=ノーランドから取られた。

 しばらく墓の前で祈りを捧げた後、私は周囲をぐるりと見回し、異変がないかどうかを確認する。

 殿下がダディスを使って十年前の少年を探しているということは、少なくともあの日城に招かれたノーランド伯爵家も、一度は調べる対象となったと見て良い。ここにたどり着いたとは思えないが、警戒はしておかなければ。

 それからいつもの通り、救済院の子供たちに算術を教える。最低限の読み書きは修道女たちが教えてくれるが、彼女たちも元は貧困にあえいで出家するしかなかった者たちが多い。そこで私の出番、子供たちが成人を迎えて救済院を出たときに、仕事に困らないように教えている。せっかく生かした命なのに、仕事にありつけず命を粗末にするようなことになっては、もったいない。

 以前来たときに出した宿題をチェックしながら、私は子供たちが皆で作ったというクッキーを頬張る。


「コレットせんせい、お茶をどうぞ」

「ありがとう、このクッキーすごく美味しいよ、干した果物が入っているよね、皆で考えたの?」


 砂糖は高いので、子供たちのおやつに甘いものはなかなか出せない。けれども庭に植えた果実を干して保存している。それを使って甘くて美味しい焼き菓子にしている。ほんのり甘く、少しだけねっとりとした食感が混ざって、なかなかいける。


「次のバザーで売ろうかと思っているんですよ」

「エッセル院長」

「ようこそいらっしゃいました」


 初老の修道女、エッセル院長が穏やかな表情で立っていた。私はおやつを分けてくれた子供たちにお礼を言って、院長と共に修道院へ移動した。

 建物の最奥にある院長室で、私は切り出した。


「院長、これまでにダディスから私やノーランド伯爵家のことを尋ねる者がやってきたことはありますか?」

「こちらでは特に何も……なにか、ございましたか?」

「役所の庶民納税課から異動になり、王子殿下の元で私財会計士をすることになったんです」

「……コレット様が?」


 エッセル院長が驚いたような顔をして、しばし考え込む。

 彼女は私の出自をもちろん知っている。幼い頃からここへ訪れていた私の成長を、院長も見守ってくれていた。だから二人きりの時は、私をコレット様と呼ぶ。ぼろが出るから、ずっと呼び捨てでとお願いしたのだが、彼女は頑なに私を伯爵令嬢として扱いたがる。

 母への恩義があるからだろう。


「大丈夫、なのでしょうか」

「殿下に過去のことはバレてないわ。でも十年前の事件の中心人物だった少年を、探しているみたいなの」

「今更、ですか?」

「それが、殿下には今更というわけではないみたい。これまでもダディスを使って探しているようなの。だから今後、怪しい人物が近づく可能性もあると思うの。エッセル院長にも、気をつけて欲しいわ」

「そういうご事情でしたら、修道院でも出入りを厳しく管理するようにいたします。市場に出たときも、私語を慎むよう徹底いたしましょう」

「助かります、もうコレット=ノーランドは墓地に眠っているのです、死者の眠りを妨げないことを希望します」


 エッセル院長は、しっかりと頷いてくれた。

 それから──そう前置きしてから、私は鞄からずっしりと重い袋を出した。


「これはいつもの『寄付』です、どうぞお納めください」

「頂戴いたします」


 エッセル院長は仰々しく袋を両手で受け取り、そして院長室の書棚の奥にある金庫に収めた。


「では領収書は次回に……これは前回の領収書と、帳簿です」


 代わりに差し出されたものを受け取り、遠慮なく中を見る。

 数字の羅列を見て、いつも通りで順調なことを確認して、帳簿だけを院長に戻す。


「ようやく、終わりが見えて参りましたね」

「はい、今回の仕事の給金で完済できそうです。お継母(あのひ)()は、こちらには?」

「ええ、相変わらず月に一度はお見えになられます。お元気そうですよ」

「もう来なくてもいいと、レスターからも伝えた筈なのだけれど」

「こちらにいらっしゃると、子供たちにそれは厳しく礼儀作法をご指導いただいております」


 継母は、父が死んだ時に伯爵家の遺産をすべて受け継いだ。

 だが父が生きている時には好調だった事業が、見る間に赤字を生み出す巨大な負債となった。十歳にも満たない子供の私にどうにか出来るものでもなく、すべての資産と事業を手放しても返済しきれないものだったらしい。

 その負債の返済が、十年経った今もまだ残っている。それを知ったのは、私が役所に無事就職した後だった。それ以来、エッセル院長を経由して、継母へ返済用のお金を渡してもらっている。その代わりに、しっかり返済に充てられているかどうか帳簿をつけてもらっている。

 伯爵家はもうないし、コレット=ノーランドは死んだことになっているので、書類上では私に返済義務はない。別に継母から脅されたり、かつて塔に閉じ込められた時のように強制されたわけでもないし、弱みを握られたわけでもない。

 それどころか家が取り潰しになったあの日以来、私は継母には直接会っていない。彼女が私をどう思っていようが、これはノーランド伯爵家の血を引く私の役目。自分で決めたことだから、最後までやり遂げるつもり。

 そうして再び私は救済院に戻り、時間の許す限り子供たちに勉強を教え、そして暗くなる前には帰路についたのだった。 

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[一言]  継母に金を渡す理由はなんなのか。レスターとは仲がいいから?
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