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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第三章 解放の翼

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第二十一話 無自覚とやせ我慢

 私とダンちゃんがシュベレノア様との遭遇をやり過ごし、会計資料室へ戻るまではかなりの時間を費やしてしまっていたらしく、既に視察団の人たちが集まっていた。

 人をかき分けて入ったその先で、レスターの後ろ姿を見つける。


「レスター」


 呼びかけるとレスターは振り返り、私の姿を認めるとかけ寄ってくる。


「心配していたよ、姉さん。今までどこに居たの?」

「うん、頼まれていた手紙を出しに行っていたんだけどね……シュベレノア様に会っちゃって」

「何だって? 姉さん、異変は? 気分はどう? 何かされていない?」


 青ざめてそう聞き返してくるレスターを「大丈夫だったから」となだめ、彼の後ろに出来た人だかりへと視線を移す。

 新たに追加で派遣されたのであろう近衛兵が数人と、文官らしき壮年の男性が一人。茶色い豊かな髪を編み込むように束ね、建築設計院の所属である丸い筒状の帽子を被っていた。

 振り返るその男性の細く通った鼻筋と、骨張った頬などの顔立ちが、リュシアンによく似ていた。

 そしてその側で立つイオニアスさんの困ったような表情から、その男性が彼らの父なのだと悟る。

 その男性が私の視線に気づき、人混みの中から抜け出て私の前まで来ると。


「スティーグ=バルナ上級設計士です、今回の崩落事故の原因究明に派遣されました」


 見上げるその顔は確かにリュシアン寄りなのに、固く冷たい表情はイオニアスさんそのものだった。

 彼を通して見ると、確かに二人は兄弟なのだと実感する。


「はじめてお目にかかります、バルナ卿。イオニアスさんの補佐を任されています、コレット=レイビィです」


 そう挨拶をして手を差し出すと、一瞬だけ躊躇したものの、握手に応じてくれた。


「殿下から今後の工事計画のために、今回の崩落原因を突き止めるよう命じられています。資材関係の資料も重要になってきますので、ご協力お願いします」

「もちろんです、よろしくお願いいたします」


 早速、こちらでまとめてあった会計資料を確認してもらうことになった。

 バルナ卿は同じく設計士の助手を二人同伴しており、ガレー室長にお願いして彼らの分の作業場所を作ってもらう。

 その間にも、イオニアスさんは微妙な顔をしながらも、バルナ卿へと私たちが炙り出した資材会計の説明をしてくれている。

 私はと言うと、レスターと少しだけ話すために、他の人たちと離れた場所に移動する。


「姉さんに接触しないよう、殿下も含めて気を配っていたはずだ。本当に、何もされていない?」

「うん本当に大丈夫だから。それよりびっくりしたわ、いきなりだったから。人目が増える分は、安心だと思っていたのだけれど……」

「偶然ではなく、姉さんに会おうとしたってこと? それともシュベレノア様は姉さんが誰なのか気づいてなかったの?」

「ううん、しっかり認識されていたみたい。殿下の元を自分から辞めて、さっさと去れと言われたもの。きっぱりと断ったけれど!」

「……姉さん」

「だってまるで私が勝手に居座っているみたいな言い方をされたのよ。だからちゃんとした契約で雇われているんですって返してやったわ」


 思い出してもまだ苛つく。どうしても好きになれない人かもしれない。だがレスターは呆れ気味に呟く。


「それでよく無事で済んだね」

「慌てて殿下が駆けつけてくれて、彼女を連れ去ってくれたの。どうやら身支度を調えるという口実で離れた隙に、私の元に来たみたい」


 私がどこに行くかは誰にも告げなかったはずなのに、行き先でシュベレノア様に遭遇したことにより、監視されている可能性を告げる。

 するとレスターは渋い表情で、頷く。


「誰かが姉さんの位置を把握してすぐにシュベレノア様を誘導したのか……リヴァルタ橋の補修工事に就いている者たちは、信用してはならないと僕も考えているよ。だから殿下も近衛をここに残したのだから」

「洗脳されているだけだから、彼らに罪はないのにね」


 私がそう言うと、レスターは頼りなげな顔で私を見ていた。


「争いを起こさせないように、その発端となりそうな芽を摘むのが僕の任務だ。本当に、難しいことを要求されたよ……」

「そうね、渓谷橋は広いし守るのは大変そう。大丈夫?」

「やらなくちゃ、それが姉さんを守ることになるのなら」


 レスターの言葉に、私は首を傾げると。


「じっとしていてね、姉さんが嵐の目だって殿下も言っていたけど、僕もそれには同意だ」

「酷い、レスターまでそんな事を?」

「そもそも姉さんだって、殿下の役に立ちたくて、自ら志願して来たって言っていたはずだよね?」


 そりゃそうだけど。口を尖らせて見上げると、レスターが何故かまた頼りなげな、哀しそうな顔で私を見下ろしていた。

 なんだか真剣な様子のレスターに、安心させなければと頷き返す。


「姉さんが選んだ道を、誰よりも全力で応援するって決めているんだ。誰よりも一番側で、誰よりも理解者でいたい……せめて弟でいられる間だけは」


 そう言って浮かべた寂しそうな笑顔は、いつか見た覚えがある。

 十年前、実家に戻されるお母様よりも先に、バウアー男爵家に養子に出されると知らされた日。下町のレイビィ家に居座っていた私の元へ、お別れに来た幼い頃のレスター……


「リヴァルタ橋に居る今だって、ずっと側にはいてあげられない。姉さんが選んだ道を守るために、この地で紛争を起こさせる訳にはいかない。だから……お願いしますダンジェンさん」


 レスターが私から視線を横に逸らした先に、ダンちゃんが立って私たちを見守っていた。


「姉さんを、絶対に守ってください」

「承知した」


 短い返事に、レスターは安心したのかいつもの微笑みに戻ると。


「僕が側に居られない間は、ここ資料室に近衛を付かせて警護を固めるからね。ブライス領にも殿下に同行した信用の置ける者を選んでいる、口は固い者ばかりだから安心して。だから姉さん、無茶をするなとは言わない……一人で抱え込まないで僕たち全部を巻き込んで欲しいんだ」


 それってつまり、近衛兵たちには私がどういう立場の人間なのか知られているってこと?

 なんだか大げさな事になったなと、軽い気持ちで聞いていたのがレスターにも分かったのだろう。


「近衛は今、首の皮一枚で解体を免れている状態だ。大公家からの庇護をいいことに偏った理念にとらわれ信頼を失った。それを内側から変えるために上層部を降格してジェスト隊長を受け入れたものの、未だ改革の途上にある。王室の護りでありつづけるためには、僕たちは殿下と殿下にとって欠くことができないものを護り抜くことでしか、存在意義を示すことができない」

「……殿下にとって欠くことができない、もの?」

「この国を形成するための王室の権威と、それを継ぐための未来、つまり姉さんだよ」


 え、私?!

 驚いたものの、殿下の求婚を受け入れている現状では、確かにそれはそうなのだが。

 それをレスターの口から聞かされると、姉としてはどうにも照れくさいというか、居心地が悪い。

 でもレスターの進退がかかっているのなら、この件は心に留めておかねばならない。可愛い弟が私のせいで失業してしまっては、大手を振ってお母様に会いに行けないではないか。


「分かったわレスター、レスターを無職にしないためにも気をつける。自分の立場を忘れず迷惑をかけないように行動する……絶対は、自信がないけれど」


 決意表明をしているというのに、レスターはまた何故か困ったように眉を下げて笑う。


「じゃあ僕は行かなくちゃ、くれぐれも一人にならないようにね」


 そう言ってレスターは待たせていた近衛たちを引き連れて、資料室を出ていったのだった。

 私はイオニアスさんたちに合流するべく気持ちを切り替えるのだけれども、側にいたダンちゃんが、レスターの背中をじっと見送っているのに気づく。


「どうしたの、ダンちゃん?」

「いっぱしにやせ我慢ができる男に……いや、なんでもない。彼も成長したものだと感心した」

「そう? やっぱりダンちゃんもそう思う? レスターってば、ジェストさんに鍛えられてから一層逞しくなった気がするのよね。本当に、自慢の弟なの!」


 レスターを褒められて満面の笑みで戻ると、私を待ち構えていたのは不機嫌極まりない様子のガレー室長だった。

 彼はいつもよりもうんと上質の服を着て、腕組みをして立っている。


「私は今からすぐに領都へ発たねばならない、何よりも王子殿下からのご指名なのだからな」


 ふんぞり返るとはこのことか。目の前で鼻が長く伸びるのではないかと見守っていたが残念なことに、ふん、と鳴っただけだった。


「こちらはバルナ卿をはじめとする設計士たちの事故調査が終わるまでは、工事は中断したままと聞いていますし、ちょうど良かったですね」

「部下たちがここに残る、私が留守だとて勝手をせぬよう気をつけるように」

「はい、承知していますよ」


 そう言うと、ガレー室長は資料室を出て行った。

 今からシュベレノア様と殿下は、領都のギレンに向かう。到着は夕刻になるだろうから、どんなに最短で戻って来たとしても、リヴァルタ渓谷橋に来られるのは明後日の朝。

 それまで私がやれることは、調査に協力しつつ現状維持だ。


「早速ですが、暗くなる前に現場の視察に向かいたいと考えています。同行していただける人員を調整願います」


 バルナ卿が作業用の机に広げた地図を前に、そう切り出した。


「殿下からも許可をいただいております。現場を監督する者でなくとも、道案内がいれば充分です。場所はここと、ここへ」


 バルナ卿が指し示したのは、今回の崩落が発生した橋脚部分の最上階にあたる場所と、なぜか中央橋脚部分の基礎部分だった。

 中央橋脚の根元は橋の下に流れる川の中州になる。そこに入るには、かなり手間がかかると資料室付きの会計士が伝えるが、バルナ卿は大丈夫だと突っぱねる。


「我々は整備されていない場所に入り、調べ尽くしてから設計に入る。その下調べと準備も怠らない」


 そう言い、バルナ卿は着ていた長いマントを脱ぐ。すると彼が着ていたのは革製の服で、袖は肘から下が細く絞られたもので、非常に動きやすそうな造りだった。それは足元も同じで、ズボンもまた膝下で絞まり、そのまま同じくなめしたブーツの中に収められていて、そのブーツもまた特殊な造りのようだった。紐のようなものはなく、足を覆う造りなので水が染みないようになっているそうだ。


「私は今回のような橋や坑道、街道建設や灌漑までを専門としています。まずはこの目で、被害状況を確認する必要があります。山間部の川は短時間で増水することがあり、見張りが必要ですので、その人員をお貸しいただければ充分」


 そう言いながらも、彼は手を止めない。助手が大きな鞄を出して彼に布袋やらロープなどを渡して、それを腰にくくりつけたりして準備を始めている。しかし卿の表情は固いままで、どこまでいっても冷静。淡々と事を進めることはイオニアスさんそっくり。でもやろうとしている事は、リュシアンみたい。

 なんと濃い親子。思わず笑いがこみ上げそうになるのを抑えつつ、私はダンちゃんを振り向く。

 面白そう、行きたい!

 目線でそう訴えると、もちろんダンちゃんは困った顔をするのだが。


「見張りに加えて、記録係もお借りしたい。この通り、助手は連れておりますが、彼らも計測のために手が空きません。こちらが口にした数値を、ただ書き留めてもらえれば、誰でもかまいません」


 そう言いながらも、バルナ卿は革の手袋をはめた手で、受け取った短剣やらハンマーに杭などを次々に装備していく。

 その姿に青ざめるのは、資料室の会計士たち。記録係といえども、それを断崖でやらされると思ったのだろうか、目線を合わさないようにしている。


「私でよければ、ぜひ同行させてください!」


 はいはいはーい! と手を上げた。

 ダンちゃんは眉を下げて、イオニアスさんは青ざめていたが、バルナ卿は相変わらず鉄壁の表情のまま頷いた。

 そうして私はこの日初めて、リヴァルタ渓谷橋の事故現場に向かう。

 同行者はバルナ卿と助手の二人、私とダンちゃん、イオニアスさんと近衛が二人と、偶然にもアルシュ側を排除するような形になったのだった。

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