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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第二章 リヴァルタ渓谷の秘密

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第十五話 作戦会議

2025.2改稿

 所詮会計士ごときの私たちが顔を付き合わせていても、リヴァルタ渓谷橋で今まさに起きている様々な問題をどうにかできるわけもなかった。

 その日の仕事を終えて、宿泊所へ戻る前に殿下と会うことになった。

 そのことを夕方になってから伝えに来てくれたのは、近衛隊をシゴキ……もとい、訓練し直してきたレスターだった。

 資料室で働いていたガレー室長とその部下たちは、退勤準備を始めている。各々仕事道具を片付けたり、既に退室していたりと閑散としている。

 殿下はシュベレノア様を先にロゼに送り届けてから、再び渓谷橋に戻ってくるという。それは危なくないのかとレスターに問うのだが、どうやらそうでもしないと、シュベレノア様の側を離れることが難しいとの答えが返ってくる。いったいどういうことかと首をひねっていると、唸るようにレスターが声を荒立てる。


「側仕えの者たちに、絶妙に上手く立ち回られてしまう。それはもう息ぴったりの連携でさ、殿下と令嬢を一緒にいさせようとしてくる。まったく、うんざりしているよ」


 大きな声を出すと、まだ留まっているガレー室長たちに聞かれそうなので、指を立てて「聞こえるわよ」と注意を促すと。


「分かっているよ、でも本当に気味が悪いんだ」


 レスターが言うには、殿下の視察予定をしっかり把握していて、それら全てに令嬢が付き添えるよう先回りするのだそう。だが令嬢が指示したような様子は一切なくて、むしろ側仕えたちが余計なことをしたと令嬢自身が身代わりになって殿下に謝るのだが、それが何度も続くとどうも不自然極まりないのだとか。そしてレスターが感じるその不自然さを、令嬢に心酔した者たちは一切感じていない様子なのがまた不気味なのだという。


「そんなことより、姉さんに手紙が来ているよ。殿下あての便にヴィンセント様が混ぜてくれたらしい」


 レスターが胸ポケットから出して寄越したそれは、上質な紙でできた封筒に入ったものだった。受け取って裏返すと、そこに書かれている名に驚く。

 リンジー=ブライス。お母様からだった。


「ど、どうして? ベルゼ王国から届いたの?」

「ああ、殿下が送った親書の返信に、母さんからの手紙が同封されていたらしい。姉さん宛だからまずは姉さんが読むべきだろう」

「うん、ありがとう」


 封を切って手紙を広げると、お母様が愛用している香水の香りが、紙から微かに匂う。

 愛する娘、コレットへ。そういう出だしに、思わず笑みがこぼれてしまう。

 手紙には、お母様の近況が綴られていた。別れる時に聞いていた通り、お母様はベルゼ王国の王宮で客人として滞在しているという。そこで幼い姫の教育係として働き始めたようだった。

 フェアリス王国を離れたとはいえ、王宮住まいのおかげで、フェアリス王国の情報も早く耳に入れることができている。そこで殿下からの親書が届いていることを知ったらしく、お母様から私への忠告をしたいと願い出て、今回の手紙を届けてもらえたらしい。

 その忠告というのが、シュベレノア=アルシュ侯爵令嬢のことだった。彼女の人柄について、私に警告したかったようだ。

 お母様によると、シュベレノア=アルシュは社交界でよく話題になる令嬢だったらしい。かつて殿下のライバル、ジョエル=デルサルト卿を推す派閥にいたお母様から見ても、彼女の存在はかなり目の上のたんこぶ的な存在だったことから、よく調べられていたという。実際に爵位、容姿、年齢からいっても殿下のお相手として最有力候補だったし、牽制したい相手と認識されていたのだろう。そして社交界で何度か直接会ったことがあるお母様が持つ、シュベレノア様への印象が「貴族の中の貴族」だそう。

 ……お母様の言葉選びは、少々癖がある。

 どういう事かと首を捻る。まあ貴族の中では王弟殿下の公爵家を除くと、王国内ではほぼ最高位。その通りとしか言いようがない。

 とにかく令嬢には気をつけるよう書かれているので、そこは心に留めておく。実際に、私を狙った毒殺未遂事件もあったわけだし。

 それから最後には、ベルゼ国王から知らされた宝冠の事が書かれてあった。これは殿下にも同様の内容が知らされているらしい。ベルゼ王国でも宝冠を二つ贈ったことが歴史書に書かれてあったという。ただし宝冠の一つは、フェアリスに贈られたすぐ後に冠が破損し、石のみとなって封印されたと伝わっているようだ。どうしてそれらの記載があるかというと、封印にベルゼ王国の技術者を派遣したためらしい。


「ベルゼ王国まで絡んできたのね、やっぱり宝冠あれが関わってくると……」


 私のため息まじりの言葉に、レスターも肩をすくめてみせる。


「明日には、王都を後発した設計局の者たちが到着するから、その前に僕たちだけで情報をすり合わせておいた方がいいという事らしいよ。殿下が戻ってくるまでここで待とう」

「うん……でもロゼの方は大丈夫なの? ほら、あの方の手の者が、追って来られたりしないかしら」

「ああ、近衛たちで足止めするように、指示を受けているから大丈夫」


 私の心配は、殿下たちも予め考慮の上らしい。

 そうして私たちは仕事が終わった後も、資料室で殿下を待つために残ることになった。

 そのために室長に、資料室の鍵を預かりたいと申し出たのだけれども。何かよからぬ事でもするのではないかと疑われてしまう。


「でも殿下からの指示ですよ、言われた通りにするのが私たちの役目ですから」

「殿下のような立場のお方が、なぜお前みたいな生意気な女をわざわざ随伴させたのか、甚だ疑問だ」


 憎らしげにそう言われて、私は改めて「ああ、そうか」と納得する。

 殿下の側で、限られた人に囲まれていたせいでつい忘れてしまいがちだが、私は平民なのでどういう立場だったのかということを。

 そういえば室長は、私が殿下の私財会計士であることすら知らなかったのだ。

 なんだか妙に納得して、室長の言葉を「そうですよねえ」と受け流していると、それもまた彼の機嫌を損なう理由になるようだった。


「これが鍵だ、いいか、明日の朝には先に到着しても私が来るまで外で待つように」


 鍵をなかば投げつけるかのように、渡してくる室長。


「待つのはかまいませんが、まさか私たちが何かすると思っているんですか、心外ですね!」

「お前が馬鹿みたいに金の計算に執着することくらい知っている! そうじゃなくて、解錠施錠ともに私が行うことが規則だからだ」

「え、そうなんですね。じゃあ室長も、殿下との打ち合わせに同席しますか?」


 その質問に、室長のみならず横にいたレスターが目を見開いてぎょっとした顔をする。振り向くと、まだ書類整理を残していたイオニアスさんが手を滑らせ、ダンちゃんは眉を下げて苦笑いだ。


「……お、お前が勝手に決めるような事柄ではなかろう、相変わらず立場を弁えない馬鹿者が!」

「すみませーん」


 久しぶりに、顔を赤くしながら怒るガレー室長を見た。

 殿下の人柄を知った今だから、そういう提案をする気になった。殿下のことを知る前の私ならば、確かに言わなかったろう。権力利権とそれを笠に威張るのが大好きなガレー室長を、殿下に会わせようなどとは。

 でも室長は、シュベレノア様に魅了されていない。それは私もその通りだと思う。そしてクラウスの町と繋がりがあるのなら、逃げられない内に繋がっておいた方がいいのかもしれないと思ったのだ。


「でも室長、殿下は話せば分かる人ですよ、何か困っていることがあれば、罪は罪として責任は問われても、それ以外の部分は考慮してもらえますよ」

「罪は罪としてって……」


 唖然とする室長だったが、そこにまで必死に否定するのは藪蛇だと悟ったらしい。


「と、とにかく、私は帰る! 馬車の時間も迫ってきているしな」


 そう言ってガレー室長は自分の鞄を抱えて、逃げるように退室していった。その姿を見送ってから、レスターが口を開いた。


「姉さん、どういうつもりだったの? 彼は不正に荷担しているって断定していたのは姉さんだったはずだよ?」

「うん、それは確実だと思う、でもそれだけで他のことは分からないわ」

「だったらなおさら、そんな彼を同席させられたら、大事な話し合いもできなくなるじゃないか」

「でもね、ガレー室長とシュベレノア様が本当に繋がっていないとしたら、室長をこっちに繋ぎ止めておけば、少なくとも不正会計の方は押さえられるし、クラウスの町の人たちは味方にできるかなって」

「そう上手くいくだろうか。いったい彼は、どちらに与しているのだろうね」


 そう、そこなのだ。


 最初は単純に、リヴァルタ橋補修事業に不正があって、それを暴けばここの関係者で手を染めた者に行き着き、それが芋づる式にかなり上まで繋がっているのかなあ、なんて思っていたんだけどね。もしかしたら事態はそんな単純なものなんかじゃない気がして」


「例のアルシュ解放軍のことだろう? でもそれだって、村を追われたくない人たちの強攻策かもしれない」

「そうだけど……不正会計で消えているかもしれないお金が、たった半年弱の間に最大でも金貨三十枚。まだ全てをクラウスの町に渡しているかは分からないわ。食料にしたって、多すぎる。魔が差して懐に入れているかもしれないけれど、じゃあだからといって解放軍とやらを組織して本格的に武器を買うとなれば、逆にちょっと足りないと思う」

「姉さんがなんで武器の値段を知っているんだよ」

「いやあ、ちょっと興味があってブライス伯爵の帳簿を読み込んでみたの。結構高いのよね、武器とか火薬って」

「……姉さん」


 呆れ顔のレスターに、とにかくまだ確証はないが、そういう事だと言い訳をする。


 そうしているうちに、あっという間に日は山影に沈む。

 渓谷の上部にあるとはいえ、山は日が沈むのが早い。あっという間に山陰に光が遮られ、資料室が薄暗くなってしまう。

 どこかにランプがあったはずだと、イオニアスさんが探してきてくれて、そこに明かりを灯す。そうしてゆらめく明かりのなかでしばらく待っていると、殿下が護衛の二人を連れて入ってきたのだった。

 周囲の様子を見てから、殿下は自分の側にハルさんを、そして私の側にダンちゃんを目配せして付かせる。そうしてから、ようやく私の方を見たのだった。


「コレット、色々と聞きたいことはあるが、とりあえず無事だな?」

「私はまったくもって無事ですけれど、殿下こそ正気そうで安心しました」


 彼のいつも通りの物言いに、例の魅了の効果はなかったと判断する。

 他の誰であろうとも魅了などに影響されては困るが、殿下だけは正気でいてもらわねば国の存続に関わる。ほっとしたことがよほど顔に表れていたのだろうか。殿下は少々不服そうに「信用してなかったのか?」と言うが、そういう問題ではない。

 それは殿下を最優先に守る護衛官たちにとって、最大の懸念であり続けるはずだ。シュベレノア様が側にいるかぎり。

 私の心配は当たっているようで、殿下の後ろを護るハルさんが薄く苦笑いを浮かべている。


「あまり時間が無い、話を進めよう。まずは今朝の報告を含めて、あったことすべて話してもらおうか、コレット」


 ええと、どれのことだろうか。

 今朝というと、子供たちと接触したこと? それともイオニアスさんの弟であろうと思われるリュシアンのこと? それとも会計のことを含めてガレー室長のことかな?

 思い当たる節がありすぎて、目が泳ぐ。

 そんな私を見て苦虫を潰したような渋い顔をした殿下。とりあえず彼を側に引き寄せて、適当にあった椅子に座らせると、その横に自分も座る。ハルさんは変わらず殿下の背後で、資料室の入り口を視界に入れた状態で立ち、ダンちゃんはハルさんと対角線上に立ち、レスターは私の隣、エルさんは殿下の隣、そしてイオニアスさんも私から少し離れた場所に座った。


「想像以上に色々とありそうで頭が痛いが……まずは会計の方の現状報告を頼む」


 殿下の言葉を受けて、イオニアスさんが資材運搬費の誤魔化している疑いがあることを報告する。これは明日到着する設計局の人が早急に確認できるように、準備してある。

 それを受けて、殿下は頷く。


「そちらは順調のようだな。それでここの会計士も、シュベレノアの手の内か?」


 殿下の問いに、私が返答する。


「ガレー室長は、十中八九正気です。でもそれ以外の会計士や、雑務の人たちは魅了されているみたいですよ」

「筆頭会計士が無事なのか? だがそのガレーが、不正の張本人だと疑っていたのではないのか?」

「はい、たぶん室長がお金を抜いていますね。でもシュベレノア様に傾倒していませんでしたよ。本人もどうしてなのか分からない様子でしたが、私には正気でいたかったら彼女に近寄らないよう忠告してくれたくらいですから」

「……ということは、正気なのに不正をしていたことになる。ガレーという男は、アルシュ出身とあったな?」


 そう問われ、先ほどレスターに説明したことを繰り返す。村人たちに食料支援していた可能性は高いと思っていたが、解放軍とやらも関わっている。だが……。


「以前から知っている彼は、故郷のために不正をするとかそういう人じゃないんですよね。かといって、金貨三十枚なんて大金を懐に収めるほどの度胸はない人で」

「では、どういう人物だ?」


 聞かれて、少しだけ腕組みをしながら考える。

 彼が納税課で隠れてやったのは、わざと部下のミスを大げさに取り上げて、指摘した己の有能さを自慢したり、それを庇ってあげる風を装った後に自分の仕事を山ほど振り分けて何もしないとか。人の成果を自分のものにしたり、不正な届けを気づかないふりをして受理したり、そういう融通で賄賂を貰ったり。

 ガレー室長の仕事ぶりをあげつらう私の隣で、同じ会計士たるイオニアスさんの目が死んでいる。


「しいて言うなら、単にお金が欲しいだけじゃなくて権力とか自慢とか人より上に立ちたいとか、人を馬鹿にしたいとか、偉そうぶりたいとかそういう動機でちょっと軽めの不正に手を出す人です」


 私の話を聞いて、あんまり表情を変えない殿下が、あからさまに嫌そうに顔をしかめる。


「どちらにせよ、信用できない小悪党という印象か」

「はい、だから条件さえ良ければこっちに引き込めると思ったんですが、失敗しました。私、庶民納税課時代から、それはそれは嫌われていましたので、そのせいでしょうかね」

「失敗? 何をやらかした?」


 私にではなく、イオニアスさんとレスターの方に訊ねる殿下。酷くないですか?


「仕事を終えて帰ろうとする室長に、コレットさんから声をかけて……この報告の場に同席してはどうかと誘っていました」


 イオニアスさんが答えると、殿下が呆れたような目を私に向ける。


「だってダディスの報告でもあったように、ガレー室長はクラウスの町長さんと親戚関係にあり、しかも残った村人たちとも繋がっているのは分かっていますよ。当然アルシュ解放軍の情報を知っているでしょうし」

「根拠は?」

「ガレー室長が言っていました。クラウス市とリヴァルタ渓谷に隠れ残っている村人は、シュベレノア様の魅了にかかってない人たちだって。それに渓谷の坑道に残って暮らしている人たちの中に、リュシアンが居ることが分かりました。彼は、あの空を飛ぶ道具と補修工事に使われている昇降機を製作した人物ですよ」


 これには驚く殿下。


「渓谷の古い坑道に、正気のままの村人が残っているのなら、あの隔絶した環境下でどうやって生活しているのでしょう。殿下が渡してくれた村人の名簿のなかに、私が会った少女の名がありました。少女が一緒にいると言っていた子供の名も、イオニアスさんの弟であろうリュシアンの名も」

「それが本当ならば、工事再開よりまずは、坑道に残る者たちの保護を優先すべきだ」


 殿下は厳しい表情を浮かべながら、自分の隣で大人しくしているエルさんをチラリと見る。だが殿下は何も言わずに、視線を戻す。それはエルさんに与える指示を躊躇したことに他ならない。一方でエルさんも、そんな殿下の様子は理解しているのだろう、膝で拳を握りしめたまま無言だ。

 密偵に向くエルさんに、本来は与えられていた仕事なのだろうが、魅了の件もあり殿下は否としたのだ。

 ならば私が。そう言う前に、イオニアスさんが立ち上がる。


「殿下、私に向かわせていただけませんか。弟のしでかした事の責任を、兄の私が取るのは当然です」

「駄目だ、明日には後発の視察団が到着する。まずは目に見える不正を暴き、それを足がかりにアルシュ侯爵へ疑惑を向けたい。このままリヴァルタ渓谷橋の工事も、中断する理由になろう」

「ちょっと待ってください、工事を中断させるつもりだったんですか?」


 進捗のことはあまり気にしていなかったが、中断するとそれだけ投入した資金が無駄になる。橋が崩れたことで街道が通行できなくなり、物が不足して商売も廃れた。橋が完成することが人々の望みだろう。

 だが殿下は違う視点で見ていたようだった。


「反乱を起こす目的を考えていた。アルシュ解放軍、シーバスの翼。そう名乗った者たちは、同時に工事の中止を訴えていた。もしコレットが聞いた通り、クラウスとリヴァルタに残っている者たちが正気であればなおさら、工事を妨げる意味が無い」


 むしろ工事が終わればアルシュ領主の関心はリヴァルタを離れる。いつまでも負債としてあるから、侯爵家やら王家が口出しをしてきたのだから。

 けれども、この大事業を中止なんてしたら、困るのはアルシュ侯爵家……いや、今や全責任を負うのは殿下なのだ。殿下はこの事業を収めて、足並みが乱れた自分の派閥貴族を黙らせたいと思っていたんじゃなかった?

 ……ベルゼ王国の王の従妹、つまり私との婚姻に不満を抱かせないために。


「あの、殿下……」


 言いかけたところで、殿下が私の言葉を遮るように手を上げた。

 何事だろうかと思って周囲に配置された護衛たちを見ると、彼らも表情を引き締めて入り口の方を振り向く。

 私は全く気づかなかったけれども、何かの気配があったらしい。

 ハルさんがそっとドアノブに手をかけるのと同時に、私の側にダンちゃんが近づき、レスターが立ち上がる。

 そしてハルさんが勢いよく扉を開き、何者かの影を追って廊下に飛び出したのだった。

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