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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
【第二部】第一章 賭けの続き

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第一話 再会

本話から第二部開始です。

時系列は前話エピローグ後より遡り、ブライス領での事件から数週間後となります。

※本日二話同時更新、こちらが一話目です

※2025.1~改稿済

 ラディス=ロイド王子殿下によって、ジョエル=デルサルト卿がブライス伯爵とともに拘束されてから、既に三週間ほど過ぎていた。

 あの日から殿下の忙しさは落ち着くどころか、いまだ騒然としたままだった。

 次の王に最も近いのではないかと噂されていた、ジョエルが失脚した。それもただ王位争いに負けただけではない。最も近しいブライス伯爵が敵国に武器を輸出していることを、公子が許したのだ、それは国家反逆に値する。その不正で得た金と力でブライス伯爵に支えられ、ジョエルは国王になろうと画策していた。そう受け取られて当然の成り行きだった。

しかも不正は、王位を争うラディス殿下の手で明るみとなり、優良な後ろ盾だけでなくジョエル自身の継承権を失なったも同じ。

 同じ、と表現するには訳がある。実はまだ、ブライス伯爵とその前に摘発されたティセリウス伯爵、双方の裁判がまだ開かれていないのだ。動かぬ証拠が揃っているし、約束の石で誓約がある者たちへの取り調べも、順調に進められている。彼らの罪は明白だが、その立場があるからこそ、慎重にしかるべき手順を踏んで裁かれる予定だ。

 それから、事件が明るみになって以降、ジョエル=デルサルト公爵子息を支持していた貴族たちが、生き残りを賭けて次代の王となるラディス王子の元へ日参している。もちろんその中には、ブライス伯爵とも太く繋がっていて、彼の黒い顔を知っていた者もいるわけで。当然ながら、保身と今後の立場のための、駆け引きが含まれている。それらの対応に追われる殿下、ならびに腹心であるヴィンセント様の疲労たるや、相当なものだろう。

 そんな情勢ではあるものの、私財会計士である私、コレット=レイビィにとっては関係のない話。

 そう、私はまだ殿下の私財会計士。婚約者でもなければ、貴族ですらない。だって賭けの結果が判定されるのは、元から四ヵ月後のベルゼ王国との式典だもの。だから殿下からの求婚を受け入れた今も、立場は保留のまま。仕事場も相変わらず、殿下の私室の中。古びた机と、そこから大股に三歩圏内だ。

その仕事場から、週の半分だけ城下町の自宅に帰り、残りの半分は殿下付き侍女たちが使う部屋の一室に寝泊まりする生活を続けている。

 半分ずつ生活しているのは、護衛の人手不足のせい。

 いずれは殿下の周囲を近衛が護ることになるらしいけれど、近衛の指揮系統の改変が終わっていない。ブライス伯爵領へ派兵した時に近衛の権限が殿下へ委譲されていたのは、あくまでも仮のもの。だから殿下の周囲はいまだ私兵である護衛官が護っている。

 それなのに私が自宅へ行き来するには、護衛の手が回らない。護衛が必要なのか、それ自体疑問ではあるけれども。

殿下の私財会計士である私の顔は、王宮勤めの一部の者たちには知られてしまっている。加えて、ブライス領に派遣された近衛兵たちにも、例の殿下の想い人の噂と相まって、強く印象つけられている可能性だってある。けれども、現ベルゼ王の姪だということまでは知られていない。正しい情報が行き渡る前に、知らせるべき情報と、時期が来るまで隠すべき事を、しっかりと管理されているようだった。

一方では、王家からベルゼ王の従妹姫を、王子妃として貰い受けたいという、求婚書が送られたことは公になっているらしい。その返事もまた、ベルゼ王が訪問された時にされるとなっている。

物事には順番があって、こと王国の未来に関わることだから当然だろうけれども。私はそのお陰で、やり残した仕事を片付けることができるし、気持ちを整理する時間を与えられたのかもしれない。

そして、これは最近知らされたのだけれども……わざと流した殿下に想い人がいるらしいという噂は、王宮だけでなく市井にまで広まっている。いかに殿下の恋愛事情を平民にまで心配されていたのかと、私も最初は笑っていた。

 だって、みんな本当に噂が好きなんだなぁって、思うよね?

 殿下が想い人を私室に囲っているという噂は、放っておいたら収まるどころか今も拡散中らしい。ベルゼに送った求婚状が政略結婚と受け取られて、道ならぬ恋、報われない愛の物語のようだと、貴族の子女のみならず侍女たちにも大層好評とかで。あまりにも広まった反動で、よからぬ事を考える人が出ないとも限らないとの殿下の判断から、私は常に護衛の誰かと行動するよう申しつけられてしまったというわけ。

 皆さん楽しんでいるだけでしょうし、大げさな……そう進言したのだけれど。フェアリス王国を出発するお母様が、心配のあまり殿下に詰め寄ることになって。お母様に泣かれてしまったら、私にそれに抗う術はなく、護衛を受け入れることを了承したのだった。

 そのお母様……リンジー=ブライスは、五日前にベルゼ王国に旅立っていった。次に会えるのは、五か月後のベルゼ国王を招いての友好式典。まだ当分先だと思うと寂しい。けれども、その式典後には、私もこの国を離れる。

 レイビィの両親や、レスター、レリアナや王宮で仲良くなった人たち、それから……殿下とも、しばらくお別れなのだ。

 そこまで考えて小さくため息をつくと、色とりどりのお菓子の向こうから、私の様子を窺う心配そうな顔に気づいた。


「コ、コレット、本当にこれ、僕が食べてもいいのかい?」

「もちろん、今日はダンちゃんと食べたくてこのお店にしたので、遠慮されたら来たかいが無いですよ」


 三段のタワースタンドに乗ったケーキを見て、細い目を嬉しそうにさらに細くして、その巨体を揺らすのは殿下の護衛の一人、ダンジェン=ディランシュ。通称ダンちゃん。

 彼は主に出入り口を護っている護衛官の一人だ。毎日挨拶するからか、殿下の私財会計士になってから、真っ先に仲良くなった人だ。大きな身体と盛り上がる筋肉、そして感情の読めない細い目と、彼特有の革製の鼻を覆うマスクのために、周囲を無意識に威嚇してしまうけれど、話してみるとすごく優しい。本来は人を傷つけるのが苦手で、そのせいもあって近衛としては不向き。色々あって辞める意思を固めた時に、殿下が守衛として引き抜いたのだとか。

 そんな経緯は後から知ったが、私にとって彼は年の離れた兄、それか会うたびに可愛がってくれる親戚のおじさん、そんな存在がいたらこんな感じなのかなと思える人。

 今日はお休みだけれど、護衛として私の予定に付き添ってくれている。そんなダンちゃんにお礼もかねて、カフェで彼の大好物のケーキをご馳走することに。もちろん、私も食べたいから。


「ダンちゃん、個室だから遠慮無く食べてね、チョコ好きでしょう? 私もこれ……新作のクリームパイから食べようかな」

「うん、チョコの中からオレンジの匂いがする……あ、これって前にコレットが持ち帰った匂いだ」

「そうそう、この前来たときに食べて、すっごく美味しかったの。チョコに包まれているのに中のオレンジに気づくなんて、さすがですねダンちゃんの鼻は」


 早速お皿に取り分けて、お互いに一番好きなケーキから口にする。

 甘くて美味しくて頬が落ちそう。


「んー、美味しい! そっちのパイも気になっているの、ダンちゃんは次どれにする?」

「あ、僕は……」


 次のケーキに手を伸ばそうとした時、ダンちゃんが手を止めて扉の方を振り向く。

 するとしばらくして扉をノックする音とともに、声が聞こえた。


「コレット、入るわよ……って、わあ、熊?」


 返事をする間もなく開いた扉の先で、レリアナが驚きの声を上げる。

 それと同時に、熊と叫ばれたダンちゃんが恐縮しきりに、その大きな身体を縮こませた。そんなことをしたって、体の大きさが変わるわけがないが、笑いながら「大丈夫ですよ」と声をかける。


「ダンちゃん、この人が私の友人のレリアナです。会ったことあったかもしれないけれど、ブラッド=マーティン商会から独立した、セシウスさんの婚約者」

「い、いや、初めてです」

「レリアナ、彼は殿下の護衛をしているダンジェン=ディランシュさん。私はダンちゃんって呼んでいるわ」


 私の紹介に、レリアナは苦笑いを浮かべながらも彼に頭を下げて、驚いていたとはいえ失礼を詫びる。


「レリアナ=プラントです、いきなり熊だなんて言って、すみませんでした」

「いや、いいんです、慣れていますから」


 細い目をさらに細めて笑うダンちゃんは、お皿に三つほどケーキを取り分けて、席を立つ。私の側の席をレリアナに譲り、話の邪魔にならないように部屋の隅にある椅子に座った。

 そんな姿は、たしかに童話に出てくる熊そのもの。彼の白い髪と同じ色の熊が、ケーキを焼く絵本を、確か子供の頃に見た記憶がある。

 そんなダンちゃんの配慮にお礼を言ってから、私はレリアナに席を勧め、改めて再会を喜んだ。


「お互い、忙しくてなかなか会えなかったね、レリアナ。セシウスさんと二人で始めた、プラント商会、立ち上げは順調そう?」

「やあねぇ、順調なわけがないでしょう、大変なんだから」


 そんな風に言いつつも、レリアナは晴れ晴れとした顔だ。婚約者のセシウスさんは、元ブラッド=マーティン商会の若頭取。生家であるブラッド=マーティン商会は、ブライス伯爵と結託して悪事に手を染めていたことが分かり、父親と商会の幹部のほとんどが投獄されている。事件の解明のために殿下に手を貸したセシウスさんは投獄を免れたとはいえ、裁判はまだこれから。いくら独立して新たに商売を始めたとしても、それまでの人脈があるからこそ苦戦していることだろう。


「でも大丈夫よ、貧乏には慣れているから。私も、セシウスも」

「ふふ、絶対にタダじゃ転ばない逞しさを、昔から持っているものね」

「そうよ、だから楽しみなくらい。でもまあ、しばらくはちょっと危ない仕事も受けざるを得ないのよね、それが悩み」

「危ない仕事……? もう不正密輸は止めてよね」

「ないない! もうそういうのはもう勘弁よ。そうじゃなくって、儲けが少ない仕事のこと。失敗すると負債にしかならない、難しい仕事って意味ね」

「ああ、なるほど。でもそういう相手は、支払いもせずに逃げることがあるから、やめておいた方がよくない?」

「普通ならね。でも今回ばかりは、支払いだけは心配ない相手なのよ」

「……ふうん?」


 詳しく聞いてみると、公共工事のための資材搬入の仕事らしい。大がかり、かつ難しい工事が続いていて、経費がかさんでいて追加での手数料がかけられない。だから天候不良や搬送船や馬車の故障などによる、かさんだ経費なしでの仕事になるのだそう。流通のための運搬経験豊富な商会でも、その条件はさすがに敬遠する案件だ。


「そんな厄介な仕事を引き受けて、大丈夫なの?」

「セシウスは、自信があるみたい。ほら、ブラッド=マーティンにいた人材があぶれているし、多少の赤字が出ても政府の事業に参加した実績は、喉から手が出るほど欲しいらしいわ。しかも、その事業責任者が、今は飛ぶ鳥を落とす勢いだそうだし」

「へえ、誰なのそれ?」


そう訊ねる私に、レリアナは呆れ顔を見せながら言った。


「ラディス=ロイド=クラウザー王子殿下! あんたの婚約者だってば」

「まだ、婚約者じゃないから!」

「手続きの問題だけで、結婚することは承知したのでしょう?」

「承知っていうか、逃げきれなかったっていうか……まあ一応?」

「なんでそこで首傾げているのよ、頬を染めるとか乙女らしさを見せなさいな」


 一応、これでも照れているつもりだけど。宙ぶらりんの立場であるのは、間違いないのでしょうがない。

 例え賭けの期限がなくとも、今は貴族の勢力図が変わり、混乱が収まらない国家の中枢に、新たに殿下の婚約者が平民だなんて宣言できるわけがない。いくら殿下が望んでいたとしても。

 その殿下だって、寝る暇もないくらい対応に忙しく……いや、殿下こそが激動の渦の中心なのだ。恋人らしい時間どころか、ここ最近は仕事ですら顔を合わせることが稀。


「その殿下が責任者っていう事業って、どういう案件?」


 食べかけのケーキにフォークを刺しながら問うと、レリアナは驚いたような表情だ。


「知らないの? 殿下の側にいるのに?」

「あのねえ、私はあくまでも殿下の私財会計士よ、たった一人のね。もちろん、公務の合間に私財を使うことがあるから、まったく知らないわけじゃないけど直接関わっていないし、そうでなくとも財務会計報告の期限が迫る今、それどころじゃないわ。そんなに話題になる事業なの?」

「話題というか、商人たちの間でもあまり良い話を聞かない、という意味での話題のものなの。王都から南にあるアルシュ侯爵領の、リヴァルタ渓谷に架かる橋の修復事業よ」

「……アルシュ侯爵?」


 その名に聞き覚えがあり、少しだけ嫌な予感がした。


「渓谷に新たに橋を架けるのではなくて、修復なのよね? 難しいの?」

「詳しい話は私も知らないけれど、修復が始まってから三年くらい経っているのに、工事が進まないままだったらしいわ。あまり王都では知られていないけれど、その……修復工事が始まってすぐに崩落事故があって、犠牲者が出ているようよ。その崩落のせいで修復計画が大幅に見直されているわ」

「三年前から……その仕事は初めて聞くわ」

「そうでしょうね、進まない工事に予算がかさみ、業をぬ煮やした議会が陛下に進言して、急遽殿下に指揮を執るように指示を出されたみたいだもの」

「そうだったのね。だからここのところ忙しさが増して……」

 でもどうして殿下なのだろうか。街道にかかる橋ならば国の予算が出るとはいえ、領地の工事責任は領主にあるはず。だとしても監督指導するべきは建築設計局で、彼らで事足りない理由でもあるのかな。そんな疑問を察したようにレリアナが続ける。

「その崩落からかなり経った今年になって、渓谷にあった小さな村が廃村になっているのよね。そこにあまり良くない人たちが集まっている噂があるわ」

「良くない人たち?」

「村を去るのを嫌がった人たちが残って、古い坑道で生活しているみたい。そういう人たちを支援する口実で、素行が良くない者も集まりだしているって噂があるの」

「何か揉めているってこと……?」

「修復工事を主導したのはアルシュ侯爵だし、廃村を決めたのもね。考えられるのは領主への反発……かしら? 実際に、工事が上手くいかなくて街道が制限されたままで、村だけでなく周辺の町が困窮しているみたい」


 領民の反発を押さえ、治安を維持したまま工事を進めなくてはならないのか。そんな問題を抱えた事業を、殿下が請け負ったのか。


「まあ、そういう理由もあって、工事をこれ以上時間も費用もかける余裕がない、そういう仕事なのよ。でもこれが上手くいったら、殿下もかなり今後が楽になるのは間違いないんじゃないかしら。だってアルシュ侯爵に恩が売れるし、殿下の株が上がるものね」

「そしてプラント商会は殿下に恩を売れると……立派な豪商の妻になりつつあるのね、レリアナ」


 そう言うと、レリアナは気を良くしたようで、私の肩を叩きながら「いやね、未来の豪商よ、まだね」と笑った。


「それにこれはセシウスの請け売り。それよりコレットは気をつけなさいよ」


 真顔になったレリアナが、じっと私を見つめる。


「アルシュ侯爵はあんたのこと気にくわないと思っているはずだから」


 レリアナに言われなくとも、それはすでに殿下から聞かされている。


「分かっているわ。でも少なくとも、噂の会計士がベルゼ王の姪とはまだ知られてないから」

「……本当に?」

「ブライス領で同行していた近衛隊には、殿下の護衛頭だったジェストさんが近衛隊長になって、緘口令を敷いてくれているから今のところは大丈夫」


 レリアナの心配は理解できる。

 アルシュ侯爵がかねてより殿下派閥の筆頭貴族であることは、貴族を顧客にもつ商会関係者ならば常識だ。侯爵という地位から、かなり強力な後ろ盾だ。そしてジョエル=デルサルト卿が次代の王に近かった頃からも、殿下の伴侶に自らの娘を強く推していたことも、周知の事実。

 そのアルシュ侯爵の抱える問題を、殿下が解決のために乗り出す。きっとレリアナの心配は的外れではないだろう。

 もしかして殿下は私を娶るせいで、本来は引き受ける必要の無い責任を、自ら負ったのだろうか……。 

 とにかく、まずは殿下に会って問いたださないと。

 そう心に決めて、レリアナとのお茶を堪能した後、本来なら明日の朝だった予定を早めて、昼にはお城に帰ることにした。


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