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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第八章 宝冠と約束

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エピローグ

 ブライス伯爵とその長男、伯爵家の一切を取り仕切っていた執事や使用人、私兵に至るまで裁判にかけられ刑が言い渡されたのは、殿下が二百もの騎兵を引き連れてブライス領へと乗り込んだあの日から二ヵ月が経ってからだった。

 ブライス伯爵は絞首刑を免れなかった。伯爵が武器を売っていた先が、フェアリス王国とベルゼ王国とそれぞれ接する別の国だったことが、最も問題視された。その国が近年、内乱が危惧されており、軍を強化していることは周知の事実だった。フェアリスとしてもどちらかの勢力に肩入れして巻き込まれぬよう、注視していたところだった。それだけに、伯爵の軽率な武器の横流しは、極刑を免れぬものだった。

 ブラッド=マーティン商会の現当主もまた、過去からブライス伯爵の手足となって不正輸出にかかわっていたことが分かり、商会を解体。当主は禁固刑となった。レリアナの婚約者セシウス=ブラッドは、途中までブライス伯爵に協力していたものの、結局は重要な情報を提供し、捜査に協力したことで禁固刑は免れた。高額な賠償金は課せられたものの、商売を続けることは許されたため、これを機に独立してレリアナとともに新しい事業を立ち上げることにしたらしい。

 お母様は、一度王都へ戻ってきたものの、すぐにベルゼ王国へ旅立っていった。ブライス伯爵の悪事についての聴取を受けたけれども、父親との確執があったためお母様がほぼ隔離されていたことが、使用人たちから証言で裏付けされた。そして様々な証拠を確保して事件の解明に手助けをしているのも有利に働き無罪となった。そうして自由の身になったお母様は、レイビィの両親の元を訪れ、自分の代わりに私を育ててくれたことに感謝して頭を下げていた。恐縮しきりのレイビィの両親だったけれど、元々は同じ屋敷で過ごした仲。すぐに打ち解けて、レスターも誘って修道院の墓参りに行けたので良かったと思う。亡くなった両親も、きっと喜んでくれたと思う。もちろん、小さなお墓に眠るコリンも……

 そして弟のレスターは、まだ正式にブライス家を継いではいない。彼は今も近衛騎士として働いている。私がコレット=レイビィとして会計士をしている間は、これまで通りで居たいといってくれた。そうすれば、毎日会えるからと。

 もちろんブライス伯爵家の整理が終わってないという理由もある。本当のところの所有財産などを、会計本院が総出で調べているところ。それが分かってから不正分を没収し、領民のための施策分を差し引いて、レスターが継ぐべき資産が改めて決められるらしい。本来の業務ではないはずのイオニアスさんまで駆り出されていて、先日会った時には残業三昧だと目にくまを作っていた。

 それから、殿下の周囲もすっかり様変わりしてしまった。

 私兵で固めていた護衛たちは、それぞれが元々所属していた近衛や、国軍の方へ籍を移している。ジェストさんはあれ以来、近衛隊長に再任されたまま。しばらくしたら後任へ戻すとは言っていたけれど、彼を慕う者が多く、引き留められているみたい。そのなかにレスターもいるらしく、殿下の護衛に来ている時もそんな話題ばかり。

 そうして、殿下の周辺護衛は、近衛が任されることになった。

 殿下が正式に立太子されることが決まり、多くの近衛が交替で護衛をしている。

 私は相変わらず殿下の部屋で仕事をしているので、護衛任務で入った彼らが私をはじめて見かけると、判で押したようなぎょっとした反応するから面白かった。まあそれで、さすがにこの状態がおかしいことに自覚して、仕事部屋を作ってもらおうと何度も殿下に打診したのだけれど、すべて却下されている。

 なぜかレスターも殿下の味方なのよね。理由を聞けば、呆れてしまった。近衛として殿下の護衛に入ることが多いレスターにとって、私がここに居る方が会えるから都合がいいのだそう。本当に、そろそろ姉離れした方がいいかもしれない。姉さんは、ちょっと心配だよ。


 それから、ジョエル=デルサルト卿はどうしているのかというと。

 今は謹慎を受けて、デルサルト公爵が所有する辺境の領地に居を移している。そこは山岳地帯で街道も僅かに通るばかりの土地で、自然豊かなところだそう。自然が豊かとは聞こえがいいが、つまりそれ以外何もないということで。世話人は最低限、加えて領地の経営もせねばならないと公爵から言い渡されているらしい。でも王族籍はまだ抜かれてないし、デルサルト公爵家から放逐されたわけでもない。領地だって問題だらけの所とはいえ、与えられているわけで。少し、処分が緩すぎないだろうかという印象だったけれど、殿下いわく……日頃から人に傅かれて当たり前、欲するものは部下が先んじて用意していたような人だから、それはそれは苦労することだろうとのこと。


 そんな周囲の状況変化は目まぐるしく、色々なことが月日とともに流れていった。

 けれども私のすることだけは、相変わらずで。殿下の私財会計士として、日々仕事をこなしている。もちろん私財の決算も近いことだし、細々としたことで悩ましいことはあるけれど、相変わらず忙しそうにする殿下の公務の間には、城下の家に戻って休むし、レリアナとカフェで待ち合わせをして買い物を楽しんだり、カタリーナ様に攫われるようにしてお茶会に連れ回されたり、まあそこそこ愉しい日々を送っている。

 殿下とは……まあ、相変わらずかな。

 突然、恋人らしくするわけでもなく、仕事の話や、昔のこと、日々の楽しかった出来事を報告しあったり。

 そんなに毎日一緒にいるんだから、少しくらい何かあってしかるべきじゃない? というのはレリアナからの言葉。

 ヴィンセント様は、こじらせた男は面倒くさい物です、あたたかく見守ってください。だそう。そういうヴィンセント様も、自称こじらせ男代表だということで、先日ようやくカタリーナ様に求婚したらしい。それこそ断崖絶壁から飛び降りるくらいの勇気が必要だったらしい。リーナ様の気持ちを知ってるのに? そう聞いたら、そういう問題じゃないんですと返された。

 ……なるほど、そういうもの?


 そうして迎えた、ベルゼ王国との和平を記念した式典の日の前日。

 私はなぜかベルゼ使節団たちが来るのを先回りして、彼らとともに王城に入ることになった。どうやら私の身分を変えるための儀式が、すでに始まっているらしい。

 でもそうしてベルゼ王とともに入った王城で待ち構えていたのは、殿下付の侍女頭のアデルさんなのだから、意味があるのかと首をひねる。

 彼女たちに囲まれて、身支度が調えられて、私は会計士からお姫様のように変身させられていく。ベルゼ王国特有の、ゆったりとしたシルクのドレスを纏い、象徴のように扱われる金髪はまとめずに下ろされる。横に少しまとめた髪にベルゼ王国特産の宝石がついた飾りがつけられ、すっかりベルゼの娘になった。


「まあ、そうしていると本当にシャロンそっくりね。とても綺麗ですよ、コレット」


 お母様が笑顔を綻ばせて、私との再会を喜んでくれた。そんなお母様とベルゼ国王とに伴われて、私が連れて行かれたのは王城の奥にある庭園だった。

 そこは忘れもしない、十年前のあの日、殿下と訪れた宝冠のある庭だった。

 そこで私たちを待ち構えていたのは、国王陛下と、先日正式に立太子の儀を終えた殿下だった。


「ようこそお越しくださった、ベルゼ国王、ランバート殿」

「こちらこそ、このような日を迎えられたことを感謝いたします」


 そうして両陛下が固く握手を交わす。

 ランバート様が私を、陛下に紹介するために呼び寄せる。


「ご紹介する、これは私の従妹、コレット=ヘルミーネ=ベルゼ。先王の妹、シャロン=ヘルミーネ=ベルゼの娘です」

「コレットです」


 私は短くそう告げてベルゼ流の決まり通りに、陛下に膝を折って挨拶をする。

 すると陛下は目を細め、微笑みながら頷いてくれた。

 そしてその隣にいた殿下にも、私は同じようにして膝を折る。

 正装をした殿下は、少しだけ緊張したような固い表情で私を見ていた。そしてランバート様に向かって、予想もしていなかったことを言い出した。


「明日の式典で、コレットと私との婚約を正式に承認していただきたい」


 え、それって、まだ先のことって言ってなかったですか?

 私が唖然としていると、ランバート様がくっくと笑い出した。


「コレット次第だ。どうする?」

「え、私次第って言われても……だってまだ私の身分は定まってないし、一度ベルゼに向かわなくちゃならないって」

「そうだ。だが其方の恋人は、確証がないまま手放したくないと、こちらに先手を打ってきた」


 え? 殿下を振り向くと、少しだけ眉を寄せていて。


「この十年、母と暮らすことを夢見てきたのだろう。それを駄目だと言いたくはない、だからこれが私にできる妥協だ、コレット」


 ああ、そうだった。殿下が照れを隠すときも、そんな顔をするのだった。

 私は笑顔で「はい」と返すと、殿下は私の手を取り、その指に唇を寄せた。

 すくなくとも今は、公式の場。お互いができる、これが最大限の愛情の証。

 そんな私たちを見守っていた両陛下が、宝冠を掲げた像の元に歩み寄る。


「良い機会でしょう、元凶はベルゼが引き受けましょう」

「そうしていただけると、助かります」


 そんな会話の意味が分からないのは私だけではないようで、殿下もまた訝しんでいた。

 するとランバート様が、宝冠へと手を伸ばす。

 その指が像の頭にある宝冠に触れたのと同時に、甲高い鐘の音が鳴り響いた。

 像を中心に、透明な響きが広がっていく。

 私は過去のすさまじい音を思い出し、とっさに耳を塞ぐ。それを心配してか、殿下が私をかばうように引き寄せてくれた。


「どうして、ベルゼ国王が徴を……」


 殿下がそう問いかけるのと同時に、鳴り響いていた鐘の音が次第に収まっていく。


「これは、ベルゼ王族に反応するよう条件つけられている。いつしかフェアリス王国の王族の徴として、伝説がすり替えられてしまったらしい」

「だが、十年前に私とコレットが……それに、父上と母上も徴を顕したと」


 そこまで言って、殿下はハッとして、父王を見る。


「偽り、だったのですか?」

「少しの真実と、大きな嘘を、私はついた」


 困惑する殿下とは違い、私はすぐに気づいた。陛下が、シャロン母様に執着したその原因に。


「シャロン母様が、宝冠に触ったのですね?」

「左様。彼女が顕した徴を、私と王妃のものとさせてもらった」

「……では、父上は、この宝冠がフェアリス王家の王を顕すものでないことは、はなからご存知だった?」

「疑念はあった。だが確信したのは、十年前の少年がコレット……シャロンの娘だったことを知ってからだ。それでベルゼ王に今回、確認してもらったのだ」

「どうして、もっと早く確認……いや、私に知らせてくださっても」


 殿下の言い分はもっともだ。でも陛下は声こそ柔らかくも、諭すように言う。


「王妃には、これの徴が自分にないことで、辛い思いをさせたつもりはない。おまえも、それだけの覚悟をコレットに示せ。過去の遺物の後ろ盾がなくとも、おまえは王になることを決めたのだろう、違うのか?」

「いえ……違いません」


 殿下のその答えに、陛下は満足そうに微笑んだ。

 そうして、私たちを十年も……いいや、長きにわたりフェアリス王家を翻弄した宝冠は、生まれ故郷のベルゼ王国へ、和平の象徴として返還されることとなった。

 そうして二つの国に平和をもたらす、様々な約束を交わし、ベルゼ国王一行は帰国の途につく。その約束の中に、王太子とベルゼ王の従妹との婚約があったことは、当然周知されることになった。

 そうして、私はフェアリス王国を、殿下の元を旅立つ。

 

「三度目の、逃亡だな」


 最後にそう言って笑う殿下に、私はこう返す。


「捕まえに来てください、何度でも」

「最後にさせてくれ」


 ベルゼでお母様やランバート様の姫たちと過ごす日々のなか、しびれを切らして殿下が迎えに来たのは、笑顔で別れたその日からわずか半年後。

 そしてさらにその半年後、私は今度こそ、彼のためだけの会計士に就いたのだった。

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― 新着の感想 ―
大変面白くここまで一気見してしまいました。 シリアスとコメディのバランスがとても好みです。 伏線の張り方も私好みのちょうどよい塩梅で、ワクワクしたまま読み進められました。 続きを読んだ後、他の作品も…
[良い点] 面白くて一気に読みました。会計士目線が新しく、シスコン弟も良かったです。 [気になる点] 一気読みしたせいか継母がヒロインを虐待(食事抜き、断髪)していた理由がよく分かりませんでした。読み…
[一言] 面白かったけど唐突感あったなあ 家族家族いってるヤツをキチンと読み解けば気づけたんだろうか
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