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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第七章 二度目の逃亡

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第四十七話 ジョエル=デルサルト

 従者に本館の裏口を案内されたのは、昼を過ぎた頃だった。

 屋敷の従業員たちは忙しそうに行き来しているなかにも、緊張感が漂っていた。ブライス伯爵家といえども、次期国王となるかもしれない公爵令息を迎えるのは、そう度々あることではない。しかも屋敷の主は賓客と入れ違いに、王都へ戻るという。伯爵家の跡取りである長男はしばらく王都から戻っていない。よってデルサルト卿を出迎える役目は、普段は離れの屋敷に引きこもって静かにしているお母様となる。

 そうしてデルサルト卿への対応と、人を振り回すことに長けたお母様の外面のおかげで、私は目的の部屋に入り込むことができた。

 そこは、当主であるブライス伯爵の執務室だった。

 どうやって手配してくれたのか分からないが、従者が鍵を開けてくれたそこに、人目につかないように部屋に素早く入り、そしてそっと扉を閉める。

 すぐに書類の収められた机や棚を見て回り、過去の帳簿を探す。

 大きな書棚はきちんと整理されていて、そこに過去の出納帳らしきものを見つけると、それを開いて急ぎ数字を目で追う。ブライス伯爵領は、王都より北部の広大な土地を有しており、かつては森だったところを二代前の領主が開拓して、穀物を栽培している。その作付け面積はかなりのもので、豊作の年は非常に潤うようだった。だが時に天候から飢饉に陥ることもある。

 私は十年前の帳簿を見つけて、そこから穀物の収穫高とそれに対する翌年の納めた税額を、遡って記憶する。この記録を見ると、ちょうど十二年前に収穫がかなり落ちている。その前年までは豊作が続いていたため、収穫が落ちた年に税金として納めるお金が足りていなかった可能性がある。もしそうならば父が遺したマーティン=ブラッド商会の帳簿にあるような、余剰穀物があるはずがない。もしかして不作をきっかけに、武器の売買に手を染めて味をしめたのだろうか。

 そもそも森を開拓できる前までは、ブライス伯領は狩猟が盛んだった。そのために矢じりと剣の鋳造などの、武器製造にも長けていた歴史もある。

 違法な武器売買で得たお金は、恐らく最初は納税に回ったのだろう。だがその後続く取り引きで得たお金は、いったいどこに消えているのだろう。

 もう一度年代を新しい年へと戻ると、ブライス伯爵家の資産が一気に膨れ上がっている。これはノーランド伯爵から引き継いだ事業の収益のせい。


「……ん?」


 ノーランド伯爵家から奪うようにして買い取った事業が、実際よりも二倍以上のお金が支払われたことになっている。かつて高い収益を上げていた事業だから、この帳簿にあるほどのお金で取り引きされていたなら、妥当ではある。だが実際にはそうはならなかった。

 なのに翌年にその事業からの収益が減っている。その代わりに増えている項目を探すと……


「見つけた」


 燃料の買い入れ金額の倍増と、事業収益金の不自然な減少。再びの大規模森林伐採のための人件費の急増と、それにもかかわらず続く穀物の不作。定期的に燃料が運び入れられている場所を特定すれば、そこに溶鉱炉が増設されているのだろうか。

 この記録と、父が遺したブラッド=マーティン商会の帳簿、それと私が取っておいた帳簿の三つを合わせれば、ブライス伯爵領にとって出所不明のお金があったことを証明できる。

 やっぱり、父はあの帳簿を命がけで遺したんだ。確実にあの帳簿を、殿下に渡さないと。そう思って立ち上がった時だった。

 部屋の外がにわかに騒がしくなる。私と従者は慌てて出していた帳簿を片付け、隠れる場所を探す。

 本棚が並ぶ間に逃げ込むと、ちょうど廃棄のために積み重なった書類と椅子、箱が並ぶ一角の影に身を隠した。そのすぐ後に、執務室の鍵が外されて誰かが入ってきた。

 間一髪だったと息をついていると、声が聞こえてくる。


「躊躇している暇はありません、閣下。ラディス王子らは、会計院の顧問を伴ってこちらに向かっているそうですぞ」


 息巻いているその声は、聞き覚えがある。

 どうやらデルサルト卿とともに、ロザン=グレゴリオ将軍までこのブライス領へ来ていたらしい。


「そう騒ぐな、ロザン。ブライス伯爵領までのこのこやって来て、いくら帳簿をひっくり返そうとも、何も変わらぬ」

「だがティセリウス伯のように失態をしでかしてからでは遅いのです。早急にベルゼ国王と閣下が会うのが一番でしょう」

「ああ、明後日にでもここに着けるよう、使者が向かっているようだ」

「使者ですか、直接対談はいつになることやら。それもこれもラディス王子が、余計なことばかり口を出すからだ」


 よほど殿下の存在が邪魔なのか、グレゴリオ将軍はぶつぶつと繰り返す。

 本の陰から様子を伺っていると、デルサルト卿らしき足が、こちらに向かって歩いてくる。だが寸前の書棚の前で足が止まり、どうやらその棚の本を手に取っているようだった。

 ほっと息をつきながらも、聞き耳をたてる。


「ロザン、おまえまでここで書類を見ていても仕方ないだろう、ブライス伯爵に替わり、従弟殿をお迎えする準備を手伝ってやるといい」

「そうですな、歓迎をしてさしあげねば」


 気怠そうに言うデルサルト卿とは打って変わって、将軍は急に機嫌の良さそうな声を出す。そして踵を返したようだ。それと入れ替わりのように、お母様がやってきた。


「閣下、歓迎の席をご案内した侍女を置いて、急に居なくなられるのですもの。お探しいたしましたわ」

「これはこれはお会いできて光栄です、夜会以来ですね、マダムリンジー」


 デルサルト卿はお母様の手を取り、その甲に唇を寄せて挨拶を交わす。

 どうやら対応するはずの女主人に会う前に、ここにやって来たようだ。


「このようなつまらない場所でご挨拶なんて、無粋ですわ。宴席へどうぞ、移動でお疲れでしょう、お食事の用意をさせておりますわ」

「ああそれはいい、グレゴリオが兵の配置指示をしに行っている。彼が戻り次第、歓迎を受けよう。それより、例の娘に会わせてもらおうか」


 例の娘とは、つまり私のことだろう。お母様が匿っている女性のうちどちらかが身代わりになるはずだった役目、でも今は本人がいる。


「まだ躾がなってませんのよ、本当に粗野でつまらない娘で、わたくしも苦労しておりますの」

「生きてさえいればいい、どうせ渡せば首を撥ねられるためだけの存在だ」

「あらまあ、閣下は手厳しいこと。ベルゼの王様が生かすつもりなら、閣下にとってよい駒となりますのに。でもよろしくてよ、娘の口をきけなくしてしまいましょうか」

「好きにするがいい。上手くいかねばブライス家、そなたが代わりに首を差し出すだけだ、養母としてな」


 恐ろしいことを口にしているはずなのに、デルサルト卿の口調はさきほどから何も変化すらない。

 冗談を言っているのでもなく、激高しているのでもない。ただ煩わしいことに興味がない、そういう印象すら抱いてしまうほどに。

 そういえば、夜会で会った時も、自分を慕うグレゴリオ将軍が騒ぎを起こしていたにもかかわらず、我関せずだった。諫めるどころか、庇うそぶりすらしなかった。


「だが駒としては、確かに良いかもしれぬ。血筋に劣るラディスを、追い立てるにはちょうどいい。容姿も、金と紫ならば更に都合がいい」

「あら、それは黒しか持たないわたくしに対する、嫌味かしら」

「マダムは王家の者ではないから、色に関してなんら問題はない。だが王になる者は、精霊王の血筋を愚かな民衆に見せる必要があるのだ。そして剣を以て国を得たこのフェアリスでは、勇敢であることも重要」

「あら、それでは陛下をも侮辱なされることになりますわ、恐ろしいこと」


 お母様の言うことはもっともだ。ベルゼとの和平が成り立ち、今の陛下は軍事での重要な位置を弟であるデルサルト公爵に任せている。平和になったことで役割を分担し、デルサルト公爵を立てることでバランスを取ってきた。ジョエル様の父である現公爵も、陛下の臣下として立ち振る舞ってきたのは、国を思ってのことなはず。なのに……


「私がそう言っているのではない、私と国を支える臣下の総意である。彼らは自ら率先して私を王にと推すが、私はむしろ彼らをよく抑制している方だ。有能な部下を立て、仕事を与え、忠誠を誓わせる存在であり続けることが王の務め。それをよく理解せず、貴族どもを押しのけて仕事をし、視察にまで出かけて顔を売るような卑しい男を、王の息子とはいえこれまで立ててやったのだ。最後に潮時を教えてやれば充分だろう」

「……あらまあ、閣下は素晴らしいお人柄ですわね」


 お母様はふふふと笑う。

 私もまた、心の中で笑うしかなかった。

 彼は。ジョエル=デルサルトという人は、私の首を使ってベルゼ王国と交渉を得るが、失敗したらお母様に責任を押し付けると言う。自分を推すのは臣下の自主的な行動であり、そこに純然とあるのはただ血筋と容姿。殿下が敵を作ってでも回数を重ねてきた視察を、各行政院との話し合いを、卑しいと一言で片づけてしまう人なのだ。

 彼は、殿下の何を見たというのだろうか。ただ部下を動かすことが仕事とでもいうのだろうか、それでいて何一つ責任を負うつもりなんてないように見える。

 こんな人に、殿下が背負ってきたものを渡していいはずがない。


 お母様になだめられながら、執務室を後にするデルサルト卿の足音を聞きながら、私はしばらくその場を動けなかった。

 なんというか緊張が解けて、がっくりと力が抜けてしまった。

 デルサルト卿の本質を知ってしまったせいかな、殿下だったら絶対に言わないのにとか、殿下なら……そんな風に彼を思い出してしまう。こっちに向かっているという殿下に会ったら、勝手をしたことをめちゃくちゃ叱られるにきまってる。なのにどうしてか、無性に会いたいような気がしてきて。

 私、いよいよマゾっ気が育ってきたのかしら。

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