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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第七章 二度目の逃亡

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第四十二話 それぞれの職務

 夜会に忍び込んだ日の翌日から、私は今まで以上に仕事にのめり込んだ。

 殿下の夜会参加はこれからも続くし、それらの会計処理に加えて、半年後の会計締め処理のための準備を早めることにしたからだ。

 夜会参加のための会計処理は、カタリーナ様の協力を得て、なんとかなりそうだ。さすがこれまで殿下のパートナーをつとめて来ただけあり、リーナ様に教わって必要な物を書き出しておくことができた。それを誰が見ても分かりやすい形で分類し、参加予定の夜会のレベルに合わせて、およその予算を組んで準備をすることができるようになった。

 あれもこれもと急いで仕事をすると、当然ながらいつも通りの時間では、全てをこなしきれない。だから朝はいつもより早くはじめて、夜は必要ならばランプを灯して一人黙々とこなしている。

 そういう勤務状況になっているけれども、好き勝手にやれるのは、殿下も超多忙で留守がちなため。

 いつも朝早くに部屋を出て、深夜……場合によっては帰って来ない日もあるみたい。

 アデルさんはそんな殿下の様子に、いつか倒れてしまうのではと心を痛めている。

 殿下が忙しくなったのは、半年後のベルゼ王国との式典準備のための、使節団が来ているから。彼らの接待にはデルサルト大公閣下や、息子であるジョエル=デルサルト卿、その派閥にある家々が主にされているらしいけれど、実質的な式典で交わされる新たな約定や新規の交易交渉などは、やはり日頃から行政府に力を持つ殿下の裁量が必要となるようだ。

 きっと殿下は今日も、あの悪魔のような笑みで際どい交渉に臨んでいるのだろう。


 そうして根を詰めながら帳簿をつけ終わり、一息入れようと伸びをしたところで。


「コレット、まだ居たのか?」

「わ、びっくりしました!」


 急に声をかけられて椅子がひっくり返りそうになったのを、声の主である殿下が手で押さえてくれていた。


「今日は家に帰る日だったろう、今からでは暗くなる」


 そう言いながら、堅苦しい正装のジャケットを脱ぎ、カフスを外している殿下。


「いや、帰りませんよ」

「……前回も帰ってないと聞いているが、あれほど帰りたがっていたのにどうした?」

「仕事を、終わらせたくて。それより、殿下も珍しいじゃないですか、こんなに早く戻って来れて」

「一旦、戻っただけだ。この後、会食が入っている」


 うんざりしたような顔をしているのは、会食が嫌というより……


「あのように連日、酒の席を設ける連中に呆れる。使節団の者たちは奴らのような軍部の者ではない。加減するよう、デルサルト公に進言したのだが……」

「彼らなりに、欲しいものがあるんじゃないですか? 接待攻勢って、商人でもそういう意味ですからねぇ」


 私の予想は当たっていたようで、殿下は慌てて部屋に入ってきたアデルさんに脱いだ上着を渡して、長椅子に座った。

 ヴィンセント様は、着替える暇もないのか執務室で、慌ただしく何か書類を作っている。


「正式にベルゼ王国から、硝石の輸出を打診された」

「……使用目的は?」

「例の新鉱脈の採掘で、岩石の破壊に使いたいそうだ」

「それ、目的の精霊石まで粉々になりません?」

「なんでも、新しい火薬の使い方を開発したらしい。それで森林が多い湿った気候のベルゼでは採れない硝石を、交易で手に入れる方法を模索していた。そこに交流のあるティセリウス領経由で、陛下に打診を願ったが返答を得られなかったと言っていた」

「え……それって」

「ああ、ティセリウス伯爵家が勝手に判断したのか、その先が結託したのかは今のところ不明だが、こちらには上がってない。先日の処分でティセリウスの交易を断ったことで、ベルゼが不審に思って使節団をこうして遣わして発覚したわけだが……」


 なんてこと。それって一歩間違えば、国の信用が失われるところだったではないのか。和平を記念した式典どころか、関係悪化の要因にもなりかねない。


「もしベルゼ新国王が、こちらの勢力図を分かっていて、あえてデルサルトと繋がろうとしたのなら、私としても放置するわけにいかない」

「その辺の、あちらの真意は?」

「まだ分からない……交渉先が決まるのを待つのならまだ分かるが、あえて向こうに肩入れするだけの理由が思い当たらない」


 殿下は腕を組み、考え込んでしまう。


「例のリンジー=ブライスが買い取った事業は、ベルゼ王国流の塩硝とかいうものを作り出す製法でしたよね、なら他に南部の乾燥地で簡単に採掘できる土地は、この国にないんですか?」

「ある」

「なんだ、あるならそっちで採掘して、殿下がそのベルゼ王国との交易を進めちゃったらいいじゃないですか」

「出来ないことはないが……」

「何が問題なんですか、土地の所有者が頑固で偏屈者とか?」


 はっはっはと笑いながら言うと、殿下がムッとする。なんでですか、別に殿下が偏屈と言われた訳じゃないのに。


「私の所有している土地だ」

「……へ?」

「その最も産出できる土地の、頑固で偏屈者の所有者が、私だがなにか?」


 あららら。悪気があって言ったわけでないので、拗ねないでくださいよ。


「でもそれなら何も問題がないですよね。これでベルゼ王国との交易強化になったら、殿下の勝ちですよ」

「そう簡単だったら苦労はしない。硝石は求められたからと言って、はいそうですかと簡単に渡せるような代物じゃない。向こうの新しい技術とやらと、正しく定められた用途に回るか監視も要る。それらに応じてもらえるような国王かどうかも、いまだ判断がつかない。それを使節団も理解してるのだろう、どうもまだ警戒されている気がする」


 硝石を渡すことを躊躇う殿下の理由に、それもそうかと納得する。なんだかんだと、殿下は目先のことに囚われずに、根気よく納得のいくまで調べて仕事をする人なんだなと改めて思う。そういう所は、尊敬している。


「ところで、本当に帰らないのか?」

「頑張って帰っても結局は寝るだけですから、そのつもりですけど……居たらまずいようでしたら帰りますけど」

「そんなことは言ってない」


 食い気味に言われても、それにハッとして照れたような顔をされても、返答に困るんですけど。

 あの日、ここで二人でダンスした時に言われた言葉を思い出して、私まで照れてしまう。

 自分を選べと言われて、無理だと断ったにもかかわらず、次の日には既に気にしたような素振りを見せなかった殿下に、いったいどこまで本気なのだろうか。

 殿下の私財会計士として働いたこの短い間でも、彼がただ王になりたいから宝冠にこだわっていたのではないことくらい、すぐに分かった。国と国民の繁栄のために、揺るぎない正当な王であることが重要で、そのために最善を尽くしている。だから十年、手を尽くして私を探していたんだ。

 なのに、あんまり殿下が優しいから、つい誤解してしまいそう。

 ちゃんと恋愛をして、想い合う人と結ばれたい。それは殿下自身への言葉でもあったはずなのに。

 私は気分を変えるために、あえて違う話題を振る。


「実はですねえ、先日の給仕の寸志として、ワインをもらったんです。今日はそれを呑んで寝ようかと思ってて」


 殿下がそれを聞いて、がっくりとうなだれる。


「仕事の後のお酒は、格別ですよ。殿下にもとっておいてあげますか?」

「いい、連日つきあわされて、辟易しているところだ」

「そうですね、アデルさんも殿下の体調を心配してましたよ」

「……分かっている」


 でも仕方ない。そんな言葉が続きそうな返事だった。


「ねえ殿下、ちょうど聞きたいことがあったんですが」

「なんだ?」

「あの宝冠のことなんですけど。あれはどういった経緯で、この国にあるんでしたっけ?」


 殿下が呆れたような顔をする。


「学校で習わなかったか?」

「習いましたよ、昔々、このフェアリスとベルゼあたりを含む一帯の土地を治めていた、精霊王が作ったものだって。でもそれをベルゼにあったのに、フェアリスに贈られたんですよね? 王朝を分離することを認める証として、元は兄弟の国だった証でもあるって。本当ですか?」

「……宝冠は、ベルゼの姫が嫁ぐにあたって持参したものだ」

「それは習ってないですよ?」


 どうやら、一般には語られてない話があったようだ。存在はよく知られているけれども、実際にどういうものなのかは誰も知らない。


「別に隠そうとしているわけではない、古い歴史書にもそれは書かれている。ただ、ベルゼとは戦をした時期があったために、そこはあえて語られなくなっただけで」

「じゃあもしかして元々は、王様の正当性というよりむしろ、その嫁いできたお姫様が王妃にふさわしいことを、証明するものだったんじゃないですか?」


 殿下が驚いたような表情をして、私をじっと見る。

 なにか、おかしなことを言ったろうか。

 首を傾げたところで、ヴィンセント様が資料をまとめたから見て欲しいと声をかけてくる。

 どうやら殿下の短い休憩が終わるようだ。本当に、体を壊さないといいのに。

 部屋を出て行く殿下の背中を、そう思いながら見送った。

 難しい交渉になりそうな口ぶりだったけれど、きっと殿下ならやり遂げるだろう。デルサルト卿よりも、硝石を用意できるのは、殿下の方なのだから。

 だから私は私の職務に集中すればいい。


 そう軽く考えていた私の元に、殿下の交渉が失敗したと知らせが入ったのは、それからさらに三日後のことだった。

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