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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第六章 悪の華は夜に輝く

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第三十七話 夜会へのお誘い

 ティセリウス伯爵への処分が決定した日から二週間が過ぎようとしていた。

 あれから私は三日に一度は家に帰れるようになったものの、常に護衛つき。そのため一人になれるのは殿下の部屋の中のみ。おかげで仕事が捗るため、心ゆくまで仕事漬けな日々を送っていた。

 そうして私は、いつも通りの仕事をこなすだけなのだが、殿下の周囲はがらりと様変わりしていた。

 これまではトレーゼ侯爵や以前から親殿下派の貴族、それから中央行政に深く関わる重臣以外は寄りつかなかった殿下の執務室に、さまざまなお客様がひっきりなしに訪れるようになっているみたい。ヴィンセント様によると、中立派だった貴族たちが、将来の要職を求めての掌返しが始まっているとのこと。加えて、例の「殿下の想い人」の噂も功を奏しているらしく、ぜひともうちの娘を将来の王妃にと願う貴族も、隙あらば訪れているのだとか。その中には、なんとデルサルト派だった家もあるのだという。

 いやあ、現金なものですよねえ……

 そういった人の出入りが激しいということもあり、閉じこもっているのにも拘わらず、私の身辺警戒も強まっているのだ。

 とはいえ半年後の納税期を控えているために、その準備に忙しくて、監禁に近い状態でも気にしている場合ではないのだ。だがまだ半年先、いままでの私ならそう言って高をくくっていたに違いない。だがそうは言ってられない状況が、どんどん追加されていて、本当にもう「いい加減にしてくれ」と詰め寄りたい。

 正確に言うならば、今まさに、殿下に詰め寄っているところなのですが。


「今まで皆無だった夜会に、どうしていきなり出席されるんですか。そして必要経費がまるっと私財会計って、鬼ですか、悪魔ですか、私を多忙で殺す気ですか!」


 人が途切れた隙を狙って、執務机に座る殿下の胸ぐらを掴む勢いでそう問う私を、ヴィンセント様が「落ち着いてコレット」となだめにかかってくる。


「いつも通り、請求書通りに支出を計算して帳簿につけておけばいいだろう」

「殿下、そう簡単に言いますけど、前例のない出費に対応するだけで、時間が忙殺されているんです。せめて、そういった社交に詳しい人をサポートにつけてください。およその予算を組んで、それを元に出金作業をまとめます。支出がある度にいちいち金庫棟往復をさせられたら、他に何もできません。このままじゃ殿下、半年後には脱税犯になりますからね」

「脱税犯は言い過ぎでしょう、さすがに」

「甘いです、ヴィンセント様! いいですか平民だって、故意に遅らせたり正確さに欠ける報告をした場合、厳しい追徴課税がかかり、それが元で商売を畳む者も出るんです。それを殿下だからと甘く対応すれば、それこそ役所や殿下自身の信頼失墜になりますからね。高貴な身分の者こそ、模範となるべきで、これは義務です!」


 殿下からは「わかったわかった」とため息まじりに返されると、こちらとしてもさらに鼻息も荒くなるって。

 貴族が集まる夜会に、殿下が出席する。それだけでこんなにお金が動くものだと思いもよらなかった。招待状への返信に使う親書にかかる費用、殿下の身の回りの支度、警護のための人件費、それから招待者への贈り物や、当日のための打ち合わせにかかる費用も殿下もちだ。とにかく、様々な出費が私にとっては想定外で、その順序もしきたりも分からず、翻弄されまくっている。


「カタリーナに話を通してある。近いうちに、こちらに来れるだろう」

「リーナ様が、王都に戻られるんですか?」

「ああ、彼女なら聞きやすいだろう。しっかり学んでくれ、これからは避けて通れないことだからな」


 殿下は、今週に一回、それから来週には二回、貴族家が主催で開かれる夜会に参加する予定だ。どれもとりあえずは、中央行政に関わる貴族が主催するもので、場所は王城内で行われる。だが、夜会とはそういったものばかりではなく、貴族家の屋敷で行われているものもあり、今後はそういった場所にも、行くつもりなのだろうか。そうなったら、いったいどれほど煩雑な処理が追加されるのかと想像したら、ついつい顔が「うへえ」と歪んでしまう。


「なんだその顔は。そもそも、もっとも煩雑な仕事を請け負っているのはコレットではなく、アデルだろう。私としては、そちらもおまえに任せてもいいのだが」


 その言葉に、私は机上に乗り出していた身をさーっと退ける。

 招待状への返事や、衣装の見立て、贈り物の選別にはアデルさんが手を貸している。元から王妃様つきの侍女をしていたために、そういったことを知るのは、ここではアデルさんのみ。その増えてしまった仕事に奔走して、ぐったりと疲れ切っているのはアデルさんなのだ。

 でもこれは本来は、殿下の婚約者、もしくはお妃様の仕事だ。

 私はこの話題については、素知らぬ顔をしてやりすごすことにしている。


「私は会計士です、そういうことは承っておりません」

「業務外でやる気になったらいつでも言え、歓迎する」

「絶対に、そんな気になりませんので、安心して殿下は夜会でお探しください。殿下、今モテ期じゃないですかぁ」


 そう言うと、殿下はあからさまに渋い顔をする。


「近頃は、自分の娘を薦めてくる家ばかりで辟易している」

「いいじゃないですか、掌返さない人間よりは。時勢を読んで、殿下につけば娘が幸せになるかもしれないという希望を、託されたと思っておいたらどうでしょう」

「ああ言えば、こう言うなおまえは」


 殿下が少し不機嫌そうに私を睨むが、ちょうどそこに来客の知らせが届く。私はさっさと人目がつかない奥に退散するつもりでいたのだが、殿下に呼び止められた。


「トレーゼが例の件で報告に来たようだ、コレットも気にしていたようだったろう、聞いていくか?」

「……はい、よろしければ聞かせて欲しいです」


 例の件とは、行方不明の女性たちの捜索のことだ。サイラスへの取り調べから、領外へ連れ出されているとの情報を得たので、とてもいち領主に任せることはできず、法務院の長であるトレーゼ侯爵が指揮を執って捜索しているらしい。

 そのトレーゼ侯爵が護衛の案内で執務室に入ってくると、私の姿を認めて少し躊躇った様子を見せた。


「……あまり良い結果ではなかったか」


 殿下がそう問うと、トレーゼ侯爵はただでさえ近寄りがたい威厳ある顔を、厳しいものに変える。


「若いお嬢さんに聞かせたい内容ではありませんな」

「どうする、コレット?」


 殿下に問われ、私は覚悟を決めて「大丈夫です、覚悟してます」と答える。

 それを受けて、トレーゼ侯爵は殿下への報告を続けることになった。


「禁止されているはずの、人買いを経て、三人を娼館で、二人を商家の下働きとして売られたことを確認し、保護いたしました。なにぶん、突然攫われて売られたため、かなり心理的に参っているようで、犯人に繋がる証言はまだ……特に娼館行きの娘たちは……」

「そうか……早めに家に戻れるよう手配してやってくれ。それで、女たちはどこの領に居た?」

「娼館は……ブライス伯爵領です。ティセリウス領境に近い街になります。商家の下働きの方は、同じく境ではありますが、ティセリウス領内でした」


 ただでさえ重い空気が、更に重くなる。


「ブライス伯爵の手の者を、ティセリウス伯爵が黙認しているというサイラスの証言を裏付けるには、まだ弱いな。それで、残る三人は?」

「それが行方がまったく分からず……こちらは売買されておらず、恐らく犯人の手元にまだ残されているのではと」

「売買に関わった業者は全て摘発したのか?」

「はい、事が事だけに、疑わしき者は全て取り調べ中です。それでもいまだ情報が得られません」


 しばらく殿下は考え込み、そしてトレーゼ侯爵へ確認する。


「ブライス伯爵がマーティン=ブラッド商会と繋がったという情報を得ている。調査対象に入っているか?」

「いえ、そこは名も出ておりませんので、調査に入ることができておりませんな。あの商会は、理由がないと難しいかと」

「そうか……」


 私としても、レリアナが人身売買と関わっている商会へ嫁ぐなんて、とてもじゃないけど容認できない。どうにかして、探れないだろうかと考えを巡らせていると。


「殿下、ここに来る途中で耳に挟んだのですが。来週の王城で開かれる夜会に、あのリンジー=ブライスが出席するとの噂です」

「……それは本当か?」


 殿下が驚くのには理由がある。彼女が出席する夜会といえば、国王陛下主催の新年会などの、貴族籍を持つ者が必ず出席を強いられるものだけだったそうだ。特にここ十年は。

 そのため、彼女の歳を重ねてなお人を惹きつけてやまない容姿は、その生き様と経歴の黒さもあいまって、社交界のみならず平民の間ですら伝説になっている。

 婚約を破棄された悪役令嬢、そしてそれを奪った令嬢を呪い殺し後釜に納まった悪女、夫亡きあと財産を食い潰した浪費家でもあり、そしてあまたの血をすすって若さを保つ魔女とまで。常に黒い噂を纏いながらも、悠然と生家のブライス家で過ごし、たまの夜会でその美しさを披露する謎の人。

 まあよくもここまで特異な人を、継母に持ったものよと自分の引きの強さを呪うしかない。


「では、そこで探りを入れるしかないな。ちょうど、例の事業の件の反応も見たい」

「そうですな、彼女はブライス家の象徴ともいえる存在。揺さぶるのも悪くないでしょう」

「パートナーは父親のブライス伯爵か?」

「いえ、それはまだ確認がとれておりませんが、まあ恐らくは」


 なにやら、悪巧みをしている二人。


「あの、私もその夜会にこっそり入らせてください、給仕とかに変装しますので」


 手を上げて言うと、しかめ面になった殿下と驚いたようなトレーゼ侯爵が、同時に私を振り返った。

 やっぱり、だめですか? 

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