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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第五章 塗り替えられる勢力図

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閑話 睡眠不足

※36話のすぐ後のお話です


 朝日を振り返り、その眩しさに目を細めながら、殿下が私に言った。


「三時間後にはヘイオンを有するタラス男爵が登城する予定だ。一時間後に起こしてくれ」

「ちょっと待ってください、殿下。もしかして、徹夜したんですか? 信じられない!」


 それだけ言って部屋の方に戻る殿下を、慌てて追いかける。


「緊急会議があったんだ、どうやって寝ろと?」

「それでも、ちゃんと時間を作って寝てくださいよ! 鍛錬してる場合じゃないです。睡眠不足は凡ミスを誘発させる、最大の原因なんですからね。それでよく、人に寝たかなんて聞けましたよねぇ」

「だから、今から寝ると言っている」

「人は! 夜に! 寝る生き物です!! それにですね、寝不足は万病の元ですから、長年続けるとハゲますよ」

「バギンズはいつもうたた寝をしてるが、効果はないようだな」


 バギンズ子爵の輝かしい頭頂部を思い出し、それは説得力がなかったかと後悔しながら、前をすたすた歩く殿下を裸足で追っていると。

 部屋に入ったところで殿下が急に立ち止まり、その背にぶつかる。


「ちょ、急に止まらないでくださいよ。殿下はその長い足で数歩でも、私はほとんど走ってるんですから……って、ちょ、なにするんですか!」


 文句を言い募る間に、また抱え上げられてしまった。

 小動物じゃないんですから、いちいち抱え上げないでくださいってば。

 じたばたしてもあっという間に室内の長椅子に運ばれて、そこに下ろされていた。


「なぜ裸足で外に出ようと思ったのか」


 どうやら汚いと思われたらしい。そりゃあ、綺麗に磨かれている床を汚したら、明日の侍女さんたちの仕事を増やしてしまうけど。


「わざわざ運んでくださらなくとも、後でちゃんと床を拭いておきますよ」

「拭くのは床ではなく、まずは足だろう」

「好きに使え。私はあちらを使うから気にするな」


 そう言うと、殿下のために用意してあったであろう陶器の水桶を、私の前に運んでくる。そして私の足元に置いたのだ。

 いやいやいや、この美しい陶器の中に足を突っ込むなんて、庶民の私にはハードル高いってば。

 固まる私を放っておいて、殿下は水差しの水を別の器に注いでそれで顔を洗った。汗を拭ってスッキリしたような顔をしながら、私の方に戻ってきて膝をついた。


「なんだ、洗ってほしいのか?」

「そ、そんなわけないでしょう!」


 すると殿下は笑って立ち上がった。どうやらからかわれたようだ。


「子供の頃、母が同じようにしてくれた事があった。ジェストに剣を習い始めたばかりで、泥だらけになり、擦り傷が多くなった頃だったか……子供は世話が焼けるくらいが、安心なのだと言われた覚えがある」


 殿下の幸せな記憶のひとつなのだろう。私にもそういう記憶は、たくさんあった。それらを思い出しながら、足を水につけて土を流した。


「私の母は幼い頃に亡くなってしまいましたが、使用人たちがその代わりとばかりに世話を焼いてくれて。木に登ったり、庭師とともに果物を収穫したり、虫取りをしたり、興味のあることをなんでもやらせてもらっていました」

「例えそのまま成長したとしても、おまえは今のおまえのままだったのだろうな」


 呆れたような言い方だったけれども、殿下からは労りのような優しさを感じる。

 けれども現実はそうならなかったわけで。父は事故であっけなく死に、優しかった使用人たちはあっという間に入れ替わってしまった。

 それでも今の私でいられるのは、レスターやレイビィの養父母がいてくれたおかげ。


「きっと、我が儘三昧の、いけ好かない令嬢になっていたと思いますよ」


 濡れた足を拭き、汚れた水の入った器を抱えて立ち上がる。


「二時間後でいいですか?」

「一時間後には起きる」

「ハゲますよ」

「……一時間半で妥協する」

「あら、殿下も交渉術を使えるようになったんですか」


 すると憎らしげにこちらを見た殿下が、何を思ったのかシャツの釦を外しはじめる。


「ぎゃ、殿下の馬鹿! すけべ!」

「さっさと寝ろと言ったのはおまえだろう」

「だからって、人の前でいきなり脱がないでくださいよね!」


 文句を言いながら殿下から背を向けて、慌ててその場を離れる。

 胸がドキドキするのは、驚いて走ったから。

 部屋を出る前に振り返ると、背を向けている殿下の肩が揺れていたので、からかわれたのだ。


「一時間半だからな、頼んだぞコレット」


 殿下の背中には目がついてるに違いない。愉しげな声に、私はなんだか悔しくなって、その広い背中に「イーッ」と舌を出して見せてから、今度こそ部屋を逃げ出したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やり取りの会話が丁々発止と面白く楽しいです。一段上がり、うまいと思います。
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