第二十八話 コレットのタブー
それから私たちは、フレイレ子爵夫妻とご令嬢アメリア様、招かれているカタリーナ様と、それからヴィンセント様も加えて昼食を取り、予定通り視察に向かった。
もちろん、私は殿下と同じ馬車での移動だ。リーナ様はアメリア様とともに、フレイレ子爵家の馬車に同乗している。
殿下がティセリウス領で乗せられた、領民に威光を見せびらかすような屋根無し馬車ではなく、普通の貴族が移動に使うものだった。ああ、良かった。
同行していたのは子爵家の警護のみならず、殿下が連れてきた護衛と近衛が車列を囲み、心なしか物々しい雰囲気だった。出発してさほど経たないうちに大きな川まで出て、そこから細い山道を登っていった先に製鉄所がある。馬車の窓から見える河川は、ゆるやかな水面をたたえ、そこを船が荷を乗せて下っていくのが見えた。
「あれはゼノス商会の船ですね」
船尾にはためく旗に、商会のマークがある。リーナ様たちの商談は上手くいき、ゼノス商会は早速資材運びと製品の領外への流通を請け負ってくれたらしい。最初こそ地味なスタートだったようだが、水車を利用したことで人件費が安くすむし、生産もすぐに軌道に乗せるよう計画は万全、あっという間に評判を呼ぶだろうと商会も太鼓判を押してくれている。
最後の仕上げが、殿下の視察だ。
この程度の王室の威光なら、ばんばん借りたらいい。殿下だって自分を推してくれる派閥が潤うことは、悪いことではないのだから。そもそも殿下が何かしら優遇したというわけではないので、どこを叩かれても埃など出ない。この事業の主は、あくまでアメリア様だ。最大の出資者はカタリーナ様。子爵令嬢が始めた学園の卒業試験のための事業に、ご立派な立場の貴族様があれこれ文句を言おうものなら、恥ずかしい目にあうのはどちらなのか、考えたら分かることなのだ。
そうして到着した製鉄所では、村の責任者がしどろもどろになりながらも、殿下に施設の内容を説明して回った。
山林に囲まれた村は小さく、そこで最も大きな建物は製鉄所。それでも事業を始めるにあたって仕事が発生したおかげで、生活が楽になってきていると言っていた。しばらくは鉄の需要は無くならないだろう。アメリア様から、必ず村での雇用を主体でやっていくという言葉が、彼らをより安心させているようだ。
そうして無事に視察を終えて、出発までの時間を待っている。周囲の護衛が入れ替わる様子を、殿下の隣で見ていた時だった。
「レ……バウアー卿」
近衛も担当が変わるようで、今まで側にいた人と入れ替わりでレスターが入ってきたのだ。つい腰を浮かせて呼びかけたところで、殿下が手で制してくる。
レスターも私に気づき、ホッとした表情で微笑み返してくれた。あの日以来、直接会えていなかった。彼の様子から、元気そうで安心した。
「殿下、彼と少し話したいのですが」
「向こうは仕事中だ」
その言葉にムッとすると。
「姉弟で同じ顔をするな」
殿下が呆れた様子で言うのでレスターを見ると、むくれた表情をすっと無に戻すのが見えた。
そう言われると、顔に出るところは似てるかもしれない。思わず笑いがこぼれた。だがレスターの方は、凜々しい顔を一瞬しか保てなかったようだった。驚きと、狼狽、それから私と殿下を見比べて、口を開けている。
「あれを放っておくと、色々と他への影響が怖いんですが、殿下」
「少しの間だ。ヴィンセント、人払いをしろ」
殿下の指示で、ヴィンセント様がレスターを呼び寄せ、代わりに他の近衛と子爵家の人々を遠ざけた。その間に殿下の護衛が入る形で、人目も塞ぐ。
「……レスター、体はなんともない?」
「え、あ、はい。コレット」
「いつも通り姉さんって呼んでくれていいわよ。殿下にはバレてしまったから」
「え……ええと、バレたって……まさか」
レスターが信じられないといった面持ちで、殿下を見る。
「コレットがコレット=ノーランドであるならば、おまえが義理の弟だということは、すぐに分かることだ。まさか、再婚相手の連れ子と、未だ姉弟として繋がっているとは思いもしなかったが」
「血なんか関係ありません、レスターは私の唯一の、大事な大事な弟です」
「……姉さん」
レスターが、感極まって私の前に跪き、手を取った。
「姉さんが無事で良かった。足は動く? まだ今日も殿下に抱えられてたって聞いたよ、治らないなら僕が抱えて帰るから!」
「おい、レスター=バウアー」
いつものレスターの暴走に慣れてない殿下が、呆れたように止めに入る。だがレスターはもう遠慮するつもりがないようで。
「だから僕は言ったんだ、殿下に関わるといいことなんて無いって。これからは姉さんは僕が一生守る、だから一緒に帰ろう?」
「ちょ、ちょっと、レスター」
さすがに殿下の前でそれはないだろう。レスターが私を思う心は嬉しいが、今はまだ正体が殿下以外にバレるのはまずい。
すると殿下が無言で、私の手を掴むレスターの腕を締め上げた。
「あ、っつ」
「いったん下がれ、命令だ、レスター=バウアー」
反射的に、レスターは私の手を離し、三歩ほど下がった。だがその顔は不服そうだ。
「レスター、話を聞いて。今はまだ視察中で、あなたも職務中。詳しいことは後で……王都に戻ったら必ずするから、今はまだ知らないふりをしていて欲しいの」
「でも姉さん……」
「お願い、レスター」
拝むように手を合わせると、レスターはいつものように折れてくれた。ただし仕方が無いと言いたげに。そしてレスターは殿下に向き合った。
「今は姉さ……コレットの希望を汲むだけです。いずれ返してもらいますので」
その言葉に、殿下は突如、いつもの悪魔の微笑みを浮かべた。
「そもそもお前のものでもなかろう」
二人、火花を散らせるように睨みあっているんだけど、何故⁉
だが時間のようだ。ヴィンセント様が殿下に目配せをすると、殿下は頷く。
「レスター=バウアー。大事なものを守りたかったら、まずは王都まで役目を果たせ」
さすがにレスターも、それ以上は殿下に逆らうことはなかった。
レスターとの再会は短く終わり、殿下の合図で護衛は元の配置に移動し、レスターも近衛たちの中に戻る。そして馬車に乗り、来た道を戻った。
街道の途中で殿下の馬車が待ち構えていた。そこで乗り換え、私たちはフレイレ領を発つ。殿下が子爵夫妻と挨拶を交わしている間に、私はアメリア様とリーナ様にお別れを告げ、再び王都で会う約束をした。
色々あって長く感じた旅程だったが、今晩夜通し馬車に揺られれば、王都に帰り着く。
すっかり私の定位置となった座席に収まり、流れていく緑豊かなフレイレ領の景色を眺めていた。
「おまえの弟は、姉への執着が異常だな」
殿下がいきなり言い出した。そりゃあ、私たちの姉弟愛は強い絆で結ばれているので……そう言おうとしたら、殿下が無言で私に窓の外を指し示してきた。
なんだろうと思って覗くと、私の位置からは見えにくい馬車の前方に、レスターが騎馬で走っていた。するとレスターは私に気づいたらしく、微笑み返す彼に小さく手を振る。
「あいつは外を警戒するのではなく、私を敵視しているようだな」
「それは殿下が悪いのでは。分かっていて彼を煽ったでしょう、しかも何度も」
「え、そうなんですか? 殿下が? どうして」
「あれで気づかないとは、あなたも相当ですよコレット」
「失礼ですねヴィンセント様、なんだか睨み合っているのは、私だってちゃんと気づいてましたよ」
ヴィンセント様には苦笑いで「はいはい」とあしらわれてしまう。
「コレット、前にも言ったはずだが、バウアー男爵は末端ではあるがデルサルト派に属する、生粋の騎士輩出の家系だ。それだけでなく彼は養子で、産みの母親はブライス伯爵家の人間。ブライスといえば、デルサルト公爵を王に推すことを憚らない。向こう側の人間だ、当面あいつに近づくことは禁止だ」
「禁止って……でもレスターは、派閥とか権力争いには無関心です、とても良い子なんですよ?」
「あれが良い子という図体か。しかし例え本人が善良であっても、家督を引き継ぐために従わざるを得ない場合もあるだろう。それともコレット、おまえが弟をこちらに寝返らせられるのか?」
「それは……」
何の力も持たない私に、殿下は無茶を言う。
「おまえのことだ、よほど弟が大事だから、あれほど無関係を装っていたのだろう?」
殿下が言いたいのは、町で遭遇した時のことや、関係を疑われた時のことだろう。素性がバレてしまえば、殿下のような人には点と点を簡単に結ばれて、私の行動なんて見透かされてしまう。
「だって、家族ですもの」
「家族か。実際に共に育ったのは、三年ほどではなかったか?」
「そんなことまで調べてたんですか? 十年も前に没落した家のことを」
「その没落に、私は無関係ではないからな。すっかり終わった後で知ったせいもあり、余計に記憶に残っている。あの悪名高いリンジー=ブライスが、元婚約者だったノーランド伯爵家に後妻として入り、前妻の残した娘を隔離して食事もろくに与えていなかったらしいと。娘の亡きあと、生家に戻ったおまえの継母は、ノーランド伯爵家の財産を……」
「やめてください!」
私は耳を塞ぐようにして、叫んでいた。
「聞きたくありません、その人の話は」
殿下とヴィンセント様は、驚いたように顔を見合わせている。だけど、これだけは譲れない。私にとって、一番のタブーなのだから。
「その人の話を私にするなら、一切協力を拒みます。それが困るんでしたら、二度と口にしないでください!」
最悪だ。
気分が悪い。困惑する殿下たちを無視して、そのまま膝掛けに包まり、横になってしまったのだった。




