↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第三章 記憶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/118

第二十五話 約束

 到着したのは殿下のみならず、視察に同行していたヴィンセント様、それから付き従っている護衛の人たち。ティセリウス領へ同行してきた、殿下の側近の全てがそこにいた。


「殿下、コレットさんは睡眠薬らしき茶とともに、体の自由を奪う薬を打たれています。自力歩行は無理なので、このまま運ばせましょう」


 後ろから追いかけてきたのはジェストさん。だけどもその彼の言葉を受け、殿下が驚いたような顔をして、抱きかかえられた私と、私を抱えて立つレスターを見比べていた。


「レスター=バウアー、どうしておまえがここに居る?」

「殿下、彼はコレットさんの救出に助力いただいております」

「それは理解している。だが何故同行した?」


 え、そこ? 今、そこの追求が必要ですか?


「殿下、領地で特定の容姿をした女性が行方不明になっていると情報をくれたのは、彼です。それで用心のため同行を許可しました」

「金髪に、紫の瞳か?」

「ご存知でしたか。コレットさんの容姿が条件と合致しています、それでその者(サイラス)に……恐らく昨夜から目をつけられていたのだと」


 殿下は私たちの後ろに縛られ、顔を背けている老人に目を向けた。


「そうか……事前に情報が得られなかったとはいえ、お前を使いに出した私の失態だ。許せ、コレット」

「え……いえ、殿下が悪いわけではないので」


 殿下に謝られるとは思ってもみなかったので、慌ててそう言うと。


「必ず動機と背後を調査させる。レスター=バウアー、私の配下が世話をかけた、感謝する」

「いいえ、一(・)般(・)市(・)民(・)を守るのも騎士の役目、当然のことです」


 はっきりと殿下の言葉を否定するレスター。驚いて彼を見上げると、私をしっかりと抱き直し殿下に向き合った。


「コレットを医者に診せるので、お通し願います」


 だが、出口を塞ぐように立っていた殿下は、表情を固くしたまま動かず。私たちの方に手を差し出しながら言った。


「貴殿には感謝するが、それは私(・)の(・)だ。この後のことは任せるがいい」


 ……殿下、それを言うのなら、「私の配(・)下(・)の(・)者(・)」でしょう。重要なところを抜かさないでください。

 そしてレスターは私を抱え直すと、驚いたことに言い返す。


「いいえ、僕が最後まで責任をもって運びます」


 驚いたのは私だけではない。殿下の後ろに立っていたヴィンセント様が固まっている。そしてジェストさんはというと、斜め下を向いて困ったように……じゃない、笑ってる?

 殿下はというと、頬を引きつらせながら、レスターへ繰り返した。


「いいから返(・)せ(・)」

「いいえ、彼女は僕とともに地下の毒を散布する施設におりました。殿下にお渡しするわけにはいきません、尊い御身に障ります」


 真っ直ぐ殿下を見て言うレスター。なんだか誇らしげな気がするのはなぜ。

 しかしレスターの言い分はもっともだ。屠殺施設の床に転がされていた私たちは、殿下に触れたらいけない。

 けれども殿下は無言で着けていたマントを外し、それを腕にひろげて再び言った。


「かまわない。返せと言っている、レスター=バウアー。これは命令だ」


 何故か殿下の逆鱗に触れたようだ。私はこれ以上レスターが我が儘を言うと不味いと思い、彼の首に回していた腕をほどき、殿下に手を伸ばす。


「ありがとうございました、バウアー卿。私は殿下と戻ります」

「……だが」


 何故か悔しそうな顔をしたレスターは煮え切らない返事だ。

 しかしそんなレスターに助け船を出したのは、ジェストさんだった。


「バウアー卿、あなたも薬の影響が完全に抜けていない。今は殿下の言うとおりにしておきなさい」


 それでレスターもようやく冷静になったのか、渋々ながら頷く。

「そこまでおっしゃるなら……お(・)預(・)け(・)いたします」


 レスターはそう告げながら、私を殿下に受け渡したのだった。

 殿下は騎士であるレスターとは違うので、小柄とはいえ私を抱えて大丈夫だろうか。マントに包まれ、そのままきっとジェストさんに渡されるかと思いきや、私を抱えたまま歩き出す殿下。


「あの、重いので無理なさらないでください、殿下」


 そう言うと、相変わらず厳しいままの眼差しを向けられた。


「常々言っていると思うが、おまえは細すぎる。もっとしっかり食べろ」

「食べてますよ、失礼ですね殿下、私を運んで明日筋肉痛で腕が上がらなくなっても、責任はとれませんよ。お給料下げないでくださいね」

「よく動く口だな、本当に薬を打たれたのか?」


 頬を膨らませる間も、殿下は歩きを止めることなく診療所を出てしまった。


「殿下、バウアー卿にもお医者様を向かわせてあげてください。彼は巻き込まれただけですから」

「分かっているから、今は自分の心配だけしておけ」


 そう言うと、外で待機していた護衛に馬を曳いて来させる。そして一度私をヴィンセント様に預け、殿下は騎乗する。これで殿下から解放されるとほっとしたのも束の間、馬上から引っ張られ、殿下の前に乗せられてしまった。


「ちょ、落ちる……怖いです、サイラスの用意した馬車を使わせてくださいよ」

「あれは証拠品だ、許可できない。腕を動かせるのなら、しっかり掴まっていろ」


 慌てて殿下の体にしがみつく。

 その間に、殿下はヴィンセント様たちに指示を出す。


「先に戻る。ヴィンセントはジェストとともに事態の収拾を。護衛の一人は先駆けでアデルに医師の用意をするよう伝えろ。残りの護衛は私に続け。早急に領主館に戻る」

「はい、お気をつけを」

「ちょっと……いや、お気をつけをじゃないですってば!」


 頭を下げるヴィンセント様を恨めしげに見るが、馬で戻るのは決定らしい。


「黙ってないと舌を噛むぞ」


 殿下は短く言うと、馬を蹴った。揺れる馬上では、横座りなのも相まって姿勢を保つのも難しい。殿下はそんな私の腰に腕を回し、支えながら手綱を握っている。

 それでも怖いものは怖いのだ。結局、領主館に着くまでの間、私は殿下にぎゅっとしがみついて、ただ目をつぶってやり過ごすしかない。

 ──これからどうなるのだろう。不安が漠然とこみあげてくる。

 サイラスが口を割れば、私がかつてノーランド伯爵令嬢だったことが、殿下に知られてしまうだろう。そうしたら私は……ううん、私のことはいい。私のせいでレスターや、父さん母さん、それから……

私に関わった、たくさんの人が罰せられてしまうのだろうか。

 そうならないよう、対策を練らなきゃ。けれども走る馬から振り落とされないよう殿下にしがみつくので精一杯で、ちっとも考えがまとまらなかった。

 領主館へ到着すると、アデルさんが待ち構えていた。私を抱えて下ろす殿下の側に駆け寄ってきた。


「コレットさん、大丈夫ですか、大変な目に遭いましたね」

「怪しげな薬を打たれて歩けないようだ、医師の手配は済んでいるな? それから毒が付着しているかもしれない、風呂に……」


 殿下が言葉を切って、少し考えた末にとんでもない事を言い出す。


「私の部屋に連れて行く、アデルは他の侍女とともにコレットを風呂に入れるのを手伝ってやれ」

「はい、かしこまりました」


 え、何を言ってるんですか?

 ちょっと待って。そう言う間もなくアデルさんは他の侍女とともに走り去り、殿下はそのまま私を抱えて歩き出した。


「用意された侍女さんたちの泊まる部屋にもお風呂があるのに、どうして殿下の部屋に?」

「警護の関係上、人の出入りが少ない方が良い」

「だから、なんで警護が必要になるんですか、私に」


 押し問答する間も、どんどん通路が豪華仕様になっていく。殿下が泊まっているのは貴賓室、もちろん寝室だけでなく居間や応接室、ドレスルームまで一通り揃っている。いくら仕事で殿下の私室に慣れているとはいえ、余所では止めていただきたい。


「……視察の水門広場で、あの仲介業者を見つけた」


 殿下は、私の言葉に返事をする気はないのか、急にそんな話を始めた。


「仲介業者って、密出国の? そりゃあ、待ち合わせ場所だから居てもおかしくはないでしょうね」

「そうではない。視察を歓迎する役人と船主、水門管理をする警護兵たちの中に並んでいた。堂々とな」

「ええ⁉ ってことは、誰も彼もグルみたいなものじゃないですか」

「そういうことだ。しかもティセリウス伯爵は、完全にデルサルト派だからな。つまりどこにいても、決して安全ではないということだ」


 殿下はそう言いながら、私を抱えたまま部屋に入った。

 見上げる殿下の顔は、平然としたままだ。私を抱えて息を切らすこともないし、重さでずり落ちる様子もなく、案外平気そうなことに驚く。

 そうして寝台の端にようやく下ろされた。見たこともないくらいふかふか。そのせいで余計に座っていられなくて、バランスを崩す。すると殿下が私の背を支え、ゆっくりと寝かせようとする。いやいや、このままこの綺麗な寝台に寝るわけにはいかない。


「殿下、汚れますからせめて下に降ろしてください」

「弱っている時くらい、言うことを聞け……これならいいだろう」


 殿下は私が包まっていたマントを広げ、その上に収まるように私を横たえてくれた。そしてその横に、殿下も座る。


「殿下も着替えてください、ずっとしがみついてましたから、きっと良くない物で汚れてますよ」

「分かっている。アデルが用意できたら、私も着替えてまたヴィンセントと合流するつもりだ」


 それなら、私をジェストさんとか他の護衛に任せればよかったのに。そう思ったけれども、言う暇もなくアデルさんたちがやってきた。

 そしてお湯と着替えの用意ができたと告げると、私を再び殿下が抱き上げて、浴室に用意された椅子まで私を運んでくれた。そうしてからアデルさんに後を頼むと言って、去ってしまった。

 結局私一人ではどうすることもできないので、諸々諦めた。アデルさんたちの助けを借りて体を清め、その後にやってきた医師に診てもらい薬湯を飲む。サイラスは嘘を言ってなかったようで、医師からは薬が抜けたら感覚が戻るだろうと告げられた。なるべくたくさん薬湯を飲み、薬を排出し、体を休めるしかないらしい。

 ついでに眠れるような薬も入っていたらしく、殿下の寝台に入れられたまま、いつの間にか眠ってしまったようだった。図太いにもほどがあるだろうと自分でも思うが、ある意味諦めの極地だ。ことの顛末をかいつまんで説明したら、アデルさん侍女たちの同情を大いに買ってしまった。そのせいで元の部屋に戻るための助け手を失ったのだ。同情するなら、戻して欲しいのに、逆に遠慮は要らないからゆっくり休めと……違う、違うの、そうじゃない。

 そうして何度か浅い眠りと覚醒を繰り返し、今は起きているものの、うとうとしている。


「具合はどうだ」


 そう声が聞こえて目を開けると、暗い室内で自分をのぞき込む殿下がいた。


「……大丈夫です、寝返りくらいは出来るようになりました」


 今は横を向いて寝ていた。身を起こそうと手をつくと、殿下に止められてしまう。


「いい、今夜はそのままここで休むといい」

「でも、殿下の寝る場所がなくなってしまいます」

「ヴィンセントの寝床を奪うつもりだ」

「じゃあヴィンセント様はどうするんですか」

「護衛の誰かの寝台を奪うだろうな」


 ふふふ、それじゃ誰かが割を食うじゃないですか。それに……


「ヴィンセント様のところは止めた方がいいですよ、また変な噂に拍車がかかりそうです」


 すると殿下は酷く嫌そうな顔をして、横を向いた。静かな部屋に、殿下が座る寝台の柵がギシリと軋む音。


「間に合って良かった」


 ぽつりと小さく降ってきた言葉に、横になったまま殿下を見上げる。横を向いているせいか、表情はよく見えない。


「……そう何度も、目の前で人が行方不明になられると、いくら俺でも落ち込む」


 殿下なりに、責任を感じてくれていたのだ。それが嬉しいような、でもどこか居心地が悪い。その理由は、自分でも分かっている。でも……


「殿下は、例の少年を探しあてたら……どうするんですか?」


 驚いたように、殿下は私を振り向く。

 答えは最初に聞いているから、分かっている。でも彼の人となりを知って、こうして一緒に過ごすなかで、もしかしたら赦してもらえるかもしれない。そんな都合のいいことを考えてしまう。


「そうだな……」


 殿下は再び考え込むようにして、言葉を濁す。やっぱり、死を以て償うしかないのだろうか。

 目を伏せた私の頭に、温かい手が触れた。

 目を開けると、それは殿下の手で。仕草はどこか子供をあやすかのように、優しい。


「そうやって、答えを誤魔化そうとしてますね」

「答え?」

「宝冠の契約を破棄するって言いました。それって少年を殺すってことですよね」


 その言葉に、殿下がきょとんとした顔をする。


「相応の対処をするってご自分が言ったことを、覚えてないんですか?」

「いや……ああ、覚えている。だからといってそのような短絡的なことは言ってない」

「だって、許さないって言ってたし、他に方法ないじゃないですか」

「俺が、私怨で人一人殺す人間に見えるのか、おまえには」

「ご自分がどんな顔で言ったのか知らないんですか? こーんな目を吊り上げて、鬼のような顔だったんですよ! ……そりゃあ、今はそこまで怖い人とは思わないですけど……でも」


 目を思いっきり吊り上げて見せたら、殿下が不服そうな顔をしつつも、一つため息をついた。


「他の者……例えばデルサルト派の手に落ちれば、利用されかねない。だから、保護するつもりだった。それに、怪我の具合も気になっていたしな。生きているのは分かっても、重い障害を負っているのかもしれない。見つからないということは、そういう可能性もあるのではと」


 殿下は再び横になっている私の頭を撫でた。耳の後ろはくすぐったくて、身を捩るとようやく離れていく。人を猫かなにかかと思っていやしないだろうか、この人は。


「じゃあ、殺さないんですね」

「ああ、殺すことはない。約束する」


 そうか……、死ななくてもいいんだ、私。

 安心したら、なんだか眠気が襲ってきた。どうしても抗えない眠気に負けて閉じていく瞼。最後に、優しく笑う殿下を見た気がした。

 夢、かな。見たことがないはずの殿下の優しい笑みが、酷く懐かしい気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。