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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第三章 記憶

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第十八話 おかしな距離感

 ひときわ大きな馬車を、近衛騎馬が囲むように護衛する形で、四台の馬車が連なる視察団が出発したのは、早朝のことだった。

 私はあらかじめ決められていた通り、先頭の殿下の馬車から一つ後ろの、アデルさんたち侍女が乗る馬車に便乗していた。二つ目の休憩場所までは……


「顔色が戻ってきたな」


 殿下が視察のための書類を読みながら、私の目の前でそう言って小さく笑った。

 ……そう、目の前で。

 私はこうして馬車で王都を出るのは、生まれて初めてだった。市街地を抜けた先の街道が、どのようなものかは一応知っていた。だが知識と体感では天と地ほどの差があって……

 つまり街道を走る馬車の揺れで、私は激しく酔ったのだ。侍女たちの乗る馬車だって、殿下所有のものだから、街を回る乗り合い馬車よりも質はいいはずだった。なのに予想外の揺れに胃も頭も翻弄され、それはもう、悶絶するしかなくて。

 一応、頑張ったのだ。アデルさんたちの介抱に応えるべく、必死に耐えた。

 けれども休憩所に着くなり、耐えきれなくなって吐いて吐いて吐きまくり、ついに彼女たちの訴えによって、殿下の特別馬車に放り込まれてしまったのだ。

 もちろん、殿下からの許可は得ている。

 けどね、万が一この特別の馬車もダメだったら……と思うと、また違う緊張で吐きそうなんですけど、どうしてくれよう。

 そういう厳しい状況から目を反らすべく、失礼ながらも壁に身をもたれかけて目を閉じていたらば、いつの間にかすっかり寝ていたらしく。目が覚めてみたらあらびっくり、酔いも収まりすっきりしていたというわけで。

 くっくと笑うヴィンセント様も同乗していて、殿下と二人きりではないけれど……

 父さん、これは失態にカウントされますか?


「で、殿下の前で失礼いたしました……」


 気づけば上着をかけてもらっていたらしく、それを綺麗にたたんでお返しすると。


「おまえの図太さには、いまだに驚かされる。だが回復したのならちょうどいい、これに目を通してみてくれ」


 先ほどまで殿下が目を通していたらしい書類を差し出されたので、受け取る。帳簿の写しらしく、たくさんの数字の羅列が目に入る。

 だが額がかなり大きい。商会や個人商店相手の庶民納税課のレベルではない。私はそれに気づくと素早く顔を上げて、その書類から目を反らす。


「殿下、私に変なもの見せないでください」

「早いな、分かったのか?」

「分かるもなにも、とんでもない単位じゃないですか。これはもしかして、どこかの領地レベルの帳簿じゃないですか?」


 そうだと、殿下は悪びれる様子も無く言った。


「私が許しているのだ、気にするな」

「職務外のことはいたしません」

「私は移動中でも、公務だ。ここでヴィンセントとともに、資料を参考に視察先の領地について話し合っている。そこに飛び込んできたおまえに考慮してやる理由はない、運が悪かったと諦めるのだな。それを見なくとも聞くことになる」

「ひっどい、そんな屁理屈」

「いいから、目を通して気になることがあれば些細なことでも、会計士としての見解を聞かせろ。好きなことをしていれば気もまぎれるだろう」


 殿下は撤回するつもりがないのか、私が押し戻そうとした書類を受け取らない。

 仕方が無いので、私は頬を膨らませながらも、再び書類に目を通す。

 まさか、馬車に酔ったせいでこんな目に遭うとは思わなかった。殿下は鬼か。そう心の中で悪態をつきながらも、仕方なく帳簿に目を通す。

 数字は大きいが、それにさえ慣れてしまえば、商会のそれとあまり変わらない。収益と出費、項目は商会にないようなものもあるが、それとて支出には変わりない。ずらっと連なる数字を見て、その良く出来た会計報告に感心する。


「ざっと見ですけど、良く出来た会計報告書ですね。計算上では抜けも計算違いもないようですよ。さすが伯爵家の出すものとしか……」


 うっぷ……

 目眩、再来。


「コレット?」


 使用人用の馬車よりもマシとはいえ、揺れる馬車の中で書類を見たのがいけなかったようで、馬車酔いが再発。

 もう吐くものもないので、殿下の前で最悪の事態は免れたけれど、再びダウン。殿下の好意によって膝掛けをお借りして、柔らかな座席に横にならせてもらった。

 けれども、完全に横になってしまうとかえって気分が悪い。しかたなく起き上がると、殿下と目が合った


「申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしてしまい……」

「いい、無理に喋るな。書類を見せた私も悪かった」


 そう言うと、殿下は私の隣に席を移ってきた。そして横を向いたまま、私に膝掛けを被せて、引き寄せたのだ。


「壁にもたれたら振動が伝わるだろう、かまわんから寄りかかって寝ろ」

「え……でも」


 困ってヴィンセント様を見ると、小さく頷いてくれた。

 正直、とても辛かったので有り難い。これが殿下でなければなお良しなのだけれど、ヴィンセント様にお願いしたらそれはそれでリーナ様に申し訳ないので、腹をくくって目を閉じた。

 殿下の肩は私が力を抜いて寄りかかっていても、まったくゆるぎなくて、温かい。ついでになんだか良い匂いもするしで、再び私は眠りに落ちた。

 どれくらい寝ていただろうか。まどろみから浮上する中で、声が聞こえた。


「当時、王都で開業していた医師を洗い出して、確認を取らせている。かなりの数に上ったが、ダディスの協力で数名に絞り込めた」

「その一人が、今は故郷のティセリウス領で隠居しているということですね。しかし、わざわざ殿下が面会に赴かれずとも」

「いや、当時いくつかの貴族家の主治医として働いていた者だ。使いでは口を割らない可能性もある。それにちょうど視察に重なったのは、意味があるかもしれない」

「精霊王の加護……宝冠の作用、ですか?」

「王国の始祖の伝承は事実であり、世界最後の魔法と言われるくらいだ、伊達ではなかろう……忌々しいが。だが今度こそ逃がしたくはない、慎重を期す」

「魔法の導き、ですか。確かに」

「……まて」


 殿下が、ヴィンセント様の言葉を止めた。宝冠という言葉に目が覚めた。だからその先を聞きたかったのに。

 だが会話の内容を整理する前に、いきなり頭を手でまさぐられる。


「なにするんですか」


 くしゃくしゃになった頭を手で押さえながら目を開けて、はじめて自分が横になっていたことに気づく。しかも枕にしていたのが、殿下の膝であることに気づき、飛び起きると。


「急に動くとまた吐くぞ」

「で、でで、殿下、膝……」

「ああ、おまえが倒れてきて仕方なく寝かせておいた」


 何でもない風に言わないでください、王子殿下に膝枕させたなんて、そんな理由で破滅したくないんですが。


「なんで止めてくださらないんですか、ヴィンセント様」

「こっちに飛び火させないでくださいよ、コレット。いいじゃないですか、誰も見てないんですから」

「そういう問題じゃないです、おかしいでしょこの距離感」

「かまわんと言っただろう、ギャーギャーわめくな」


 殿下にそう言われてしまうと、何も言い返すことができない。仕方なく乱れた髪を整えるものの、しっかりと顔を乗せていたせいか服の跡が頬に残っている。

 殿下もきっと重かったろうに……なんだか申し訳なくなっていると。


「おまえはちゃんと食べているのか、コレット。軽すぎる」


 いらぬ心配だった様子。


「食べてますよ、他の女性よりよほど。たぶん体質なんです、肉付き悪いのは」


 放っといてください、既に耳にたこができてますから。

 けれども殿下は違う心配をしていたようで、小さな包みを差し出してくる。


「酔いには甘いものがいいらしい。これなら吐く心配もないだろう、食べろ」


 受け取って包みを広げると、そこにあったのは鮮やかな色の飴だった。

 いつか見た、瓶の中身のように、赤や黄色、青の玉がきらきらと手の上で転がる。その一つを口に入れると、甘酸っぱい味が口に広がり、からからに渇いていた喉を潤す。

 思わず「生き返ります」と笑顔になる私を見て、殿下が小さく笑った。


「飴くらいで安いやつだな」

「殿下こそ、いつも持ってるなんて、どれだけ飴好きですか」

「勝手に飴好きにするな、たまたまだ」


 遠慮なく二つ目を口に入れたところで、殿下に眉をひそめられてしまった。勧めたのは殿下なのに、とんだ理不尽だ。

 そうして私にとって初めての長距離馬車旅初日は、大変だったけれど何とか乗り切ることができた。

 明日、もう一日を馬車で過ごしたら、目的のティセリウス領だ。まだ試練は続くけれど、私はかつて母と関わりのあった領に行けると思うと、期待で胸を躍らせていた。

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