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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第三章 記憶
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第十七話 必要経費

 その後、休日を迎えた私は、買い物をするためにある店を訪れていた。


「あら、コレットじゃない、また会ったわね」


 名前を呼ばれて振り返ると、笑顔で手を振っていたのは友人のレリアナ=プラント。

 いま訪れているここは、少し特殊な品を扱う店。まさかこのような場所で出会うとは思わなかった。それはレリアナも同じだったようで……


「どうしたの、こんなところで。もしかして、あなたも旅行?」

「レリアナこそ、今日は役所が開所日のはずよ、まさか会うとは思わなかったわ、まさか辞めたんじゃないでしょうね?」

「ふふ、その通りよ。見てちょうだい、コレット」


 レリアナは上機嫌にくるりとターンして、上品な絹のワンピースをふわりと揺らす。

 彼女はレイビィ家よりも貧しい家の出だ。弟妹が多く、あの受付嬢の仕事につくためにそれこそ涙ぐましい努力をした事を、これまで幾度となく自慢していたのだ。その仕事を、考えもなしに辞めるとは思えない。


「つまり、先日会ったときに話していた相手と、上手くいってるってことなのね」

「そうよ、正式に婚約して、来月には彼の仕事に同行するの。つまり、顔見せみたいなものね、彼……セシウスは商会の次期当主だもの」

「そうだったんだ、おめでとうレリアナ」

「ありがとう、それでコレットはどうして?」


 ここは、特殊な鞄を扱うお店だ。風雨に晒されてもその荷物を守る、とても頑丈な鞄を作ることで有名で、長期の商談旅行に赴く商人たちの御用達。

 レリアナがブラッド=マーティン商会の次期当主の婚約者になったのなら、彼女がここに居ても不思議はないだろう。だが私はというと、これが頭の痛い問題で……


「新しい職場の上司が、視察に行くの。それに同行を命じられて仕方なくよ」

「でも確か、本院の経由の出向って言っていたわよね。誰かお偉い人についているの?」

「うん、まあそんなところ。あくまでも会計士よ」


 殿下の遠方視察の日は、休暇となる約束だった。けれども今回は例のカタリーナ様のご友人であるフレイレ子爵令嬢の領地が近いということで、追加で立ち寄ることになったのだ。そこで殿下から、どうせ関わったのならばその目で見るべきだと言われてしまい、その言葉に賛同したリーナ様の後押しもあり、私の随行が決められてしまった。

 とはいえ私は私財会計士。公務とは関係ないので、お付きの侍女たちの馬車に便乗させてもらっての同行だ。子爵領以外では、邪魔にならないよう息をひそめていれば、非常に美味しい仕事でもある。出張手当がつくのだから。

 ということで、当初の約束とは違うので今回だけは、その出張手当に少々色をつけてもらい、こうして旅装を整えている。つまり必要経費で落とされるのだ。

 意気込んで並ぶ商品を眺めると、思っていたよりお値段が張る。なるべく小さな鞄にしようと、いくつか手に取って見ていたところだ。


「どこまで行くの?」

「んー、国境近くのティセリウス領と、そこから南下してフレイレ子爵領に」

「はあ? 少なく見積もっても一週間は帰ってこれない距離じゃない!」


 驚きの声を上げるレリアナ。だが静かな工房つき高級鞄店では、場違いであることに気づいた彼女は、声を潜めて続ける。


「よく聞いてちょうだいコレット、そんなサイズじゃ足りないわよ。もう一つ大きくなさいな。そんな鞄じゃ服が二着入れば良い方だわ」

「二着も入れば充分よ、旅先で洗うもの」

「あのねえ、仕事で行くんでしょう? そんな暇あるわけないじゃない」


 呆れたように言うレリアナだが、私の仕事はさほど多くない。それで充分だと思うのだけれど。


「じゃああなたはどれを買うつもりなのよ」

「私はもう注文を終えて帰るところなの、アレと、アレと、それからコレを二つ」

「え、四つも? しかも大きいやつ!」


 引っ越しでもするつもりなのだろうか。一番大きなものは、私が膝をかかえて入れそうなくらいだ。そんな大きな鞄を乗せる馬車も、素晴らしく大きいに違いない。

 なんだか遠い世界に行ってしまう友人に、私は返す言葉もない。


「だけどレリアナだってさ、あんな大きな鞄があっても、中に入れるものがあるの?」

「ないわよ」


 あっさり言う彼女に、私は肩をすくめる。


「じゃあたくさん買う必要ないじゃない、もったいない」

「さすがに私もそう思ってセシウスに言ったわよ。でもこの鞄は行く先で買ったものを、入れて持って帰るためだって。彼が言うから」

「へえ、すごいのねぇ、考え方が根本から違ったわ」

「うん、私の家の事情を知っても、お金目当てだろうなんて馬鹿にしないどころか、私が散財したくらいで揺らぐ仕事はしてないつもりだって……」


 苦笑いを浮かべながらも、レリアナは嬉しそうだ。大店の跡取りというので、遊ばれていないかと心配だったが、少なくとも彼女は幸せそうだ。


「さすが国をまたいで商売をする、ブラッド=マーティン商会ね」

「そうね、でも彼がそういう考え方なのは、しばらく滞在していたベルゼ王国のおかげですって。あっちは国王が代替わりをして、若い王様の影響で古い慣習を壊す機運が高まっているみたい。だから私たちみたいに、役所で働く女性や官位に就く女性が多いらしいわ」

「それは知らなかったわ、凄いのね」


 そんな話をしながら、私はレリアナの勧めで一回り大きな鞄を購入した。彼女とは違い、注文をしなくても店頭に並んでいるものがあるので、すぐに持ち帰ることができた。

 レリアナとは、視察の同行から戻ったら会おうと約束して、別れた。

 まだ日が高い時間のうちに帰宅できた。てっきり家には誰もいないものだとばかり思っていたのだけれど、父さんに出迎えられて驚く。

 母さんから殿下の視察同行の話を出勤前に聞いて、心配で今日は早帰りをしてきたのだという。


「コレット、よりによってティセリウス領へ向かうというのは、本当なのかい?」


 開口一番にそう尋ねられた。


「そうよ、でもそこは殿下の御用事であって、私はおまけ。仕事を手伝うっていうより、隠れてついて行くの。その帰りに寄る子爵領までは、侍女たちの中に紛れて行くわけだし」

「いや、しかしどうしてこう、コレットはついてないというか、引きが強いというか……」

「どういうこと、父さん?」


 父さんは心配そうに私を見ながらも、何をどう伝えようかと躊躇している様子だった。けれども、視察同行は決定事項なのだからと言うと、ため息をつく。


「実はティセリウス伯爵は、シャロン様の義理の父にあたるんだ。ノーランド伯爵家へ嫁ぐにあたり、シャロン様の身分を変えねばならなかったそうだ」

「……え、お母様の?」


 初めて聞く事実に、頭が追いつかない。

 私を産んだ母の記憶は、実はあまり残っていない。聞かされていることは、私と同じ金髪で紫の瞳の女性だったこと。父と恋に落ちて結婚したということだが、そういえば結婚前の姓は教えられてなかった。


「ティセリウス伯爵は、ノーランド伯爵家に恩を売るために、そのお相手であるシャロン様の書類上の養父になったと伺っている。当時シャロン様は、身分の高い望まぬ相手から求婚されていて、その相手が苦手とする対立派閥の者ということで、利害が一致したらしい。ノーランド家が無くなった今となっては、伯爵はシャロン様のことや、ましてやお嬢様のことなど、覚えてはいないだろうが……」


 それでも心配なのだ。父さんの顔にはそう書いてある。

 だが私はかえって、ティセリウス領に興味がわく。いつ消えてしまってもおかしくないほど、微かな記憶しか残っていない母の、確かに生きていた痕跡がある地だと知ってしまったから。

 それにティセリウス領は国境の領地。その向こうにはベルゼ王国、革新的な国と陸続きの街。

 なんだか、ワクワクしてきた。


「大丈夫よ、父さん。心配しないで。それにいい機会だから、たくさん新しいものを見てきたい」


 そんな言葉に、父さんは再びため息をつく。それも深く長く。


「コレット、そんなに目を輝かせるおまえを見ると、父さんは嬉しいというより、寿命が縮む思いだよ」


 え、なんで?


「いいかい、コレット。くれぐれも、目立つんじゃないぞ?」


 だから隠れてついて行く予定だって、さっき話したよね?

 なんだか釈然としない忠告を受け、「はいはい、分かりました」と約束をするまで父さんに離してもらえなかった。

 本当に心配性なんだから。

 でも父さんと母さんは、本当に私を大事にしてくれるから、そんな心配もどこかくすぐったくて、嬉しい。

 そうだ、もう一人の心配性にも、きちんと報告しておかないと。私はそう思って、早速部屋に戻って筆を取った。

 親愛なる弟へ。いつも通りの出だしでしたためた手紙を、その日の夕方には配達員に託して私の休日は終わった。

 出発は三日後。それまでに用意しておいた殿下の私財からの経費に、自分の旅費を追加代金を計算し直さねばならない。結局仕事のことを考えながら、その日は眠りについたのだった。

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