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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第二章 巻き込まないでください

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第十一話 強いコネ?

 トレーゼ侯爵令嬢、カタリーナ様と仲良くなった日から、二週間が過ぎた。

 初めて押しかけ相談を受けてから三日後には、ヴィンセント様の荷物持ちを装って城内を歩き、トレーゼ侯爵のために用意されている執務室で再会を果たした。

 私の助言について友人の子爵令嬢に話をしたところ、どうせこのまま失敗になるくらいならと、思い切って方向転換を受け入れてもらえたという。お礼を言われたものの、実際にどうなるかはこれから。進捗を伺いながら、今後も続けて相談を受けることにした。

 そこでリーナ様から報酬を提示されたけれど、そこは保留としてもらっている。ヴィンセント様いわく、貰わないと貴族は余計厄介だよと言われたので、一般的な相談料を金銭でいただくつもり。

 そしてさらに十日後の今日、二度目の訪問のため、ヴィンセント様とともに殿下の部屋を出た。私はアデルさんに用意してもらった侍女の服を着ている。書類の詰まった鞄を抱え、豪華な絨毯の敷き詰められたエリアから、人が行き交う小部屋の並んだ辺りまですまし顔で歩いた。

 役人たちが行き交うそこは、各院の顧問たちが使う執務室が並んでいる。要所要所に衛兵の詰め所や会議室などもあり、政の中枢といった緊張感が漂う。

 その一角の最奥に、トレーゼ侯爵の執務室がある。その扉を叩き、中から伯爵家の使用人が招き入れてくれた。


「いらっしゃい、お待ちしてましたわ、ヴィンセント様、コレット」


 笑顔で待っていたのは、リーナ様。

 相変わらず、銀糸がさらさらと揺れてまばゆい。お父様の執務室ということもあってか、ここでは堅苦しくドレスアップというほどではなく、とはいえ登城にはふさわしくあるようリボンで飾られたゆったりとしたドレスで出迎えてくれた。

 ほんのりと頬を染めながら挨拶を交わすリーナ様とヴィンセント様。そんな二人のやり取りが終わるのを微笑ましく眺めていたのだけれど、挨拶が終わるとすぐさまリーナ様に手を引かれる。


「コレット、報告したいことがたくさんありましてよ、早くこちらに来て?」

「あ、はい」

「ヴィンセント様は、お父様のお相手でもなさってお待ちになっていてくださいな」


 リーナ様はヴィンセント様の相手を父親に投げてしまう。大きな執務室の奥で、部下の方々と何やら相談していた侯爵が、こちらを苦笑いで見ているので私は慌てて頭を下げるも、ぐいぐいとリーナ様に連れ去られてしまう。

 執務室の中は案外広くできており、個室が二つほどついている。以前はそのうちの一つに招かれたのだが、今日はそうではなく執務室の片隅にある一角だ。ここでお話をしてお邪魔にならないのかしら。そう心配したが、ソファーに座らされるのと同時にティーセットが用意されてしまう。そして隣に座るリーナ様が興奮気味に私の手を取った。


「まずは交渉が上手くいきましたの、コレットのおかげよ、ありがとう」

「それはずいぶん早いですね、もっと時間がかかるかと思っていたのですが」

「ええ、製鉄所を新設するまで、賛同を得られないことも想定していましたが、資料が役に立ちました。殿下が視察に訪れた例の北部地区で仕事を覚えてきた者がいて、思いがけない所から味方ができましたの。ふいごを人力でまかない続けるのは、やはり相当な人員と経費がかかるのだそうですわ。それに子爵領は元々、山の多い地区ですので、建築に長けた人材もおりますし、水車の動力をふいごに送る仕組みは、すぐに作ることができそうです」


 水車の動力を活かして、鉄を作るための火力を維持するふいごを機械化する。止めることができない溶鉱炉の維持に、大いに助けになるはずだと進言したのだ。


「それとね、後ろ盾にお父様が名乗りを上げてくださったの」

「トレーゼ侯爵様が……でも、なるべく他の方をとお勧めしたはずですが」


 そこまで言って、侯爵様のいる方を見ると、今はヴィンセント様となにやら話し込んでいる。 


「ええ、そうなのですが、支援していただける方のリストを作っていたところ、お父様が興味をお持ちになって、是非子爵家と侯爵家の協賛事業としたいと」

「そ、そんな大ごとに?」


 両領地の事業とするなんて、卒業課題にしては大きくなりすぎではないだろうか。


「もちろん悩みました。ですがトレーゼ侯爵家では、石灰が採れますのよ?」


 その言葉にハッとする。あまり製鉄には詳しくないが、確か石灰を使うと資料にもあった。


「事を大きくしたら、子爵令嬢の事業は無かったことにされてしまうかもしれない。私もそう危惧しましたの。ですが領地の発展のために、これを固辞したとて誰も益を得られませんわ。そう思って私も子爵令嬢も諦めはじめていたところ、救いの手が差し伸べられたのです」

「救いの手、ですか?」

「ええ、ラディス兄……ラディス殿下ですわ」


 意外な名前が出てきた。殿下には私の口から、リーナ様からの相談内容は言ってはいないが、当然知っているだろうと思っている。だが初日のヴィンセント様の件以外は、一度たりとも言及されてはいなかったから。


「何もかもお父様たちが取り上げていたら、次代の発展は望めない。成功すれば領主にとっても得であるし、失敗したとしても尻拭いは同じだろうとお父様に進言してくださったの」


 リーナ様はクスリと笑いながらそう言うが、まあなんというか殿下らしい言い方だ。


「そう言われると、余計に失敗してやるものかと思いますね」

「ええ、その通りよ。だからもっと綿密に計画を練るつもり。そのために、流通を任せたい商会を探しているの。コレットはどこか良いところを知らないかしら?」

「商会、ですか? 私は元々役所勤めでしたので、特定の商会と繋がるのを禁じられていたので……」


 ふと仕入れ品の一覧を見ていて、気になる項目を見つけた。


「燃料は、両領地で賄えないのですか?」

「ああ、石炭ですね。まだ鉄の生産がどれくらいになるか、計算上での予測でしかありませんが、順調に事業が軌道に乗った時に、不足が出てからでは遅いとお父様から指摘されましたの」


 確かに、それはそうだ。しかも重さがあるため輸送にはお金も時間もかかる。ただでさえ新しい産業で、さらに試験段階の方法を用いた事業に、良い条件で参加してくれる商会を探すのは至難の業だ。一難去ってまた一難。

 しかも令嬢たちを軽んじない相手……市井の人間は強かだからなぁ。

 と考えたところで、後ろから声がかかった。


「コレットには強いコネがあるでしょう、忘れたのかい?」


 ヴィンセント様だった。

 私に、コネなんてあったろうか。しかしヴィンセント様の顔を見ていると、初めて会った時を思い出す。私を殿下に紹介状を書いたのはバギンズ子爵。その子爵の嫁ぎ先の納税会計ミスを見つけたのが縁で……


「そうか、ゼノス商会!」


 そうだ、修行もそこそこに突然代替わりをしたゼノス商会の新商会主なら、新しい事業に賭けてくれるかもしれない。しかもゼノス商会は船や馬車を多く所有している。石炭を運んできた荷台に、鉄製品を乗せて帰るのなら効率もいい。そこで費用を節約できたら価格も抑えられるし、彼らも顧客開拓のために需要のある鉄を利用できる。


「コレットは、ゼノス商会と親しいのですか?」

「いいえ、新しい商会主とは面識もありません。ですが、もしかしたら全部解決できるかもしれませんよ、リーナ様。手紙を、書いてもらえますか。私と連名で」


 最初はきょとんとしたリーナ様だったが、詳しい経緯を話すと、すぐに手紙を書いてゼノス商会へ送ることになった。

 結果は、近いうちに分かるだろう。

 そうして秘密の面会を終えて、私とヴィンセント様はトレーゼ侯爵の執務室を後にした。

 道すがら、私はヴィンセント様にお礼を言う。彼が助言をくれなかったら、私はゼノス商会のことを思い出したかどうか分からない。

 しかし私の礼に、ヴィンセント様は首を振る。


「僕が言わずとも、コレットならいずれ思い出したでしょう」

「でも、強いコネというのは、言い過ぎです。私としましてはゼノス商会には何ひとつ恩着せるようなことはしてません。むしろ、バギンズ子爵には恨み言があるくらいで」


 それを聞いてヴィンセント様が、声をあげて笑っている。


「それは初耳だったね。それじゃ今度お会いしたときには伝えておくよ」

「え、ちょっと待ってください、さっきのは言葉のあやで……困ります」

「ははは……あ、すまないけれど、私は少し用事を片付けてから戻るから、ここからは一人で戻ってくれるかな」


 殿下の私室まで、もうさほど遠くない。小さな棟を二つほど越えるが、道は真っ直ぐ。


「わかりました、今日も付き添いをしていただいて、ありがとうございました」

「うん、気にしなくていいよ。それじゃくれぐれも、寄り道しないよう気をつけて」

「はい」


 そうしてヴィンセント様と別れ、来た道を戻る。

 リーナ様と話をすると、とても楽しい。事業の話だけではなく、結局冷めて淹れ直してもらったお茶やお菓子の話、リーナ様の近況なども気軽に話して聞かせてくれるから、つい時間を忘れそうになる。

 今日も予定していた時間を少し過ぎてしまった。

 急いで戻らないと。そう思って歩を早めて、一つ渡り廊下を過ぎたところで、どこかから声をかけられた。


「そこの侍女、こちらに来て手を貸してくれ」


 他に人は通っていない。いったい誰だろうかと、棟を繋ぐ渡り廊下の外、中庭を見る。

 するとそこに男性が一人、手招きをしていた。

 スラリとした長身で銀の長髪をゆるくまとめ、非常に整った顔立ち。微笑む瞳は伝説の精霊王のように、緑色に輝いている。

 あからさまに貴人、近寄ったら、ダメな雰囲気、満載なんですけど……

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