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王子様の訳あり会計士  作者: 小津 カヲル
第一章 新しい職場
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第一話 左遷じゃなかった?

以前、一話のみ間違えて投稿したお話の上げ直しです。本日二話同時投稿。

 私コレット=レイビィは、小さく破かれた紙切れを片手に、高く聳える王城の通用門を見上げて感嘆のため息をこぼす。

 国賓や王国軍の凱旋に使われる正門の比ではないものの、その扉の重厚さと巨大さは、この歴史ある国「フェアリス王国」の威厳を感じ、さすがとしか言い様がない。


「こちらです、ついて来てください」

「あ、はい」


 足を止めそうになった私は、慌てて案内人の後をついて城門をくぐった。

 今日こうして王城にやって来ることになったのは、私にとって予想外の出来事だった。

私はフェアリス王国の城下町、庶民が利用する役所の中の、納税管理を担当する会計士をしていた。担当は市場の個人商店から、それなりの商会まで様々。王宮の中にある財務会計局本院のエリート会計士とは違い、国政や貴族たちのお金とは無縁だが、一応役人としてそれなりの給金と立場を得て、仕事に励んでいたはずだった。

だが今朝、いつものように勤務先の庶民納税課に出仕したところ、かねてから険悪な関係だった上司から、突然左遷を言い渡されてしまった。

 ──もうここに、お前のような生意気な女の居場所はない。ちょうど本院で雑用を募っていたから、出向させると返事をしておいた。クビにならないだけ有り難く思え。

 そう言われ、場所と時間が書かれてあるだけの、破ったメモ書きを投げつけられた。

 以前から、この上司とは折り合いがつかないことが多く、嫌みばかり言われていたが、いよいよ放り出されることになったらしい。いつかはこうなるかもと予想しなかったわけではないが、思ったより早かった。

 なぜなら、上司はお世辞にも仕事熱心というタイプではない。そんな彼が自ら動くこともないだろうと、少々高をくくっていたのだ。仕事は部下に任せ、上手くいけば自分の業績、失敗は部下のもの。上役には腰が低く、部下には強気ないわゆる嫌われ者。

その嫌われ者から、納税課唯一の女性会計として私が最も煙たがられている自覚はあった……だからといって、こんなだまし討ちのような異動が待っているとは。


「あのぅ、道を、間違っていませんか?」


 考え事をしつつ歩いていると、どうも連れて行かれる先がおかしい。次第に敷かれている絨毯が豪華になり、煌びやかな装飾のある壁に変わってきているのだ。そしてシャンデリアが現れたところで、恐る恐る案内役に声をかけてみた。

 目の前を歩く彼は、どうも私が左遷……いや、出向する会計局の人間ではなさそう。

そもそも彼は、財務会計士を表す(カラー)を着けていない。とても背が高くしっかりとした体格で、簡素ながらも上質な絹で仕立てられたシャツと、装飾が施された艶やかで光沢のある上着を纏っている。そして何より、長い上着の裾から美しい装飾のついた剣の鞘が見え隠れしているのだから、会計士なわけがない。そして洗練された動きとともに、ゆるくまとめられたモスグリーンの髪が揺れる姿は、貴族のそれとしか思えず。彼の後をついて行くこと自体、間違いなのではないだろうか。


「いいえ、道は間違っていません」

「でも、私は王宮内にある本院へ出向と伺っていたのですが……」

「出向? まさか財務会計局本院へ行くと思っている?」


 振り返った案内役は、面白いものでも見つけた少年のような表情を見せた。


「違うんですか?」

「まさか、城下の庶民納税課に籍を残したまま、奥の院に通うことはできないよ」

「奥の院? 奥の院っていうと行政局のさらに先、王族が住まわれている領域のことですよね……出向では、ないのですか?」

「そんな通達をしていないはずだけど、おかしいね」


 会計局本院内の雑用じゃなければ、平民の私にいったい何をさせようというのだろうか。もしかして、彼は人違いをしているのではないのだろうか。


「君は、レイビィ嬢に間違いはないのだろう?」

「はい、そうです」


 人違いでないことに、なおさら不安が募る。

 確かに、仕事の詳細は聞いてない。いわゆる左遷だと思っていたし、聞いたってゲンナリするだけの言葉が返ってくるだろうから、聞く気も起きなかった。だけど、よく考えたらいつも以上に、上司の挙動が不審だったような。

 まさか、嵌められた?


「では、私の仕事は……いったい何を?」


 私に出来ることいえばお金の勘定くらい。侍女のような仕事なら、他を当たったほうがいいと胸を張ってお勧めする。

 そんなことを考えていた私に、彼はとんでもない爆弾を投下した。


「きみの仕事は、王子殿下の私財を管理する会計係だ」

「…………は?」


 会計係というのは、分かる。それが私の本分だから。

 だけどその前に、何と言いました?


「本当に、何も聞いてなかったみたいだね、大丈夫?」


 開いた口が塞がらない、そういう状況の私を心配するように窺う案内役の彼。


「正気、ですか? 王子殿下だなんて……」

「うん、そう」

「どうして、私が!」


 何がどうなったら平民の私が、王子殿下の私財管理を任される事になるのだろうか。

 平民でも大きな商家のお嬢さんならまだしも、下町育ち。前職だって、町役場の庶民納税課で会計係をしていた程度の人間だ。もちろん庶民納税課を統括するのは都の最も栄える中央行政局の財務本院という由緒正しい政府機関。だがその本院にすら足を踏み入れたことがない私が、どうしてそこを飛び越えて王子殿下の元で働くことになるのだろう。登城だってこれが初めてなのに!


「そう不安がらずとも心配ないよ。この先が職場になる部屋なんだ、そこで詳しく説明しよう。書類が山積みで、片付いていないのが申し訳ないが」

「かまいません。とにかく、詳しく聞かせてください」


 そう答えると彼は微笑み、豪華な装飾が続く廊下の先へ私を促した。

 冷静さを保ちつつ歩きながらも、私は内心ひどく焦っていた。例え上司の言う通り、会計士でなく雑用として会計局本院で働くことになったとしても、ここまで焦ってはいなかったろう。それならばいくら仕事場が城内としても、王族に関わることなどないのだから。

 でもまずい、これは非常にまずい。

 だからといって、ここで逃亡するわけにはいかない。取りあえず話を聞くだけ聞いて、丁重にお断りしよう。そう心に決めて、重厚で大きな扉を見上げながら、招かれるまま部屋に入る。

 足を踏み入れたその部屋は、忘れずに靴を磨いてきて良かったと思うほど、鏡のごとく磨かれた床に上質な絨毯、落ち着いた木彫と埃ひとつない壁いっぱいの書棚に囲まれた部屋だった。その書棚の合間にある窓から、ほどよく日差しが入り、穏やかな風がカーテンを揺らしている。

 そんな部屋の中央には大きな机。その上には案内役が言った通り、たくさんの本が積み重なり、その隙間にはまとめられていない書類がはみ出している。

 でもまあ、これまで働いていた庶民納税課の、雪崩を起こす寸前の机たちに比べたら、まだまだ可愛いものだ。

 そんな本の山の向こうに、動くものを見つけて私は息を呑む。

 固まった私の横で、案内役の彼が本の山を築く机に向かって、声をかけた。


「こちらにいらしたのですね、殿下。ちょうどよかった、手間が省けます」

「……ヴィンセントか」


 書類を読み込んでいたのだろう、赤銅色の髪をした人物が、頭を上げる。と同時に、琥珀色の鋭い瞳と目が合った。

 自分で褒めたいくらいの反射速度で、役場へ訪れる商会のお歴々との丁々発止で会得した、営業スマイルを貼り付ける。

 背筋に伝わる冷や汗を感じつつ、内心、ラスボスキターーーッと叫びながら。


「殿下、彼女がようやく見つけた後任の会計係、レイビィ嬢です」

 そう告げられると、ようやく殿下が視線を外してくれて、私はほっと息をつく。

 王子殿下は端正な顔立ちに、鋭い眼差し、そして引き結んだ口元は、王族らしい威厳を感じさせる。


「どうやら手違いで、彼女は仕事の詳細を聞かされていなかったようです」

「ああ、それについては、ここにお前宛の手紙がある、間に合わなかったのだろう。庶民納税課長に伝えると邪魔が入る恐れがあるため、あえて誤解したまま送り出させたようだ」


 殿下から手紙を受け取った彼は、私に不憫なものを見るかのような目を向ける。

 それと同時に、王子殿下が言った。


「私はラディス=ロイド=クラウザーだ。これは側近のヴィンセント=ハインド、お前がコレット=レイビィで間違いないな?」


 私は慌てて膝を小さく折って、名乗る。


「はい、コレット=レイビィと申します、王子殿下」


 殿下からじっと射抜かれるような視線に、髪や服が乱れているだろうかと、癖のある金髪を手で撫でつけ、役所所属を示す飾り房のついた、会計士の襟を正す。まさか王子殿下に会うとは思わず、職場に出仕するのと同じ地味な服装だ。こういう時だけは、見栄えのする金髪と紫の瞳が、多少なりとも役に立ってくれている。


「コレット、会計局の上層部から平民職員の推薦状が出されることなど、滅多にないと聞いた。期待している」


 はい?

 私はしばし首を傾げる。誰からの、推薦状ですって?

 私は失礼にあたるのも承知で、自分の側に立つハインド卿にどういうことかと問う。

 すると彼は苦笑いを浮かべて言った。


「殿下の会計士を募るにあたり、会計局へ適任者の紹介を依頼しました。あなたが以前、財務処理の間違いを指摘したゼノス商会の件を、覚えていますか?」


 それはもちろんだ、私はしっかりと頷いてみせた。

 ゼノス商会とは、ここ王都の中でも大きな商会のひとつだ。たまたま例の仕事嫌いの上司から、ゼノス商会の納税を受理した後の書類整理を頼まれて、目を通した財務会計簿からミスを発見したのが先々月。元から丁寧な仕事をする商会だから珍しいこともあったものだと、指摘して直させたのだ。少々のミスはよくあるものだが、この件はかなり額が大きく、しかも既に税務処理済みとなっていた。これが故意ならば懲罰課税されるほどの金額だったこともあり、庶民納税課でちょっとした騒ぎになった。


「あれは商会主だったクリセリド=ゼノス氏が、頭取とともに事故に巻き込まれて亡くなられたばかりで、急な代替わりに引き継ぎが上手くいかなかった故のミスです。最低ラインの懲罰金と訂正納付で収めていただいたはずですが」

「その通りですね。ただあなたは知らなかったかもしれませんが、亡くなられたゼノス氏の奥方エリゼ様は、財務会計局の顧問をされているバギンズ子爵のお嬢様です」


 驚く私に微笑みながら、ハインド卿は続けた。


「ご夫婦の長男アレクセル氏は、まだ支店での修行を始めたばかりだったそうです。元々恋愛結婚を許し降嫁する条件が、エリゼ夫人には商売に関わらせないこと。そう取り決めがなされていて夫人に商会を取り仕切るのは不可能でした。不幸な巡り合わせとはいえ、故意の脱税を疑われるような失態を犯せば、ゼノス商会のような規模でも信用低下は免れなかったでしょう」


 でもあのミスは、私が担当しなかったとしても、別の職員でも指摘できたものだ。

 そう考えたところで、ふと同僚が口にしていた冗談が脳裏によぎる。

──黙って商会だけに言って帳簿を訂正させておけば、追徴金と同額が懐に入ったかもしれないのに、おまえは馬鹿だな。

 その愚かな言葉に肩をすくめたり鼻で笑う者もいたが、大抵の職員は言葉を返すことはなかった。一年で一番忙しい時期だったし、その言葉を放った者も忙しさの鬱憤を晴らしたかっただけだろう。

 けれども、ゼノス商会がバギンズ子爵とつながりがあると知っていたなら、ことが公になること自体を避けるべきだったのだろうか。同僚の言葉も、そういう意味だったのだろうか。

 いや。私は首を横に振る。

 納税課に提出され処理された後の発覚だ。ゼノス商会だけでなく、納税課のミスでもある。決して見過ごしていいものではない。銅銭一枚たりとも徴収過不足は許せない。あれ以外、私に選択肢はない、今までも、これからも。

 それが私、コレット=レイビィなのだから。

 頑固者で守銭奴、女のくせに折れることがない私を、はしたないと罵る人もいるが、お金に関しては絶対に誤魔化さない。これは同じく会計士を名乗る父を尊敬する、私の矜持であり、約束でもある。

 だからどこに出向させられようとも、負けない。そう気負っていたのに……


「そのバギンズ子爵から、あなたを推す紹介状をいただきました。感謝されていたとは、思いもよらなかった?」

「はい。私は、庶民納税課の上司や同僚から、煙たがられている自覚がありますので、今回の異動も左遷だとばかり……」


 正直にそう言うと、黙していても圧を感じる王子殿下が様相を崩し、哀れなものを見るかのような顔。しかもハインド卿に至っては、声をあげて笑い出したのだった。


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