私はどうしたい?
※ヒロイン視点です。
「桜は好きな人いないのー?」
放課後の教室で急に菫がそんなことを聞いてきた。
「えぇ?いきなり何よ?」
いきなり聞かれてびっくりしたが、私に好きな人なんていない。…なんでここでアイツの顔が浮かぶのよ!アイツはただの幼馴染。それ以上でも以下でもない。
「あぁ、でも桜はあれか。幼馴染の空海君と付き合ってるんだっけ?」
えぇぇ!?なんでアイツとそんなことになってるのよ!?
「え!?いや全然!?全く!!付き合ってないわよ!」
頭に浮かんだアイツのことを話し出したものだから、動揺して大きな声が出ちゃった。…誰も聞いてないよね?キョロキョロとあたりを見回してみたけど、教室に残っているのは私たちだけだった。…よかった。
「ええ!?あれで付き合ってないの?…そっかあ。…でも空海君のこと桜は好きなんだよね?」
す、す、す、好き!!??違う違う!私がアイツといるのは幼馴染だからで…
「えぇー!!べ、別に好きじゃないわよ!ただの幼馴染!!」
「えーなんで?空海君かっこいいじゃん。」
「カッ、カッコいい!?…と、とにかく、そういうんじゃないんだから!」
まさかだけど菫も…いや、「も」ってなに私!?菫はアイツのことを狙ってるのかな?…あんなヤツがかっこいい?そんなことないと思うけど。
「えーホント?」
「ほ、本当よ!あ、あんなヤツが彼氏とかありえないから!」
菫がニヤニヤした顔でこっちをのぞき込んでくる。なんだか私の心の中を見透かされてるみたいで私はますます焦ってしまった。
「とか言いつつー?」
「だからないって!!ゼロ!!可能性ゼロよ!!」
言ってから、心がチクリと痛んだ気がした。…ちょっと言い過ぎたかも。いやいや!別に間違ったことは言ってないし!!
「えーひどーい。」
とにかくもう私の話は終わり。菫ってたまにいじわるだわ。…今度は私がやり返してやるんだから!
「はいはい。もういいでしょ。菫はどうなのよ?」
「ええー。あたしはね…」
――
私はアイツの家の前に立って、アイツが出てくるのを待ってた。…相変わらず寝坊助で遅いわね。私がいないとホントにダメなんだから。…全く。愚痴をブツブツと言っていたらやっとドアが開いた。
「おはよ。」
「…おはよ。」
相変わらず物憂げな眼をしてる。菫がカッコいいとか言ってたけど、ま、まあ中の上くらいの容姿だよね、コイツ。
「もう遅い!どんだけ待たせるのよ。早くいかないと遅刻しちゃうじゃない。」
「…うん。」
明らかになんだか元気がなさそうで、ちょっとイラっときた。こっちはずっと待ってたのよ!
「全く、ボソボソしゃべらないで。ほら、シャキッとする!」
「…うん。」
…元気がないのってもしかして私のせい?一瞬胸の奥がヒヤッとしたけどすぐに打ち消す。ううん、私とコイツは喧嘩ばっかしてきたけど、いつもすぐに仲直りしてきた。今更私のことで怒ったりはしないはず。…どうしたんだろう?
「ていうか…その…あの…あっ!陸、カバンは?」
とにかく何か話題が欲しいと思って陸を見てみたらカバンを持ってないのに気付いた。なんだ、違和感はカバンがなかっただったのね。
「…ああ、持って帰るの忘れた。学校にある。」
「バカね。じゃあ宿題とかもやってないの?」
「…ああ。」
「はぁ、ダメダメね。先が思いやられるわ。」
「…。」
「…なんか返事しなさいよ。」
違う違う。絶対カバンだけじゃない。今日陸は何かおかしい。しかも陸が自分で言い出さないからこっちもイライラしてくる。こっちから聞いたほうがいいのかしら?…でもいきなりそんなこと言うのもなんだか癪ね。あー、どうしようかしら。
気づけば私たちは交差点のあたりまで来ていた。
「なぁ。」
「ん?」
来た!今更改まって言うこととなれば何か重大なことのはず。もしかして…。私は菫との会話を思い出してちょっとだけ期待してしまう。全神経を集中して陸の口から何が出てくるのか待っていた。
「…俺たちもう高校生じゃん?もう、こういうの…やめないか?」
「…こういうのって何?」
けど出てきたのは予想外の言葉。なんとなくネガティブなことなのは陸の表情ですぐに分かった。体の血流がサーッと引いていくような感じがして少し震えた。
「なんか一緒に登校したりすることだよ。そろそろ…やめたほうがいいだろ。」
「なんで?」
意味わかんない。どうして。どうして。ずっと一緒にやって来たのに!どうしてそんなこと言うのよ!?
「噂とかになるし…桜だって迷惑だろ?」
「…本気で言ってる?それでいいと本気で思ってるの?」
噂?迷惑?私たちってそんなことでバラバラになるの?そんなの、バカげてる!…違うでしょ?
「…ああ。」
「!!っそ。じゃ勝手にすれば!!私先に行くから!!」
陸のバカ!!もう知らない!!勝手に一人で行けばいいのよ!ぽつんと立つ陸を放ってさっさと先に行く。もう知らないわ!
一人で登校するなんて何年ぶりかしらね。まぁ、全然悪くないわね!むしろアイツがいなくてせいせいしたわ!!ズンズンと見慣れた道を進んでく。何度も通ったはずなのになんだか景色が全く違って見えた。アイツと離れれば離れるほどなんだか変な感じが襲って来た。って違う、違う!!あんなヤツと歩くなんてもう二度とごめんだわ!!あんな自分勝手なヤツ。…でもまあアイツから謝ってくるっていうんならまあ考えてもいいわね。どうせすぐ間違いに気づくでしょ。アイツは私がいなきゃ全然ダメなんだから。
――
その日から、私たちは喋らなくなった。…まぁ今にアイツから泣きついてくるでしょ。それに私は何ともないんだから!
―1日目―
―授業中
「えー、この紫式部が書いたとされる『源氏物語』でですね~…」
あー、つまんない。なんだか今日はつまんないわね。考えてみればずっと何年もアイツとばっか話してたから、今日は暇になっちゃったわ。はぁー。早く…って違う違う!!こんなんじゃダメ!!アイツから謝るまで絶対許さないんだから!!そういえば、アイツは今日をどう思ってるんだろう?つまらなかったでしょ?…意識し始めると自然とアイツに視線が向いてしまう。
「…」チラチラ、プイ
「えー、つまり当時の貴族の~…」
「…」チラ
アイツは私の視線には全然気づいてないみたいだった。ずっと黙って真面目にノートを取ってる。ぱっと見いつも通りでそれがなんだかムカついた。なんでアンタは平気そうなのよ!?
「ここは教科書の38ページにですね…」
私だけバカみたいじゃない。…特別に許して私から話しかけてあげようかしら。…ううん、ダメ。ダメに決まってるじゃない。謝らせるまで絶対口は利かないんだから!
「…」ブンブン
―休み時間
「ね~、桜やっぱり今日なんか元気なくない?」
菫が心配そうに私に聞いてきた。元気がない?私が?そんなことありえないわ。
「う、ううん、全然!!全っ然元気よ!!」チラチラ
そう、私は元気なのよ!陸、あなたはどう思うのよ?私は元気なんだけど!!陸を見やると本を読んでいてこちらの会話を聞いているようには全く見えない。ああもう何やってるのよ!?私は元気なのよ!?
「そ、そう。ところでさ~。」
「え、なにかしら…」チラチラ
ホントに聞いてないのかしら?私はアイツの小さな動作すら見逃すまいと見ていた。
―帰りのHR
「~というわけで不審者が目撃されていてですね~…」
「…」ソワソワ、チラ
私の計算では、もうそろそろ、流石に何らかのアクションが来るはず。きっとこの後、陸から私を呼び止めて「すまなかった」って謝ってくるはずよ。
「みんな気を付けて下校してください。さようなら。」
「さようなら。」
「…」チラチラ
さあ!来なさい!!特別に待ってあげてるのよ!!けど陸は席を立って見向きもせずさっさと出て行ってしまった。…フン。まあ今日はまだ早かったかしら。明日にはきっと…。きっと…。
――
けどアイツはいつまで経っても謝りには来なかった。それどころか、約束通りに登校を一人でするようになった。私より早く来て本を読んでるアイツを見るたびに信じられない気持ちになった。何か音を立てて崩れていくような、暗い暗いイメージが私のなかにその時から浮かんで離れなくなった。…大丈夫よ。いつかきっと…。きっと…。
――
…もし来なかったら、私たちはどうなるのかしら?赤の他人?何年もずっと一緒だったのに?もうわけが分からなくなってきた。…どうしてこうなったのよ?私はアイツに嫌われたの?なんでこんなことしてるのよ?頭の中はグシャグシャで、私はもう夜も眠れなくなってしまった。食欲もほとんどなくなってしまった。
――
月曜日になった時にはもう私の中で答えは出始めていた。陸に嫌われたんだわ、私。
たったそれだけのことなのに、心の中でそう唱えるたびに胸がズキズキ痛んで苦しくなった。考えてみたら、なにも不思議なことじゃなかった。私は幼馴染という立場に甘えて、しょっちゅう陸にキツイことを言ってきたわね。いつもいつも―。だから陸はうんざりして私と幼馴染をやめちゃったんだわ。…。気づけば掌に爪の痕が残るくらい拳を握りしめていた。手がジンジンと痺れて痛い。…けど陸の痛みは―。
謝ろうと土日に何度も思った。けど謝ったら、その後どうなるかと思うと怖くてできなかった。許してくれるかもわからないし、私がしてきたことが帳消しになるわけがない。当然陸とまた登校することも―。
昼休みになると、陸は友達とどこかに行ってしまった。…もうどうでもいいわ。すべての景色がぼんやりして見えてきた。学校の授業も、友達も、昼ご飯も、何もかもどうでもよくなってしまった。私はただ、眠りたくなった。眠って目が覚めたら全てが夢だった、なんてことないかしらね。馬鹿げた空想をしながら私は保健室に行った。
――
「失礼します。」
「はい、どうぞ…ってあなたひどい顔よ!?大丈夫!?」
先生が駆け寄って私の顔を深刻そうに覗き込んでくる。私の顔、そんな風になってるのかしら?…けど、もうどうでもいいわ。
「…なんでもないんです。少し眠らせてください。」
「…わかったわ。けど、約束して。寝て起きたら色々説明してちょうだい。」
「わかりました。」
私はベッドに横たわり、布団を覆いかぶさって泥のように眠った。
――
私は暗闇の中にいた。四方八方真っ暗の空間。
自分の手のある方をまじまじと眺めていると急に前の方が明るくなった気がした。ハッとそちらを見やるとそこには陸がいた。陸は制服を着ていて、薄っすらと透けて光っていた。
「…り、陸?」
ためらいがちに聞いても、陸はこちらを見下ろしてずっと無表情のままでいた。今はその目がとても私には恐ろしかった。
「…な、何か言いなさいよ。…聞こえてるんでしょ?」
体の芯がヒヤリと冷える感じがして少し身震いした。なんで、陸…。陸。
陸は無表情なまま、何も言わず、私に背を向けてそのまま歩きだしてしまった。みるみる陸の姿は小さく、あたりは暗闇になっていく。
「待ちなさい!…待って、陸!…お願い!!見捨てないで…!!」
けど私の言葉を無視して陸はどんどん行ってしまう。待って…陸、待って!!
—じょうぶ、大丈夫!?
体をゆすられて、飛び起きた。
「よかった。目が覚めたわね。大丈夫?すごくうなされてたみたいだけど。」
保健室の先生がベッドの脇で私を窺っている。…ああそっか。私、保健室にいたんだっけ。
「大丈夫です。」
…よかった。思わず安堵したけど、すぐに今の状況を思い出す。今と大して変わらないじゃない。陸とは会話できないし、あんな風に現実でも陸は私を見捨てちゃうのかしら?
「ちょ、ちょっとあなたどうして泣いてるの?大丈夫?」
「うぅ…。…だいじょうぶ、です…」
止まれと思っても涙が零れてくる。陸…。…もうどうすればいいの?
「約束通り、私に説明して?何があったの?」
もう一人では辛くて抱えきれなかった。真剣な眼差しをした先生に私は事の全てを話すことにした。
――
「…なるほどね。それでそんなに悩んでたんだね。」
「…はい。」
「はぁー。君たち、不器用だねえ。」
やれやれといった様子で肩をすくめる先生。…こんなに悩んでるのになんでこんな態度なのよ。ちょっとイラっとした。
「どういうことでしょうか?」
「ああ、気に障ったらゴメンね。でも君たちはあまりに会話をしなさ過ぎた。」
「会話?」
確かにあの日以降は一切陸と口を聞いていないけど、だから何だっていうのよ。じれったく感じたけど一方で自信ありげに話す先生の顔を見ていると希望が湧いてくるような感じがした。
「そう。その君の幼馴染は一方的に別れたのもそうだし、君がそれを自分が嫌いになったからって決めつけるのもそう。お互いちゃんと話してなさすぎだよ。」
…そんなこと。ちょっとガッカリしたわ。そんなこといまさら言われてもどうしようもないじゃない。
「そんなことかって思うかもしれないけど、そんなことだよ。」
「…でももし私が陸に嫌われてたとしたら…。」
「はぁ。そんなこと仮定してもしょうがないでしょ。当たって砕けろ、よ。」
グッとポーズをとってウインクしてくる。…そうかもしれないけど陸は―。
「…それに、君はその幼馴染を異性として好きなんでしょ?」
「え、えぇ!!?そ、そんなこと言ってないですけど!?」
なに当然でしょ、みたいに言ってきてるの!?陸と私はただの…
「いやいや、話聞いてれば分かるって。照れないでよ。」
「て、照れてないわよ!!」
「え?もしかして自覚してないの?君はその幼馴染が好きじゃない?」
「…いきなり言われても。」
今まで陸とは長い間一緒にいたけど、あんまりそういう風に考えたことはなかった。恋人とかよりはむしろ家族、って無意識に思ってたのかもしれないわね。だから、私には陸が異性として好きなのか本当にわからなかった。
「はぁー。めんどくさい。なら、想像してみて。君の幼馴染が君以外の女の子と仲良く話したりいちゃいちゃしているところを。」
目を閉じて、私はゆっくりと思考を集中させる。陸を思い浮かべて、それから…女の人と仲良くしゃべったり…いちゃいちゃしたり…。陸が私じゃない誰かと楽しそうに会話して笑いあってて…。嫌だ。苦しい。陸はそのまま私には目もくれないでその女の人だけずっと見つめて…。ダメ、ダメダメダメ!!心臓がキュッとつかまれたような感覚がした。なんで?私は…
「その表情みれば分かるよ。苦しいでしょ。だってそれは君がその男の子のことが好きだからだよ。」
ああそうなんだ。私、陸のことが好きなんだ。だからこんなに苦しいんだ。自分でも驚くほどすとん、と理解できた。…私は今までなんで陸にあんなにキツく当たってきちゃったのかしら?同時に今までのことをいっそう後悔した。
「幼馴染を誰にも取られたくないでしょ?だから君がするべきことはとにかくその子と話すことだよ。」
…そうだ。後悔なんてしてる暇はないわ。なんとしても私はアイツの隣に立っていたいんだ。
「…覚悟は決まったみたいね。今、ちょうど放課後になったばかりだから、その子を探してくれば?」
「はい!」
バッとベッドからでて上履きを履く。こうしちゃいられない。今すぐアイツと話すのよ!怖くても、許されなくても。
保健室のドアにまできてくるりと振り返る。
「先生、ありがとうございました!」
「ふふっ、どういたしまして。」
大事なことを気づかせてくれた恩人に深々と礼をしてから、私はアイツのいるところへ走り出した。
――
教室にいた人に聞いて、陸は菫に連れられ体育館のほうに行ったらしいと知った。きっと菫は私のことを陸から聞こうとしてるのね。。私が決して陸のことを自分から話さなかったから。そんな憶測を立てながら私は一直線に体育館のほうに向かっていた。…きっと菫が陸に怒ってるでしょうね。もしかしたらきまずい空気になってるかもしれないわ。けど、大丈夫よ。もう私が自分で何とかするから。菫にそう言いたくて私の心はどんどん逸った。…もうすぐ。もうすぐ陸と話せるわ!
けど、陸を見つけたとき私の頭は真っ白になった。…なんで菫も陸もそんなに楽しそうに笑ってるのかしら?保健室で思い浮かべたイメージとよく似た光景が私の目の前で繰り広げられていた。そして同時にいくつかの点がつながって線になった。菫が陸をカッコいいと言っていたこと。陸が私と登校するのをやめると言ったこと。
…嫌、嫌。嫌。嫌!!陸は私の!!私のものなのよ!!!
気づけば陸のほうに向かって走り出していた。陸がこっちを向いて―。そのまま私はギュッと陸に抱き着いた。私の!私の陸!!!…胸板固い。いいにおいする。陸だ。陸の匂いだ。…しあわせ。
「陸…陸…。捨てないで…。」
今だけは、ただひたすら陸の匂いを、触感を、声を、姿を一人きりで貪っていた。




