68点
「で?ご丁寧に忠告していただいたのはわかったけれど、何も襲うふりまですることなかったのでは?」
正面に立ってそう抗議すると、彼は少し首を傾げ、考えるそぶりを見せた。
「んー、そうですね」
そして何かに気づいたように一拍置き、私を見てまたにっこりと笑った。
「あなたの怯えた顔が見たかったので」
「なっ……!?」
ひぃぃぃぃ!変態!ここに変態がいますわよー!!
ギルドに通報してやりたい。
拳を握り締め、わなわなと震える私。けれど、あまりにいい笑顔を向けてくるリオルドは、まったく反省の色が見えない。
「あなた、私に何か話があるんでしょう!?システム障害で私をヒロインにしたって件は!?」
「そうでしたね、そのことでお呼び出ししたわけなんですが……。お気づきのようにあなたはヒロインですから、この物語の中で恋を進めてポイントを稼がなくてはいけません。途中退場なさらないのであれば、私もお手伝いさせていただきます。ポイント、欲しいでしょう?」
「え?あなたが協力してくれるっていうの?」
信じられない。都合のいい話に、私は耳を疑った。
「本当に?」
「疑っています?」
「当然でしょう!?忠告とはいえ、私のことを…………」
「はい」
「私のことを、その、あれしようとしたくせに」
「何でしょう?はっきりおっしゃっていただかなくてはわかりません」
顔を真っ赤にして怒るが、リオルドは楽しそうに私を見る。
あぁ、もう。調子が狂う。縦ロールと権力がないと、どうにも強気に出られない。
ちょっと冷静になろう、と黙って気を鎮める私に向かってリオルドが苦笑した。
「信用してください。謝罪の意味もありますが、実は私たちナビゲーターにもポイントがありまして、悪役令嬢をヒロインとして送り込んだなんてことがバレたら減点されてしまうのです」
「え?そうなの?」
知らなかった。てっきりナビゲーターは、ギルドの職員みたいなものだと思っていた。
「左遷されたくないので、マデリーンに協力します」
シンプルに自分のためだった。リオルドを睨むと、彼は「ごめんね?」という風に軽く首を竦める。
「そういうことですから、あなたがヒロインとしてポイントを稼げるように陰ながら応援いたします」
「……わかったわ」
不満と文句は色々あるけれど、あまりここで時間を取りたくない。
リオルドのことは、進行役だとでも思おう。私はポイントを稼いで、出番の少ないギルドに移籍するんだから!
ぐうたら生活を諦められない私は、リオルドの言葉を信用して協力を仰ぐことにする。
「これからよろしくね。せいぜい私のために働いてくださいな」
ツンとすましてそう言うと、リオルドが不満を漏らした。
「ヒロインはそんな尊大な態度でセリフを言いません」
しまった。今、私、ヒロイン。
深呼吸してもう一度言い直すことに。
儚げな笑みに、上目遣い。縋るように協力を乞う。
「リオルド先生、どうかよろしくお願いいたしますね?」
極めつけに、かわいらしくコテンと首を傾げてみる。
どうだ、長年イジメてきたヒロインはこんな感じだった!美少女のおねだり光線、受けるがいいわ!
しかし彼の反応はイマイチだった。
「68点」
「…………」
微妙。
悪くないけれど、一撃必殺にはならないというラインだわ。
しゅんと落ち込む私を見て、リオルドは言った。
「こちらこそ、よろしく」
ポンと頭に手を置かれ、私はびっくりして顔を上げた。
彼はうれしそうに笑っていて、そこにさっきまでの危険な雰囲気はない。
なんなの?
そんなに純粋にうれしそうな顔するなんて。
「……」
「どうしました?マデリーン」
不覚にも、ちょっとときめいてしまった!
「何でもないわ!」
あぁ、またヒロインらしさのかけらもない、高飛車な言い方をしてしまった。
自分の演技力にだんだんと自信がなくなってくる。私ったらどうしてしまったのか。
「さようなら!もう帰ります」
動揺を悟られたくなくて、私は弾かれるように部屋から飛び出す。乱暴に扉を閉めると、廊下の静寂が妙に落ち着かない。
ドキドキする心臓がうるさくて、私はまたもや深呼吸を繰り返す。
「落ち着くのよ……!」
私はギルド最短ポイント獲得記録を狙う、悪役令嬢。あんなナビゲーター一人に、心を乱されるような女じゃない。
たっぷりと時間をかけて平常心を取り戻し、私は学園を出て家に戻るのだった。