わたし、悪役令嬢(派遣)なんですが!?
「ふぅ……。ここが今度の転生先ね」
柔らかなベッドの上。ネグリジェ姿で目を覚ました私は、94回目の転生先へとやってきていた。
今、私の本体は卵型の椅子である転生ポッドで眠ったみたいになっている。
でもここでの私も肉体はちゃんとあり、悪役令嬢になっているからちゃんと感覚はある。
今度の転生先は、定番の学園もの。
目覚めた私はさっそくクローゼットを開け、そこにあった真新しい制服に着替えた。
セーラー風の襟のついた制服は、胸元の大きなリボンがかわいらしい印象で「悪役令嬢にこれが似合うかしら……?」と、悪役あるあるな不安がよぎる。
歩くたびに裾が揺れるスカートは、シルエットがとてもきれいだ。
うん、似合っていないことはないかな。
姿見の前で身体を回転させると、赤い髪の縦ロールがふわふわと揺れた。
「ふふふっ、学園ものはオイシイからありがたいわ」
いっぱい虐められる! ポイント稼ぐチャンス!
ありがとうございます!
昇格試験で学園ものなんて、これまでの行いに対するご褒美としか思えない。
私はさっそく、ステータスを確認する。
「ステータス・オープン」
別に声を出しても出さなくてもよくて、これは気分の問題である。
私の声に反応し目の前に半透明のパネルが現れ、それを操作するとシナリオやステータス、ポイントが見られるようになった。
「名前は、マデリーン・ウィンスレット。え? 男爵令嬢なの? 下級貴族が悪役令嬢なんてめずらしい」
悪役は、権力と財力がセットでしょう?
不思議に思った私は、首を傾げつつもステータス画面の操作を続ける。
ん? なんだか画面がこれまでと違うわね。バージョンアップでもしたのかな。
ピンク系の画面はやたらとキラキラしくて、ラブリーな感じだ。バージョンアップで雰囲気ががらっと変わるのは、過去にも何度かあった。
もしかすると、この作品が甘々ベッタベタの展開でそれに合わせてデザインされているのかも。
ささっと指で操作し、シナリオを確認する。
「王道ラブストーリー『シンデレラ円舞曲~下弦の月に誓う永遠の愛~』。ヒロインが王子様と結ばれる、よくある純愛物語ね。
ヒロインは学園の入学式で王子様と運命の出会いをし、王子様の側近を無自覚に落としながら、最終的には王太子妃に……。ふぅん。ありがちな展開。悪役令嬢の私は、王子様の婚約者か」
テンプレはもう身体に動きが染み付いている。夕食のメニューを考えながら、嫌味を言うことができるほどだ。
「純愛っていいのよね~。ヒロインが単純だから、その分こっちも動きやすくてポイントが貯まるのよ」
ヒーローは、この国の王太子であるシリル様。頭脳明晰、性格温厚な十七歳。見事なまでの完璧王子ね。金髪碧眼、高身長でいかにもヒーロー。
ヒロインのことを守ろうとする一途な姿は、誠実そのもの。身分差を乗り越えて愛する人と幸せになろうとする……か。
設定にざっと目を通すと、やはりものすごく王道のストーリーだった。
「悪役令嬢は、シリル王子の婚約者。幼少期に婚約者の座に収まって、それ以来、周囲には傲慢な態度をとっている。美人だけれど気が強くて他者を蔑む性悪娘か」
あれ、でもこの部屋はとても王子様の婚約者が住むような雰囲気じゃない。
広いけれど、全体的に古めかしい。
旧家のお嬢様なのかしら。
設定を確認すると、この世界は魔法の能力が第一に優先され、魔力さえ高ければ王族と婚姻することが可能だと書いてあった。
なるほど、それで男爵令嬢の私でも王子様の婚約者になれたのか。
ヒロインも悪役令嬢も、高い魔力を持っている。
自分のポジションが奪われると思った悪役令嬢は、あの手この手でヒロインを貶めるという役どころだった。
「王子の他に、主要キャラは魔法科の生徒・セラ、教師のルーカス。いわゆる当て馬かぁ」
ヒロインめ、美形を誑かして期待させるだけさせておいて結局王子と結婚とは……。純情系鬼畜ヒロインだわ。
鈍感って、ある意味で刃物を超える凶器よね。
「あら、いけない」
柱時計を見ると、すでに登校時間が迫っていた。
私はシナリオの確認もそこそこに、邸を出て学園へ向かった。
本日のノルマは、入学式でのヒロインと王子様の出会いイベントを邪魔すること。
長い髪をなびかせ、颯爽と歩いていく。
門を通り、ホテルみたいなエントランスロビーから教室へ向かった。
目的地は、教室までの途中にある廊下。そこで、ヒロインが王子様と出会うイベントが発生するのだ。
私は柱の陰に身を潜め、シリル王子がヒロインと出会ったタイミングで堂々たる態度で「わたくしの婚約者に近づかないで」とけん制するのが仕事。
そしてヒロインの目の前で、これ見よがしに腕を組んで教室へ行く。
さて、王子様とヒロインはどこかしら。
迷っているヒロインを、シリル王子が親切心から案内すると申し出るはずなんだけれど。
キョロキョロと辺りを見回すと、なんと目の前からキラキラオーラの金髪碧眼王子が歩いてきた!
「いたわ!」
シリル様はこの国の王太子で、うっとりするほど美しい容姿は、まさに王子様。
さぁ、ヒロインと出会い、恋に落ちなさい! 私がしっかり邪魔してあげるわ!
そう意気込んだそのとき、なぜか黒髪ロングの派手な女子生徒が、シリル王子に話しかけたのだ。しかもあろうことか、シリル王子は彼女に腕を出してエスコートし始めた。
え。どういうこと!?
近づくと、さらに違和感が増す。
黒髪のその女子は、私みたいに縦ロールなのだ。私みたいというか、まんま同じ髪型である。
え? キャラ被り!
「はぁぁぁ!?」
柱から姿を見せていた私は、いったん裏側に回り込む。そして物陰から、彼らの様子を観察する。
「あれは悪役令嬢ギルドのソフィーユじゃないの!」
信じられない。なんでこんなことに!?
悪役令嬢が2人って、あり得ない!
私は慌ててステータスを確認する。
「嘘……」
プロフィール情報を引っ張り出し、自分の情報をしっかり見ると、そこにあったアイコンを見て失神しそうになった。
煌めく王冠のアイコン。
これ、ヒロインのアイコンだ!
「嘘でしょぉぉぉ!?」
転生先がちがう!
間違ってヒロインに転生してるじゃないの!
あのナビゲーターが間違えたの? ううん、ナビゲーターはただ指令通りに私たちを転生ポッドへ案内して、転生スイッチを押して見守るだけ。彼らに配役の決定権はない。
ここで私の脳裏に、猫獣人の受付スタッフの姿が浮かぶ。
――システム障害
まさか、私がこんな被害に遭うなんて!
顔面蒼白でステータス画面を見ていると、通り過ぎた悪役令嬢・ソフィーユが困惑の表情でこちらを見た。
((!?))
ばちっと視線が合うと、向こうもぎょっと目を見開いて絶句する。
まずい。
私、ヒロインだった。
赤毛で縦ロールのヒロインって何!? 悪役令嬢と髪型がモロ被りで、熱狂的なファンみたいになってるー!
あわあわと頭を抱えていると、王子にも見つかってしまって「おや?」と気を引いてしまった。
ちなみにシリル様は、転生しているという自覚がない。一般キャラである。
「どうしたの? 教室がわからないのかい?」
王子様がいい人すぎる。私のことなんて見過ごせばいいのに、優しく声をかけてくれた。
「えーっと……」
どうする? ヒロインなんて、やったことがない。
いったん逃げる?
でも、今逃げたら消避税を取られるわ。イベント回避は減点! !
や、やるしかない……
ヒロインをやるしかない!
ぐっと拳を握った私は、観念して王子様と運命の出会い(?)を果たす。
「そ、そうなんです。新入生の教室を教えてくださいますか?」
あああ、ソフィーユがお口あんぐりでお目めも全開だ。ごめん。私がいてびっくりよね。私もびっくりなの!
私たちの状況を知らない王子様は、にこっと笑ってセリフを言った。
「では、一緒に行こう。案内するよ」
「わぁ! ありがとうございます!」
ううっ、こういうヒロインの悪気なく無礼なところってホント嫌い。
明らかに婚約者連れの王子様を見たら、すぐに遠慮して引けよって話でしょう!
なんでヒロインなんて演じなきゃいけないの……
ソフィーユはヒロインを口撃するのを完全に忘れている。
私がいたことにびっくりして、「近づかないで」っていう牽制を忘れているわ。
――ピコンッ!
『イベントボーナス、200ポイント獲得です』
脳内に、無機質な声が響く。
ソフィーユは口元をひくつかせながら、かすかに私を睨んでいるのかじっと私を見ているだけだ。動揺しすぎて、私を罵ることができないらしい。
そうよね、具体的な数字までは知らないけれど、ソフィーユってまだド新人だものね……。トラブルに対応できるスキルはない。
っていうより、私だってどうしていいかわからない!
シリル王子を間に挟み、私たちは廊下を歩いて行く。
悪役令嬢にサンドされた正統派王子様。
左には黒髪縦ロール、右には赤髪縦ロール。世にも不思議な光景が出来上がっている。
あぁ、もうここからどうなるのか不安しかない。
転生回数94回目。まさかのヒロイン生活が始まった。