思考が悪役令嬢です
悪役令嬢が早々に退場をキメて、早一週間。
私はカバンに詰め込んだ大量の手紙を持って、リオルドの実験室につながる渡り廊下を歩いていた。
手紙とはもちろん、私の家に届けられた不幸の手紙である。カバンにどっさりもっさり、わんさか入っているの。
いくらなんでも、一週間で届きすぎでしょう!?
ソフィーユはリオルドの指示で不幸の手紙を出したんだろうけれど……
「に、しても量を考えなさいよ……!!」
バカじゃないの!?
ここまで送られてくると、恐怖なんか微塵も感じずにむしろ感心すらしてしまうわ!
呪いの人形とか魔物の爪とか牙とか、そういうグッズも届くんだけれど、それもなんかインテリア性があってゴスロリっぽいかわいめのヤツだし、全然怖くない。
あの子、どこにやる気出してるのよ!また私が直接、教育的指導に行かなきゃいけないの?悪役とは何たるか、を懇々と説いて反省文を書かせるくらいしなきゃいけないのかしら。
ヒロインらしからぬ形相で歩く私。
するとそこへ、背後から突進してくる人がいた。
「マデリーン!」
「きゃああああっ!」
後ろから抱きつかれてびっくりしてカバンを落とし、バサッと手紙が廊下に散らばる。
「ごめん、びっくりした?」
屈託のない笑顔でそう言うのは、セラくんだ。彼は私がいじめられないように、徹底的にマークしてくれている。授業は出なくていいのかしら、天才だから。
おかげさまで、リオルドにこっそり会いに行こうにもそれがとても難しい。セラくんを撒き、隙あらば話しかけてくるシリル王子を撒き、ようやく今リオルドの実験室へ行けると思ったのに……!
捕まってしまった私は、がっくりと肩を落とした。
「びっくりした、も何も突然こんなことされたら驚くわよ」
みだりに女性に触れてはいけませんよ?じろりと恨みがましい目で見つめるけれど、彼はすでに廊下に落ちた手紙を拾い集めていて私の苦情なんて聞いていない。
「これは?」
「あ、それはその」
匿名で届いた不幸の手紙を見て、セラくんは眉を顰める。すぐに状況を察したようで、ぐしゃっとそれを握りつぶした。
「なんですぐに相談してくれないの?これって脅迫状?」
「そんなおおげさなものじゃないわよ。シリル様からすぐに離れないと不幸になる、みたいなことが書いてあるだけで」
「実質、脅迫状じゃん。今すぐ離れなよ、シリル様から」
あれ、そっち?普通は「手紙を出した犯人を見つけてあげる」とか言うんじゃないの?不幸の手紙に従っちゃうんだ。
私は苦笑しつつ、彼の手から手紙を奪ってカバンに詰めた。
「ただの嫌がらせよ。シリル様は私によくしてくださるけれど、特別な関係じゃないもの。すぐにこんな嫌がらせはなくなるわ」
うん、だって今日リオルドに直訴して、この量を減らしてもらうかやめてもらうかするから。けれど裏事情をまったく知らないセラくんは、私の手をぎゅっと握って訴えてくる。
「君が危険な目に遭っているのを見過ごせないよ!僕たちは友達だから、ずっと一緒にいるべきだ。僕ならマデリーンを守ってあげられる。こんな手紙で傷つけられているのを放っておけない!」
すごいわ……!さすがヒロイン、不幸の手紙ごときで傷ついていることになるなんて。
心は悪役令嬢の私からすれば、「この手紙を出したものを見つけ出し、生まれてきたことを後悔させてあげますわ!」っていう戦闘モードになっちゃうのに。
すごい、思い込みってすごい。
「セラくん、私は大丈夫よ。傷ついてなんかいないし、それにこの量だから慣れちゃったわよ」
持ってきたのはほんの一部である。
そう、ほんの一部なのよ!ソフィーユったら本当にバカな子っ!
セラくんの手をやんわりと押し返してため息をつく私。そこで彼は、気づかれたくないことに気づいてしまった。
「そういえばなんでこんなところへ?この先は教職者用の別棟だけれど……」
「えーっと」
何とかしてごまかさなきゃ、そう思ったけれどセラくんは鋭かった。
「マデリーンは、リオルドとかいう教師に相談するつもりだったの?あいつ、君が毒を盛られたときもすぐに駆け付けて、まるでわかっていたかのように解毒剤を処方したよね。ねぇ、あいつ本当にただの教師なの?」
ただの教師では、ない。
「危ないよ、あいつ。もしかしてマデリーンに毒を盛ったのは、あの男かもしれないよ!?君を助けて、自分を信頼させようとしているのかも」
「セラくん、さすがにそれはないわ!」
犯人はソフィーユです!リオルドは万全のサポート体制を用意してくれただけで、確かに事件の全貌を知ってはいるけれど断じて犯人ではない。
「どうしてそう言い切れるの?そんなに親しい仲なの?」
「えっと、そういうわけじゃないのよ?」
親しい仲、と言われて急に恥ずかしくなってきた。
だって別に付き合っているわけじゃないけれど、お姫様抱っこされたり、手を繋いだり、別れ際に額にキスをされたりしたわけで……!
これはもう、お付き合いをしていると言っていいくらいのスキンシップを重ねているのでは!?
都合のいい妄想が広がっていき、私は頬を赤く染めて俯いていた。
「マデリーンって年上が好きなの?」
「へ?いや、そんなわけじゃ、年なんて関係ないっていうか」
しどろもどろになる私を見て、セラくんは露骨に嫌そうな顔をした。
「僕、絶対に負けないから。マデリーンにとっての一番は譲らないから!」
一番って何?
これは突っ込んだ方がいいのかしら。
セラくんは私の返答を聞く前に、強制的に手を引っ張って教室の方へと戻り始める。
そっちは逆方向!私はリオルドの実験室へ行きたかったのに、どうやら連れ戻されてしまうらしい。
「セラくん?」
「まったく、油断も隙もない。しっかり見張っていないと危ないったらありゃしない」
「だから私は危なくないし、大丈夫よ」
「そういうことじゃないよ!!」
叱られた。
私をひっぱってズンズン進むセラくんは、何を言っても止まってはくれず、残念ながらリオルドへの直訴のチャンスは失われてしまった。
手紙を持って行くっていうのは口実で、ただ会いたかっただけなのに。
ちらりと振り返るけれど、リオルドの実験室はおろか教職員用の塔すらすでに遠くなってしまっていた。




