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私たちは、職業・悪役令嬢です

 大きな黒い扉に刻まれた、紅い薔薇の紋章。


『悪役令嬢ギルド』


 シルバーのプレートには、そう記されている。

 ここは、物語を司る神が管理する組織。昨今、多忙を極める悪役令嬢たちが所属する組合である。


 小説や漫画という仮初めの世界で、ストーリーの要となる”悪役”。


 ここにはおよそ二千八百名が在籍していて、見た目の平均年齢は二十七歳。ボリュームゾーンは十六歳から二十二歳と比較的若手が多いことが特徴だ。


 彼女たちは「転生」という形で、様々な物語の中へ入って行く。


 そして、あの手この手でヒロインを陥れ、ときには改心することもあるが、基本的にはバッドエンドこそがトゥルーエンドである。


――ガチャ。


 たった今、入り口から入ってきたのは、黒いドレスを着た美女。


 悪役令嬢ギルド派遣スタッフのエース、マデリーンだ。


 年齢は十七歳設定。

 赤みがかった髪は華やかな巻き毛。黒い瞳は理知的で、露出度の高いドレスも品性を損なわずに着こなす抜群のスタイルを持つ。


 指先まで洗練された動きは、いかにも良家の娘か王女といった役が似合い、彼女はすれ違う同じ悪役令嬢たちの憧れだ。


「おかえりなさい!  マデリーンさん!」


「ただいま戻りました。記録をお願いします」


 マデリーンは、カウンターでギルドカードを提出する。さきほど幕を閉じた仕事の報告と、次の仕事を受けるためだ。


 彼女は、通算93回の転生をこなした派遣の悪役令嬢。シナリオに沿って悪役を演じ、ポイントを稼いで終幕を目指すのが仕事である。


「マデリーン、こっちよ~!」


 カウンターでデータ更新を待つ彼女に対し、友人の悪役令嬢から声がかかった。


「アイリスじゃないの。元気にしてた?」


 ギルドに併設している休憩室は、打ち上げスペースと呼ばれる悪役令嬢たちの憩いの場。


 大ジョッキを片手にビールをぐいっと呷った金髪の女性は、つい一時間ほど前に転生先から還ってきた派遣スタッフ・アイリスだ。


 花模様の繊細なレースを贅沢に使ったドレスは紫。肩に流れる金糸のような髪は、くっきりとした目鼻立ちを神秘的なものに見せている。


 ただし、彼女は悪役。きりっとした蒼い目はやや鋭く、弧を描く口元は他者を嘲笑う形がしっくりくる。


 マデリーンは友人に呼ばれ、アイリスの向かい側に座った。すぐに給仕がやってきて、マデリーンはミルクティーを注文する。


「ねぇ聞いてよ、さっきね、久しぶりの火あぶりだったのよ」


 彼女は皿の上のナッツを指でいじりつつ、さきほど終えたばかりの転生について愚痴り始めた。


「今どき火あぶりよ!? 懐かしくて笑いそうになっちゃった」


 マデリーンは、信じられない話を聞いたという風に目を見開く。


「え、まだそんな処刑方法があったの?  最近は追放とか修道院送りとかぬる~くやってる作品(ところ)ばかりなのに」


 アイリスはうんうんと頷く。


「そうなのよ。びっくりしたわ! でも、昨今のR指定ってきびしいって言うじゃない?  まぁ、実際に転生してみると、Web作品の規制がきびしいだけで、実は紙ってザルなんだけれど」


「それで?  火あぶりがどうしたの」


「そう、火あぶり!  時代遅れもいいところだけれど、火あぶりのときって十字架に(はりつけ)にされて顔を上げるでしょう?  太陽光を浴びて、けっこうきれいに見えるんじゃないかって欲出したら、民衆から石飛んできたの」


 悪役令嬢の最期の見せ場。

 処刑シーンは、彼女たちにとって最も力が入る部分の一つだが、予想外のアクシデントも多々発生する。


「うわ~、痛そう」


「痛いっていうか、それで即死したわ」


「え!?  それ、もう火あぶり関係ないじゃない!」


「そう、ただの火葬。まごうことなきシンプルに火葬」


 遠い目をするアイリスは、手に持っていた焼き鳥の串を口に運び、もぐもぐと豪快に肉を頬張る。その姿は、悪役というよりはただの仕事帰りのサラリーマン。


 しかしそれもそのはず、昨今の悪役令嬢はどんどん仕事が舞い込むため、人手不足が常態化し、ストレスもたまりやすい。


 ギルドの中にこのような休憩場所が設けられているのは、少しでも彼女たちの心を労うためだった。食べ放題、衣装や装飾品も選び放題。悪役令嬢ギルドの福利厚生は充実していた。


「こういう目に遭うと、やっぱ正規の悪役はいいなって思っちゃった。正キャ員(正式キャラクター要員)なら人生自由だもん。最近はヒロイン苛めずにストーリーを脱線して、勝手に生きるの流行ってるでしょう?  派遣だと、さすがにそんなことはできないもんね~」


 物語のキャラクターには、大きく分けて三種類が存在する。


 ギルドから物語の中に転生している正キャ員、そして彼女たちのような派遣スタッフ。さらには、その物語の中で本当に運命を辿っている一般キャラ。


 一般キャラに、自分たちが物語の中で生きているという自覚がない。対して、正キャ員と派遣スタッフはギルドから転生しているという自覚がある。


 マデリーンは、愚痴るアイリスを宥めながら苦笑する。


「派遣はポイント制だからね。いじめポイントとかイベント達成報酬とか、毎日コツコツポイントを貯めないとノルマ達成できないから。私なんてこないだの作品でヒロインとほぼ毎日会ってたわ。親兄弟よりも、毎日毎分毎秒ヒロインの顔見たわよ」


 ヒロインと出会う=ポイントが稼げる。ヒロインがどこに行っても悪役に遭遇するのは、ポイントをゲットしたい彼女たちの涙ぐましい努力があるからだ。


「学園ものとかきついよね、ずっと一緒だもの。夏休みとかきゃっほーって思ってたら、ヒロイン領地に帰らないとかマジかんべんだわ。あんたが帰らないと私も学園にいないといけないんですが? ってね」


 アイリスは学園ものへの転生が多く、そのあたりの苦労話は話題が尽きない。


 マデリーンも、遠い目をして過去の転生を振り返った。


「ヒロインってすぐケガするしすぐ死にかけるわよね。上階から落ちそうになったときは『待って、まだポイント貯まってないから生きて! 』って必死よ」


「そうよね。途中でミスってヒロインが死んじゃったら、そこでお仕事強制終了だもんね。ポイント貯めて成績上がったら正キャ員になれるけれど、正キャ員登用制度ってハードル高くない?」


 彼女たち派遣スタッフは、会員カードにランクが記載されている。


 ランクにはホワイト、シルバー、ゴールドの三種類があり、いじめポイントや嫌味ポイント、悪辣ポイントなど様々なポイントを獲得して、基準値に達すると正キャ員への道が開けるのだ。エースのマデリーンはゴールドで、アイリスはシルバーを所持している。


 稼いだポイントからは、ギルド登録手数料や消避(しょうひ)(ぜい)(イベントを逃したマイナス点)などが相殺されるため、シリーズ物の作品に出演しない限りなかなかポイントは貯まらない。


 だが、正キャ員なら、派遣と違って自らの判断で物語を変えられる。自由に堂々と、自分のためにストーリーを展開することができるのだ。


 とはいえ派遣として長らくのときを過ごし、数多の作品を支えてきた彼女たちの中には、正キャ員になってもプロ根性で悪役を貫く者も多く、いじめや嫌味、虐殺嗜好を極めようとする者も存在する。


 悪役令嬢は、悪を演じることに誇りを持っている者も多いのだ。


 しかし、その役柄ゆえの悩みもある。


「でも……最近王子とか見てもときめかなくなってきたわ」


 嘆くアイリス。


 それを見たマデリーンは苦笑する。


「仕方ないわよ。修羅場をくぐってきた私たちより、絶対に向こうの方がメンタル虚弱なんだから」


 恋の炎が、憎悪に変わる。悪役令嬢は基本的に恋をしている役どころが多いが、マデリーンはこれまで役柄としてヒーローにときめいたことはない。


 アイリスは恋に恋するところがあるので、ときには感情移入して疑似恋愛にどっぷりハマってしまうこともあったのだが、今ではそれがすっかりなくなってしまったらしい。


「こないだなんてね、婚約破棄からの断罪イベントで『この燃え上がるような愛は、君のような心の醜い女性にはわからないだろう』とか嘆いたのよ、ヒーローが。知ってるわよ、燃え上がるようなどころかこっちは焼かれて何度も死んでんのよってね」


 けれどそこで気持ちを出してしまうと、プロとして失格だ。


 悪をまっとうするのが悪役令嬢である。ただ、演じながらもしっかり個人の感情はあるわけで……。


「う~ん、恋に目が眩んだ男は浅はかだから、私は本気になんてなれないわ。どうぞ、ヒロインに恋してくださいって思う」


「そうよねぇ。あ、でもヒーローが盲目的なのってヒロインのせいもあるわよね。最近はちょっと別の男とふらっと迷ったり、手を繋いだり、キスでもしようものならすぐクレーム来るらしいじゃないの。だからどんどんヒロインが一途で賢くて非の打ち所がない感じになって。あ、ビールおかわりください!」


 ちなみにここでの飲食はすべて無料。

 中三日で次の作品に移行する悪役令嬢たちをねぎらう、束の間の休息地帯なのだ。アイリスは、迷いなくビールを追加オーダーする。


「悪役にはきつい時代よね。やっちゃいけない内容は増えるのに、新しいいじめ方がないと飽きられるって」


 マデリーンは、空き時間には新しいいじめ方や嫌味の勉強を欠かさない。尊大に見える態度を鏡の前でポージングするなど、常に努力を重ねている。


 アイリスは「そこまでできない」と言い、マイペースな転生頻度を貫いている。


「次に転籍するなら悪役イケメンギルドがいいわー」


「アイリスは背が高いし、カッコイイ悪役になりそうね」


 この世界には複数の組織が存在する。


 悪役イケメンギルド、悪役マッチョギルド、悪役妖精・妖怪ギルド、18禁悪役ギルド、悪役おばちゃんギルド……あげればきりがないほどの組織がある。


 現状、一番人気は悪役イケメンギルド。


 なぜなら、悪役としてのラストが圧倒的にラクだからである。


「悪役イケメンって拷問とかあんまりされないのよね。即死率高いから、すぐ帰って来られるし」※当社調べです


 マデリーンは、すぐに帰って来られるというところが羨ましいと思っていた。


 だがここで、アイリスがちょっと否定的な意見を持ち出す。


「あー、でもグロは幅広くない? こないだ、友達のシュヴァルツ王子は食虫植物に丸呑みされたって言ってたわ」


「R15案件だわ」


「でも基本的には、笑顔の裏でどぎついこと考えてたらポイントつくわよね。いかに途中まで爽やかさを醸し出せるかが肝心だけれど、あれもう職人芸だわ」


 王子、騎士、魔導士、兵士など様々な職業があるが悪役令嬢たちにとって憧れの職業はまた別にあった。アイリスは、自分の火あぶり未遂と比較して遠い目になる。


「悪役イケメンギルドの盗賊とか海賊っていいよね。悪なのに、大抵ラストはかっこよく散るもん。最後にいい人になるヤツよ。途中まで極悪なのに、ラストで突然好感度上げにいくパターン……悪役令嬢には少ないレア感だわ!」


「それに高確率で、初登場から美女侍らせているわよね」


 マデリーンは苦笑いする。


 アイリスは悔しさを表情に滲ませ、悪役令嬢の不遇を嘆いた。


悪役令嬢(私たち)ってそっち方面はR18令嬢に持っていかれるもんね。だいたいの悪役令嬢って、キスもしたことないまま死んじゃうし。私なんて、もう350年くらい手も繋いでないわ。最後に手を繋いだのは、『お待ちください! 』って婚約者を引き止めたときよ。あのときほど、心の底から待てと思ったことないわ。私を抱いてから行けってね」


「アイリス、あなたそんなに恋がしたいのね……。悪役令嬢が不憫に思えてきたわ」


 マデリーンは、そこまで偽の恋にハマるつもりも、恋に憧れる気持ちもない。


 ただ仕事だから、相手を好きな演技をする。物語を進めるため、ヒーローへの横恋慕を演じ続ける。職業としての誇りはあるが、恋がしたいと思ったことはなかった。


 しばらく無言が続いた後、砂肝を食べ終え、串をスッと筒に入れたアイリスが思い出したように口を開く。


「そういえば、そろそろよね。マデリーンが正キャ員になるのって」


 悪役令嬢の派遣として、転生を繰り返すこと93回。


 マデリーンはこのギルドのエースであり、今最も正キャ員に近い悪役令嬢だった。


「そうね、多分あと一作品くらいで正キャ員になれると思うわ」


 一般的に、正キャ員になるには500作品ほどを経験しなくてはいけないのだが、マデリーンは100作品に満たない転生で正キャ員の条件を満たすポイントを貯めたギルドのエース。


 たいした休息も取らずにさくさく次の作品へ行き、確実にポイントを取って戻ってくる女だった。


「マデリーンさーん!」


 ここでギルドの受付嬢が、彼女の名前を呼ぶ。


 アイリスに「またね」と告げて席を立ったマデリーンは、カウンターへと向かった。


 受付嬢は、いつものように次の転生について説明を始める。


「次は昇格試験も兼ねますので、サポート役の正キャ員が一人つきます。基本的にはいつもと同じですが、正キャ員が絡みますのでシナリオ通りでないイレギュラーな出来事が発生する可能性があります。ただし、その分ボーナスポイントの加算もついてきますので、がんばってくださいね!」


「ありがとう」


 モブギルドから異動してきた受付嬢は、猫耳の獣人。柔和で人懐っこい笑みで、マデリーンにカードを手渡した。


 カードを受け取ったマデリーンは、受付のバックヤードがやけにもたついていることに気づく。


「今日は何かあったの?」


 何気なくそう尋ねると、猫耳をぴょこぴょこさせた受付嬢は困った顔で笑った。


「システム障害です~。新人が入力時にリセットボタンを押しちゃったらしくて、それでバックアップを呼び出したんですが、完全に元通りになるまでは手作業で依頼を振り分けているんですよ」


「まぁ、それは大変ね」


 誰かのポイントが消えでもしたら、とんでもない損害だ。だがまだ何も大きな事件は起こっていないらしく、これまでに何度もあったトラブルと同じように、時間が経てば収束するのだと思われた。


 カウンターの奥では、羽の生えた小さな妖精たちが忙しなく行き交っているのが見える。


「何事もなければいいわね」


「はい。ご心配おかけしてすみません。では、ナビゲーターがお迎えに行くまでお部屋でごゆっくりとお過ごしください」


 受付嬢に見送られ、マデリーンは優雅にドレスの裾を翻してその場を去った。




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[良い点] こんなメタくて、面白くて、奇想天外な設定を思いつく作者さまは本当に天才ですね。 派遣の悪役令嬢が砂肝を食す姿を想像して笑いが止まらなくなりました。ありがとうございます。
[良い点] アイリスぶっちゃけキャラすぎて、好きです。350年とか、抱いてからいけとか、居酒屋のガール?ズトーク感最高です。
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