それは、まだ早い
シリル王子に連れられてやってきたのは、レンガ造りの建物の中にある特別室。選ばれた生徒しか入ることのできない空間だ。
ここで私は、生徒会の仕事をお手伝いすることになった。
さすがヒロイン、学園の中枢に食い込むのね!?
私はシリル王子の隣に座り、正面にはセラくんがいる。
二人は新入生歓迎会にやってくる来賓(要はお偉いさんで、貴族で、扱いが難しい人たち)について、どう対応するかを話し合っていた。
私は招待状をひたすら四つ折りにして、封筒の中に収めていく。ザ・雑用を任されていた。
お仕事と言われて来てみれば、山の様にある封筒と招待状を見てすぐにわかった。
もう一時間以上、黙々とこのお仕事をこなしている。
「そろそろ休憩にしようか」
シリル様はそう言って微笑み、私たちはお茶とお菓子をいただくことに。給仕スタッフが待機しているVIPなお部屋だから、王子様の一言ですぐにおもてなしを受けられた。
しかしここで、案の定と言うかシナリオ通りの乱入者が現れる。
「シリル様っ!あなたのソフィーユが来ましたわ!」
嬉々として飛び込んできた彼女は、私の姿を目にしてすぐに眉根を寄せた。
「あら、なぜここに虫が?」
私はただ愛想笑いをしてその場をやり過ごす。
ソフィーユの態度に苛立ったシリル様は、彼女に顔もむけずに苦言を呈した。
「部外者は立ち入り禁止だが?ソフィーユ」
「ふふっ、婚約者は関係者でございます。それに、そこにいるマデリーンさんの方が部外者ですわよ?シリル様の優しさに付け込んで、こんなところまで押しかけるなんて」
彼女は遠慮なく、シリル様の隣に腰かけた。
私とソフィーユに挟まれて、シリル様のスペースがものすごく狭い。私はスッと立ち上がり、セラくんの隣に移動した。
ソフィーユが連れてきた侍女は、差し入れのケーキや菓子をテーブルにどんどん並べていく。あっという間にスイーツパーティーができそうな空間となった。
「さ、シリル様!わたくしが食べさせてあげますわ」
「やめてくれ」
いいわよ、ソフィーユ!嫌われ度が急激に上がっているはず!
後輩のがんばりを目の前で見られて、私はつい頬が緩みそうになる。
しばらくはソフィーユのターンだろう。そう思った私は、紅茶を一口飲んでパイを頬張る。リオルドと街へ出て以来、この世界の食べ物に興味が湧いたのだ。
さぁ、ヒロインは休憩よ。そんな気持ちでティータイムを満喫しようとしたのが――
油断していた。
「ごほっ……!」
「マデリーン?」
急に咳き込んだ私を見て、セラくんがこちらを覗きこむ。
ポタポタと紅茶の雫が制服に滴り、私は口元を押さえて苦しんだ。
毒だわ。喉が熱くて痛くて、手が震えだした。ちらと視線を上げると、ソフィーユが「私ですよ」とアイコンタクトを送ってくる。
私は心の中で突っ込んだ。
毒はまだ早いわよ、と。
完全に油断していた。毒を盛るのは最終手段で、まずは階段落ちが先でしょう!?物を隠す苛めすらまだ始まっていないのに、いきなり毒は早いわ!!!!
「きゃあああ!大変!マデリーンさんが、毒で苦しんでいらっしゃるわー!」
しかもセリフが説明すぎる。ヘタ!
毒って言っちゃってるしこの子、本当にダメな子ね。
あぁ、でもそんな場合じゃない。喉が痛い!
ゴホゴホと咳き込み、顔を顰める私。息がしにくくなってきて、ゼーゼーと喉から空気を漏らす。
さすがに93回も悪役令嬢をやっていたら、痛みにも苦しさにも慣れる。肉体的な痛覚は、あまり作用していないのだ。けれど呼吸がままならないのはさすがに苦しいから、なるべくなら急いで助けてもらいたい。
「セラ!」
シリル様の指示で、セラくんが私の身体に両手を翳して魔力で観察を始めた。多分、人体をスキャンしている感じだろう。さすが首席、チートだわ。
「これ何の毒!?回るのが早い!」
あわあわと取り乱すセラくん。毒に回復系の魔法は利かないので、医師に診せる方がいいかも。他人事のようにそんなことを考える。
「誰か!急いで医師を!」
シリル様がそう言ったとき、扉がバタンと乱暴に開く音がした。
「どうしました?」
虚ろな目でどうにか視線を向けると、そこには少し焦った顔のリオルドがいた。
「マデリーン!?」
「せ、せ……んせい」
ひゅうっと喉からおかしな音が出て、うまくできない。
リオルドはすぐに私を抱き上げ、廊下へと飛び出す。あまりに一瞬の出来事で、シリル様もセラくんも身動きできずにいた。




