デート
は?
なんですって?ナビゲーターが、正キャ員?
振り向くより先に、リオルドの腕が私の身体に巻き付いた。
こ、これは先日のバックハグの再来!心臓がまたドキンと大きく跳ねた。
「たまにポイントなんてどうでもよくなるときって、ありません?」
お腹に響く低い声。顔は見えないけれど、彼がまた不敵に笑っているのがわかる。
「マデリーンは、ポイントが溜まったらどこへ移籍するのでしょう?正キャ員になって、どうしますか?」
「どうって」
出番の少ないギルドに移籍して、正キャ員になってたまに意地悪する程度で後はゴロゴロする。それが私の願望なんだけれど……
「せっかく捕まえたのに、つれない人ですね」
「どういう意味?」
私の赤い髪をゆるゆると弄るリオルド。背中から伝わってくるぬくもりが、私の思考を停止させる。
「あなたに協力はしますが、私は正キャ員ですから自由にできます。この意味、わかります?」
「意味って……?」
耳に吐息がかかる。
何この人、本当に18禁ギルドの出身なのでは!?
永遠にも思える沈黙の後、リオルドは突然明るい声を出した。
「あなたの父親が出てくるまで約一時間、食べ歩きしましょう!」
抱き締めていた腕をパッと離すと、彼は私の右手を掴んで路地をずんずんと進んでいく。
「え?は?え???」
ついていけない私は、手を引かれるままに足を進める。足がもつれて転びそうになるも、ぐいっと引っ張り上げられて転ぶことも許されない。
「さぁ!この世界は食文化が豊かなんですよ~。マデリーンもきっと気に入ると思います」
振り返った顔は、ただのイケメンだった。
一体どっちが本当のリオルドなの?混乱した私は、ただ彼を見つめるだけで何も言えない。
「甘いもの、好きなんです。付き合ってくれますよね?」
「はぁ」
彼は勝手に店を選び、揚げたパンや串に刺さったフルーツなどを私に買ってくれる。王都では食べ歩きをしている庶民はわりといて、確かに食文化は充実しているみたいだった。
よくわからないまま、ハグハグとおやつを食べ進める私。
なんだかデートみたい。
そう思ったら、まともに彼の顔が見られなくなってしまう。
リオルドがこっちを見て微笑むたび、私は警戒してビクッと肩を揺らしたが、彼は普通に甘いものを頬張って楽しそうにしていた。
やはり本当に食べ歩きがしたかっただけなの?わからない。
私には、悪役令嬢のことしかわからない。
「何にも知らないのね、私って」
そういえば、これまでポイントを稼ぐことに必死で、ストーリーを楽しもうとか食べ歩きしようとか思ったこともなかった。何度も何度も失恋したけれど、人の心の機微には疎いし、現実には恋なんてしたこともない。
ぼんやりしていると、リオルドが私を見下ろして言った。
「どうしました?」
この人は、正キャ員として何度もこういうことしているのかしら。
私以外のヒロインとも、抱き合ったり食べ歩きしたり……?
「ん?何か?マデリーン?」
彼の笑顔を見ていると、何だか苛々してきた。胸のあたりがむかむかして、何でもいいから八つ当たりしたくなる。
黙っていると、彼は穏やかな笑みを向け続ける。はたから見れば、恋人同士が見つめ合っているように見えるかもしれないけれど、私は腹が立ちすぎてだんだんと睨むように目を細めていた。
「えーっと、何か怒っていらっしゃいます?」
「……別に。甘いもので胸がむかむかしただけ」
「おや、甘いものはお嫌いでしたか?それなら」
そう言うと、彼は私の手に残っていた揚げパンにかぶりついた。人の食べかけを遠慮なく口にできるなんて、さすがは18禁出身(もう決めつけている)だわ。
こんなことは恋人にしかしないでしょう、普通は!?
「あなた羞恥心はないの?」
「ありますよ?」
「嘘」
「本当」
「ないわよ」
断言すると、リオルドはちょっと困ったように笑った。
「でもいいじゃないですか。デートなんですから」
「デート!?」
何を言っているのかわからない。ナビゲーターなのに、この人との会話に通訳が必要だわ。
右手で顔を半分覆い、呆れかえってしまう。
しかしここで、予想外の展開が訪れた。
「マデリーン……?」
パッと顔を上げると、そこには庶民風の衣裳を纏った王子様が。その隣には、「なんで!?」という顔をして目を瞠るソフィーユがいる。
あぁ、ソフィーユ。あなた全然庶民に見えない豪華なワンピースね。いいわ。それでこそ悪役令嬢よ。どんなときも、お金のにおいをさせる装い。素晴らしいじゃない。
そんなことを思っていると、ぐいっと肩を抱かれて私は体勢を崩す。
思わず手をついたのは、リオルドの胸だった。
「おや、こんなところで偶然ですね」
涼しい顔でリオルドは話しかける。
王子が一瞬にしてピリッとした空気に変わった。もしかして嫉妬しているのだろうか。え、もうヒロインに惚れているの?
いつ?
ねぇ、あなたいつヒロインに惚れたの?
困惑するしかない私は、リオルドと王子の顔を交互に見た。




