表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】人生に正解なんて存在しない  作者: 空腹の汐留
本章
43/45

40.人生に正解なんて存在しない

「な、なによこれ・・・」


「知らないわよ! あなたが馬鹿な事するから!」


ただの紙切れ一枚が、最近まで慎ましい生活を送っていたある母娘を、さらなるどん底へ突き落とすのには十分の効果を発揮した。



それは、ある女性の代理人から届いた、一通の【内容証明郵便】



そこにはある夫婦が離婚にいたり、その原因となった心美へ、妻側から精神的苦痛を与えた代償として、慰謝料を請求する旨が書かれていた。無論その夫婦の夫とは、心美のパパ活相手の1人であるのは言うまでもない。


(不倫でもないのにどうしてこんなことが許されるの)


「お母さんは知り合いの弁護士さんに相談してくるから、絶対に家から出ないでね」


そう言い残し自宅を出ていく母の姿は、すっかりやつれ切っており、女手一つで娘を育ててきた人物には到底見ないほど、凄惨を極めている。




そう




佐々原心美の家庭は崩壊したのだ




(どれもこれも全部あいつのせいだ・・・私は悪い事は何もしていない)




思いとは裏腹に、世間は心美に厳しかった。



全てが彼女が招いた結果なのだが、彼女は理解できないでいる。


(あいつさえ居なければ・・・)


強い自尊心からか責任を転嫁をしてしまい、間違った方向へ彼女を誘う───










そして紀元佳市は、一時でも一緒に過ごした存在のためか、時間の経過とともに僅かではあるが、情が生まれていた。


「あいつ、馬鹿やんなきゃいいんだけど・・・」


学校から帰宅し、自転車でバイトへ向かう。

いつもの日常が彼には戻っていた。


質素な食事でも、生きている幸福感を感じられる。

最愛の相手と出会い、毎日が充実している。

今まで、なんとも思わなかったことが、素晴らしいことだと認識でき、心にゆとりを持たせてくれる。そのゆとりが魅力として彼を装飾していき、人格を形成していく。


ほんの一月ほど前までは考えられないほど、彼は成長していた。


以前の様な卑屈さも、境遇への後ろめたさもない。


アパートの外観を眺めるだけで、生きている実感が湧いてくるほどだった。





「あんたさえ居なければ!!」


日常に割り込んできた異物が、佳市の動きを止める。


「やっぱりか・・・」と心の中で呟き、覚悟を決め振り返った。


付き合ってた当時とはかけ離れたその姿に絶句してしまう。


絶世の美女とまではいかないが、間違いなく美しかったはずの彼女は、すっかりと変わり果てていた。やつれた頬に、くすんだ瞳、艶やかだった髪も潤いを失っている。

本当に俺の知ってる心美なのか?と疑いすら出てくる。


「あんたさえ・・・」


「・・・ひ、久しぶりだね」


「あんたさえ私の前に出て来なければ!」


「心美も自分の事わかってなかったんだね・・・」


その言葉が心美を逆なでしてしまい、目元にさらなる怒りが増していったのが分かる。


鬼の形相とも違う、ただの化物になり果てていく。


「あの時、心美から告白してきてくれたのにな・・・」


嘆きに似た声が2人の間をすり抜けていく。

耳には届いても、きっと心には届いていない。

無情なまでの()()が、2人の心の距離を遠くへと引き離していく。


「絶対に許さない!!!!」


心美がポケットに手を差し込み、中で何かを握る。



(そこまで追い詰められていたのか・・・)



佳市にはこれから何が起きるか、儚ずも分かってしまった。


初めて告白され、初めてお付き合いをし、初めてを経験した相手。




───それが今、自分を殺そうとしている




心美の本性を気付けず、力になれなかった事を悔やむ。


そして間違っているとは分かっていながらも、その気持ちを受けとめようと決心してしまう。


「わかった。それで気が済むなら、それでいいよ。でも、それでも心美は何も変わらないと思う。自分自身の行いを振り返って、見つめ直さない限り何も変わらない。俺はそれを学んだよ? それでも・・・そっか・・・・・・」


何も感じてくれず、変わる気配の無い彼女に、最後まで話すことを諦めた。


激しい自己愛のため、誤った方向にすさんでしまった魂が、16歳の少女をさらなる罪へと導いていってしまう。



ポケットから抜かれた手には、カッターナイフが強く握られている。



小刻みに震える指が刃を上へ上へと押し出していく。



カチ カチ カチ カチ



聞きなれた音が聞こえ そしてあるところで止まる



(・・・ごめんな)



最悪の想定が最悪な事に現実となってしまった



佳市は情けなく、そして悲しくなるが、それでも最後は笑顔を、と彼女へ向き改まる。



心美の表情が一層険しくなり、体が前へと動き出した。






───その時だった






「馬鹿な真似はやめなさい!!」


心美の背後から男性が飛び出しきて、一瞬にして手に持っていたカッターナイフを取り上げ、体を取り押さえてしまう。


「警察だ! これ以上は見過ごせない。何でかは分かるね? これから署に来て話を聞かせてもらう。いいね? 親御さんへもこちらから連絡するから」


呆然と言葉も発せず、泣きながら警察官に押さえつけられている心美の姿には、彼女なりに苦しんだ過去や、精一杯に高校生活を謳歌しようと努力していたものが、全て崩壊していく様に映り、もはや言葉には現せない。



男性に抱えられながら連行されていく───



(どうしてこうなる前に・・・)



佳市にはどういった言葉を掛けていいか分からなかった。




「○○署の者です。彼女に何かあるといけないと思っていたのですが・・・まさか彼女自身が加害側に回るとは・・・。これから、君にも事情を聞かせてもらうため、署まで同行を願います。いいですか?」


別の男性が佳市へ声を掛け、これから彼女がどうなるか。自分がどういった立場になるか説明をしてくれた。その男性にも悲壮感に似た、少女への同情が感じられた。


「───はい。それで結構です」


男性は一つ深い溜息を吐き、続けた。


「・・・にしても、良く逃げなかったね」


「なんなんでしょうね。どこかでこうなると思っていたからかもしれません」


「たまたま巡回してたからよかったものの、次はちゃんと通報してくださいね? 起きてからじゃ遅いんですよ?」


「はい・・・すいませんでした」


「・・・じゃ行こうか」












痴情のもつれではあったが、明確な殺意があったと警察側は判断し、”事件”として処理することとなった。彼女もそれを認め、一連の騒動について、ポツリポツリと語り始めたと聞く。


高校側もそれに焦りを感じたのか、”懲戒退学”という異例の決定を出し、事態の収束を図ったが、SNSでの事件の拡散は凄まじく、さらには今回の淫行騒動に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()しまい、初動の遅さも含め、世間から激しく追及され、公式に謝罪会見を開くまでの事態となった。




「本当これでよかったのかな?俺たち」


「んー? よくは無かったけど。アタシはこうして佳市が居てくれる事で十分かな・・・。だからもう危ない事はしないでね?」


「あの時、警察の存在に気付いてなかったら、そんなことしなかったから。だから安心して?」


「あっそうなんだ・・・アタシてっきり」


「俺はそんなお人好しじゃないよ? これであいつが何かに気付けばいいんだけどね」


「やっぱお人好しじゃん・・・」


いつもの手狭な部屋で、いつもの指定席に恵理は体を預けている。

この瞬間が今一番の安らぎであり、本当の幸福を実感できる時間だ。


「あと、永遠の事だけど。やっぱりまだ判断つかないや」


「そっか・・・」


「前向きには考えてはいるんだけどね? でも正解が何かなのかって分かんない」


「正解なんてないし。自分が出した答えが全てだし。それがたとえ間違っていても、後から自分で気付くしかないんだし」


人それぞれの価値観があり、それが間違いか正解なんて誰にも分からない。自分の正解が他人には間違いであることさえある。多種多様の価値観があることを知り、そこに罪はないと佳市も気付いた。いかに相手に自分の事を伝え、自分の存在を受け入れてもらえるか、そして相手を受け入れるか。そこには劣等感など不要である。必ず誰かは見ていてくれ、苦しい時に助けを求める勇気も学んだ。そして意外と人は助けてくれることも。


「だな。なら俺が誰かの答えの助けになるなら、喜んで引き受けるよ」


「ふーん。ねぇ? 好き?」


「大好き」


「大好き。ちょー好き。愛してる。これからもずっとアタシの傍に居てね?それが私の答え」






「だから最後重いってば・・・」








人生に正解なんて存在しない

~本章~ 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ