39.その女は過ちに気づけない
「1年の佐々原心美は援助交際をしている」
準備室メンバーが例の疑惑を報告する前から、こんな噂が校内のどこかで広まっていた。そしてそれはSNSにも飛び火し、幾人かの生徒の親もそれを目にしていく。そこから心美の自宅の近所の住人の間でも囁かれる様になり、噂好きの主婦たちによって脚色され、さらに拡散されていった。
当初、本人も気にもしない様子で登校をしていたが、1人、また1人と彼女の周りから友人は去っていく。そして相手の男性たちも、自分の保身のためか、心美との関りを絶つものが表れ、そういったコミュニティの中でも、「佐々原心美は援助交際をしており、自分達へも疑惑の目が向いている」と噂は加速していく。
そしてトドメを刺すような形で、3年の小郡真奈美から二階堂文子を通して、一連の疑惑が高校と教育委員会に報告された。
WEB上の写真が決定的証拠となり、関わった生徒への処分が下っていく。謹慎や停学など、比較的軽い処分が多く、異議を唱える者もおらず、受け入れていった。
そして佐々原心美には学校側から”自主退学または転校”を提案をされたのだった。
無論、事実ではないと反論をしてみせたが、母親は以前から娘の噂を友人などから耳にしており、決定的な証拠も出てきてしまったため、かばう事を諦め、別の場所での再起を希望していた。孤立無援。まさか母親が自分を裏切るとは想像していなかった心美は、それまでの悪びれもしない態度から一遍し、感情的な発言を繰り返し、挙句、全て佳市と恵理が仕組んだ罠だと学年主任を前に声を荒げていた。
「だから何度も言った様に、私はいかがわしい事などしておりません! 全て、私を陥れる2人の罠です!」
「だからね? 佐々原さん? この写真の人達とそういった関係にないと証明できるのですか? あと、その2人が罠にはめた証拠はあるのですか!?」
「だからありません! 相手からも聞いたらどうなんですか!?」
「それが何も話してくれないんですよ・・・」
「・・・(どいつもこいつもつかえない!)」
男たちの裏切りとも取れる黙秘に、心美は憤りを感じえないでいた。
「それにね? あなたは条例違反も犯してるのよ? 年齢を偽ってお店を利用しましたよね? このことはどう説明するの?」
「それは他の人だって同じですよね? なんで私だけなんですか?」
「じゃあ、売春をしていない事を証明できるの?」
「うっ・・・・」
これは”悪魔の証明”であり、売春行為を行っていない証拠などあるはずもない。全て、証言以外頼るものがなく、相手の男性たちはそれ拒否している。やっていない事を証明するほど、難しいものはない。そして彼女には手段など残ってはいなかった。
「私は何もやってません! じゃあ売春をした証拠を出してください!」
「心美!」
「何よ!? お母さんもなんで分かってくれないの!? もういい!」
話も途中に、心美は相談室を飛び出し、玄関へ向かうが、直ぐに追いついてきた母親が心美を強く抱きしめた。
「お母さんはあなたを信じているわ。いつだってあなたの味方よ? だからこの学校はもういいの。言ったって無駄だから諦めましょ? 別のところでお母さんとがんばろ?」
(小学生のころ、男に夢中で、私の事をほったらかしだったくせに)
泣きながら娘を諭す母親の胸中で、自分の本心と全く違う思いを伝えてくる女に対して、怒りが極限にまで高まっていく。
(全部あいつらの罠だ。最高の高校生活をおくるために、私は計画してきたのに。あいつらが全部邪魔した。あいつらが悪い。あいつらが憎い。絶対に許さない)
彼女がどういった感情を秘め、抱かれているのか、母親は何も知らない