36.狂気・欠落・破壊
恵理の心は落ち着かない。
ベンチに腰を掛け、忙しなくスマホを触ってしまう。
準備室の仲間とのSNSや佳市との写メ。
それを見て、気持ちを落ち着かせようとするが、全く効果がない。
それに慣れない場所のためか、周りの視線まで気になりだしてくる。
この街にあった江戸時代の城跡を市が整備し、城址公園となっている。
普段なら絶対に立ち入らないが、待合にこの場所をあえて選んだ。
ここは心美が佳市に告白した場所だった。
10月に入り、夕方にもなると、少し肌寒くなってくる。
それでもいつものエナジードリンクを飲み、自分に気合を入れる。
ピコーン
スマホが控え目に鳴り、内容を確認する。
それは準備室女性メンバートークルームからの通知だった。
由香:がんば
真奈美:ふぁいと!
文子:風邪ひかないようにね?
一斉に三人からメッセージが届き、背中を押してくれる。
「他人事だと思って・・・」
言葉では悪態をつくが、内心は嬉しかった。
「1人じゃない」そう思うだけで心強くなる。
その時、同じ制服の女が近づいてくるのが分かった。
遠くからでもその存在が分かる。
佐々原心美だ
「遠山先輩、遅くなりました」
「こちらこそ、呼び出したりなんかしてごめん」
本心はお互いに悪びれもしていない。まやかしだらけの会話が、2人の関係性を如実に現している。
「ここに呼び出したってことは、佳市くんの件ですね?」
「それもあるけど、あんた自身の事もある。ってか分かってるよね?」
心美はとくに驚きもせず、恵理の隣に座る。
(全部分かってきてるくせに。なんで表情一つ変えないんだってーの)
「で、何の事ですか?」
「まずはこの内容からかな」
自分のスマホを操作し、例のアプリからダウンロードした写真を一つ一つ確認を取りながら、心美に全てを見せた。全く表情を変えず、目を通していく心美に恐怖すら感じる。それほど淡々としていた。
「で、これがなんですか?」
「これって、いけない店で知り合った人でしょ? これがばれたらどうなるか分かってるよね? あんただけじゃなくて、うちの学校全体がどうなるか」
「学校全体の事なんてどうでもいいですよ。私には関係ありません」
逆の立場なら、冷や汗が一つや二つ出てもおかしく無い状況だが、心美の表情には変化は全く表れない。
「まじ本気で思ってんの? あんたの頭ん中、お花畑かよ」
「先輩には関係ありませんから」
「だから学校全体の問題だってば」
「私には関係ありません。学校に報告でもして、停学なり退学なりにしてみたらどうですか? 学校のイメージとかなら、先輩のその格好もどうかと思いますけど」
自分の事を棚に上げ、人の弱みに論点を変えようとしてくる姑息さに、憤りを覚えるが、溜息を一つつき心を落ち着ける。
「これ、えんこーしてんの? おっさんたちとやってんの?」
「誰がこんな人達に体を許すと思いますか? 勝手にやってるだけですよ。私は別に強要もしていません。全部、この人達が勝手にやったことです」
「そんなこと言われても信じるわけないっしょ」
「ご勝手にどうぞ。話すことはそれだけですか? 私、この後があるので」
そう言って、立ち上がろうとするが、恵理の言葉がそれを制した。
「じゃあ、この男はなんなの?!」
「大学生の彼氏ですよ?別れましたけど」
「あんた佳市と付き合ってたんでしょ?」
「佳市くんとも付き合ってましたよ?」
「それは同時で付き合ってたってこと?」
「そうですよ? 何か問題でも?」
「じゃあ佳市はこの人の事を知っていたの?」
「私からは話してませんけど、知ってはいますよ? というか、遠山先輩は佳市くんから聞いてないのですか? 私たちが愛し合ってる現場を目撃したことを」
「聞いてるよ。だから何で佳市に黙ってたの?!」
「タイミングがなかっただけです。そろそろ言う予定でした」
「知ってたらまだしも、知らないのに、そんなとこ目撃したら、人はどうなるか分かってるよね?」
「さぁ? 私は何も思いませんけど。別で付き合ってる人が居たんだ?と思うくらいです。他人がどう思うかなんて私には関係がありません」
「違う!佳市は!傷ついて!自殺未遂までしたんだよ!? あんたが何も言わなかったせいで!その光景がトラウマになって、一時的に記憶まで失って、苦しんで!あんた何も知らないくせに、よくそんな事言えるね?!」
「はぁぁぁ。佳市くんが理解できなかっただけでしょ?本当は愛してなかったんですね。私の事」
「はぁ!? あんたが佳市を愛してなかったんでしょうが!」
「いいえ? 愛してましたよ? 私なりに」
「あんたの愛してるが、佳市と一緒だと思うな!」
「ばかばかしいですね。私は私なりに佳市くんを思っていました。それは間違いありません。誰がなんと言おうと変わりません。愛なんて人それぞれでしょ? で、もう行っていいですか?」
「あんたね!自分の事ばっか!佳市の事なんも考えてない!」
「はい? 佳市くんは彼氏だったんだから、私のために色々するのは当たり前のことじゃないですか? 彼女の事を喜ばせない彼氏になんの価値があるんですか?」
「だからあんたは佳市に何をしてあげたの!?自分ことばっかで!」
「一緒に居てあげました。少しの間、高校生活を共にしました。それだけで十分でしょ?」
「あんた!意味わかんない!じゃあなんで佳市と付き合ったのよ!」
「遠山先輩は今佳市くんと付き合っているんですか? ならわかるんじゃないですか?」
「分からないし、分かりたくもない!!」
「じゃあもう話すことはないですね。しつれい────」
「だから話終わってない!アタシの彼氏が傷ついてんの!?あんたのせいで!」
「もう別れたんだから、どうでもいいでしょ? 何を言いたいんですか?」
「だから何で付き合ったんだって!? さっきから聞いてるし!」
「尽くす姿が健気で可愛いからですよ? 遠山先輩は違うんですか? 自分の学校生活を楽しむために付き合ってるんでしょ?」
「あんたそれマジで言ってんの? そんな理由で佳市と付き合ったの?」
「華のJKですよ? たった3年しかない、ブランドが詰まった期間を楽しんで何が悪いんですか? 高校生活も私生活も楽しんで何が悪いんですか? JKってだけで、付加価値がついて、大人はそれに群がってくる。それを利用して楽しんで何が悪いんです?」
「あんたそのために佳市を利用したの・・・?」
「利用って、佳市くんにはそんなつもりはありませんよ? 意味が分かりません」
「アタシにはあんたがわかんないよ・・・。じゃあこの大学生の人はなんなの?」
「この人ですか? 佳市くんはお金ないし、どこかへ連れていってもくれないので、車持ってって、色々連れってくれる人が欲しかったら付き合ったんですけど? そんなのも分からないんですか?」
「わかんないよ・・・そんなの・・・」
「遠山先輩ももっと高校生活を楽しんだ方がいいですよ? 佳市くんだけだと、やる事限られるでしょ? そんなの勿体ないですよ。たった3年しかないのに、佳市くんだけで終わるんですか? もっと色々経験した方がいいですよ?」
「アタシは佳市が居ればそれでいい・・・」
「つまらない人生ですね? お察しします」
「じゃあこのおっさん達はなんなの?」
「この人達ですか? 佳市くんも大学生の彼氏もお金はそんなに持っていないので、お金持ってる人から貰っただけですよ? それも分からないんですか? 遠山先輩もお金かかりませんか? 欲しいものだって一杯ありますよね? うち母子家庭なんで、そんなお金に余裕がないんですよ。だからお金持ちから分けて貰っただけですけど? 何が悪いんですか?」
「あんたマジおかしいよ」
「別に遠山先輩にどう思われようが知りません。私は私がしたいようにするので」
「それで人が傷ついてもいいの?」
「私の貴重な時間を無駄にするくらいなら、そんなことはどうでもいいです」
「じゃあ何で佳市に告ったの?」
「だから言ったでしょ? 私が高校生活を楽しむためですよ。容姿も良いし、勉強もできて、運動もできる。それに少し周りに距離を置いていたので、私を優先してもらえると思ったからですよ? 他に理由がありますか?」
「距離を置いてるって、あいつ虐め受けてたんだよ!? 知ってたの!?」
「知ってましたよ? でも私の事じゃないので、気にしてませんでした」
「もう・・・まじなんなの・・・」
「もういいですか? 私、次があるので。あと学校にバラすなら好きにして下さい。皆やってることなんで、どうにもならないと思いますけど。では」
もう恵理には心美を止める事はできなかった。
自分の愛する人が、こんな女に傷つけられたかと思うと、怒りを超え、情けなく、悲しくさえなってくる。全身の力が抜け、脱力感に埋め尽くされてしまう。
去っていく心美の姿が、幻の様に感じ、自分が間違っていたのでは?とさえ感じさせた。
「佳市・・・ごめん。アタシ何も分かんないや・・・」
賛否あると思いますが、ご了承のほど、よろしくお願いいたします。
あえて途中から心情は書きませんでした。
皆さんがどう思うか、それを尊重し、会話のみにしました