34.蘇った記憶と繋がる心
「そうだったんだ・・・」
「思い出せて良かった」
心美の行為の現場を目撃したこと、その後の電話での会話、思い出した全てを恵理に話しをした。時折、溜息をつく場面もあったが、「やっぱりか」といった具合で、驚きもせず、彼女は佳市の話を聞き続けた。「つらかったね」と言いながら、頭を撫でてくれ、背中からそっと抱きしめてくれた。
「でも、前ほど辛くはないかな?」
「それってアタシが居るから?」
「そうだな。恵理の存在は大きいな」
歯が浮くようなセリフだが、恵理は胸をわしづかみされた気分になり、背中に顔を埋めてしまう。
「マジ、もう、ホント、大好き」
ポツリポツリと区切ったその間が恵理らしさを感じ、心が満たされてしまう。恋人って本来こういう存在なんだなと、今だから分かる。
「恵理にとって俺は?」
「デカイ。まじデカイ。今、アタシが居るのはあんたのおかげ。一生感謝してもしきれない。それくらいの存在」
「やっぱり重い・・・」
恵理にとってもその存在は大きかった。男性恐怖症の克服、自傷行為をやめた事、クラスに戻れたこと、その全てが佳市がいたからだ。
「あと、永遠の件だけど・・・」
「ちょー仲良くなった」
「・・・それは良いんだけど、何か初めての相手にって吹き込んだ?」
「だって初めての相手が大好きな人って幸せじゃん? アタシは違ったけど。先輩として、女として、佳市の彼女として、奪ってあげて欲しいかな?」
嫉妬や困惑、我慢などのマイナスが一切伝わってこない言葉に、本心からそう言ってるのだと感じ取れた。それでも、友情があればいいのか? 自分が”タカくん”という相手と知り合いだったら、同じ様に思えたのだろうか? 複数の人を同時に愛するとはどういった意味なのか?佳市には分からない。
「佳市は分からないよね。なんでアタシ達がそう思うか。でも、分かって欲しいんだなー。ワガママだけど」
「もし仮に、そういった関係になれば、俺は心美と同じになっちゃうよね? あいつも俺ともう一人を同時に好きでいたみたいだし。そうなると、心美と別れた俺ってなんなの? ってなるよ。自己中で、最低なクズ野郎に自分が思えてしまうと思う」
「違うし。あの女は佳市に黙ってたし? もう一人だって知らない人でしょ? で、その関係を佳市に押し付けようとしたじゃん? 逆にアタシ達は隠してないし、トワとアタシはマブだし、全員が納得した上でしたいと思ってるし。一緒にすんな」
確かに価値観など人それぞれであり、相手を理解できなくとも、考えを尊重する必要があるのは分かっている。貧乏であり、孤独であった境遇を卑屈に変え、他人に押し付けていた過去が、自らの首を締めることになった。自分の物差しだけで物事を図り、他人に押し付けることが愚行だと、佳市も今回の一件で強く学んでいる。
受け入れる事こそ
人の強さであり
理解する努力をすることで
人は分かち合える
文子が常口にしていた言葉の意味がやっと分かった。
「ごめん。今は納得できない。でも、理解するために努力はするよ?」
「うん。アタシ達も理解してもらうために努力するし」
そう言うと、恵理はもう一度強く佳市を抱きしめ直す。
「トワもね? あんたに助けられたんだよ。あの子もお父さんを去年亡くしたの知ってるでしょ? その時に佳市から勇気もらったみたい。ひた向きに、何も言わず、汗を流しながら頑張ってるあんたの姿を見てキュン死したってさ。それ聞いてアタシもキュン死したけど」
「それ俺に言って良かったの?」
「アタシに話した以上、覚悟はしてるでしょ? 馬鹿じゃないんだし」
お節介だが、内気だった永遠が、佳市に対しては積極的に出てくる性格に変えたのも恵理の影響だと分かる。以前なら、想いも口にせず、外から見守っていたかもしれない。少なくとも、今の関係にはなっていないはずだ。そんな大切な話が出来る時点で、永遠の中での恵理の存在も大きいのだと頷けた。
「あと黙ってたことあんだけど」
「え? なに? 今更?」
「実は、佐々原の事、アタシ達色々調べてんだよね。別に佳市の元カノだからって訳じゃなくて、校内的にもマズイことしてるっていうか、そんな感じ?」
そんな感じってどんな感じ?と聞き返したくなるが、なぜか聞いてしまうと、話を遮る結果になりそうで、そのまま話を続けた。
「そっか。別にいいけど? それって俺も関係あるの?」
「あると言えばあるかな・・・。で、アタシ、月曜にも佐々原と直接話そうと思ってんだ。聞きたいこと山ほどあるんだよね。直接聞かないと分かんないことだらけでマジめんどい」
「うん。いいけど? 無理はするなよ? かなり狂ってるから」
「心配してくれるんだ・・・」
佳市の背中に顔をこすりつけ、照れ隠しをする彼女が愛おしくてたまらなくなり、振り返りざまに覆いかぶさってしまう。恵理は少し顔を背けながらも、これからの事に期待をしているのか、抵抗はない。
「先輩がいけないんですよ? 可愛すぎるから」
あえて元の敬語に戻し、恵理の心を揺さぶってみる。
「知んないし。ってかハズ過ぎて顔見れないってーの」
「ここ、声筒抜けだから、気を付けてね」
「あんたが口を塞いでくれたらいいんじゃん・・・」
「じゃあ、そうする」
恵理の唇を自分の唇で塞ぎながら、2人は気持ちを重ねあった。