31.貧乏人に日常はこないらしい
以降、クラスでの虐めは無くなった。
肇との件も、佳市から二階堂文子を通して学校へ報告したうえ、両者の間での弁償のみとし不問となった。ただ以前から、この虐めの実態を黙殺していたクラス担任や学校関係者には、文子の恩師が教育委員であった経緯から、教育委員会へ報告が上がり、別途判断が下される運びとなった。
そして心美からの接触もなく、佳市としては何年ぶりかの平穏な学校生活を迎えていた。
恵理の方も、2年になってから初めてクラス登校をしたため、一時的に転校生が来たかのような騒ぎに発展してしまったが、準備室登校の原因となった元カレは別クラスのため、それ以上の騒動にはつながらなかった。
問題があったとすれば、肇による暴行のため、怪我をして帰ってきた佳市を見た恵理が「コロス、コロス」と常軌を逸した姿で、仕返しに行こうとしたが、家族総出で制止し事なきを得た。その夜の恵理の激しさは【史上稀に見る、超大型で猛烈な勢力】であったが、佳市に数度上陸し、甚大な被害をもたらした後、次第に勢力を弱め過ぎ去っていった。
そして最初の週末、恵理の家での居候生活を終え、佳市はボロアパートへ戻ることとなった。
「本当に色々ありがとうございました」
「あなた、いいのよ~?またいつでもいらしてね?」
「佳市兄さん!まったねー!」
京香と樹理ともすっかりと打ち解けた佳市は、「家族っていいものだったな」と実感を噛みしめていた。今までの人生で一度も無かった、家庭内でのお節介が楽しく、嬉しかった。少しばかり困惑する場面もあったが、それも初体験であり、心地よかった。
「あれ?おねーちゃんは?」
ドッチャンガチャンと大きな音が恵理の部屋から聴こえてくる。
(帰ることに怒ってるんだろうな・・・)
佳市は困り顔で、「すいません」と2人に謝罪をし、玄関のドアノブに手を掛けると、奥の自室から、雪中登山にでも挑むかの様な、大変な荷物を持った恵理が姿を現した。
「おねーちゃん・・・何してんの?ブフッ」
「ちょっと嫁入りしてくる」
意味不明な事を真顔で応える恵理と、姉の醜態に涙を流しながら笑い転げ回る樹理、「母娘ともに末永くよろしくお願いします」と京香は言い出す始末。校内では平穏ではあるが、プライベートは前途多難だなと、佳市は天を仰いだ。
なんとか恵理を説得し、1人で自宅に戻れた佳市は、改めて自宅の狭さと虚しさを実感してしまう。先ほどまでの賑やかさが嘘の様な出来事に感じる。
「慣れって怖いな・・・」
久々の貧乏飯が急激に元の生活へ佳市を誘う。
パン1枚にマヨネーズを挟んで、折りたたんだだけの何の変哲もない夕食。
ほんの一月前まではこれが普通であり至福であった。それが今や侘しさを感じてしまう。人の欲も人を変えてしまう。これもまた今回学んだ事だ。
そしていつものルーティンをこなす。銭湯で入浴を済まし、帰りにコインランドリーへ。待ち時間に恵理と少しメッセージのやり取りをするが、あからさまに”佳市ロス”を起こしており、いつもの元気は感じられない。【ボイスメッセージ】を送ると、【ここ10年で最高の出来栄え】といった感情が伝わってくるような程、送られてくる文字が画面の中で躍動していた。
久方ぶりの1人の夜にも寂しさが降りてくるが、「これが日常なのだから」と自分に語りかけ、目を閉じた。
翌朝───
いつもの日差しが部屋に差し込み、朝を知らせる。
流しで歯を磨き、スマホを触るが、恵理はまだ夢の中なのか、新たなメッセージもない。湯を沸かし、白湯を口に含むと、なんとも味がない。昨日までは朝一にはコーヒーを口にしていたはずだ。
「これもまた侘び寂び」
1人つつましく、恵理の自宅からお中元の余りものとして貰った海苔に納豆を挟み、口に入れる。何でもないそれに、やっと日常が戻って来たのだと落ち着けた。
「忙しい半月だったな・・・」
「まだ終わってませんよ?」
玄関の窓から、死神が顔を出し、その声が佳市の鼓膜を激しく揺さぶる。
佳市の頭の中では、昔どこかで観た映画の、超能力を使う暗黒卿のテーマがこだまする。コシューコシューという機械的な吐息まで合わさって聴こえてくる。
「センパイ?開けてくださりますか?」
「仰せのままに・・・」
イヤな予感がする。
佳市の日常の帰還はまだ先のよーだ




