20.女難の相
「で・・・まだ恵理さんは居たんですか・・・」
「別に帰れとか言われてないし・・・」
夕刻過ぎ、恵理と他愛もない会話をしつつ、することもなくゴロゴロとしていた。彼女は何やら世話しなく、スマホを操作していたが、何をしていたのかは聞かなかった。
そんな佳市達を突然、永遠が訪ねてきたのだ。
今朝方にも、来てくれていたようだが、その時は寝ており顔を合わせなかった。
だが恵理の話し方ではこんな険悪な雰囲気になると思っていなかっただけに、佳市は困惑を隠せないでいる。
「と、とわぁ? 今朝は・・・その・・・ごめんね?」
佳市が、ひょいと恵理の背後から顔を出した。
「・・・えっ!? センパイ!? えっ!?」
何故か佳市を凝視し、狼狽えはじめる永遠に、さらに困惑を重ねてしまう。
「えりさん! グッ!」
突然、2人でサムズアップをしたかと思うと、熱く握手をしている。
状況を全く把握できないでいる佳市には、和解でもできたのか?と呑気な考えしか思いうかばない。
「あ! 夕飯まだですか!? まだだったら何か作りましょうか!?」
「けっこーです!! アタシと2人で外に食べにいきますから!」
コロコロ変わる2人の関係に、佳市はもはや付いていけない。
夕飯を作るため、部屋にあがろうとする永遠と、それを阻止する恵理が押し合いになっている。果てにはガミガミ言い合いまで始め、収束の兆しがみえなくなっている。
「あーもう!2人とも!?聞いてもらっていい!?」
突然背後から佳市が怒鳴るように声を上げる。何事かと驚いた表情で2人は佳市の方へ向き直り、言い争いをやめる。
「あのさ。俺って貧乏なんだ? 毎食そんな良いもの食べちゃうと、普段の食事の時思い出して、すっごくひもじくなるんだよ。だから作ってもらうことも、奢っても貰わなくて大丈夫だから。自分で作るから。気持ちだけで十分だよ?ありがとう」
実は、昼食も恵理に連れられ、ファミリーレストランを訪れており、『ミックスグリル』なるものに舌鼓を打った。一昨日の夜は、余りものとは言え、永遠の家からの差し入れを完食している。佳市の舌と胃袋は、盆と正月が一緒に来たような味覚の襲来に遭ってしまい、混乱が続いていた。
そろそろ、普段の食生活に戻らないと、一生ひもじく感じてしまう事を懸念していたのである。
「センパイ、これからは私がお世話をするので、そんな心配は無用ですよ?」
「なっ・・・佳市はこれからはアタシが養うんだから、甘えてくれていいんだよ?」
俺の『これからは』は、本人の意思に関係なく動き始めている。さらに懸念が広がった佳市は、身の危険を感じ、玄関へ駆け出したが、あえなく2人の手によって捕まり、佳市が普段の料理を作り振る舞うという妥協案を強制的に押し付けられた。
「で、これが俺流のソースカツ丼です・・・」
「こ、これ食べてたの?」
「センパイ、これは・・・料理じゃない」
「た、食べる前から憐れむのやめてくれる!?」
佳市が作り出したソースカツ丼は、2人の知っている食べ物とはかけ離れた物だった。
塩コショウで味付けをし、炒めたモヤシと、駄菓子コーナーに売っているソースかつお菓子をご飯の上に盛っただけの、トンデモ飯だった。
今、佳市の自宅にはお米が無いため、大金を叩いてレトルトの白米を購入していた。これだけで残金の半分が消えたが、恵理が『撫で撫での報酬』として500円を渡してきたので、謎のプラス収支となった。
『撫で撫で』に永遠が過剰に反応し、1000円札を握りしめ、俺にサービス提供を迫ってきたが、そんなことを出来ないので、「また今度な」と言って事を治める事に成功した。
それに恵理が「浮気だ!慰謝料だ!人的補償だ!完全移籍!」と意味不明なたわ言を叫んでいたが、スルー以外選択肢は無い。
「では、お召し上がりください」
恐る恐る口に運ぶ2人をじっと見つめたが、口に入れ、咀嚼をした瞬間に表情が変化した。
「「お、おいしいかも」」
「よ、よかった。物足りなかったら、追いウスターか一味でも」
極貧飯だが、異なる歯ごたえが楽しめ、味付けもソースという魅惑の調味料を使用しているため、十分豪華な部類に入る。そもそもおかずが上に乗っているだけで、豪華と言っていい。醤油飯とか塩ご飯がざらだった俺には、この程度で舌は歓喜の舞を踊り出す。
エビフライとかカレーライスなんて、小学校時代の給食でしか食べた経験がない俺には、一般的な豪華の食事など、宮廷料理みたいなものなのである。焼肉とか都市伝説だと思ってる。
「でも、これだと栄養が全然足りませんよ。今までどうしていたのですか? センパイってガタイ良いし、背も高いのに、こんなので育ったんですか?」
「これならまだいい方だよ。 親戚の家に居る時とか、パンのみだった時期があるし、給食が至福の時間だった。 じーちゃんは俺にせめて食い物はって思っててくれて、生きている時はなんとかやれたよ?ピーマンだけのピーマン丼とか。本当は新聞配達したかったんだけど、それより勉強をしなさいって言われて禁止にされてたからね。まぁその結果、今お金ないんだけど。高校入って働けるからなんとかなってる。居酒屋のバイトは賄いが出るし、現場仕事終わりに先輩がラーメンとか牛丼屋とかに連れて行ってくれたこともあるよ」
何気なく佳市は話をしたつもりだが、2人はその話に涙し嗚咽さえ発症している。
「やっぱり美味しくないよね?こんな食事、口に合うわけないから残していいよ?」と勘違いをしてしまった佳市に対して、2人は黙ってソースカツ丼を完食してみせ、「褒めろ」と言わんばかりに頭を差し出し、『撫で撫で』を要求した。
どうして永遠までこうなった・・・意味わかんない
実際作ってみるとそこそこ美味いですよ。
永遠が好きになった理由はまた別で書きます。