18.露骨な先輩
あなたは好きな人の過去を知っていますか?
余程の幼馴染でも無い限り、友人や家族や本人の口以外から相手の過去を知ることは難しい。
この日、遠山恵理は偶然にも公文永遠から、佳市の過去を知る事ができ、浮ついてしまう。そんな心を静めつつ、彼の自宅へと戻ってきた。扉の前で少しだけ心を落ち着け、部屋に入っていく様は、さながら新妻にでもなったつもりである。
だが扉を開けた瞬間、現実に引き込まれる。
部屋に居るはずの佳市が居ない。
(もしかして、また変なことを・・・)
恵理の心は一転して、どん底へと突き落とされる。
コンビニで買ってきた物を袋ごと床に落としてしまうが、拾い上げる気力もなく、その場にへたり込んだ。
(離れなければずっと・・・)
悔恨の思いが心を犯し、涙腺が崩壊していく。
不意に恵理の肩に誰かの手が触れる。
ドキッとしたが、直ぐにその手が誰のものなのか分かり、安心する。
少し歪な大きな手のひらの感触が、恵理のくすんだ気持ちを浄化してくれる。
「けいいち・・・」
振り返ると、佳市が恵理を包み込むような笑みで見下ろしていた。
「けいいち!」
そのまま彼の腰に抱きつき、腹部に頬を寄せてしまう。
佳市も恵理の頭に手をおき、まるで大切な物を扱うような優しい手つきで、撫でてくれた。
「来てくれてありがとうございます。不出来な後輩で申し訳ございません」
昨日の様な消えそうな声ではなく、準備室で共にすごした、彼女が求めている男のものに戻っていた。
「どこいってたのよ・・・」
「いないから、辺りを・・・」
何故か申し訳無さそうに、でも照れくさそうな表情につい笑いが込み上げてきた。
「プッ・・・もう!ばか!」
「僕だって心配したんだよ?」
「あんたの傍から居なくなる訳ないじゃん?」
「いなかったし!また抱き締めて欲しかったのに!」
「・・・んんんんn」
その言葉に、我慢しきれなくなった恵理は、腰に絡んでた手を離し、そのまま勢いよく首に回してしまう。身長差のため、佳市の首にぶら下がる様な不格好になってしまうが、それも構わず胸元に顔を埋めた。
「あんた 僕って・・・」
「先輩は佳市って・・・」
「ずっと前から呼びたかった・・・」
「ずっとそうやって呼んでください」
自分の自傷を咎めず、受け入れてくれた時と同じ、優しく、暖かく、心地よい感覚が恵理の抑えていた想いを解き放ってしまう。
(もうどうなったっていい。どんな罰でも受ける。アタシはこの人が大好きなんだ)
「また頭撫でて」
自分が首に手を回した際、途切れてしまった行為を再開するよう佳市を催促した。
「先輩。自宅に呼んでおいてあれですけど。ちょっと露骨すぎますよ? 俺まだ彼女いるみたいなんで、直ぐには気持ちに応えられないです。このままなし崩しになると、節操無さすぎてお互いに変な噂が立ちますよ?」
「そんなのしらない。撫でて」
佳市は困った顔をしながらも、恵理の頭を優しくかい撫でた。ふと上を見上げると、あの痣がよく見える。まだハッキリと色濃く、佳市を侵食する病魔のように残っていた。
「首、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。痕だけですし」
「バカ後輩。早くしてね」
恥ずかしくも、もう自分を止めることは出来ない恵理は、彼に決断を迫ってしまう。
「そうですね。終わらせなきゃですね」
「うん。でも、アタシ達も頼ってね。皆、あんたのこと心配してんだよ?」
「本当、心配ばかりかけるダメな後輩ですね。そんなののどこがいいんですかね?」
「もち・・・ぜんぶ・・・」
これは早急に行動を起こさないと、大変な事になってしまうと佳市も察し、心美との決別を再度心に確認する。
「本気で頼りにしますよ? いいんですか?」
「うるさい。あんたは黙って撫でてろ」
(もう絶対に離さない。もう絶対に壊さない)
ちょっと甘い話なので、刺激が欲しい人には物足りないですかね?
回復してそうに見えますが、まだまだです。
でも1人ぼっちのままだと死のうとか考えたと思います。この人卑屈ですから。