10.僕は過ちに気付く
学校まで10km
いつもなら軽快に回るペダルが重く感じる。
昨日の事を引きずってるからではない。
虐めなんて慣れている。
やり返さずに、無視をすれば、そのうち相手も飽きる。
だけど、あの夜の心美の姿だけは耐える事ができない。それからくる食欲不振から、全く力が沸いてこない。
普通の高校生は親が送ってくれる?
辛いなら休んだっていいの?
そんな甘えが許される?
だって高校生なんだから?
未成年なんだから?
でも僕にはそんな甘えは許されない。
生きるためには、自分で乗り越えるしかない。
たまたま親がいないから。
たまたま貧乏だから。
そんな理由で、僕は皆と違う物を乗り越えないといけないんだ。
死ねないなら生きるしかない。
準備室の前で一呼吸。
すーはーすーはー
二回してんじゃん、とか野暮なことは言わないでおくれ。
「おはようご・・ウフッ・・・」
扉を開けた途端、3人に取り押さえられた。
大中小の柔らかな感触が・・・煩悩をしげき・・・
「の"り"も"と"~」
「紀元、紀元、紀元」
「佳市、よかった・・・」
どうしたんだ?この人達?
泣きたいのは僕なのに、なんか代わりに先輩たちが号泣してる。
重役まで定時に登校って何があったの?
あ、ペタペタさわるな! あ!そこ!大事な・・・!
六本の腕によって僕の身体はもみくちゃにされた。
「せ、先輩たち、朝からどうしたんですか?」
「の"り"も"と"ぉぉぉ~」
こら! 無理やり濁点を濫用するんじゃない! そんな響きは日本語にないでしょ!
取り敢えず、全員話にならなかったので、1人1人落ち着かせて、いつもの席に座らせた。なんで下級生の僕がこんなことを、なんて言わない。この人たちが泣き虫なのは知ってる。
「で、どうしたんです?落ち着いて話してもらえませんか?」
「「「・・・」」」
「Can you speak Japanese?」
複数形になってなくない? なってない。 いいんだ今は。
「わだじがへんなごどいっだがら、のりもどがぁ~」
「アタシが買ってきたスポドリののせいで・・・」
「良かった。あと佳市、ちゃんと男の子だった」
「ちょ、ちょっと皆一斉に話しかけないで!」
3人一斉に話し出すから、全部聞き取れなかったでしょうが!
あとなんか変なの一つ混じってなかった?
よく聞こえなかったけど、変なの1人いたよね?
「ぼ、僕は大丈夫ですから! 何か昨日はごめんなさい!」
「「「ほんと?」」」
仲いいな?おい。
「ほんとにほんとですよ。 だから泣き止んでくださいよ」
ぐすんぐすんと嗚咽をしながらも、先輩達は泣き止んでくれた。
傍から見たら、女を3人も泣かしてるクズ野郎に思われてしまうじゃないか?
そんな甲斐性は僕にはないよ!
「でも、虐めがそこまで酷くなってたなんて・・・」
「ごめんね。佳市。私気づいてあげられなくて」
うん?昨日は確かに虐めが一時的に酷くなったし、それもあって早まった事をしかけたのは間違いない。
だけど、僕がここに戻ってきてしまった理由はそれじゃない。あのモノの裏切り行為によって、ここに戻る結果になってしまったわけで。
そんな話を誰にもしていないから、勘違いされるよね。
だから勘違いのままでいいや。
「ねぇ?首の包帯の下、見せてくれる?」
遠山先輩の言葉にギクリとする。
僕は首の痣を準備室の人達に見せたくなく、包帯を巻いて登校していた。
昨日聞かれたときも、「ちょっと髭が生えてきて、その処理に失敗しました」って流していた。
「ねぇ紀元?見せてよ」
「と、遠山先輩?傷口開いちゃうからね?ね? 強制執行は裁判所の許可の上、行政だけに許されたものだからね? やめましょうね?」
「由香! 紀元確保して!」
「アイアイマム!」
どこで覚えた!?その掛け声!!
遠山先輩と由香先輩の見事な連携プレイにより、僕の首に巻かれた包帯はあえなく剥ぎ取られる。
こんな状況でも背中に当たった、中型の柔らかなタワミは、僕の力を削ぐには効果が抜群だった。僕から触れにいった訳じゃないからセーフでしょ?
「「「えっ!?」」」
仲いいな?おい。 デジャヴ
その反応になるのは分かっていた。
この痣を見て、僕が何をしようとしてたなんて一目瞭然。
「佳市、その痕って・・・」
「ゆかりん、それ以上言わない・・・」
遠山先輩に至っては、何も言わず、ただ泣いていた。
2人も絶句したまま、それ以上の言葉を掛けてくれない。
「えーっと。失敗したしだいでありまして。こうして五体満足でおります」
下を向き直視すらしてくれなくなっちゃった。
そりゃそうだよね。馬鹿なやつ、と思うわな。
いいんだ。僕なんて。
「紀元、ちょっとこっち来て」
近くに居るのに何事?と一歩だけ、遠山先輩に寄った。
バチ─────ン!!
僕の左頬を叩く音が室内に響きわたった。
小郡先輩と由香先輩がその音に反応し、うつむいている体が少し跳ねた。
「あんたね!? アタシにはあんなことしておいて、自分で何してんの!? なに様!? もう絶対にこんな事しないで!?」
泣きながらだけど、ハッキリとした口調で、遠山先輩が叫びに似た声を上げた。
もしかしたら、一般教室がある所まで、その声は響いたかもしれない。
それくらいふり絞った声だった。
「これ見て!? アタシね!? あんたに助けられて、リスカしなくなったんだよ? 見てよ?ちゃんと! これ!ほら! 新しい傷ないでしょ!? ねぇってば・・・」
左手首に巻かれていたリストバンドを投げ捨てると、自傷の痕があらわになる。
確かに、傷は古いものばかりで、新たにつけられたものはなかった。
「・・・うん。綺麗だ。右の拳も見ていい?」
「いいよ・・・ほら・・・」
遠山先輩は右手の拳を僕の目の前に突き出した。
僕の方が、15cmほど背が高い。
だから不格好。
さっきのビンタも、精一杯手を伸ばして、叩いてくれたんだな。
「綺麗だ・・・すごいね・・・」
遠山先輩はリスカ以外に、過度の緊張やストレス過多になると、自宅のブロック塀を血が出ても殴りつける癖があった。
以前、包帯でぐるぐる巻きになった手を見て、僕が言っちゃったんだっけ。苦手な先輩と少しでも仲良くなりたくて。「次やる時は僕の前でやって。それで僕に手当てさせて下さい」って。
それから何度も、遠山先輩のリスカの痕も手当てしたっけな。
「アンタが居たから、止められたんだから! だからもう・・・」
僕のために泣いてくれるこの人に、僕はなんてことをしたんだろう。
後悔先に立たずだね。
でも、この顔を思い出せば、もう衝動を抑えられる。
そう感じた。
何でかは分からない。
「出来が悪い後輩ですいません。以後、絶対にしません」
4人の精神的問題児の鼻をすする音だけが残った。
自傷行為って、リスカまでしなくても、多くの人がしますよね。
痛気持ちいい的な。
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