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08. 魔法訓練所Ⅰ

〇前回のまとめ

・モヴィーの家に泊めてもらうことになった。

・異世界の街を探訪した。

・通貨事情について学んだ。

『魔法訓練所』というのが、エリンが案内された建物の名前だった。


 建物の色は周囲とあまり変わらないはずなのに、その構造から少しばかり浮いてる感がある。何というか、ボロい?

 ま、まぁ、きっと由緒正しき施設なのだろう。


「お邪魔しまーす…………って、誰もいない」


 魔法訓練所の中は目つきが鋭い門下生ばかりで、明らかに場違いな2人、特に絶対的美少女エリンは好奇の目にさらされ……なんてことはなかった。

 もうね、スッカスカ。売り出し中の空き家かってくらい人の気配を感じなかった。


「ねぇ、誰もいないみたいだけど。…………、どうしたのモヴィー? ニヤニヤしちゃって」

「ふっふっふっ、ようこそ魔法訓練所へ」

「…………は?」


 建物に足を踏み入れた途端にキャラが変貌したモヴィー。さっきの肉がマズかったのかと、エリンは自分の胃が心配になってきた。


「驚いた、エリン? 実は、オイラはここの一番弟子なんだ」

「へ、へ~」

「さあ、お師匠様のところに案内するよ!」


 ラトナの前ではペコペコしていたくせに、ここに来てから水を得た魚みたいにテンションが上がっている。

 反対にエリンはなぜか冷めてくのを感じていたが、ここまで来たらもう引き返せない。


「モヴィー、ここって大丈夫なの?」


 ボロボロの内装を見て不安がこみあげてきたエリンは、小さな声でモヴィーに問いかけた。


「も、もちろん大丈夫だと思うよ。お師匠様は昔王様の近くで働いたこともあるすごい人なんだ!」

「へぇ、そうなんだ……」


 経歴だけ見ればすごいのかもしれないが、どうも一抹の不安が拭えないでいる。

 本当に大丈夫なら、どうしてモヴィーは小声で「久々の客だー」なんて言ったりしたのだろう。


 さて、エリンは広い部屋へと連れていかれ、奥には茶色の服を着た老人がいた。

 その老人に向かってモヴィーは大きな声を出す


「お師匠様、入門希望者です!!」

「…………は?」


 一体全体、この少年は何を言い出すのか。

 慌ててモヴィーを見ると、どこか誇らしげ。仕事を取ってきた営業マンじゃあるまい。


「……………………た」

「ん?」


 老人がプルプルと震えて、何か言葉を発している。ちょっと医者を呼んだ方が……。


「キタキタキタキターーーーーーーー!!!!!!」

「………………え!?」


 ここは危険だ。

 そうエリンは直感で悟った。


「あ、どうやら手違いがあったみたいです。私たちはこれで……」


 エリンがクルっと体の向きを180度回転させてもと来た道へ歩き出そうとすると、背後からその肩をガシッとつかまれた。


「待たんか~」

「ヒェッ!」


 え、ナニコレ? 今の私女の子なんですよ、一応。やだアナタセクハラじゃないのよコレ。そもそもセクハラなんて概念この世界にあるのかしら? それよりさっきまで結構離れてたよね、この爺さん。もしかしてこれが噂の瞬間移動かしら。あら私感激~。てか怖いよ怖いよお母さん助けて。うん、とりあえず一旦落ち着こうか。


「あ、あの~、この手を放してもらえませんか?」


 エリンは勇気を振り絞って恐る恐る言った。


「……お主、儂の弟子になりたいんじゃろう?」

「いえ、違います。そこの餓鬼が間違えたんです」


 エリンはモヴィーを指で示した。

 ちょっと、何視線逸らしてんのよアンタ。さっきちょっと誇らしげにしてたじゃないのよ。マズイもの食わせただけじゃ飽き足らず、危険地帯に放り込むとは。やはりお前はスパイだったか。


「お主、儂の弟子になりたいんじゃろ?」

「なりません」

 きっぱり。


「……お主、儂の弟子に――」

「なりません」

「……お主、わ――」

「なりません」

「……おぬ――」

「なりません」

「………………」

「なりません。おいモヴィー、この頑固ジジイに説明して」

「エリン、ゴメン! オイラにはこうするしかなかったんだ!」


 エリンが老人から顔をそむけると、高さを低くするモヴィーがいた。


「そ、その体勢は…………!」


 D・O・G・E・Z・A ☆


 さすがにモヴィーが惨めというか哀れに思えてきた。これ以上自分が意地を張れば、洗脳された少年が罰を受けるかもしれない。


「ハァ…………。分かりました。話を聞くだけですよ」

「そうか。ならば心ゆくまで儂と話し合おうぞ」


 話を聞くだけ。それは悪質なセールスに陥れられる第一歩。







「……で、あまりにも客が少なすぎたんで無理矢理にでも引きずり込もうとしたと」

「「すんません……」」


 腕を組んだエリンの前で、正座をした老人と少年がしゅんと小さくなっている。


「あのね、いくら経営が厳しいからってやっていいことと悪いことがあるでしょ。あなた方がやったことは相手をビビらせてお金をとろうとした、すなわち恐喝や強盗という立派な犯罪になるんですよ」

「ぐ、道場存続のためならたとえ犯罪であろうと――」

「……………………ん?」

「……やりません」


 人間、引き際が大事である。往生際が悪いのはみっともないだけだ。一発逆転を狙ったところで、たいていはマイナスを積み重ねるだけ。

 まぁ、部外者だからこそ好き勝手に言えるが、当事者からしたら一大事に違いない。


「……ハァ、もういいです。未遂に終わって、こっちの被害は小さいですし」


 エリンは一刻でも早くここを去ろうと立ち上がったが、老若2人が縋り付いてきた。

 見苦しい。

 そういやこの爺さん、耳たぶ大きいな。


「って、ちょっと!?」


 エリンが耳たぶに気をとられている隙に、老人がエリンのお尻に手を回してきた。


「フム。お主、ちと()せすぎじゃ。もう少し食べた方が肉付きがよく――」


ベシン

「はいぎゃっ!」

「どこ触ってんねん、この変態ジジイ!!」


 怒りのままにビンタをお見舞いしてやると、セクハラジジイは体を回転させて弾き飛んだ。

 エリンとしては物足りないが、これ以上あの変態に触れたくないので、追撃はやめておくことにする。


「じゃ、私はこれで…………」

「ま、待ってくれ! お主、魔法を見に来たんじゃろ。ならぜひとも儂らの魔法を見ていくべきじゃ! じゃろじゃろ?」

「そそそ、そうだよ! このまま帰るなんてもったいないよ!」

(ん~、そういえばそうだったな)


 この変な爺さんたちのせいで、本来の目的を忘れていた。

 曲がりなりにもここは魔法訓練所を名乗っているわけだし、魔法について知るには丁度良い機会だろう。多少(?)の我慢も必要かもしれない。

 それに、今ならこちらが上に立てるから何かと都合が良い。


「……分かりましたから、もう私に触らないでください。気持ち悪いから。私がこれ以上帰りたくなる前に、さっさとご自慢の魔法を見せてくださいよ」

「う、何やらさらっと酷いことを言われた気がするが、まあよいじゃろ」


 強がって見せる老人の頬には、綺麗な紅葉ができていた。

 老人とモヴィーが離れると、エリンは数歩下がる。


「お、おい帰らんでくれ。魔法を見ていくのではないのか!?」

「…………帰りませんよ。あなた方がいつまたセクハラしてくるか分からないので、これは身を守るために必要なことです」


 本当なら一歩二歩と言わず、最低でも100メートルは距離を取りたいところだ。


「うぅ、お爺ちゃんショック……」

「いいからとっととやってください」

「うむ、ではモヴィーよ。まずはお主がこのお方に魔法を披露してやれ」

「はい、お師匠様!」


 モヴィーは、ドヤ顔で一礼してから部屋の奥を向き、「ハァァ」と声を出して両手をゆっくり動かし始めた。

 エリンは「おおっ」と、彼が纏うオーラに目を見開いた。

 そしてモヴィーは、一気に両手を前に突き出して叫ぶ。


「〈ビックウェーブ〉!!」

 ピチャ。


「…………」


 モヴィーの手元から水が発射され、壁の手前でこぼれた。

 見てはいけないものを見てしまった気分だ。名前の割にはかなりショオイラ、これは波と言うよりも100均の小さな水鉄砲だ。もしくは立ちション。

 老人が「まだまだ修行が足らんな」とか言ってるけど、これは突っ込んでもいいのか?


「えっと……次、爺さんお願いします」


 エリンはどうたらよいのか分からず、ひとまず老人に振った。

 触れてはいけない。この判断はきっと間違いじゃない。


「爺さんじゃない。儂はミハイロビッチじゃ!」

「はいはい、じゃあビッチ爺さんお願いします」

「変な略し方するでないっ!!」


 ビッチ爺さんが「せめてミハ爺さんにしてくれ」とか抗議してくるが、エリンは相手にしなかった。

 そして諦めたのか、オホンと咳払いして語り始めた。


「よいか、魔法と言うのは想像力が大事なんじゃ。呪文なんぞ本来ならば不要じゃ。歩いたり食べたりするときに、「歩行」とか「咀嚼(そしゃく)」とか言う者はおらんじゃろ。慣れさえすればちょちょいのちょいじゃ」


 エリンは「フムフム」と適当に相槌を打つ。


「だが、魔法は扱いに失敗すると自分や誰かを傷つけることもある。そこで呪文を魔法発動の合図にするんじゃ。呪文は自分が魔法でやりたいことのイメージと結びつきやすい言葉であれば短くても何でもよい」


(それならさっきの(モヴィーの魔法)は〈しょんべん小僧〉だろ。何名前盛ってんのさ)


「しかし世の魔法書は、響き重視の無駄に長ったらしいものばかり。昔はまだマシじゃったが、若い連中もそっちに連れられてウチの門下生は激減。出版社に文句言っても軽くあしらわれ、魔法使い共に正しい使い方を教えようとすれば老害と蔑まれ……。そのせいでわわわ儂はぁぁぁぁぁっ!」

「お師匠様ァ……」

「あーそういうのいいんで、早くビッチさんの魔法見せてくださいよ」

「ふん、儂の魔法を見て驚くなよ!」


 ビッチ爺さんは肩幅に足を開き、下を向いた。そしておもむろに右腕、続いて左手をあげる。E○ILEでも始めるのかな?

 ところがビッチ爺さんは阿波踊りのような動きを始めて呻いた。


「〈青い海 白い砂浜 水着ギャル〉!!!」


 途端、ビッチ爺さんの前から勢いよく水が噴き出した。

 水流は壁を突き抜け、庭の木を押し倒した。隣の家に木がぶつかり、住人の抗議の叫びが聞こえる。


 エリンは「スゴイスゴ~イ」と感嘆し、小さく2、3回手を叩いた。

 てか、完全にモヴィーを引き立て役にしましたよね、この人。弟子をダシに。

 感動が薄れるわ。呪文については何も言うまい。触れてはいけない世界だよ。


 モヴィーは「あちゃ~、またやっちゃいましたね」と肩を落としているが、ビッチ爺さんはそんなことはお構いなしに誇らしげだ。

 こんなことやってるからどんどんお金が無くなるんだよ。


「オイラ、ちょっと謝りに行ってきますね。」


 そう言ってモヴィーが開いた穴から抜け出すと、ビッチ爺さんがエリンの方へ来た。


「よし、次はお主の番じゃ。どの属性が使えるのじゃ?」

「属性?」


 新しい用語を持ち出され、エリンは首をかしげる。


「何じゃ、自分の魔法適正も知らんのか」

「はぁ、何分これまで魔法とは縁のない世界にいましたから」

「ホォ、魔法使いが1人もおらんとは、相当な田舎から来たんじゃな。そうか、それなら仕方あるまい」

「少なくともこの街なんかよりはよっぽど大都会ですよ」

「フン、負け惜しみを言いおって」

(何なんだこの爺さんは……)


 ビッチ爺さんによると、魔法には水・炎・風・土・光・闇の6大属性と、それ以外の無色魔法があるらしい。大抵の魔法使いは6大属性のうち1つか2つしか適性が無い。

 そのため3つの属性を扱える者は珍しく、4つ以上は数十年に1人の逸材だとか。


 ちなみにビッチ爺さんは水の他に風と闇が使える“優秀な魔法使い”らしい。

 すべての人に何らかの適性があるとは限らず、多くの人は魔法が全く使えないとか。「だからこそ魔法使いがチヤホヤされるんじゃ、ウヘへ」だって。

 まあ、魔法が使えるかどうかは生まれ持つセンスの差らしい。


「兎にも角にも、やってみらんことには始まらん。よし、まずは水魔法を試してみるがよい!」

「はーい」


(イメージイメージ、水のイメージ……。水、水、激しい水流。川、波、滝?……滝と言えばイグアス、ヴィクトリアに……やっぱりナイアガラ?)


「ナイアガラのようにザバーっと――」

「うぐえーーーっ」


 エリンが適当に呟くと大きな水流が現れ、爺さんを壁まで弾き飛ばした。そして、壁に掛けられていた額縁が落下し、ビッチ爺さんの頭に直撃した。

 想定外の衝撃を食らったビッチ爺さんはうつ伏せに倒れた。


「あー、すみません。大丈夫ですか?」


 エリンが駆け寄ると、ビッチ爺さんはヒクヒクとしている。


「…………じゃ」

「はい?」

「天才じゃーーーーー!!!!!」

「…………えぇ?」


 ビッチ爺さんは急に起き上がって、正面からエリンの双肩をガシッとつかんだ。

 お巡りさんこの人痴漢です。現行犯で逮捕しちゃうぞ。


 爺さんは大興奮ではしゃいでいる。

「こやつがいればこの道場も……グヘヘヘ」とか言ってるのは聞こえない、聞こえない。


「あ、私もう結構ですのでこれにて――」

「待たんか~」

「ヒェッ!」


 体を出口に向けたエリンは、再度捕まった。




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