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07. 異世界の街探訪

〇前回のまとめ

・シデラを発見した。

・ラトナの下へ送り届けたが、薄汚い奴隷と罵倒されて報酬を踏み倒された。

・激おこぷんぷん丸

 異世界生活2日目。


 エリンはモヴィーの家の中で目を覚ました。

 家……というよりは小屋という呼称の方が適切か。


 上体を起こしたエリンは、改めて家の中を見回してみる。

 広さはだいたい3畳あるかないかといったところだろう。モヴィーの姿はすでにない。

 無駄なものが無い最低限の生活。否、最低限必要な物すら揃っておらず、ミニマリストすらビックリさせるほどのレベルだ。


(冬とか隙間風で夜も眠れないだろうな)


 そんなことを考えていると家の扉が開けられ、そこからモヴィーが入ってきた。


「あ、エリン起きたんだ。おはよう」

「うん、おはよう」


 男女が狭い部屋の中で一夜を共に過ごすというと、つまらぬことを考える人もいるかもしれない。

しかし、エリンの主観からすれば男2人であり、モヴィーはまだ幼かった。


「ちょっと待っててね。今朝ごはんの準備するから」


 その間にエリンは顔を洗いに行くことにした。


 家の裏から少し歩くと、共用の井戸がある。

 少し筒状に盛り上がった石の中が空洞になっており、中を覗き込んでみると底が見えないくらいの闇があった。


 万が一にも落ちたら一貫の終わりだなとか考えつつ、桶を吊るしたロープを引く。

 生憎ポンプ式ではないため、余計に手間がかかる。


 桶に顔を突っ込むと、地下で冷やされた水で眠気が一気に吹き飛んだ。

 昨夜は風呂に入っていないため、桶に残った水で手足をすすぐ。


 この世界で風呂がある家に住めるのは、貴族や富裕層といった一部の限られた層のみである。

 この井戸の水ですら、使い過ぎはご近所トラブルの種となるらしく、僅かな水を大切に扱わなければならない。


 エリンが家に戻ると、すでに朝食の支度ができていた。

 とは言っても、黒いパン1個と昨日持ち帰ったスウルーの実。パンも硬くて噛みにくい上に、パサパサしてて味気ないものだ。路地裏のゴミ箱から拾ってきたんじゃないのか。

 ミルクねじりパンが恋しい。


 前世では薄給を嘆いていたエリンだったが、いかに自分が恵まれた環境にいたかということを、失って始めて痛感した。

 蛇口をひねれば水が出るし、100円あれば菓子パンが買える。

 ここにきて望郷の念に駆られそうになる。


「ゴメンね。これくらいしか用意できなくて」

「やっぱり昨日あのオバサンからお礼をもらうべきだったんだよ」

「ハハハ、そんな畏れ多いことオイラには無理だよ……」

「そんな弱気でいるからお金持ってる人たちに足元見られて搾取され続けるんだよ。もっと強くいかないといつまでも貧しいままだよ」

「うっ」


 昨日会ったばかりで、当初はクールな印象だった。だが、あっさりその印象は崩壊した。

 いきなり絶叫するし、貴族には噛みくし、挙句の果てには股間を握られた。それでも、記憶を失って行く当ても無いというから、寝所と食事まで提供した。


 そんなエリンに貧しいと断言され、モヴィーは心を折られそうになったことにエリンは気付かない。あまりの貧しさに、涙が出そうになるのを必死にこらえていた。

 これ以上心を抉られる前に、モヴィーは話題を替えようとした。


「エリンは記憶が無いんでしょ。よければ明日にでも街を回ってみない? この街の近くにいたってことは、もしかしたら何か思い出すかもしれないよ」


 そもそも思い出すものは何も無いのだが。

 それでもこの世界で生きていくために、情報を得ることは必須であり、エリンはその誘いを受けることは願ってもないはずだ。しかしエリンは――


「え~。疲れたから今日は休みたいよ」


 何せ死ぬまで、エリンの記憶上では一昨日まで半年間休みが無かったのだ。

 労働法? なにそれおいしいの?


「でもほら、エリンは魔法を試してみたいんでしょ」

「はっ!」


 そうだ、この世界には魔法がある。無限の可能性を秘めた魔法がある。新しい人生において、まだ見ぬ自分の能力を見つけなければならない。


「オイラの知り合いにすごい魔法使いの人がいるから、そこに行ってみようよ!」

「うん、そうしよっか」


 小屋にいてもゴロゴロするしかやることもないので、エリンは早速向かうことにした。







 異世界の街、と言えば聞こえは良いが、それほど地球の景色とは大差ない。

 ヨーロッパの歴史的な街並みから文明レベルを幾ばくか落としたとでも言えば、あながち的外れでもない感じである。

 ただ、統一感があって落ち着いた雰囲気にエリンは好感を持った。

赤い切妻屋根と白っぽい壁。高低差の使い方も抜群で、マイ〇クラフト愛好家がいたらかなりテンション高くなってたと思う。


 多くの日本の街は、一言で言うとごちゃごちゃしてる。そのため、外国人観光客はスカイツリーから見下ろす景色を気持ち悪いと感じる人もある程度いるようだ。

 逆にそれがいいんだよ、と言う者も中にはいるとか。


 京都とかは碁盤の目のように整備されているが、あれは単調すぎて面白くないというのがエリンの個人の意見だ。確かに和風の落ち着きがあるのは認めるけども。




 何物にも染まらないクールな街・フェケテシティ。この世界の感覚では、田舎というよりは都会に近い街らしい。

 王都が東京なら、ここは千葉とか熊本あたり。


 ただ、エリンのフェケテシティに対する評価は高くなかった。だがそれは、モヴィーの家がある住宅区に影響されているところが大きい。


 城門をくぐり、活気のある市場を通る辺りまでは良かった。

 だが、いくら歩いても目的地は見えず、石畳の道が踏み固められた土の道になり、家々もだんだんとクオリティが下がっていくのに合わせて、エリンのテンションもどんどん下がっていった。

 関西圏の人なら分かると思うが、初めて学研都市線に乗って、京橋から四条畷を過ぎたあたりの車窓からの景色の変化を目の当たりにした衝撃に近い。


 何はともあれ、お世話になるエリンが文句を言える立場にないことは確かだ。




 エリンたちは昨日通った商店街とは違う道を歩いている。

 フェケテシティは中央区と東西南北の5つの区画に分かれ、商店街は南区にある。ちなみに、モヴィーの家の所在地は東区の端っこだ。


 この国は身分制で、王族・貴族、平民、被差別階級(奴隷)に大きく分けられる。

 商店街の利用客はほとんどが平民であろうが、中には奴隷と思わしき人々もいる。昨日ラトナに奴隷と侮辱されたが、確かにあの服装ならそう思われてもやむを得ないだろう。

 ただ、奴隷にはそれと分かるアザが体のどこか、たいていは服を着ていても外から分かるところに付けられており、スカーフでもつけていない限り判別は容易だ。


 ちなみに今日のエリンはモヴィーの服を拝借している。もともとモヴィーには大きめだった服が、エリンにはジャストサイズだったので丁度良かった。さすがにあのぼろ切れを着続けようとは到底思えない。


 商店街の中を通ると、屋台から運ばれるにおいが鼻腔を刺激する。

 朝食がアレだっただけに、空腹感がこみあげてくるようだ。


「エリン、何か食べてみたいものある?」


 エリンの気持ちを察したのか、モヴィーが聞いてきた。


「う~ん」


 見回してみるが、エリンの目には見たこともないものばかりが飛び込んでくる。

 モヴィーの懐具合が怪しいだけに、あまり高価そうなものはねだれない。


「よっ、可愛い嬢ちゃん。ウチの肉団子はどうだい」

「……」


 声がする方を見てみると、程よく日に焼けたおっさんがこちらを見ている。

 “嬢ちゃん”と呼ばれたため反応に遅れたが、今の自分の容姿と、周囲には他に該当者がいないことに気付き、ようやく自分のことだと悟った。


「あ、美味しそうだね。エリン、肉団子にする?」

「お、小さいのに恋人連れかい? こんな可愛い子と一緒で羨ましいねぇ。サービスするよ」

「え、な、そんなんじゃ……」


 動揺するモヴィーをよそに、エリンは少し手前から屋台の商品に目をやった。


 そこにあった肉団子はピンポン玉くらいの大きさだ。おっさんの傍らに材料が置いてあるが、ボロボロの生肉とタレしか見当たらない。作り方は簡単、クズ肉を適当に丸めて焼いただけ。

 見ただけで肉の臭みが口の中にあふれてきたので、とうてい食べる気にはなれなかった。別におっさんの発言が癪に障ったとかではない。


「エリン、これでいい?」

「いやいい」

「チェッ」


 素っ気なくモヴィーの提案を断って、エリンは次の屋台に移った。

 おっさんが何か言っているが気にしない。


「モヴィー、私これがいいな」


 幾つか見て回って、エリンがようやく決めたのは、焼き鳥だった。小さく切り分けられた小間切れ肉を串でまとめて焼き、タレを付けたもの。

 なんやかんやで無難そうなのが一番。


「うん、いいよ。おばさん、焼き串2本下さい」

「あいよ。1本30フォートだから、2本で60フォート枚ね」


 モヴィーがブロンズのコインを6枚渡し、受け取ったウチの1本をエリンに渡す。

 この世界の通貨の単位は「フォート」というらしい。銅貨1枚で1フォートみたいだ。

焼き鳥1本でこの値段ということは、1フォートあたり1円くらいの感覚でよいのだろう。


「はい、これ」

「サンキュー」


 焼き鳥と言っても、小さな肉片が2個付いてるだけのショボいものだ。

 それでも肉の匂いに心を躍らせ、先っちょの肉を口に入れる。


(…………マズイ)


 エリンは何とも言えない表情でモヴィーを見る。

 モヴィーは熱々の肉を嬉しそうに食べているが、エリンにはそれが信じられなかった。


 香ばしい香りとは裏腹に、お味の方は酷かった。

 まず素材が悪い。まあ、流通とか価格とかの問題でそれは仕方ないとしよう。


 でも、それ以上に許せないのが味付け。使える調味料が限られているとかの縛りはあるにせよ、とりあえず味を濃くしておけばいいだろうって感じだ。

 率直に言うと、素材と合ってない。ゴーヤチャンプルーに牛乳かけたら、そりゃまずくなりますよ。やったことないけども。意外と合うかもしれないから今度やってみたらって? 残念、この世界にゴーヤはないのだよ、多分。


「どう? おいしい?」

「そ、そうだね」


 決して裕福とは言えない少年に買ってもらった手前、批判するわけにもいかない。

 心の底から食糧問題の早期解決を誓うエリンだった。


「そういえば、モヴィーってどれくらい稼いでいるの?」

「う~ん、オイラは1日働いて1,000フォートとちょっとかな」


 さらにエリンはモビィーから、異世界の通貨事情について聞き出した。


 銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨。

 銅貨10枚で大銅貨1枚。大銅貨1枚で銀貨1枚、以下略といった具合だ。

 先ほどモビィーが支払いの時に出したのは大銅貨ということになる。


 1フォート1円だとすると日給1000円。

 インドの平均月収がだいたい4万円だから、日給換算で1300円ちょっと。この少年はそれよりもかなり下ということになる。


 モヴィーが「大人になればいっぱいもらえるんだけど」と呟いているあたり、児童労働はかなり搾取の温床になっているようだ。

 

 エリンはなけなしの小銭を自分のために投じてくれたことに謝意がこみあげ、いつか何らかの形で恩を返そうと決意した。





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