05. 秘密のメモ
〇前回のまとめ
・シデラを探すため、【鮮緑の山】の探索をスタートした。
・青い果実・スウルーの実を食べた。
・この世界ではモンスターが跋扈するんだとか。わー怖い。
目的地は思ったより遠かった。
途中、エリンが一休みしようと提案し、渋るモヴィをよそに路傍の木陰に腰を下ろそうとすると、2人が来た道とは反対側から話し声がモヴィーの耳に入ってきた。
「ひょっとすると山賊かもしれないよ。隠れて」
「山賊!?」
モヴィーに囁かれ、2人は物音を立てぬよう気を付けて、道の両脇に通行人からは見えないよう藪の陰に身を潜めた。
しばらくすると、5人の男性が歩いてきた。
身なりからして樵か猟師といったところか。容貌まではよく見えない。
本来ならば話しかけて情報提供をお願いしたいところだが、今のエリンは少女である。
5人のおっさんに襲われることもあり得るし、抵抗は困難を極めるだろう。あまりにもリスクが大きすぎる。
もし声をかけるとしても、それは男の子にお願いしたい。
(……こ、怖いのか?)
気づけば脚が震えていた。自分の体じゃないみたいだ。
先のことが予測不能の状況で怯えているのかも知れないが、それにしてもこれは普通じゃない気がする。
だが、体の反応とは相反して、エリンの頭は冷静だった。
そしてエリンは息を殺し、耳だけ意識を集中させた。
「しっかしよぉ、何にもねえじゃねぇかあの穴はよぉ」
「全くだぜ、山にある穴の奥には亡国の秘宝が眠っているって聞いてたのにな。あのホラ吹きめっ!」
「今度あの野郎を見たらとっちめてやる!」
会話から察するに、この先には大きな穴があること、連中はそこに行ってみたこと、何も
なかったこと、そして脱出は可能であることが分かった。
脱出できることが分かったことはありがたい。ただし、子供2人でそれができるかは別問題ではあるが。
「ったく、このメモも全然役に立たねーしよー」
「まあ、当たれば儲けもんみたいな感じだったしな。……なあ、ちょっとこの辺で休憩していこうぜ」
「おう、そうだな」
(ヤバイ!)
見つかったら安全は保障されない。エリンの頬を汗が流れ、鼓動が高まる。
襲われるかもしれない、おっさんに。そうと決まったわけではないが、エリンは性犯罪の恐怖を痛感した。痴漢ダメ、ゼッタイ。
ただでさえおっさんは怖い。宅配便かと思って玄関を開けたら宗教勧誘のおばちゃんがいて、その後ろにおっさんがいたら、そいつが放つ威圧感は半端ない。そのときはとりあえず「ウチはマンヨウ宗ですから~」とか言っといた。意味分からん? うん、俺も。
ひとり暮らしの友達が前に〇HKのおっさんが来てビビったとか言ってた。他にも共感者はいるんだよ。
男子学生でもビビるくらいである。それが少女で、しかも文明レベルや男女に関する価値観も不明のこの場所で、おっさん5人に遭遇したときの恐怖心は計り知れない。
だから、おっさんファイブが少し過ぎ去ったところで歩みを止めたとき、エリンはほっと息をついた。
「今変な音しなかったか?」
(うっ)
「どうせ動物の足音とかだろ、そんなこといちいち気にすんなよ」
「それもそうだな」
(ホッ)
今度は息をつかず、エリンは胸をなでおろした。
(動物の足音に警戒しないのは連中が危険がないのか、それとも返り討ちにできるからか?)
余計なことを考えていたため、ドサッと突如顔の近くで音がした時には、エリンは思わず声を上げそうになった。
どうやらおっさんの1人が大きなバッグを木の傍らに置いたようだ。危ない危ない。
見つからないように移動する方法が思い当たらず、じっと彼らがいなくなるのを待つよりほかになす術もなさそうだ。きっとモヴィーも同じ意見だろう。
それに、何か新しい情報を得られるかもしれない。
そう考えたエリンは、体の震えに耐え続けた。
しかし、おっさんファイブの会話は他愛もないものばかりで、エリンが欲している情報はあまり得られなかった。
ただ、この世界の文明は現代日本と比較するとかなり低いことは伝わった。それと、魔法がどうのこうのとかも言っていた。モヴィーはそんなこと全く触れなかったが。
中世ヨーロッパでは錬金術が試みられていたように、この世界の人々が魔法の存在を信じているのか、それとも本当に魔法が使えるのか。
後者ならすごく面白そうだ。もし生きるのに不自由しない程度のスペックが自分に備わっているとしたら、火や水を出すことだってできるかもしれない。
そう思うとエリンの心は踊った。
(ん?)
ふと、おっさんAが置いたバッグからロープがはみ出ていることにエリンは気が付いた。
(例の穴探検に使ったのか?)
残り数個にまで減ったナランチしか持ち物が無いエリンは、そのロープを拝借しようと思い至った。
窃盗? いやいや、たかがロープの1つくらい大丈夫ですから! 現代の日本でも、ティッシュペーパー1枚で逮捕されちゃたまんないでしょ。超法規的違法性阻却事由というやつですよ。
そんなことに確証はないのだが、この世界の法律とかエリンは当然知らないし、生きるためにはやむを得ない。
それに、彼らが“置き忘れていった”なら遺失物横領で罪は軽くなる。どっちにしろ指紋とかDNA鑑定とかなさそうだし、バレなきゃいいっしょ。
エリンはロープの端を取って少しだけ引っ張り、近くにあった大きな石でそれを抑えることを思いついた。
確実性には欠けるが、できればより安全な手段を選択したい。
しかし、手を動かそうとするが、まるで金縛りにあったかの如く体が言うことを聞かない。さっき木登りしていたことが嘘のようだ。
(ク、動け!)
ブルブルと震える手をやっとのことで動かし、地面や葉っぱに当たらないように伸ばしていく。
どうにかロープをつかむと、それをゆっくりと引く。そして端が5センチほど地面に触れると、傍らにあった石を置こうと思ったが、先ほどまで傍らにあった石が今は遠かった。
それに、今度は手が開かなくなった。ただでさえそれなりに大きさのある石のため、両手でそっと運ばなければならない。
エリンはやむを得ずそのままロープを持ち、彼らが去るのを待った。
それから10分くらい経過しただろうか。ようやくおっさんファイブは再び移動を開始することにしたようだ。
5人の中で最後におっさんAがバッグをよっこいしょと持ち上げると、端を抑えられたロープが滑り出てきた。
(頼む! 気付かないでくれ)
エリンの願いが通じたのか、おっさんファイブは忘れ物を確認することなくその場を去った。
かくしてエリンは、ロープを入手した。
♦
「あー、怖かったー」
おっさん5が十分離れたと思ったところで、エリンはやっと緊張から解放された。
「アハハ、大変だったよね」
エリンが仰向けになって空を仰ぐと、その顔をモヴィーが覗き込んできた。
頼りないモヴィーだが、今はむしろそれがありがたかった。
「あれ? ソレどうしたの?」
モヴィーはエリンが握っているロープについて尋ねた。エリンは体が硬直したまま、ずっとロープの端を握りしめていた。
「ああ、これね。あの人たちが落としていったんだよ」
「へ~、そうなんだ」
モヴィーがエリンのあからさまな嘘を信じているかどうかは怪しいが、その穢れを知らなさそうな瞳から、エリンを疑ってないと思われる。
「でも、ロープなんか持ってどうするの?」
モヴィーが訝しんでいたのは、エリンが握りしめていたロープの用途について。
エリンは手短に説明する。
「あぁ、お坊ちゃんが穴に落ちたって言うから、助けるときに使えそうだなって」
「なるほど~。エリンって頭いいんだねぇ」
そりゃ無駄に国立大出ていませんよ。と言い返したくなるエリンだったが、通用しないのが明らかなため、そのまま言葉を飲み込んだ。
「まぁさっきの人たちは多分山賊かハンターだと思うから、ロープくらい盗んでも平気だろうね」
(フッ、お見通しのようだね)
すると、モヴィーが歩き出そうとしたエリンの足元を見つめた。
「ねえ、エリン。それってさっきの人たちの落とし物かな」
「ん? あぁ、これね」
見ると、エリンの足元には1枚の紙切れが落ちていた。
そこには、何かが書いてあるようだ。
「なんて書いてあるの?」
「んーと、どれどれ……」
2人は頭を寄せて、エリンが拾い上げた紙を覗き込んだ。
『おとなりサンちのチョウなんが
きしになったとさけノんだ
おイワいもってけうちノおや
ウラぎりものにはようしゃない』
「『お隣さんちの長男が、騎士になったと酒飲んだ。お祝い持ってけウチの親。裏切り者には容赦ない』……って、誰かのメモ? こんなの見てもしょうがないよ」
モヴィーはこのメモの文を呼んで、すぐ興味を失ったようだ。
他方、エリンは真剣な眼差しでメモを凝視している。
「エリン?」
「ねぇモヴィー、この文章おかしくない?」
「おかしいって、どこが? そもそもこのメモ自体が変だよ。これじゃあ何を伝えたいのかが分からない」
そう言って、モヴィーは肩をすくめた。
「確かにね。でもこの文字の中に、他に伝えたいことが隠してるとしたら……」
エリンの言葉に、モヴィーはハッとさせられた。
もう歩き出そうとしていたモヴィーに向かって、エリンがメモを掲げる。
「見てモヴィー。この文章の一番おかしなところってどこかな?」
「そりゃあ、このカタカナでしょ。ほとんど平仮名なんだから、ここだってわざわざ……」
モヴィーの言葉は、尻すぼみに小さくなっていった。
「うん。じゃあ、このカタカナの文字だけ読んでみて」
「サン、チョウ、ノ、イワ、ノ、ウラ……。『山頂の岩の裏』だ!」
「そゆこと。さっきの人たちは、山の穴がどうこうって言ってた。もしかしたらシデラ坊ちゃんが落ちた穴あるのかも。そこに行ってみよう!」
♦
「そういえばさ、モヴィーって魔法とか使えるの?」
エリンは山頂までの道中で、さっきのおっさん5の会話の中で気になったことをモヴィーに問いかけた。
「魔法? うん。まぁ、ちょっとだけどね」
「へ~。ねぇ、見せてよ」
「え、ここで!?」
微笑むエリンに、モヴィーがたじろぐ。
「ほら、早く早く」
「い、いや、恥ずかしいよ。それに、今はそんな暇ないでしょ」
エリンは玩具を取り上げられた子供のようにふくれっ面を作った。モヴィーは話を逸らそうとエリンに話題を振る。
「そういうエリンは魔法使えるの?」
「う~ん、そこらへんもよく覚えていないんだよね」
こういう時に、記憶喪失という設定って便利だなとつくづく思う。
「まぁ、魔力がある人でも使いこなすまでは大変だからね」
「どこかで教えてくれるところとかないの?」
「えぇっと、オイラの知り合いに魔法を教えている人がいるんだけど……」
「よし、行ってみよう!」
「その前に……」
「その前に?」
「シデラ坊ちゃんを探すのが先だよ!」
「………ソウデシタ」
10歳ちょっとの少年に諫められる20代男性(中身)。
Q.何で日本語?
A.実際には、この世界の言葉の大文字と小文字という設定です。