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04. 「大丈夫」という言葉が大丈夫じゃない

〇前回のまとめ

・神崎麟太郎、この世界では“エリン”と名乗ることにした。

・街へ向かう途中で、メイドのラトナと出会った。

・ラトナの依頼で、男爵の令息・シデラを探すことになった。


 エリンとモヴィーの二人は、山の麓に着いた。

 モヴィー曰く、【鮮緑の山】と呼ばれているらしい。その名の通り、木々は鮮やかな色をしている。


 あのアホ……ラトナは、確か中腹で穴に落ちたといっていた。

 それでもかなり抽象的だけど……。2人はとりあえず道なりに沿って進むことにした。


「お腹空いたな」


 考えてみると、この世界に降り立ってからまだ一度も何かを口にしていない。

 近くに川も見当たらずエリンが悲嘆に暮れていると、モヴィーが声をかけた。


「この山にはオレンジの実がいっぱいあるから、見つけたら食べるといいよ」


 木の実を見つけたところで、それが安全であるという保証はない。もしかしたら毒が入っているかもしれない。

 1人なら、なかなか手を出すことが難しかっただろう。こういう時にモヴィーがいてくれて良かったと思う。


 まだ見ぬ異世界の食料に思いをはせていると、近くでボトっという音がした。

 ひょっとしたら山に生息する獣かもしれないとエリンはビビったが、モヴィーは警戒する様子もない。それどころか物音がした方向へと進んでいく。


 音の発生した方向に行ってみると、そこには見たことのない青い物体があった。


「あ、オレンジだ」

(…………え?)


 モヴィーが指す方を見上げると、陽光の眩しさに思わず手で目を覆った。

 指の隙間から覗き見ると、そこには同じ実を付けた木々が幾つもあった。


「オイラが取ってくるから、ちょっと待っててね」


 そうエリンに告げると、モヴィーは傍らの木を登り始めた。最も下の枝までもそれなりに高さがあるが、モヴィーは難無く上まで登っていく。

 枝の上に跨り、体をスライドさせると、腕を無理に伸ばすことも無く木の実をゲットできた。


「いくよ!」

「おっと」


 木の上からモヴィーが投げてきた木の実を両手でキャッチし、しげしげと観察してみる。


「……青いな」


 そう、その実は青かった。緑とか紫とかではない。正真正銘のブルーだった。

 エリンは青い木の実といえば葡萄くらいしか思いつかなかったが、あれは青ではなく紫である。

 しかし、今手にしているソレは、どこからどう見ても「青」だった。たしかに形こそオレンジに似ているが、その色からは全くの別物と思えてしまう。


 まだモヴィを100パーセント信用したわけでもない。腐っているかもしれない。有毒かもしれない。

 それでも、この先山で食料を確保できない恐れも否定できず、食べられるときに食べておく方が賢明だといえる。

 それに、木の実ならある程度の水分も含んでいるだろうから、喉の渇きを潤せる可能性だってある。


「食べてみないことには始まらない」


 外見を観察するだけで得られる情報は限られており、近くに動物や鳥の姿も無いから毒見させることもできない。

 もっとも、エリンが動物に近づけるかは別問題ではあるが……。


 せめてモヴィーが食べているのを見てからとも思ったが、既により高いところまで上っており、不安を取り除くこともできない。

 エリンは覚悟を決めて青い実にかぶりついた。


「苦っ!」


 口に中に苦い汁が染み渡り、エリンは思わずそれをペッと吐き出して顔をしかめた。

 騙しやがったと、エリンが憤って青い実を捨てようとしたら、頭上から笑い声が聞こえた。


「何してんのさ、エリン。皮を剥かずにオレンジを食べる人なんて、オイラはじめて見たよ」


 いつの間にか低い位置にまで戻っていたモヴィーを一睨みして、再び木の実に目を落とす。

 かぶりついた跡から白っぽいものが覗き込んでいることに気が付いた。


「あ……」


 考えてみれば、現世の果物もミカンといいバナナといい、どれも皮を剥いて食べるものばかりだ。ミカンの皮を干して湯船に乗っける人はいても、そのまま食べる人はまずいない。

 こればかりはモヴィーを責められない。


 エリンは青い実の皮を剥いてみた。

 硬かったらどうしようとか思ったりしたが、普通にかじられる程度だし、素手で簡単に剥くことができた。

 剥いた皮を木の根元に捨てて中の実を見てみると、それは白っぽくて柔らかかった。これぞまさしくオレンジと呼べるものだった。

 そして、エリンは再度その木の実に挑んだ。


「あむ…………いけるな、コレ。てか、普通にオレンジだし」


 果肉はほのかに甘く、さらに水分をたくさん含んでいた。渇いていた喉に潤いがもたらされ、体の内側から力が湧いてくるようだ。


「どう? 美味しいでしょ」

「……うん」


 エリンは捜索を頼まれた見ず知らずの子供のことなど頭のどこかに追いやり、夢中で青い実に食らいついた。


 そしてオレンジを食べ終えると、自らも採取すべく隣の木に登った。

 思いの外体が軽かったのは気のせいではないはずだ。20歳を超えて幾星霜という前世の体では、木登りなど難しかっただろう。しかしエリンは難なく枝までよじ登ることができた。


 しばらくして下からモヴィーの声を聴くと、集めたオレンジを着ている服の裾を引っ張って包み、地面までジャンプした。

 枝の位置から地面まではそれなりに高さがあったが、気分が高揚していたエリンは意に介さず飛び降りた。

 足の骨が折れても不思議ではないが、エリンは何事も無かったかのよう。正直、自身の安全よりオレンジが痛まないかということの方が気がかりだった。


 ふとエリンがモヴィーを見ると、何故か気まずそうに視線を逸らしている。

 若干の間を置いてエリンが自分の状態を確認してみると、すぐにそのワケを理解することができた。

 溢れんばかりのオレンジをシャツの裾に入れているため、服がめくれてエリンの白い肌が露になっている。


(今の俺、一応女なんだよなぁ)


 いくら胴体だけ見れば性別不明の体でも、さすがにこんなふしだらな格好は初心(うぶ)な少年には些か刺激が強かったみたいだ。

 エリンは一旦オレンジを地面に置き、服を整えてからもう一度腕に抱えた。


「行こっか」

「……う、うん」


 エリンは、視線を合わせないまま歩き始めたモヴィーの背を追った。




   ♦




 道を進むとしばしば野生動物の姿が見え、その都度エリンはとび上がりそうになったが、オレンジを守ろうと何とかそれを堪えた。

 一度落としたオレンジを拾うのは億劫だし、それに変に動物を刺激する方が危険だ。食い意地……ではなく理性が感情を凌駕した。

 もとの神崎麟太郎ならあり得ないことだろう。


(日が暮れる前にさっさと終わらせたい)


 ラトナとかいうアホと出会ったのがおおよそ正午過ぎであり、既に2,3時間は経過しているはず。そうだとすると、タイムリミットはあと3時間程度といったところか。

 もっとも、それも日本の時間軸を基準にすればの話ではあるが、この世界が同じである保証はどこにもありやしない。

 何にせよ、速やかに用事を済ませるに越したことはない。


 それに、もしシデラとか言う子供が自分で脱出に成功し、エリンたちとすれ違って帰宅していたら、きっとあのアホは二人のことなど忘れ果てて帰ってしまうだろう。

 そうなったらエリンが遭難しても、救助が来る見込みは限りなくゼロに近い。モヴィーがいることが多少の心の支えになっているのは確かだ。


 そろそろ山の中腹かと思われる頃、エリンはもう一度木登りをすることをモヴィに提案した。

 今度はオレンジが目的ではない。食べ歩きをしてきたとはいえ、オレンジはまだ十分に残っており、必要以上の荷物は邪魔になりかねない。

 高い場所から辺りを見渡すことで、シデラが落ちたという大きな穴が見つかるかもしれない。


「どう、それっぽいのあった?」

「う~ん、無いね」


 しかし、それは困難であることがすぐに理解できた。

 麟太郎からさほど離れていない場所ならともかく、少しばかり離れたところになるとかさばる木の葉が邪魔になって地面が見えない。それでは、子供が落ちるような穴を見つけられるはずもない。


「じゃあ降りておいでよ。早く先に行こう」

「え~。疲れたからちょっと休憩」


 エリンは周辺エリアの観察という名目を立て、安全地帯で休憩することにした。モヴィーがブーブー言っているが気にしない。一休み、一休み。


 エリンが吹き抜ける風の心地よさを感じていると、モヴィーも隣の枝にまでやって来た。


「は~。風が気持ち良いねぇ」

「そうだね」


 時折、移動する動物の群れが見える。どれもエリンが生前見たことのない生き物ばかりだ。

 日本の女子高生とかが見たら「キャー可愛い♡」とかはしゃぎそうな動物もいるが、人間にとって危険が無いと確証が持てるまでは近づかないに越したことはない。

 べ、別に動物が怖いとか思ってなんかないんだからね! 勘違いしないでよねっ!!


「ん?」


 エリンがとある動物の一行を眺めていると、何かおかしいと感じた。


「どうしたの? 何か見つかった?」

「ん、イヤ、アレ……」


 エリンが指す先には、動物の行進があった。その動物は中型で3,4匹が一体となって進んでいた。


「ああ、コボルトだね」

「ボルト?」


 人類最速の?


「コボルトだよ。犬みたいなモンスターなんだ。ああやって群れで行動するんだよ。見つからないように気を付けないとね」

「最後の台詞が引っ掛かるんだけど」

「まあ、最悪木に登れば大丈夫だよ」

「そ、そうだね」


 その言葉がすでに大丈夫じゃない。





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