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02. ツイてない!?

第1章 運命は時に残酷、だいたい寛大

「………………」


 どこか遠くから声が聞こえる。


「…………………………」


(あー、仕事行かなきゃ。でも今は、あと3分だけ寝かせて)


「………………………………」


(やっぱりイヤだ。もう行きたくない)


「………………………………………っ」


(だるいなぁ。会社燃えないかな)


「……………………………………………って」


(何だよ、さっきから。鬱陶しいなぁ)


「…………て。……………………を、けて」


(ん、何? 聞こえない。もっとはっきり言って)


「…………!? 目をあけて!」


 そこでようやく、おもむろにタイヤのように重い瞼を押し上げた。






「……………………!?」

「あっ、気が付いた?」


 目を覚ますとそこには、見たこともない少年の姿があった。

 年齢はまだ10代前半くらいだろうか。どこかあどけなさが残る顔をしている。


 少なくとも知り合いではないことは断言できる。その少年の顔立ちが明らかに日本人のそれとは大きくかけ離れていたためである。

 麟太郎の狭い交友関係の範囲には、外国人も少年層も含まれていない。


「…………君は、誰?」


 少年は麟太郎の顔を覗き込むように見てきた。

 麟太郎は横になっていたのではなく、座り込んだまま眠ってしまっていたようで、このような体勢になっている。


「君、道の真ん中で倒れてたんだよ。それでオイラがここまで運んできたんだ」

「………………」


 状況を確認するために辺りを見ると、麟太郎は木の根元にいた。木の傍らには舗装されていない1本の道があり、周囲を見渡すと……何もない。


 否、右手の向こうには建物の陰があり、しばらく歩けばたどり着くことはできそうである。

 ただ、このような殺風景な場所が日本とは到底思えない。ここは外国なのか。そうだとしても、海外旅行している記憶が全くないのだが。


(あれ? 俺は、たしか……………死んだはずでは?)


 麟太郎は少し頭が混乱しそうになる。しかし、冷静に考えてみたら自身の死亡は否定された。

 胸に手を当ててみると、たしかに鼓動がある。何か違和感がある気もするが、心臓が動いていることは間違いない。


(あー、これってきっと夢の中だね。きっとあの後病院に搬送されて、一命をとりとめたのかな。今頃病院で寝たきりだったり。

 それだったらこの状況も納得できるし。何か変な感じはするけど、せっかくだからこの世界で遊んでみよう!)


 現実ではあり得ないことも起こるかもしれない。現世での彼ならすぐに家を目指すはずだ。それでも、生きていることへの確信やら、明晰夢の世界にいるという興奮やらで心が躍っていた。

 何年も昔に失った喜びを取り戻したような気分だった。


「大丈夫? 街までちょっと歩かなきゃいけないけど」

「…………うん、何とか行けそうだよ」


 少年が手を差し出してくれたが麟太郎は自身の体重が50キロ以上あることを思い出し、もたれかかっていた木に寄りながら立ち上がった。BMIは19もないが、それでも子供からすれば文字通り荷が重いだろう。

 そして歩き出したその時、視界がフワッと白くなった。


(うっ、立ちくらみ…………!?)


 そしてそのまますってんころりん。

 麟太郎は地面にダイブし、思いっ切り顔をぶつけた。


「……………………え?」

「わ!? 大じょ――」

「痛い痛い、滅茶苦茶痛い! あり得ない!!」


 あまりの痛みに、傍で子供が見ていることも忘れて叫んでしまった。

 ただ、激しい痛みと同時に、理解しがたい感覚に襲われた。

 首が痛むとかなら、リアルでの感覚がこっちにも伝わってきたのだろうと推定することができる。だが、この痛みは確実に顔からきている。


(これは夢なんかじゃない。現実だ! …………なんかトイレ行きたくなってきたし、多分間違いないと思う)


 今度こそ立ち上がり、とりあえず先ほどの自分の叫びで驚かせてしまった少年を心配させないように努める。


「あの、うん、大丈夫だよ。久し振りに転んだから少しびっくりしただけ」

「そ、そうなんだ。…………それなら良かったよ」


 これが夢ではないとしたら、ここは死後の世界か異世界か、はたまたタイムスリップでもしたのか。

 ひとつ言えることは、ここが自分の知っている世界ではないということだけである。


「それより、この辺りにトイレとか無いよね?」

「街に行けばあるけど、ここからだと時間かかっちゃうね」

「そっか。ま、仕方ないか」


 そう言うと麟太郎は木の方を向いた。そしてシャツの裾を少し捲り、ズボンに手をかける。


「わーわー! な、何してんの!?」

「間に合いそうにないから、ここで済ませようと」

「わっ、あっ、なっ、お、オイラ、あっち行ってるね!」


 両手で顔を覆いながら、慌てて少年は麟太郎のもとから走り出した。


(立ちションはまずかった? ま、あっちから離れてくれたんだし、別にいいよね)


 これがカルチャーショックかな、なんてことを考えつつ、麟太郎はズボンに手をかけた。

 そしてその時に、自分の服装が目に入った。


 黒ずんだTシャツに、ダボっとしたボロボロのグレーのズボン。“神崎麟太郎”のものでないことは確かだ。

 少年の服装も十分みすぼらしかったが、自分の方が酷い状態にショックを受けた。

 他に携帯している物はない。……手も真っ黒だ。一体何を触ったんだ?


ブルっ!

 そんなことよりも今は尿意の解消が優先事項だ。

 留め具を外してズボンを下ろすと、麟太郎はしばし硬直した。


(…………………………ない!?)


 あるべきものが、あるべきところに、あるはずだった。

 しかし、あるべきものはどこにも無かった。


 神崎麟太郎の最期の願いによって彼、いや彼女(?)がこの世界にいざなわれたというなら、おそらくここは異世界なのであろう。まあ死後の世界も一応異世界に含まれるからね。


 魂や記憶が新しい体に移ったとして、それが前世と同性であるとは限らない。

 いや、そもそも自分の魂は男であったのか。男女が共存し、それぞれの性別の役割や価値観がはっきり分かれている社会において成長していく過程で、男性・女性という概念が形成されていくのであって、魂それ自体に性別などないのではないか。

 まだ記憶がランダムの個体に乗り移り、それが偶然女性であったという仮説の方が説得力があるように思われる。


「や、やるしかないか…………」


 もっとも、今は自問自答している場合ではない。麟太郎は覚悟を決めて決行した。

 解放感の代償として、何か大切なものを失った気がしたが。




「………………………………」


 ずっと呆然としているわけにもいかない。

 麟太郎は少年のところへ行った。


「あ、終わったの?」

「……う、うん」

「………………」


 気まずい空気が流れる。

 先ほどの少年の過度な動揺の理由と自分の過ちを理解しただけに話しづらくなっている。だが、ここは中身は大人である麟太郎が年端も行かない少年をリードしてやらねば。


「あー……」

「…………そ、そういえば、君は何であんなところにいたの?」

「え? あ、あぁ……」


 少年に先を越された。

 それは良いとしても、さてどう答えたものか。


「えっと、おれ……じゃない。私、記憶が無いみたいなんだよね」

「…………え?」


 ひとまず記憶喪失作戦。これなら自然に少年からこの世界の情報を聞き出せるはず。


「えええぇぇぇぇーーー!?」


 何か知らんけど、少年はものすごくビックリしている。


「それじゃあ、名前とかも分からないの?」

「名前? え、麟……」

 

 麟太郎は浅はかにもそのままの自分の名前を口にしようとして思いとどまった。


(いやいや、麟太郎って。男の名前だし、それにこの世界だと変な名前って言われそうだし……。何か良い名前無いかなぁ)


「そっか、エリンっていうんだね。良い名前だね」

「ん?」


 まぁいいや、良い名前らしいし。名前だけ覚えてるって設定でいこう。


「オイラはモヴィーっていうんだ。よろしくね」

「ん、あぁ、よろしく……」


 とりあえず、この世界で右も左も分からない状態から脱却するためにはこの少年から情報を得る必要がある。

 それに、今は平気だがそのうち空腹を感じるだろうし、なにより寝床を確保しなければ夜は凍える羽目になる。

 あわよくば衣食住も何とかしてくれるかもしれないという願望を抱いた。


「えっと、私、名前以外よく覚えてないみたいだから、この世界のこと色々と教えてくれると嬉しいな。君だけが頼りなんだ」


 まだ自分の容姿を確認していない麟太郎改めエリンだが、上目遣いで愛想よく話しかけると、モヴィーの頬が軽く朱に染まった。


(…………おっさんがこんなことやってるとか恐怖だな)


 とはいえ、モヴィーの反応からするに、どうやら自分は不細工ではないらしい。不細工がかわい子ぶっても全然響かないもんな。もっとも、モヴィーが単に女慣れしていないという可能性も否定できないのだが。


「そ、そうだね。いつまでもここにいるわけにもいかないから、街に向かいながら教えてあげるよ」

「うん、ありがとう」

「~っ!」


 エリンが微笑みと、モヴィーは耳まで紅くなった。





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