第3話 掛け替えのない存在
初めてのバトルシーンです。
上手く伝えられてるかは不安ですが…どうぞ楽しんで見ていってください!
「ん…。」
朝日が窓から差し込むのが見える。気のせいか、昨日よりもその光は眩しく、明るい物に思えた。
「朝か…。」
…さっきから何か違和感を感じる。右腕が妙に暖かい、しかもなにか柔らかいもので挟まれているような…そう思いながらも、俺は右へと視線を移す。
「はっ!?」
俺は思わず声を上げた。何故ならそこにはエルが俺の右腕を抱きしめながら眠っている光景が見えたからだ。きっとこれは夢だ。幾ら何でもこんな最高すぎる朝の迎え方は、自身の想像から生まれた状況としか思えない。
そう思いながらも、確認するように自分の頬を抓ってみる。まさか痛い訳が…いや痛い痛い!じゃあこれ現実!?…待てよ?幻覚とかそう言った類いの物では…と未だにこの状況を疑っていると、エルが目を覚ました。
「…ご主人様、おはようございます。」
「お、おはよう…。」
俺は自分の右腕に目を向ける、その視線の先をエルも見る。すると、彼女はどうやら自分のしていた事に驚いたようだ。すぐに俺の腕から手を離し、頭を下げてこう言ってくる。
「ごっ、ごめんなさい…ご主人様の腕を抱きしめながら寝ると、何故か安心感があって…。」
「で、そのまま眠ってしまったと…?」
彼女は首を縦に2回振った。その後に彼女は俯いたが、誰にでも分かる程に頬が赤く染まっていた。このままこの話について話すのもちょっと気が引けるな…朝から充分癒しを貰えたし、勘弁しておこう。そう思い、俺は話題を変えようと口を開く。
「ま、まぁそれはいいとして、今日は行きたいところがあるんだ。準備しよう。」
思い立って言葉にしたは良いものの、その声は震えている。まさかこんな事が起こるとは思っていなかったからだ。我ながら情けない…。すると、彼女はこう返事をしてきた。
「そ、そうですか…なら着替えますね…。」
彼女はそう言うと、その場で服を脱ぎ始めた。一応買っておいた寝間着の下から、綺麗な褐色の肌が現れる。俺は「見たい」という欲を全力で抑え、すぐに自身の目を手で覆ってから慌てた声で彼女に言う。
「あ〜!待った待った!俺が外に出てからにしてくれ!」
朝から滅茶苦茶だな…そう思いながらも部屋を出て扉を閉める。その時に、俺はふとある事に気付いた。
「待て?エルが…驚いた?しかもほんの少し、表情にも表れていたような…。」
それが分かると、俺は思わずガッツポーズをしてしまった。あまりにも嬉しくて、我慢する事が出来なかったのだ。
あの無表情な顔からあんな顔ができるようになるなんて…凄い進展だ!昨夜何かきっかけがあったのだろうか…。それが何かは分からないが、「彼女の表情が変わった」というだけでもかなり大きい。これからまた彼女の違う表情が見られるかもしれないと思うと、心が躍るような気分になる…そう喜んでいると扉が開き、
「ご主人様、着替えが終わりました。」
とエルの声が聞こえてきた。その後すぐに俺は部屋の中へと戻り、外出する支度を始めた。
「今日はどこへ行く予定なのでしょうか?」
エルがそう問い掛けてきた。彼女から声を掛けてくれるのがこんなにも嬉しく感じるとは…と思いながらもその質問に答える。
「ギルドだ。最初換金したお金も何時かは底を尽きるだろう。それなら冒険者にでもなって、依頼をこなしていくのが1番かと思ったからな。今後の生活費を考えると、こなした依頼の数だけ金が貰える方が安定した暮らしを得られるだろうし。」
俺は更に話を続ける。
「それに、俺に出来そうな事は冒険者の依頼ぐらいしか無いだろうしな。それで確かこの国のギルドは…あぁ、丁度あの路地を左に曲がって、後はそのまま道なりに進めばある筈だ。それじゃあ行こう、エル。」
…彼女の返事が無い。彼女は俺の後ろにいる筈だろう?なら何故…
「エル?…エル!!」
だが、後ろに振り返ってもそこに彼女の姿は無かった。あんな綺麗で目立つようなドレスを着ているんだ、近くにいるならすぐに分かるはず…しかし、周りにそんな姿をした女性はいない。俺はすぐに大声でその名を呼んだが、返事は聞こえてこない。
しまった、浮かれていた…こんなことすぐに気付けた筈なのに!少し目を離した隙にどこにいったんだ?もし連れ去られたんだとしたら…まだそこまで遠くへは行っていない筈だ。何としても、彼女は探し出さなければ!
身体の中に流れる魔力を頭へと集中させ、目を瞑ってこう唱える。
「<<探知>>」
今やっている事は、そんなに難しい事ではない。この世界の人間の体に流れる“魔力”を使って、頭の中で周囲一帯にいる人間の位置を把握しているだけだ。
だが、この魔術の悪い所は“位置のみしか分からない”という事。要するに、誰が何処にいるのかまでは割り出せない。
この近くにはいないと考えて、少し離れた場所にいる人の中から虱潰しに探すしかないか…エル、待っててくれ。俺は必ず、君を探し出してみせるから。
そう誓いながらも俺は屋根上へと駆け登り、その上を飛び回って彼女を探し始めた。
「んん〜!」
「無駄だ、口は塞いでいるから大声は出せねーよ。しっかし、奴隷といえどここまで可愛らしい女がいるとは…あの主人も幸せ者だな。」
布のような物で口を塞がれたエルを脇に抱えた巨漢は走りながらも、彼女を舐め回すように見てそう言った。すると、その言葉に続けて隣を走っていたもう1人の細身の男がこう呟く。
「まぁそれを俺らが奪ったんですけどね。」
その言葉に巨漢は下品な笑い声を上げ、ご機嫌そうに笑みを浮かべる。
「ギャハハハ!精々楽しませてくれよ?お嬢ちゃん♪」
数分の間彼らは走り続け、ある路地裏へと辿り着いた。そこで、3人目の男がその入口付近を見回した後にこう呟く。
「よし、ここなら気付かれないだろう…。」
彼のその声に、先程の細身の男がこう言った。
「なんていったってベリル都内の1番端っこですからね!人通りはほぼ無いし、助けに来るのにも時間が掛かるでしょう。」
手足を縛られ拘束されたエルはどうにかその拘束を解こうともがくが、その抵抗は虚しく終わってしまう。そして、その様子を見た巨漢は彼女にこう言い放った。
「無駄だ!両手両足縛ってあるんだからな!」
そう言った巨漢に細身の男がもう待ち切れないと言った様子で、急かすように声を掛けた。
「早くやっちゃいましょうぜ兄貴。」
「そうだな…まず服を脱がせるか…。」
それを聞いた巨漢は彼女が着ているドレスの胸元を破った。すぐに彼女の下着が露わになり、その姿を見た彼らは興奮して声を上げる。
「やっぱり上玉じゃねぇですか!当たりですね!」
「あぁ、まさか奴隷の分際で下着までも着けているとは思わなかったが…寧ろこれは楽しめそうだ…。」
以前の彼女であれば、こうなろうと何も思う事は無かっただろう。今頃、自分はこんな仕打ちを受けて当然だと、こうなっても仕方がないと諦めていた筈だ。…しかし、今の彼女は違っていた。
「(嫌だ…嫌だ!)」
彼女は無意識の内にそう思えるようになっていた。だがその大きな変化に彼女自身はまだ気付けていなかった。
どうにか出来ないのかと必死に考えを巡らせる中で、彼女はふと、自分の主人に言われたある事を思い出した。
『エル、もし俺がいない時に道に迷ったり、あまりにも困る出来事に出会した時には、心の中で俺の名前を呼べ。そうしたら絶対、例えエルがどんなに遠く離れた場所にいようと、俺が飛んでいって助けてやる。…絶対だ。』
彼女は主人の言葉とその記憶に最後の望みをかけて、心の中で強く願った。
「(助けて!グレム様!)」
その直後、男たちの背後で「ドンッ」と何かが降り立ったような音が鳴った。エルに迫る男たちが「何だ?」と声を出しながら後ろに振り向くとそこには…1人の人影が立っていた。
「おい、お前ら…俺の仲間に手を出してもらっては困るな…。ここから無事で帰れると思うなよ…?」
そう言ったその人影は、グレムだった。その時、丁度エルに着けられていた猿轡が緩んで外れた。
「グレム…様…。」
今にも泣き出しそうな声で、彼女はその名前を呼んだ。グレムは震えている彼女の体を見て、安心させるようにこう言う。
「待ってろエル、今こいつらを片付けるから…。」
彼を目の前にして、巨漢は寧ろ興奮するように声を上げた。
「いいじゃねぇか!主人の目の前で所有物が滅茶苦茶にされるところを見てもらおうぜ!お前ら、そいつを縛り上げろ!」
巨漢がそう言っている中、彼は酷く落ち着いた様子で何やら男たち1人1人に指を差し、その頭数を数えていた。
「1、2、3、4、5、5人か…。」
すると先ず、前方にいた2人が刃物を持って突っ込んできた。
「おらああああ!」
「死ねぇぇえええ!」
だが彼はその2人の刃物を避けるように上へ跳び、そのまま空中から2人の頭を掴んで地面に叩き付けた。
「ドォン!」と鈍い音が響く。次の瞬間にはその2人の頭は地面に埋まっており、意識を失っているのか体はピクリとも動かなかった。
「この野郎!うおおおお!」
今度は3人目の男が剣を抜いて斬りかかってくる。だが、彼はまるでその動きを読んでいたかのように軽々しく避けると、その剣の刀身を右手で掴んでこう言った。
「よくもこんな酷い立ち回りで、俺に敵うと思ったな。」
彼はそのまま刀身を握り締めて砕くように折った後、左の拳でその男の鳩尾を思いっきり殴った。
「がっ…はっ!」
その男はそのまま後ろに大きく吹き飛ばされ、壁にめり込んで気絶した。すると、それを見た細身の男は明らかな力の差を感じたのか「ひぃぃぃぃ!!」と叫びながら何処かへと逃げていった。
彼はその後ろ姿を見届けた後に、残った巨漢と目を合わせる。
「俺をそいつらと同じような雑魚だと思うなよ…?」
巨漢はそう言って、彼を威圧するような目で睨んだ。しかし、彼は一度ため息をついてからその男にこう告げる。
「そもそも最初っから眼中にないけどな…。」
それを聞いた巨漢は眉間に皺を寄せると、こう唱え始めた。
「<<筋力増加lv2>>!!<<自己強化lv3>>!!」
そう唱えた巨漢の体は時間が経つに連れ、更に巨大になっていく。やがて最初の何倍もの大きさに変化すると、ようやくその体は成長を止めた。彼は巨大になったその体を見上げると、その男を見下すような口調でこう言った。
「ほう、かなり大きくなったな。」
「舐めてんじゃねぇ!調子に乗ってると、痛い目に遭うぞ!」
巨漢はそう怒鳴り、強烈な拳を彼に向けて放った。だが、彼はそれを華麗に躱す。
「まだまだ…こんなもんじゃねぇぞ!」
巨漢は大きな拳を何度も放つが、彼はその全てを掠る事もなく躱し続ける。
「くそっ!なんで当たらねぇ!?」
巨漢が拳を繰り出しながらそう疑問に思っていると、突然彼がその拳を避け続けながら質問をしてきた。
「なぁ、お前は奴隷ってなんだと思う?」
その質問を受けると、巨漢は拳を振るい続けながらも不敵な笑みを浮かべて、こう答えた。
「奴隷はなぁ!人間の欲望を満たすように作られた物だ!人間じゃなくただの物として生まれてきたんだよ!どうせお前もこいつを楽しむために買ったんだろう!?」
エルはその言葉を聞いて俯いた。それはそうだろう…幾らこの人が優しい人だからといっても、きっと私を買ってくれたのは、私の体が目当てで…そう彼女が考えていると、彼が口を開いた。
「“物”…か。確かに、この世界で奴隷は人間の思うがままに物のように扱われてきた。だからお前の考えも分からなくはない。だが、俺はその考えが正しいとは…とても思えないな。」
それを聞いたエルは彼の言葉に耳を傾ける。巨漢は「何を言っているんだ?」と言わんばかりの返事を彼に返した。
「はぁ?」
「お前らは“己の欲望を押し付けるだけの存在”と言うが、俺は寧ろ彼女から大切なものを貰った。癒しや喜び、そして幸せ…どれも生きていく中では欠かせないものだ。…それが無ければ、今の俺の心はこんなにも救われていなかったかもしれない。今の俺は、もっと暗い世界の中に消えてしまっていたかもしれない。」
巨漢が右腕を大きく振るった。それを避けられた後、その男は彼の姿を見失う。
「どこにいった!?」
「下だよ。」
その男が気づいた時にはもう遅かった。彼は勢いをつけて右腕を思いっきり上へと振り上げる。
「だから俺が思うに、奴隷というのは…自分に最も大切なものをくれる、掛け替えのない存在なんだ!」
彼はそう言って、巨漢の顎に猛烈な拳を放った。巨漢の体は数秒宙を舞い、やがて地面に落ちて倒れた。
彼の言葉を聞いたエルは、自身の心にとてつもない衝撃が走ったのを感じた。自分という存在を肯定してくれる、そんな人に出会えたのはこれが初めてだった。
その後すぐに彼はエルの元に駆け寄り、心配して声を掛ける。
「エル!大丈夫だったか!?怪我してないか?痛いところは無いか?服は…新しいのを買ってやる!ドレスでも何でも…ってあれ?エル…?」
少しの間黙ってこっちを見ていた彼女は突然目に涙を浮かべると、俺に抱きついて大きな声で泣き始めた。
「ご主人様ああぁぁぁ!うわああぁぁあん!」
俺も泣いている彼女を抱き寄せ、安心させるように頭に優しく手を置き、そのまま撫で始める。
「怖かったな、辛かったな…ごめんな、遅くなって…。」
すると彼女は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらこう言ってくれた。
「そんな事ありません!ご主人様は私が望んだ時にすぐ駆けつけてくれました!私…私!」
彼女はその後、また俺に抱きついてきた。
そしてしばらくの間、彼女は俺に抱きついたまま離れようとはしなかった…。
宿屋に帰る途中、どうやら離れたくないのかエルはずっと俺の腕を抱きしめて離さなかった。俺は自分の腕を挟んでいる彼女の胸の感触にどうにかなりそうになりながら、必死にそれを振り払って彼女に声を掛ける。
「あの、エル…少し歩きにくいんだけど…?」
だが彼女はそう言われると俺の腕を離すどころか、さらに強く抱きしめてこう言った。
「今日だけは、許して下さい…。」
あの男共から助けた時からか、どうやら彼女はかなり機嫌が良いようで、はっきりとまではいかないがその表情に感情が表れるようになった。今も目を合わせようとすると、照れるように彼女は目を逸らし頬を赤く染める。…はっきり言ってとても可愛い。
しかし、何か忘れているような…そう考えながら歩いていると、突然その事を思い出した。
「あっ!今日行こうと思ったところに行けてない!」
俺のその声を聞くと、彼女は落ち込んだ様子で謝ってきた。
「すみません…私のせいで…。」
「エルのせいじゃない、悪いのは絡んできたあいつらだろう?しかも別に急いでいる訳でもないからな、明日行けばいいさ。」
俺は落ち込んでいる彼女の頭をまた安心させるように撫でながらそう言った。それに彼女はまたほんのり顔を赤くする…嬉しかったりするのだろうか。いやいやいや、身の程を知れよ俺。そんな訳…あったらいいな。
そう思っていると、彼女は急にまた頭を下げてこう言ってきた。
「そういえば、まだお礼1つも言えていませんでした…助けて下さりありがとうございました。こんな奴隷の私の為に…。」
“こんな奴隷の”…か。その言葉は、あまり良くは思えない。
「あぁ、別に構わない。あれぐらい、助けて当然だ。何故なら、エルは奴隷ではなく、仲間だからな。」
彼女は俺の言葉を不思議に思ったのか、こう呟く。
「仲…間……。」
「そうだ、“仲間”だ。仲間なら困っている時、助け合うのは当然だろう?だからお礼だとか、そういう事は気にしなくていいんだ。」
彼女はどうやら初めて言われたその“仲間”という言葉に感動したのか、目を輝かせていた。
…そもそも俺にとっては、君は最初から「掛け替えのない仲間」だったという事を伝えても…信じてはくれないだろうが。
宿屋に帰った後、2人はすぐにお風呂を済ませ、また自分たちの部屋へと戻ってきた。
少し動いたからか、思ったよりも体が疲れているな…。そう感じた俺はすぐに寝室へと向かい、用意されたベッドに飛び込んでこう言う。
「疲れた〜。」
後からエルもその部屋に入ってくると、俺の発した言葉に反応してまたこう謝った。
「散々ご迷惑をお掛けしてしまいました…。」
そちらへと目を向けると、彼女が酷く申し訳なさそうな表情で俯いているのが見えた。…やはり、表情には段々と表れてきている。このまま上手くいけば、すぐに笑顔も見れるようになる筈だ。
「だから気にしなくていい、幸い怪我も無かったし。」
彼女は俺が言ったその言葉を聞くと、安心したのか少し顔を明るくした。そして、自身の胸に手を当てて頬を赤らめ、チラチラとこちらに視線を送ってくる。…やめろ、可愛い。
すると、彼女はふと思いついたようにこう問い掛けてきた。
「そういえば…ご主人様、あの…心の中でご主人様のお名前をお呼びした時…どうしてすぐあの場所に来る事が出来たのですか…?」
「あぁ、それか…実は<<伝心>>っていう“魔術”があってな…。」
そう返答した後、俺は次に言葉を続けようとして口ごもる。それを不思議に思ったのか、彼女は俺が寝そべるベッドに乗り上げると四つん這いになり、こちらに近付きながら更に聞いてくる。
「そういう魔術があって…何ですか?」
彼女は透き通るように真っ白なネグリジェを着ている。ここに帰る前に、何となくドレスと一緒に買った服だ。だがその“何となく”が、まさか自分の理性を崩壊寸前まで追い込むとは思ってもいなかった。
目を逸らそうにも、その綺麗な褐色の肌に吸い込まれてしまう。目を手で覆おうとも、ちらつく胸の谷間が気になって仕方がない。そう彼女の目の前でおどおどしながらも、その質問に答えを返そうとする。
「その魔術を使うには条件があってな、それが…ちょっと言うのが恥ずかしいんだ…。」
そう言ったは良いものの、彼女は余計に気になり出したのか、更に俺との距離を詰めて聞いてくる。
「良ければ、教えて下さい…私、知りたいんです。」
彼女の顔がすぐそこにある。心臓の鼓動は加速をやめず、その音も鳴り止まない。下手をしたら、こんな情けない状態なのが彼女に伝わってしまうだろう。何より、これ以上その姿で近寄られたら多分不味い…そう思った俺は決死の思いで彼女に言った。
「あぁ、分かった!分かったよ!その魔術の条件はだな…“自身が1番大切だと思っている人にしか使えない”というものなんだ!だから…つまり…その…。」
あぁ、なんて恥ずかしいんだ!まさかこの魔術の条件を誰かに説明する日が来るとは思ってもいなかった!というか“仲間”だとか言っておいて、早速“大切な人”に変わっているじゃないか!俺は告白でもしているのか!?
そう俺が思っていると、彼女は体を1歩下げてそのまま足を曲げ、ベッドに座り込んだ。そして、何故かみるみるうちにその顔が赤くなっていく。
これは…照れているのか?それとも恥ずかしがっているのか?いやいやいや、そこは重要じゃない。今、その顔がここまで目に見えて赤くなっているという事は、彼女の心には…そう思っていると、彼女がこう呟いているのが聞こえた。
「…ご主人様が、私を…?1番、大切な人…と…。」
それを聞いた瞬間、多大なる恥ずかしさを受け続けた俺の心は、限界に達した。
「う…もうこれで分かったろ!俺はもう寝る!明日こそはギルドに行きたいから、ここを早く出たいしな!」
そう少し怒るように言って、俺はベッドの中に潜り込んだ。ほんの少しだけでも、この恥ずかしさを隠したかったのだ。しかし…俺がそうしていると、彼女もその中に入り込んできた。そして、背中側から自身の身体を押し当てるように抱きついてくる。
え、何で?どうしてこうなった?エル用のベッドは向こう側にある筈だし、まさか間違える事も無いだろう?いや待て、そんな事より、今こんな事をされてしまったらーーー
「…ご主人様の胸の音…よく聞こえます…それに、少し早いような気もします…。」
彼女の声が背後から聞こえる。背中に押し当てられた柔らかな感覚と、目に映った彼女の細く綺麗な腕に、俺の鼓動は更に高鳴る。
「…ご主人様…。」
そう呼ばれたので、俺はゆっくりとそちらに振り向いた。そうして目に入った彼女の姿に、思わず息を飲む。
少しはだけた寝間着から見える艶やかな肌、子犬のように潤んだ瞳、窓から差し込む月の光に照らされ輝く白い髪、その全てが美しく、綺麗で、魅力的だった。
そうして一瞬、呼ばれた事を忘れ、彼女に魅入ってしまっていた。すぐにそれを思い出し、震えた声で返事をする。
「ど、どうした…?」
「実は…私もなんです…。」
すると、彼女は俺の右腕を両手で掴み、その掌を自分の左胸に当てた。俺は触れた事のないその感触に感動したが、それと同時に彼女が何をしているのかが理解出来なくなり、頭が混乱する。
「な…何をしているんだ!エル、やめ…」
そう俺が言葉を続けようとした時、彼女がこう話し出した。
「…聞いて下さい…私、こんな事初めてで…。こんな気持ちを抱いたの、初めてで…。」
彼女の胸に当てられた自身の腕から、彼女の鼓動が伝わってくる。その早さも、音の大きさも俺のと同等か、若しくはそれ以上にまで高まっていた。それを俺が確認した直後に、彼女はまたこう続ける。
「助けられたあの時から、ご主人様の事を思うと今みたいに胸がドキドキして、苦しくなって、落ち着けなくて…。それでも、ご主人様の事を考えずにはいられなくて…ご主人様の顔を見ていたくて…出来るだけ傍にいたくて…。」
それを聞いて、俺は気付く。最初は少し疑ったが、これはきっと…いや、間違いなくお礼などではない。彼女のその表情が語っている、「私の心は動いている」と、「私の心が叫んでいる」と。そして、その言葉にも…
「エル…。」
俺は左手を彼女の頬に当てて、そう名前を呼んだ。すると彼女はそれに反応して、自分から頬擦りをし始めた。左手に確かに伝わるその感触と彼女に、愛おしさを覚える。
そして、彼女は頬擦りを続けながらまた話し始めた。
「私…本当にこんな事、初めてなんです。だから最初はただ、どうすればいいのか分からないままでした。でも、次第にこの気持ちは抑え切れなくなって、貴方様のその顔を見る度に苦しくなって…辛くて、辛くて…だから…」
彼女の額に涙が流れる。俺はそれが零れ落ちる前に拭き取り、彼女がこれ以上泣かないように頭を撫でた。すると、彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめ、先程の言葉に続けるようにこう言った。
「…だからもし…もし本当にご主人様が、私を大切だと申して下さるのであれば…お願いです。私の、この鼓動を…私の…この胸の高鳴りを、静めて下さいませんか…?」
そう言った彼女の瞳は潤んでいて、体は震えている。きっと断られるのが怖いのだ。これまで、彼女は何かを望んだ事が無かった。故に、初めて出したこの勇気がもし無駄になってしまったらと思うと、どうしようもなく怖いのだ。…尤も最初から、俺の答えは決まっている。
俺はそう言った彼女の胸から右腕を離すと、そのまま優しく抱擁した。彼女の鼓動と体温が伝わってくる。最早こうなっては俺の鼓動がどう伝わろうと関係ない。今、必要なのは…彼女の意志に応える為の言葉と、行動だ。
「エル、申し訳ないが…」
そう切り出すと、彼女は残念そうに目を瞑って返事をした。
「…はい。」
だが俺の続けた言葉は、こうだ。
「…俺もこういうのは初めてなんだ。それに、目の前でこんな可愛くて、綺麗で、美人すぎる女性が俺を求めているとなっては、俺も自身を抑え切れないかもしれない…それでも、エルは許してくれるか?」
すると、それを聞いた彼女は俺から少し身体を離した後、今までに1度も見せなかった眩しいまでの笑顔を見せながら、とても嬉しそうな声でこう言った。
「はい!私は、ご主人様の全てを全力で受け止めます!ですからご主人様は、何もお気になさらずに。」
その言葉に、思わず涙が零れそうになる。俺はそれを必死に抑えて、少し笑ってからこう彼女に言った。
「はははっ…。気にするさ、なんて言ったって、君は俺の“大切な人”で、大好きな人なんだから。」
…人間とは不思議なもので、つい昨日出会ったばかりの人と掛け替えのない関係になる事もある。もう二度と誰も好きになれないと思っていた人でさえ、奇跡的な出会いをして、また誰かを好きになる事もある。
例え何もかもを失ったとしても、何が起こるか分からないこの世界では、その先に幸せな未来が待っているかもしれない。だからこそ、俺たちはこの世界で生きていくのだろう。
仲間を失って、新たな仲間を得た。きっとこれは大きな始まりとなる。…それも、明るい未来へと続く道の架け橋となるように。
朝早くに目が覚めた。今日は確か…ご主人様は“ギルドに行く”と言っていた…そうだ!早目に支度を終わらせておいて、ご主人様を驚かせよう。そしてあわよくば、褒められるのだ。
少し笑いながら、ベットから降りようとする。その時に、ふとご主人様の寝顔を横から見て思った。そういえば、ある事を伝え忘れている。でも、面と向かって言うのはまだ少し恥ずかしい…よし、なら今の内に言っておこう。
私は彼の耳元に口を寄せ、こう小声で囁いた。
「大好きです、ご主人様。」
どうでしたでしょうか?
メインヒロインが可愛い回になれて良かったと思います本当に。
では次もよろしくお願いします!