第1話 心を失った奴隷
「ここが王都ベリルか!」
高い木に登り、上から王都を眺めるグレム。住まう人々の住居、そして色取り取りに飾られた多くの店、そして…奥にはまさに王都と言わんばかりの大きな城が見える。
「ここにいるといいな…。」
そう言って木々を飛び移り、ベリル門前まで移動した。そして門番をしている衛兵たちに一礼をした後、そのまま門の中まで入る。
「これは…凄い…!」
国の中に入るなり歓声を上げ、大通りを歩きながらも周りを見渡す。
「ここには商店があって、向こうには武具屋、あそこには服屋とレストランがあるのか!」
物語で聞いたような物しか目に映らないので少しグレムは興奮していた。…実を言うと、彼は今まで魔王城からほぼ出た事が無かった。それ故に、いつも同じ物ばかりを眺めていたのだ。だからだろう、彼の目に初めて映るその街の景色は、感動する程素晴らしい物だったのだ。
そうして彼は歩く途中で地図を見つけると、すぐにそれを取り、その上に自分が通った場所に目印を付けながら、また歩き始めた。その間、何やらぶつぶつと呟いている。
「俺が探している店は〜ん〜と、流石に入口が大通りに向けては無さそうだな。こっちの路地裏とかだろうか……予想的中!」
彼がそう言った通り、その店は人通りの少ない場所に入口が作られていた。
それもそのはずである。グレムが探していたのは奴隷商店、言わば"王都の裏の顔"。あまり目立つように大通りに向けて入口を伸ばせるような店ではない。
何故ここに来たのかと言うと…彼は仲間が欲しかった。だがその"仲間"に酷い扱いを受け、信用というものを"忠誠"では得られないと理解したグレムは、仕方がなく主人を裏切れない奴隷を仲間にすることにしたのである。
「本当は奴隷なんて買いたくないんだがな…。」
俺がそう言葉を漏らしながら店内に入ると、
「いらっしゃい!おお!随分と若いお客さんが来たもんだ。なにかお探しかい?」
とこの店の主人であろう人が言ってきた。それに思わずこう返してしまった。
「信頼出来る味方が欲しくてね…。」
いかん、つい本音が出てしまった。
「嫌な過去をお持ちなんだね、まぁ深いことは聞かないさ。奴隷、見ていくかい?」
あまり聞いてこない人でよかった…心遣いに感謝したい。
「ああ、頼む。」
「ほいきた!」
主人は『奴隷保管庫』と書かれたドアを開け、中を見えるようにしてくれた。だがここからではあまり良く見えない…仕方がない。
「奥に入って見てもいいか?」
そう言うと、主人はどうぞどうぞと言わんばかりに部屋へ通してくれた。
そして、中にいる奴隷たちに目を向ける…が、それもそうか。そこにいる者は皆、酷く痩せていたり、身体中傷だらけだったり、俯いていて顔があまりよく見えない者ばかりで、あまり一言で"この子だ!"と言えるような者はいない。
だがそんな中で、1つ気になるものがあった。それは、丁度人1人が入れるくらいの檻がついている箱で、どうやらその中にも人が入っているようなのだ。
その中を恐る恐る覗き込むと、あまりの衝撃に鳥肌が立った。
その中にいた奴隷は女性で、長く綺麗な白髪、肌は褐色、そして見つめていると吸い込まれそうな緑色の瞳をしているダークエルフだった。
完全なる一目惚れだった、もうこの子しかいない。いや、この子以外有り得ない。
「ややっ!さすがお客様お目が高い!その商品はですね…」
その時の俺には、主人の言葉はほぼ聞こえていなかった。
「いくらだ。」
「…はい?」
…聞こえなかったのか?
「この子はいくらで売ってくれると聞いている。」
「は、はい…!でしたら精算を…」
俺は彼が次の言葉を言う前に近くの机に「バンッ!」と音が鳴るほど強く手を叩きつけながら、金貨を数枚出した。
「これで足りないか!?それならもっと…」
だが、その主人は出された金貨を見てこう言った。
「300万ギルです…なので金貨では払えません…。」
「なんだと!?いつの間にか通貨も変わっていたのか…。」
思わず見蕩れてしまう程に美しかったので、それを換金しようとも、そうしている間に他の者に買われてしまうのではないかとグレムは焦っていた。
そんな時、主人はその金貨を凝視すると、急に何かを思い出したかのように、
「待てよ…?ちょっと待っててください!!」
と大声で言った後、店の奥へその金貨を1枚だけ持っていった。そしてすぐに戻ってくるなり、疑いを持ったような目でこちらを見ながらこう聞いてきた。
「あなた…一体この金貨を何処で…?」
その言葉に、彼は疑問を抱きながらこう返答する。
「何処って…元から持っていただけだが。」
すると、主人はそれを聞いた瞬間フンッと鼻息を鳴らして言った。
「本来では…ギルでないと支払いはダメなのですが…今回だけ特別に許しましょう。」
そして、金貨を何度も確認しながら彼は言う。
「金貨3枚であの奴隷を差し上げます。」
思わず驚いた。
「たった3枚!?いくらなんでも安すぎるだろう!?あの奴隷にはもっと価値があっていい筈だ!」
「もしかして…あなた…金についての話、ご存知ないのですか?」
それを聞き、俺は何も言わず首を縦に振った。
「実はですね…」
…どうやらその主人の言うことをざっとまとめると、ある王国の王様が変わってから何故かその国が全領域の金の採掘場を買収し、その国及びその地方で金を独占したらしい。
しかもその地方以外で金貨を使うと罰せられ、最悪死刑にもなる…と。だからその地方以外の地域では保有する金が非常に少なくなり、金貨を作ることさえ出来なくなった。
そこで“ギル”という新たな通貨を作ったのである。
当然、金が非常に少ないのだからその需要は高くなり、金貨たった1枚で100万ギルもの値段がつくようになったということだ。金を溺愛し過ぎたあまりに勝手な国に影響され、他の王国にも被害が及んでいるというのか…なんて面倒な話だ。
「では換金しようにも換金所だと捕まるかもしれない…と。つまりここでしないといけないのか……ご主人、すまないが500万ギルほど換金できるか?」
「はいまぁ…奴隷を扱うくらいですから余裕はありますし換金は問題ないです。」
「悪いな、じゃあ金貨を奴隷代3枚と、換金する金貨5枚、情報提供に感謝して3枚だから11枚置いていくぞ。」
そう言って、机の上に金貨を言った通り11枚並べた…すると、
「はい11枚で…はい?11枚!?あなた私の話聞いていました!?この3枚だけで300万ギルもの価値があるのですよ!?」
と、その主人はそんな事を言ってきた。おかしな事を言う人だ、と思いながら俺は多少首を傾げ、彼のした事を確認するように言った。
「情報料って言っただろう?主人は知識を持つ者でありながら、俺を騙して金貨をむしり取ろうとはせず、それどころか金貨はあまり表では使ってはいけない事や、今のこの大陸での金の需要などかなり親切な事まで教えてくれた。その言葉を貰っていなければもしかしたら俺は捕まって死刑だったかもしれんからな。その分の気持ちだ、受け取っといてくれ。」
「は、はあ…。」
上手く言いくるめられたようだな、よかった。
「あ、あとその奴隷なのですが…。」
まだ何かあるのか。
「何だ?」
「度重なる奴隷としてのお仕えのため…心を閉ざしてしまっております…。」
…そんな事を言われようが、今の俺には関係の無い事だ。何故なら…
「そうか…だが例えそうだと分かっていても俺は心を開いてくれるまで諦めない。俺はこの子を“奴隷”ではなく仲間として買うのだから。」
その言葉を聞くと、主人は安心したような表情を浮かべた。そして、ある鍵を俺に渡してきた。
「これは?」
「奴隷の首の錠の鍵でございます。主人以外が触れると、全身に激痛が走るので奪われる心配はありません。ご主人様がもう外してもいいと思われたのなら取ってあげてください。」
魔法…か。
「世話になった。色々感謝する、爺さん。」
「こちらこそです、では、よい旅を。」
主人の言葉を聞いた後、グレムは奴隷商店を出ていった。…そしてその後、主人はある事を期待しながらこう呟いたのだった。
「あのお方ならきっとあの子の心を…。」
いかがでしたでしょうか?
次回もよろしくお願いします。