串団子の剣
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
はーい、こーちゃんただいま。お団子買ってきたんだけど、どっち食べる。タレとあんこの二種類あるんだけど。
――はいはい、あんこの方ね。昔のこーちゃんだったら、迷わずタレを選んでいたと思うけど、あんこの甘さの方がお口にあうお年頃になってきたのかしらね。
時代劇とかだと、峠の茶屋で一休みするや、お茶とお団子がセットで出てくるくらいポピュラーな食べ物よね。お団子って初めて名前が書物に出てくるのが平安時代のことらしいから、だいぶ息の長い加工食品だと思わない?
元々は、形が整わない米とかを無駄なく利用するために生まれた食べ物らしくて、お餅と原料を同じくするもの。それこそ人間が火でものを調理する段階から、作られ続けてきたんでしょう。その古さゆえか、お団子を巡る伝承が各地に残されていて、私もいくつか聞いたことがあるわ。
こーちゃん、相変わらずネタを探しているんでしょ? その中でも格別、珍しいものを聞いてみないかしら?
私の地元にかつてあった、剣術道場でのこと。暑い日での稽古が終わって、一同はもろ肌を脱ぎながら、井戸端で代わる代わるに水をざぶざぶ被っていたわ。
男たちの汗の臭いに惹かれてか、暑い中にも関わらず、飛んでくる蚊が数匹。梅雨が明けても大人しくしていたのに、ここ数日間でぐんと姿を見せるようになった印象がある。門下生たちは火照った体を冷やしつつも、半分は蚊を追い払うことに気を取られていたわ。
全員がほぼ涼み終わった後、道場から出てきた師範代がみんなへ告げてくる。
「団子を用意したぞ。一息ついたら、全員、道場へ来い」
差し入れかな? と入門してから日が浅い門下生の一人は思ったわ。でも、先輩たちはというと手拭いで身体を拭きながらも、一様に神妙な顔つきをして服を着なおす。新しくもう一本、勝負に臨むかのような殺気だった気配。
どうやら、団子と一緒にまったり茶をしばく、などからは程遠いことになりそうだと、彼にも感じられたわ。
道場内に戻ると、すぐに団子が目に入ったわ。道場の中央、イノシシを丸ごと乗せるんじゃないかと思うほどの大きな皿の上に、串に刺さった団子たちの姿が。
しかも刺している串は、茶店とかで用意される細いものじゃない。いずれも道場で扱う木刀と同じくらいの長さ、太さを持っていたの。自然、刺さっている団子たちもひとつひとつが、人の頭ほどの大きさ。それが五つ連なった状態を一本として、無数の串が四方盛りされていたのよ。
皿の周りを囲んで、座るように指示される門下生たち。それぞれの目の前に一本ずつ、極太の串の握り手が横たわった。顔面ほどの大きさをした団子たちは、どれもてかてかと表面が光っていて、いかにもこねたばかりという雰囲気が漂っている。
めいめい、取るものが確定したところで、師範が中央へ進み出て串を一本、手に取ったわ。
「初めての者もいるだろうから、説明をしておくぞ。我らはこれより、団子を引き伸ばすのだ。こんな風に」
師範は顔面団子のついた巨大な串を上段へ振りかぶると、ピタリと止まる。しばし呼吸をはかった後で、踏み込むと同時に一気に串を振り下ろした。振りと一緒に空気が鳴り、中段でピタリと止められた太刀筋ならぬ串筋。
けれど、再び串が動きを止めた時、貫かれているのはもう、五つの顔面団子じゃなかったの。それぞれが境目の分からぬほどにくっつき合い、一枚の平べったい米粉の生地と化していた。その形状は、ちょうど現代における笹かまぼこを、はるかに巨大にしたようなものだったとか。
あっけに取られる新入りの彼の前で、先輩たちは師範の技に拍手を送っている。
「今日、ここにあるものすべて、俺たちでカタをつける。気持ち多めに用意したから、早く終わったものは、二本目、三本目に移って構わんぞ。ただし、一人一本はこなすように。自分のが完了した上で、取り掛かるものがもうないという場合は帰宅を許す。隣にある俺の家の家内に渡してから、帰るように。
それでは各々、取り掛かれい」
何とも、おかしな光景が道場内で繰り広げられたわ。顔面団子のついた巨大な串を両手で握り、一同は自分の空間に陣取って、師匠の真似をしていく。
想像していたよりずっと重い。鬼の金棒を手に持っているようで、一振りするだけでぎしりと腕が音を立てるくらい。その重さもあってか、一回の振りで師範のような見事に整った形にできる者はいなかったわ。
五つの顔面が「にゅっ」とわずかでも細長くなったのなら、だいぶうまい方。下手な人がやると団子は変形しないばかりか、一番先端に近いものが、振るたびにちょっとずつ、糸を引きながら離れて行ってしまうの。
そのたび、師範から喝が入れられる。剣速と手首の絞りが不十分だと。
新入りの彼にとっては、少々、納得のいかない部分があったわ。あの剣の速さを中段でぴたりと止めたのなら、遠心力によって外へ飛び出していくのはおかしいことではないはず。
でも師範は、それではいけないのだと告げる。五つの団子がまるまる、外へ飛び出す力を加えられながらも、形を変えるのみに留めるのが、この振りの目的なのだと。
師範が彼につきっきりになっている間、早い先輩たちはすでに二本目、三本目に取り掛かっている。やがては帰宅組がちらほらと姿を現してしまう。その姿を横目に指導は延々と続き、当初、求めていた剣の姿との乖離を感じ始めて、彼はうんざりする。
「もうここの道場に通うの、辞めようかな」と思いながらも、一刻あまり(約2時間)かけて、ようやく彼の串に刺さった団子たちも、すき間なくくっつき合うことができたの。もう、道場には彼と師範しか残っていない。
「よくやった」とねぎらいの言葉をかけてくれる師範だけど、彼の心は完全に遠のきかけている。とっとと荷物をまとめて道場を後にしようとする彼だけど、その背中を師範が呼び止めた。
「遅くなったし、腹ごしらえをしていくか? 今度はまともな団子も出そう」
師範の言葉と一緒に、彼のお腹の虫が「ぐぐ〜」と鳴いたわ。
道場に併設された師範の家に通された彼は、師範の奥さんに給仕をしてもらって、たらふくご飯をいただいたわ。
若さゆえの現金さか、一度、お腹が膨れてしまうと、先ほどまでの不機嫌はどこへやら。食後のみたらし団子も絶妙な甘さで、ついお代わりを頼んでしまったくらい。毎回、これが食えるのだったら、あのおかしな作業も悪くないかな、とすら思い始めてしまう。
師範はというと、彼が作り上げた串を持ったまま家の奥へと消えていき、食べている間、一度も姿を見せなかった。しかも、盛んに火を炊く音がして、風呂を沸かしているにしてもいささか火力が強すぎるような印象を、彼は受けたわ。
食休みを終えて立ち上がった時には、火の音が止み、足音がこちらへ向かってくる。ややあって現れた師範は、手に例の特大の団子串を手にしていたわ。
ただし、彼が形を整えたばかりの時は白かったそれに、今は上下とも、こんがりとした焼き色がついている。十分に引き伸ばし、串全体を薄く平べったく覆う形は、見方によっては剣の刃に見えないこともなかった。
「これ、良かったら家に持って行ってくれないか。なあに、ちゃんと仕上げてあるから、悪さをするものじゃない」
「一体、何に使うんです。それ? 食べろとでも?」
「いや、違う。こいつは……」
師範が言いかけたところで、「ぷーん」という羽音が近づいてくる。さっと音の出どころへ目を向けると、少し足の長い蚊が天井近くを飛んでいたの。
「ちょうどいい、見ていろ」と師範は両手で串団子の剣を構えると、ぶんと蚊を目掛けて振るったの。
剣が蚊のいた位置を通り過ぎると、蚊の羽音も姿もいっぺんに消え去ってしまう。どこかにぶつけられた様子もないまま、そのまま気配が無くなるのは、はたで見ていると奇妙なことでしょう。
だけど、彼はしっかりその目で見ていたわ。師範の振るった串団子の剣。その団子に当たる平べったい刃の部分全体が、一瞬だけバクンと横に口が開いて蚊を飲み込み、すぐ元に戻ってしまったのを。それは貝の口が開閉したかのようだったとか。
「便利だろ? 今回は手で振るったが、こいつは置いてあるだけで通りがかった蚊をぺろりと捕えてしまうのさ。今回は見えなかったが、長い舌を伸ばしてな」
考えただけで、鳥肌が立ってくる彼。師範はなおもこれを持って帰るようにすすめてくれたけれど、そんな気にはなれなかったそうよ。
結局、道場へ通うことを止めてしまった彼。すっかり先輩たちとも縁遠くなってしまったけれど、どうしているか少し心配になる。
彼らは自分より一足先に、串団子の剣を完成させていたはずだ。ことによると、奥さんの手で焼かれて、仕上がってもいたかもしれない。果たしてそれを無事に持ち帰ることができているのか、と。
そう思いかけるたびにかぶりを振って、「もう、俺には関係のないことだ」と思い込む彼だけど、年の暮れも近い大掃除の日。家の中の押し入れを掃除していた彼は、積まれているものの山を崩してしまい、そこから出てきたものを見て仰天した。
がらくたたちに混じって転がり出たのは、紛れもなくあの日に見た串団子の剣だったから。刃にあたる団子部分がすっかり黒ずんでいたけれど、それは汚れのためじゃなかった。無数の蚊たちの身体が、びっしりと表面に浮かんでいたがための彩りだったのよ。
そういえば毎年、我が家にいる時は、ほとんど蚊の被害に遭わなかったなと、彼はつい思い返してしまったとか。




