魔法とお野菜と茶色い丸いモノ。
青い空に温かな太陽が光が降り注ぎ、余り出来が良いとは言えない粗末な作りの白い布と木で組まれた天幕の脇。
ささやかながらに作った畑には、畝に沿って規則正しく並び2mぐらいの高さまで伸び、大きく葉を広げ、大きく張りがあり色鮮やかな実を付けていた。
そんな実をお手製のつばの広い麦わら帽子を被り、白いワンピース姿の小さな少女が、嬉しそうに記憶の中に残っているアニソンを鼻歌で歌いながら収穫を行っている。
前世の記憶を取り戻し、そろそろ1年。サバイバル生活を開始いてから半年が経つ。
記憶が戻り、転生した。と自覚が出来た頃の身体はガリガリに痩せ細りってけれど。
まだまだ成長が窺える幼く細めの体躯に若々しい乳白色の肌。麦わら帽子の下からから辺りにまで伸びる周りの若い草や木の葉に近い淡い色合いのエメラルドグリーンの髪色。痩せこけていた頬は、少し丸みを帯び、小さな輪郭をしっかりと形にして。少し上向きな鼻にくりくりとした碧い瞳。ワンピースの胸周りの小さなふくらみが性別が解る程度にはある。健康的な身体つきに変わった。
子供は瞬く間に成長するものだとボクは思っていた。実際、前世のボクは一年ごとの身体測定では身長が毎度伸びていたと覚えている。でも、今世は性別の違いもあってなのか身体に特に変化が無かった。
・・・けれど何故か髪の色が変色してしまい。前は明るい茶色の髪だったのが、今ではアニメとかのキャラでしかお目に掛れない淡い感じのエメラルドグリーンの髪に変わってしまった。
地上で生活を始めてから数日経ったある朝。寝起きの重い瞼をすっきりさせる為に顔を洗おうとした矢先、水の張った桶の水面に映る自分の顔を見て驚きで眠気が一気に覚めたのを今でも覚えている。その前日も特におかしな事は何一つなく、ボク自身何が原因で髪の色が変わったのか分からない。
ただ髪色が変色しただけで他に身体に異常は何も無く、健康そのもの。
地上に出て来ての屋敷や街が無くなり森と化していた時と同様に、これもまた異世界特有の不思議現象と捉え。
怒りや修行で髪の色が金や赤、青などに変わる戦闘民族のアニメが在ったくらいだ。こちらの世界だと寝て起きたら髪の色が変わっているぐらいの事なんて日常茶飯事の事かもしれない。などと気楽に構えていた。
それと同時にこんな魔法少女の変身時みたいな感じの事が起きたのだから魔法も物語の主人公みたいチート的な具合で使えるのでは?と心躍らして、魔法の実践練習に取り組んでみた結果・・・
惨敗だった。
原因は、魔法を使う為に必要な杖が、魔法を使おうとしてマナを込めた瞬間、新品だった物がボロボロとひび割れ、最後は小さく爆竹が爆ぜる様にパンっと音を出し砕け散るのである。
当初はマナが多過ぎるのかと考え、少なめに流れる様に神経を尖らせ慎重にちょっとずつ、ちょっとずつ流してみたのだが結果は同様で、杖はむなしくも崩れ去り。
その後も試行錯誤を重ねてみるが、どれも同様の結果で終わり地下に潜る前の屋敷に在った杖15本を地下に持ち込んでいたのに、その内12本も破壊してしまいこれ以上続けても無意味だと悟り、実践練習を撃ち止める事となった。
魔法に使う杖はかなり高価な代物らしく、馬鹿みたいに散財する領主だったからこれだけの魔法の杖が屋敷に存在したのだけど、杖を売ってくれる商人もとい、他の人がいない現在では杖を手に入れる方法は無く、作り方も解らないので自作も出来ない。
その日、今後手に入れる事が出来るか解らない貴重な杖をいずれも、魔法のまの字の輝きを魅せる事無く散らせてしまった後悔と、ファンタジーの定番である魔法が使えなかった事にボクの心にはかなりショックだった。・・・が、同時に妙なスイッチが入り、杖が無くても魔法が使えるんじゃないか?とあらぬ方向に思考が向き。
まぁ諦め悪く、もがいたのだけれど結果は変わらず、魔法は使えず仕舞い。しかし、考えてもいなかった副産物が産まれた。
それが、今ボクが鼻歌まじりで採取している色とりどりの野菜などだ。
これらは、ボクが地下に潜る際に屋敷の食糧庫と倉庫から持ち出した物で。
食糧庫からじゃがいも、人参、玉ねぎ等の日持ちがする根菜類で、倉庫に非常事態用に取っていた食物の種が、トウモロコシ、小麦や大豆等だ。
あぁ、それから元庭が在った場所に野生化して生えていた、トマトになす、きゅうり。これらの野菜は、この世界だと観賞用として育っているらしく、屋敷でも育ってていたのが周りが森になってもしぶとく生きていたのだろう。一応毒が無いか確かめ、前世と変わりない事を確かめてから畑に移動させた。
それら全てが小さな畑に実っている。
季節を完全に無視して成長し実を実らせている。
普通に見てファンタジーな光景だ。ボクの前世である現代の地球でもこんな光景みる事は出来ない、最先端技術を使えばあるいは・・・いや、無理か。
これら全ては、植えてから1週間足らずでここまで成長している。
植物としては在り得ない成長速度で実を実らせる程に成長したのは、この世界特有の植物の成長ではない。成長速度は地球の植物と変わらないと思う。
どうしてここまで急速に成長を遂げたのかと言えば、ボクが畑の植物たちにマナを注ぎ込んだからだ。
きっかけはボクの恥ずかしい中二的行動からで。
どうにか魔法を杖なしで使えないかと奮闘している途中、アニメや漫画のキャラが魔法もしくはそれに近い超常現象を使用していた場面を思い出し、ボクも同じ行動を取れば使えるのではないか。と若干自棄を起こし思考が暴走気味ではあったものの。
ほかの人の目が無い事を良い事に奇行を繰り返し。
色々試しているうちに某、錬金術師の真似にまでたどり着き。両手を地面につけ、地面から土壁が出るのを頭でイメージしながらマナを地面へと流す、すると。
今までは、ただアニメキャラの真似をする痛い人だったが今回だけは違い。大きな土壁は出来なかったが代わりに、雑草も無い茶色い地面から、ぴょこと擬音が聞こえてきそうな感じに小さな緑色の雑草の芽が地面から生えて来たのだ。
初めは魔法が発動したのかと喜んび、その場を飛び跳ねたものだが、もう一度地面手を付けて同じ様にやってみたが今度は何にも起きず、不発に終わり首を傾げた。
その後何度か同じ様に地面にマナを流してみると、何も起きなかったり、同じ感じに芽が出たりと、半々ぐらいで起こり。
ここでようやく祝物を生み出す魔法でなくボクが流したマナが作用して、植物が成長遂げたのだと考えに至った。
で、色々と研究して行き、この実り豊かな畑が出来上がったのだ。
育成方法としては前世の地球のものとなんら変わらないけど、水やりの水にマナを流した“マナ水”を使用している。初めの頃は土や種にまでマナを流し込んでいたけど。
それだとボク自身マナを大量に消費して疲れてしまったり、植物の成長スピードが速すぎて、せっかく出来た実が多過ぎて腐ってしまう事件が起きたので、現在は“マナ水”だけにして成長スピードをわずかに緩めて育成をしている。
と言った経緯から、現在のボクはこうして育てた新鮮な野菜と穀物で美味しい食事にありつけている。
あと、この方法で育成した物の方が、甘かったり、香りが豊かだったりする。
「ブッ、ブブゥウ!」
畑で育った植物たちの葉の隙間からこげ茶色の丸い物体が低い鳴き声を鳴らし飛び出してくる。
その物体をよく見るとイノシシの子供のウリ坊にそっくりな姿で「ブッ!ブッ!」と鳴き、何か訴える様にボクの足もとの回りをぐるぐると回り出す。
「お、ウリ助、お腹が空いたのか?」
ボクは先ほど採ったばかりのトマトを軽く服で磨いてから、足もとで回るウリ助にそっと近づける。
「ブッウ!ブッー!」
トマトを差し出すとウリ助は四本の足で急ブレーキを掛け、トコトコとトマトに近づきボクの手に乗るトマトにかぶりつく。
このウリ助ことウリ坊ぽい生物は、朝ボクが作ったはりぼてテントの中で目を覚ますと目の前に忽然と居たのだ。
寝起きだったので驚き大声を出したのだが、このウリ助は逃げ出す事もなくじっとボクを観察するみたいに見つめて逃げ出さずにいたので、興味本位から手を伸ばし撫でてみたらすんなりと撫でさせてくれた。
その後は作った野菜を出すと食べ、ボクの後をトコトコと付いて回り、賢くボクが言う言葉を理解しているのかとても素直に従ってくれて、トイレは指定場所でしてくれて、水浴びも怖がる事無く、洗わせてくれた。
ので、ペット兼、非常用の食糧として大事に育てる事にした。
【結界】が張られていてどうやって入ったのかとか。今は従順でも成長すると凶暴になるのではとか。一応、頭の中で考えたけど、森や髪の事があって不思議な事はもう考えず、今は危険性も無いので取り敢えずはスルーして、大きく成長した時、凶暴だったら申し訳ないがその時の晩御飯にでもなって貰おう。
そんなことをボクが考えているのを知ってか、知らずか。無邪気に鼻を突っ込ませながらも、ひたすらにトマトにかぶりついているウリ助。
「トマトはうまいか?」
トマトを半ばまで食べ来た頃に、地面にトマトを置き。ウリ助の涎とトマトの汁で汚れた手をハンカチで拭き取ってから、トマトにかぶりつくウリ助の背中の少し張りのある毛をなでながら聞く。
ボクの言葉に返事をする為にウリ助は顔を少し上げ、トマトで鼻辺りを真っ赤にしながら喜んだ様に「ブウ!」と短く返事をした。
その愛らしさから、今後大きくなっても食べれそうになぁ。と思うボクであった。