転生先は・・・
夢が叶っても理想と現実は、一致するとは限らない。
現在ボクは、その事をひどく痛感していた。
夢に見た“異世界転生”。
前世の世界とは異なる別の世界。
前世とは無かった法則が存在し、物語の中にしか存在しないと言われていた生物が存在する世界。
そんな夢の中にしか存在しなかった世界に転生したボクの心は酷く沈んでいた。
いや、普通なら悦び、奇声を上げながらそこら辺を走り回り。
転生した事を神様的な者に感謝していたのかもしれない。
時代は中世風な世界観で、魔法がバリバリに存在していて、まだ実際にこの目で観た事は無いけど、魔物と呼ばれるファンタジー生物も生きているらしい。
まさにボクの理想的な異世界なのだけど・・・
「はぁ。」
辺りが真っ暗な中、自然と出た小さなため息が響く。
ボクがいるこの場所は異世界に転生して住んでいる施設の地下にある、犯罪者が入れられるはずの独房が六つほどあり、その一部屋に灯りも無く座り込んでいた。
何故、そんな場所にいるのかと言えば、悪い事をした罰とかでは無くって。
ここが日常的に寝起きするボクの部屋だからだ。
部屋・・・と言うにはお粗末すぎる程に“石の床に壁”と“鉄格子の隙間だらけの扉”他にはふかふかの寝具や石の床に敷く敷物、ただの机すらない。
冷たい石の床にボロ布を身につけたボクが、ぼんやりと座り込むいるだけの場所。
こんな寒く何も無い場所だけど
ここだけが唯一、今世でボクが心安らげる場所で、敵のいない安全地帯なのだ。
・・・かなり問題があった。
その問題は、転生する際に男から女になってしまった。っとか些細な事じゃなく・・・あー、でも軽いショックはあった、うん。
なんせ童貞のまま、仕事から帰っていつもの様に寝たら前世を唐突に終えて、まるで夢から覚めるように記憶を取り戻したら現世は女性だ。
転生したからにはチートな力に覚醒したり、現代知識を駆使して、美女・美少女に囲まれたハーレム的な展開を少し、ほんの少しだけ望んでいた所は在りました。はい。
でも、そのちょっとした夢も早々に崩れ去って少し凹んでいるのもありますね。
っと、そうじゃなく・・いや、そこも含んでかな。
現在のボクは大体5歳になるだろう子供で、住んでいる場所は詳しくは知らないけど、どこかの国の辺境の街で周りに家は無く、高台にある立派なお屋敷。
しかも父親は、この街を治める領主の現当主なのだ。
はい、ここまでは、良い転生先だと思う人は多いだろう。
ボクはまだ子供で自由に遊ぶ事が出来て、辺境とは言え領主の娘な訳でこの世界の階級的にはお貴族様で割と将来が安定しているのかも知れない。
・・・・残念な事に現実はそう簡単に上手くは行かないのだ。
実の所、ボクは父親である領主とは確かに血のつながりがあるが、母親である人との愛し合って出来た子供では無く。
父親の領主が母親である女性を無理やり攫って手籠めにした結果出来た子供で。
その父親の領主には他にちゃんとした貴族の出身の奥さんとその奥さんとの間にできた正当な跡継ぎの息子がいる。
ボクは、あまり外の人間に公にする事が出来ない子供で
屋敷の中か庭まで世界を知らないし、街に行った事は無いボクの存在は外部の人間には知られていないはず。
しかも、父親である領主は性格も最悪最低なゲス男で、ボクの母親以外にも目についた女性を片っ端から攫い、おもちゃの様に遊び、飽きたら部下に処理を命じて殺したり正気を失わせて奴隷として何処かに売ったりしているらしい。
他にも、街の税を強引に上げて街の住人からお金を絞り取り、重税で苦しませているのにも拘らず、自身は贅沢な暮らしをして体型は醜く肥え太り、ブタみたいな姿に成り果てている。
奥さんの方もかなり歪んだ性格の持ち主で、選民意識が高く、貴族以外の平民はゴミか虫扱いで高圧的な態度で辺りを威圧し、自身の為に町のお金に無断で手を付け、化粧品から洋服や宝石類を買い漁る毎日。
こんなろくでもない夫婦を見て育った息子もわがまま放題のクズな性格になり
暴力と権力を行使しながら我が物顔で街を歩いては、日々問題や騒ぎを起こしているという話だ。
あの奥さんはそんなクズ息子を一切叱る事は無いどころか、溺愛いし息子が悪いのでは無く、息子の言う通りにしない周りが悪いのだ!っと息子を増長させ、問題を握り潰すか適当な人に罪を被せ処理していた。
こんな最低な一家が半分だけしか血が繋がっていなく、ボクの母親は側室でも妾でもない街から無理やり連れて来た平民の女性の子供を当然の如く、家族だとは受け入れている筈も無く。
いつか、どこかのタイミングで何かの形で役に立つかもしれないから。と言う理由だけで今まで生かされていた。
屋敷にはクズ一家以外にもメイドや執事などの人はいるが、彼等はボクを助けようとせずに一家の我が侭すぎる態度のせいで日々溜るストレスの捌け口として、程度の低い悪口や嫌がらせをしてくる始末。
と言うよりも奥さんが平民の血が混ざっているボクの事を死ぬほど嫌いらしく。
ボクを手助けしたり、優しくした人たちはクビか酷い懲罰を課せられるのだから周りに期待する事も出来ない。
ボクの母親は、元々身体が弱くボクを産んですぐにこの世を去っている。
つまりは、この屋敷にはボクを味方する人間は居らず敵だらけ。
地下の何も無い牢屋を部屋とし、ボロボロの服を一枚だけで、毎日一回しか出されない食事は石の様に固く表面にカビが生えているパンと小さな野菜くずが少しと小さな虫が浮かんだスープが出されるだけ。
奴隷の様に扱われ、庭の掃除からゴミの処理などの仕事をさせられ、何かミスをする・・しなくても罵倒と暴力が飛んで来る毎日。
そんな環境で育ったせいか。
少し前のボクは、何も感じず、何も考えない。ただ、誰かの言われる通り仕事をこなす人形のだった。
笑う意味も、楽しい気持ちも、無かった。
逆に言えば、苦しみや憤りを感じる事も無ったのが少し救いではあった。
でも、今は違う。
“前世”と言う、普通の日本で生きていた日々の記憶を思い出し
現在はちゃんとした喜怒哀楽の感情も存在する。
この最低な環境に対して苦痛や、いつこの屋敷の人間に殺されるか、餓えて死ぬか判らない状況に恐怖していた。
逃げたい。
今すぐにでもこの屋敷を抜け出したい。
・・でも、そんな事をすれば、この屋敷の人間はボクをほっておくはずがない。
手下や権力を使い、ボクの事を探しだし、見つけ次第に殺す事だろう。
仮にボクが見つからなかったとして、この屋敷の外やこの世界での常識を知らないボクが1人で生きてい事は出来るのか?
無理だろう。お金も何も無い子供1人に何が出来る。
これが夢にまで“異世界転生”の現実だ。
前世の記憶を思い出さなければよかったのに。とさえ思ってしまう。
正直、これがゲームとかならリセットボタンを即押しているほどに詰んでいる状況だ。
「はぁ。」
口からため息ばかりが出る。
「・・・このまま、いつか来る終わりを待つしかないのか。」
・・・なんで
なんで!
ボク、諦めなきゃいけないんだ!!
現状はたしかに最悪と言ってもいい状況だけど。
まだ、何もしていないじゃないか!
何もしなくても死んじゃう可能性があるなら
開き直って何か行動を起こしても良いんじゃないか。
そうだ!
せっかく前世の夢だった異世界転生したんだ!
このままで終わるのは嫌だ!!
魔法だって使ってみたい!
まだ見たことの無い生き物を!世界の風景をこの目で観たい!
この世界でしか味わえない美味しい物だって食べたい!
ボクが前世で夢見ていたのは、どこかの国の危機を救って英雄になりたい。とか。
お金を稼ぎまくって高い地位を手に入れる成り上がり。とか大層な望みじゃなく。
何処か自然豊かな場所でひっそりとのんびりと暮らす・・・そう、
「スローライフがしたい!!」