≪第6話≫面会の花とブーツの音
悟が目を覚ますと白い天井が見え、ちょっと硬めのベッドに寝かされていることに気が付いた。目線をずらすとピンク色のカーテンから光が漏れており、日中だと悟った。ここがどこだかわからなかったが、心身共にだるく、体を起こす気にもなれなかった。それだけ、悟の身体的なものはもちろん、精神的なダメージは大きかった。
そこへカツン、カツンとブーツを履いているだろう足音が近づいてきてベッドの横で止まった。身長は高いがやや細身の男が自分を見下ろしてきて、目があった。男には無愛想な顔とは反対に頭には白いふわふわなウサギの耳がついている。その男はベッドの横に置いてある椅子にゆっくりと腰かけた。悟もその男も少しの間、黙っていたが男の方から声をかけてきた。
ハーゼ「調子はどうだ。」
悟「・・・。」
ハーゼ「・・・。」
少しの間、沈黙が流れる。ハーゼは子供の扱いに慣れていないようだ。
ハーゼ「ここは王都にある軍の病院だ。俺の名はハーゼ。お前の身柄は俺があずかることとなった。」
悟「・・・。」
何を言われても悟は目も合わせず、黙り込んでいる。ハーゼは気にせず続ける。
ハーゼ「山でのことを覚えているか?」
その言葉を聞いた途端、山での惨劇や祖母を亡くしたことが頭に一度に浮かび、悟はパニックにおちいった。
さっきまで無気力で動かしていなかった体を飛びお越し、奇声を発しながら、手当りしだいに周りのものを壊した。
シーツを引き裂き、机に突進し、花のいけてある花瓶を床へたたきつけようとしたその瞬間、腕をつかまれた。
ハーゼが小さな低い声で、しかしはっきりと聞こえる声で言った。
ハーゼ「やめろ。」
悟は我に返り、糸が切れたように膝から砕け、床に座り込み、遠くを見つめている。
それを見たハーゼは何も言わずにゆっくりと部屋を出て行った。
廊下に響くカツンカツンというブーツの音が遠ざかっていくのを悟は無意識に聞いていた。
その日から1週間、悟はベッドの上で無気力に過ごしていた。尿や便はトイレにもいかず、垂れ流し。食事や水も一切口にせず、毎日点滴がつながれていた。
毎朝、悟が目を覚ますと、割ることをハーゼに止められた花瓶に毎日違う花がいけられていた。そして、朦朧とした意識の中で廊下に響くあのブーツの音が聞こえていた。
悟がベッドの上で過ごしてから8日目の朝、その日は花瓶の花は前日と同じままだった。そんなことを考えながらいつものように無気力でベッドの上で天井を見つめていると、昼ごろになりブーツの音とともに花を持ったハーゼが現れた。何となく察していたが毎朝、花をいけていたのはハーゼだと悟は確信した。
そして、入院初日と同じく椅子に座り、唐突に口を開いた。
ハーゼ「何にも口にしてないらしいな。死にたいのか。お前が破壊神教の奴らのHIVEを吐きながらも口にしてたのは力を求めていたからじゃないのか。」
悟はその言葉に目を見開き怒鳴った。
悟「お前に何がわかんだよ。」
ハーゼは冷静に答えた。
ハーゼ「何もわからないし、興味もないがお前が毎日無駄に時間を過ごしていることは知っている。」
悟「くっ。」
悟は黙り込み、ハーゼを睨む。
ハーゼ「ここ1週間の調査でお前が暴れたあの日のことが徐々に明らかになってきた。あの遺体の山にあった熊の半獣はお前の祖母だろ。村人に聞いた。お前と祖母は2人で住んでいた。祖母もお前が殺したのか。」
悟「違う。」
ハーゼの言葉にかぶせるように悟は叫んだ。そして、あの時の出来事を少しずつ話し始めた。
悟「あの日はばあちゃんとキノコ採りに行ってたんだ。そしたら、あいつらが現れたんだ。」
ハーゼ「破壊神教か。」
悟は黙ってうなずく。そして続けた。
悟「よくわかんないけど、俺を連れて行こうとしたんだ。そこにばあちゃんが来て、戦いになった。ばあちゃんはすごく強いんだけど、俺がつかまっていたせいで・・・。」
悟の目から涙がこぼれ始める。
悟「ばあちゃんは傷を負った後、俺に胸の宝石を口に無理やり押し込んできて、食べちゃったんだ。うぅ、グス...。そしたら力が湧いてきて。あいつを殺した。」
ハーゼ「なんで奴らのHIVE、宝石まで食べていた。」
悟「あいつに...グスッ。お前が弱いから、ばあちゃんは死んだって言われて。ばあちゃんの宝石を食べたら強くなったから、あいつらの宝石を食べればもっと、、、強くなれると思って。」
そこまで言うと悟は大声で泣き出した。
そんな悟を見て、ハーゼは悟を優しく抱きしめた。悟はいきなり抱きしめられて驚いたがハーゼのぬくもりに安心して泣き、そのまま眠りについた。