≪第1話≫平穏な生活の終わり
ミツ「悟ー。さとるやー。」
祖母の呼ぶ声がする。山の中で遊んでいた悟は家路へと向かう。猿の半獣の姿をしている悟は身軽に木々を飛び移り、あっという間に家についた。
オレンジがかった瞳で祖母のミツを見つめる。
悟「なに、ばあちゃん?」
ミツ「これからキノコを採りに行くから、手伝っておくれ。」
悟「やったー。俺、キノコ大好き。」
ミツ「知っとるよ。なんせ、明日は悟の9歳の誕生日じゃろ。悟の好きなキノコを沢山とって鍋にする予定だよ。」
丸まった背中、灰色の髪のミツが優しく微笑む。
ミツは悟の祖母で熊との半獣だ。悟は、生まれる前に他界した祖父の血を色濃く受け継いでいる。悟の母は悟を産む際に命を落としている。父も王都を守護する兵士として軍で働いていたが悟が幼いころ失踪してしまった。そのため、悟はミツと2人、山奥でひっそりと暮らしている。
悟とミツは準備をしてキノコ狩りに出かけた。山道では蝉の鳴く声が聞こえる。ミツはゆっくりと山道を歩き、その上を生い茂る木々の枝を悟が飛び移る。1時間ほど歩き、いつもキノコを採っている場所へとついた。2人は早速キノコを採り始める。悟は大好きなキノコを求め、少し山の奥の方と行ってしまい、いつの間にかミツの姿が見えなくなってしまった。しかし、この山を遊びつくした悟に不安はない。一人になってしまったことを気にも留めずキノコ狩りを続けていると、悟の前にそびえ立つ崖が現れた。崖にはミツの大好物ハチミツをたっぷりと含んだ蜂の巣があった。
悟「ばあちゃん、ハチミツには目がないからなー。とってってやるか。」
そういって悟は崖をすらすらと登り始めた。難なく、蜂の巣までたどり着いた悟だが、当然巣の周りにはたくさんの蜂が飛んでいる。蜂はブンブンと飛び回り、巣に近寄る悟を威嚇している。
悟「いつもはばあちゃんに止められるけど、今いないし、大丈夫か。俺のとっておきを見してやる。蜂ども、くらえっ。」
そういって悟が片手を蜂に向け、念を込めると炎が上がり、次々に蜂たちは落ちて行った。しかし、いくら燃やしても巣から蜂たちは湧いてくる。
悟「あーもー。めんどくせえ。」
悟は湧いてくる蜂たちに嫌気がさし、蜂の巣の表面を焼き始めた。巣の中にいる蜂たちは巣の中で蒸焼きとなった。巣から蜂が出てこなくなったことを確認した悟は号令とともに火を消した。
悟「鎮火っ。」
蜂の巣からは透き通った黄色いハチミツが滴っている。
悟「んんー。うまそう。早く持って帰ろう」
蜂の巣を刈り取って崖を下ると、待ち伏せたように白いマントを着た奴らが立っていた。人数は10人ほどで距離を取りつつも悟を取り囲んでいる。悟は気味悪がった。
悟「なんだよ、お前ら。ハチミツはやらねえぞ。」
すると、白いマントを着た奴らのリーダーらしき男が話しかけてきた。
エイプリール「私は破壊神教、天使が一人エイプリールといいます。今、あなたの素晴らしい能力をこの目で拝見させていただきました。あなた、破壊神教に入りませんか。」
悟「はかいしんきょう?なんだそれ?それにお前天使っていうけど、全然、羽ないじゃん。」
エイプリール「天使は立場です。破壊神教は生きとし生けるものを生けるものを無に帰すという素晴らしい信念のもと、作られた組織です。すべてが無に変えれば争いもなくなる。」
悟「意味が分からねえ。俺、帰るわ。あんまり遅くなるとばあちゃんに怒られる。」
エイプリール「それは残念ですね。この崇高な考え方がわからないとは。仕方がありません。」
言い終わるとエイプリールはニヤリと笑い、悟に向け手のひらを向けた。すると、悟の足もとからすごい勢いでニョロニョロと木のツルのような植物が生えてきて悟を捕らえた。悟は持っていた蜂の巣を落とし、バランスを崩して倒れた。
悟「なんだこれ、はなせ。この。」
悟の異能である炎を出そうとしても手を縛られており、自由がきかない。
エイプリール「あなたはまだ幼い。きちんと教育すれば、いずれ私たちの考えもきっとわかってくれる。それにあなたの異能は素晴らしい。この歳でそこまで異能を制御できるとは。」
悟はウネウネと体を動かし、ツルをほどこうと必死になっている。その悟をエイプリールはヒョイっと持ち上げ満足そうに言う。
エイプリール「さあ、破壊神さまと仲間たちのもとへと行きますよ。」
悟「やめろ。離せ。離せよ。」