「タイムリミット」
久しぶりの投稿になりました!
すみません…。
Dream Diary第5章です!
お楽しみください。
何があっても泣かない。
初めてタケルの前で涙した私が、卒業の日に誓ったことだ。
けど、その誓いを破ってしまう日は突然訪れた。
私、間宮遥香は今、街の大通りから少し外れたところの、大きな総合病院に来ている。
今から2ヶ月前のことだ。
練習中に後輩のパスが乱れ、それを取ろうと飛び込んだ時だった。
別の角度からチームメイトが来ていることに気づかずにぶつかり、左膝に大きな衝撃を受け、立っていられなくなった。
このケガのせいで私は、引退試合をコートで終えられなかったんだ。
パスミスを謝る後輩、ぶつかったことを心配するチームメイト、駆け寄ってくる同期の仲間…。
それでも痛みは無情に広がり続けた。
悔しい思いをしたあの試合から1ヶ月が経つ。
あれ以来、何をやろうと、私の気分は晴れない。
タケルと会ったり、電話してたりする時間は純粋に楽しかった。
けど、終わった時には容赦なく、どうしようもない気持ちが、私の中を満たしていった。
総合病院の病棟の廊下のベンチに1人座っていると、そんな自分を思い出す。
暗い記憶が頭を巡り、時間が止まっているみたいだ。
だって私は、もうすぐ何もかも失う。
いや、失わなくちゃダメなんだ。
目の前に座る若い医者が、重苦しい口を開き、話し始めた。
本当は聞かないといけないことなのだろうが、今の私にはその全ての言葉が、意味の無いただの音に聞こえる。
「間宮さん、あなたは…。」
ただ機械のように返事し続けるだけ。
時間がただただ過ぎていく。
けど、しばらくしてから聞こえた医者の声は、私の耳の中に深い余韻を残していった。
「余命、2ヶ月です。」
「えっ。」
彼は私の顔色が変わったのに気づいただろうか。
私の、果てしなく広がる絶望に気づいただろうか。
もう、今まで通りの生活なんて送れるわけがない。
明るく笑顔で生きてきたけど、タイムリミットを告げられた私は、悲しいくらいに脆かった。
それでも不思議と、涙は出ない。
人って本当の絶望の中にいる時は、泣くことすらも忘れてしまうんだって思った。
どんな励ましの言葉も、私の耳には意味の無い音に響くだろう。
こんな私を、誰がそばに置いてくれるっていうんだろう。
今まで、あんなに待ち遠しく思えていた明日が、今は怖い。
来る日も来る日も、昇る朝日に怯えながら、私は生きていかなきゃいけないんだ。
部活を引退してからというもの、毎日がなんとなく味気なかった。
最近はハルカからの連絡も少ないし、受験のこともあって、2人で出掛ける機会も大幅に減っていた。
ハルカの高校は、この辺じゃ名の知れた進学校で、ハルカはその中でもそこそこの上位の成績を維持していた。
そんなハルカのことだから、やっぱり受ける大学は名門の大学。
中堅校に進学した俺では見れない景色を、ハルカは見ようとしている。
俺とハルカとの距離はどんどん離れていくだろうけど、多分この先も、何だかんだ言って2人で生きていくんだと思う。
中学の頃に付き合って結婚するカップルの割合は、どのくらいだったっけ…。
なんて思っていた真っ白な日常に、突然その日が黒く暗い影を落とした。
9月13日、その日の朝は、うるさいくらいに太陽が照っていたことを覚えている。
別に何をする訳でもない、いつも通りの朝だった。
朝ご飯を食べて、適当にテレビをつける。
その時だった。
何のきっかけかはわからない。
けど俺は、突然激しい胸騒ぎを覚えた。
不吉な予感がした。
神様とか、幽霊とか、そんな物はあまり信じていない俺だったけど、そんな俺ながらに、「これがお告げってやつなのかな。」なんて思ったりもした。
すると、布団の上に置いてあった俺のケータイが震える音がした。
気になって見てみると、そこにはLINEの通知がある。
ハルカからのLINEだった。
〈おはよう。今大丈夫?〉
ここ2日ほどはLINEもしていなかったが、忙しい朝にどうしたんだろう…。
〈大丈夫だよ。どうしたの?〉
〈あのね?〉
これは何かある…。
ハルカが〈あのね?〉って送ってから、時間が空いたことからも、それは見てとれた。
返信はまだだ。
何かを躊躇っているとも思える。
本当にどうしたんだろう…。
〈私と、別れてほしいの。〉
その瞬間、何かが崩れる音が聞こえた。
つけていたテレビの音が、遠くからわんわんとどこか遠くから響く。
俺はただ呆然と画面を見つめるだけだった。
また彼女からのLINEの通知があって、俺は我に返った。
〈急にごめんね。けど、仕方ないことなの。〉
そんなこと、俺達の4年間がこんな突然に終わるわけがない。
何かの間違いだ。
そんな思いに任せて俺は、一心不乱にLINEを返す。
〈何かあったの?俺でよかったら相談のるよ?〉
〈ううん、大丈夫だから。〉
〈別れるなんて大丈夫じゃないよ。何があったの?〉
〈ううん、大丈夫だから。仕方ないことだし。〉
〈何で?訳も教えてくれないの?〉
〈うん、ごめんね。けどこうしなきゃダメなの。〉
仕方ない、と言い続ける彼女は、俺には何も語らず、ただ俺を引き剥がそうとしているかのようだ
そして彼女は、食い下がる俺を振り払うかのように、こう言った。
〈本当にごめんね。今までありがとう。〉
そこからは、どんな言葉を送ろうと、返事なんて返ってもこなかった。
4年前の12月4日、あなたに告白されていなかったら、俺は今頃何をしていただろう。
俺の今この瞬間までの人生にハルカがいなかったらなんて、想像もつかない。
もはやハルカは、俺の大事な人というより、俺の人生の一部だった。
ハルカと2人で過ごした時間なら、どんなくだらない時間でも大切だったし、彼女のことならどんなことでも覚えている。
9月13日、永遠にも思われた俺たちの4年間は、あまりにも突然に、あまりにもあっけなく、あまりにも無慈悲に、終わりを告げた。




