「悔し涙」
Dream Diary第2章です!
2人に訪れた最初の大きな試練とは?
お楽しみください。
高校のバスケ部って、想像以上にキツかった。
うちは特に強いわけでもなかったけど、俺はそれなりに真面目に練習はしていた。
そんなバスケ部だったが、6月になり、いよいよ引退も近づいてきている。
前回の大会で、地区トップクラスの強豪校にこっぴどく負かされてからもうこれで1ヶ月は経つだろう。
俺たちのエースはそれなりに得点を挙げていたが、攻撃は彼1人に頼りっぱなしだった。
課題だらけの結果にはなったが、それ以来、練習試合も増えたし、何か俺たち3年の中に何かが芽生えていたのは明らかだった。
俺自身は、キャプテンでもなければエースでもない。
目立たない立ち位置、良く言えば、『縁の下の力持ち』だった。
エースのミスをフォローし、キャプテンと共にチームを引っ張る。
変なヤツとは思われるだろうが、俺はそんな一瞬しかない輝きが好きだった。
誰しも必ず完璧ではない。それを補うのがチームメイトの役目なんだから。
そんな変わり者プレイヤーの俺とは対極に、ハルカはチームの柱だった。
中学では他にスーパーエースがいたからボールは自然とその子に集まったが、高校生になってハルカの才能が花開いたらしい。
噂を聞き、前の大会で早々と姿を消した俺は、ハルカの試合を見に行っていた。
中学の頃に一度来たことのある大きな市民体育館。
3面のバスケコートでは、千差万別の試合が展開されていた。
時間はかからなかった。
3年ぶりのフロアの上で、俺はすぐにハルカの姿を見つけた。
キャプテンを表す背番号4を背負い、シューティングハンドの左手にはリストバンドを巻いている。
俺にはすぐ、そのリストバンドが、中学の頃のエースに貰ったものだとわかった。
ハルカのチームの相手は強豪校らしい。
会場には、ベンチ入りが叶わなかった選手たちが大勢いる。
全員が同じ白いチームTシャツに身を包み、点数が入る度に歓声をあげていた。
試合は結果、負けてしまったが、久しぶりに見た彼女のプレーは躍動感に溢れ、俺の心を掴んで離さなかった。
ハルカがいなかったら、今頃俺はバスケットをしていただろうか。
わからないけど、コートに立っている時、ボールを触っている時、仲間と勝利を喜び合った時も、彼女の姿が頭にない瞬間はなかった。
エースでキャプテンというポジションに嫉妬していたわけでも、対抗心が燃えていたわけでもない。
『アイツも頑張っている』っていうだけで、力が湧いたんだと思う。
俺の家は、母も父も共働きで、2人共帰ってくるのは夜遅く。
今日部活から戻った時も、家は真っ暗だった。
慣れた手つきで電気のスイッチをつけ、続けてテレビをつける。
今日は俺の応援しているNBAのチーム、ウェイブスの優勝決定戦の日だ。
画面ではエースのハドソンが次々と難しいショットを沈め、チームのリードを守っている。
試合は接戦で、互いに1歩も譲らない。
相手チームのショットが決まる度に、ウェイブスのショットが決まる度に、俺の心臓は高鳴った。
試合がハーフタイムに入った時、ふとケータイの画面を見ると、LINEが届いていた。もちろん相手はハルカだ。
〈今いい?〉
ベストタイミング。
試合中だとちゃんと受け答え出来なかっただろう。
〈どうした?〉
〈やっぱごめん。後にするよ。〉
どうしたんだろう。何かあったのか?
とりあえず俺も返信しておく。
〈また連絡して〉
試合が再開した。
前半をウェイブスは3点リードで折り返していたが、俺の意識は完全に別のことに移っていた。
どうやら俺は、過度な心配性らしい。
昨日言っていた、部活が終わる時間はとっくに過ぎている。
文面からすれば確実に何かあるし、そう思うと気が気じゃなかった。
もうすぐ連絡があってから30分が経つ。
LINEが来た、と思ったが、相手は監督だった。
来週練習試合が決まったらしいが、頭に入ってこない。
そんなこんなで再び試合を見ると、ウェイブスの得点が止まっている。
どうやらハドソンが怪我でベンチに下がったらしい。
相手チームはその隙を付くように、見事に点差を広げていった。
劣勢のまま終盤が始まったその時だった。
「あっ!」
ケータイが鳴り、画面が光る。
ハルカからのLINEだった。
〈ごめん遅くなって〉
〈ううん、大丈夫。〉
大丈夫ではなかったけど、ひとまず落ち着いた。
劣勢のウェイブスが久々のスリーポイントを決め、試合の行方が分からなくなったのはその時だった。
〈何かあったんだよな?大丈夫?〉
〈あのね?〉
3年以上会話してきた俺にはわかる。ハルカが〈あのね?〉でLINEを止めるのは、何か大きな出来事があった時だ。
それも、ほとんどが悪い知らせだった。
〈私、バスケ辞めたんよ。〉
それは、俺の予想をゆうに超えていた。
エースでキャプテン、中学からバスケが大好きだったハルカが辞めるなんて、俺はそう簡単に信じられない。
半信半疑の俺は、すぐに返信の言葉を探していた。
〈何かあった?俺でよかったら聞くよ?〉
今回は時間はかからなかった。
〈今日の練習で膝やっちゃってさ、歩けたとしてもバスケできるようになるまでには2ヶ月かかるんだって。〉
ハルカが試合に勝った時、自分のことみたいに嬉しかったように、今日のこのことは、自分のことみたいに胸が傷んだ。
いや、「自分のことみたいに」ではないのかもしれない。
チームのエースでキャプテンで、誰からも慕われていた彼女の選手人生と、自分のとは比べられない。
それぞれがそれぞれの思いをコートでぶつけ合う。
それがどんな色か、形か、大きさかなんて、俺にもわからない。
例えそれが、ハルカのだとしても。
テレビの画面では、試合の結果がでかでかと書かれていた。
ウェイブスは決定力に欠き、数点差で敗北。
ハドソンは、喜ぶ選手の輪にはもちろん、悲しむ選手の輪の中にもいなかった。
〈そっか。すごく残念。何かあったら助けてやるから。〉
〈うん、ありがとう。〉
ロッカールームで1人佇むハドソンの姿が、ユニフォーム姿のハルカと重なる。
無責任に『諦めるな』なんて、俺には言えない。
けど、男として、間宮遥香の彼氏として、前を向かせてやるぐらいの事は絶対にする。
電話をかけてみる。
すぐにケータイには通話時間が表示された。
繋がった。
「もしもし?」
「タケル?」
「うん。」
ハルカの声は、いつもの明るい声とはかけ離れていた。
「話すか?」
「…ありがとう。けど、大丈夫。」
わずかに声が潤んだのを、俺は聞き逃さなかった。
けど大丈夫なはずなんてない。
「本当に?」
もう一度聞く。
しばらく、ケータイからは何も聞こえて来なかった。
ハルカは自分を強く持っているからか、あまり人を、特に俺を頼ろうとしない。
だからこそ、今日みたいな日は、俺が必ず聞いてあげないとダメなんだ。
また聞こうと口を開きかけたその時。
「な、なんで…。今、なんだろう…。なんで…なんだろうね…?」
泣き崩れそうなハルカの言葉に、俺も溢れる感情を抑えられなかった。




